『新しい公民教科書』検定合格の報告――日本人差別体制への反撃の第一歩なり

『新しい公民教科書』が検定合格した 

3月24日、教科用図書検定調査審議会がコロナウイルスの関係で書面開催され、『新しい公民教科書』が検定合格した。1週間も前のことだが、報告しておきたい。今回は、この『新しい公民教科書』検定合格の意義について考えていこう。

『新しい歴史教科書』の検定不合格は不当処分

その前に問題にしたいのが、『新しい歴史教科書』検定不合格、という事件である。事件という表現を行ったのは、不合格の決め方が極めて不当であるからである。

何しろ、欠陥箇所として指摘されたものの中には、どういう歴史観に立っても不当なものが数多くあった。例えば、年表における「中華人民共和国(共産党政権)」との表記(264頁)が、「生徒が誤解する」として欠陥箇所になった。どういう立場に立っても、中国は共産党政権の国であろうが、欠陥箇所にされたのである。

また例えば、新元号令和が入るところを「■■」と表記していた(279頁)ところも、「生徒にとって理解しがたい表現」として欠陥箇所とされた。しかし、検定申請する前の印刷段階では新元号の名称はわかっておらず、「令和」と入れようもなかった。どういう入れ方をせよということであろうか。

 私が特にびっくりしたのが、「大日本帝国の主な条文」という囲み記事(185頁)で、帝国憲法55条1項を引用したところ、その「輔弼」という文言に対して「生徒にとって理解し難い表現である(「輔弼」は184ページ7行目の「輔弼」との関連が理解し難い。)」との指摘がなされ、欠陥箇所とされたことである。この囲みでは、第1条「大日本帝国は万世一系の天皇これを統治す」など9条が引かれているのに、55条の「輔弼」だけを取り出して「理解し難い」としたのである。55条の「輔弼」は184ページ7行目の「輔弼」とすぐにつながると思われるが、「理解し難い」と強弁するわけである。
 しかも、この184頁の記述は、現行版の記述と全く同一であった。

 ともあれ、検定側は、何としても検定不合格にするために欠陥箇所を無理やり増加させていった。『新しい歴史教科書』の検定不合格は、明らかに不当な行政処分と言えよう。

『新しい歴史教科書』の検定不合格は戦後レジーム完成への最終章の始まり

政治的に言っても、今回の検定不合格は事件である。戦後レジームからの脱却を説いた安倍政権は、実は、〈戦後レジームの完成〉を目指した政権である。このことは一部でよく言われていることだが、少なくとも、平成26(2014)年12月の衆院選で次世代の党を壊滅させて以来、〈戦後レジーム〉完成へ向けてにまっしぐらであったと位置付けられる。

次世代の党の壊滅は、「日本国憲法」無効論を政治的に葬り去り、歴史戦を戦う戦力を半減させる意味を持った。簡単にそれ以降の安倍政権の施策を振り返っておこう。

・平成27(2015)年3月、学び舎の中学校歴史教科書検定合格事件
   ……学び舎教科書は、教科用図書検定基準の8項目にも違反していた。それゆえ、これは、不当合格事件であった。
     自由社歴史教科書に対する検定は、異常に厳しいものであった。
・平成27(2015)年7月5日、日本のユネスコ大使、英文で言えば、朝鮮人徴用が強制連行であったように捉えられる声明を発表
・同年8月14日、安倍談話……国際社会の属国であることを宣言し、慰安婦問題にふれたうえで、「二一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります」と約束した。
・11月9日(日本時間10日未明)、ユネスコは「南京大虐殺」関係資料を世界記憶遺産として登録決定
・12月28日、日韓合意
・平成28(2016)年5月24日、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」の成立……外国人に対するヘイトスピーチは許されないことになったが、外国人から日本人に対するヘイトスピーチは野放しになった。
  日本人は、自国において、被差別民族に正式になったことを意味する。
  *「つくる会」は、この日本人差別法反対の論陣を張った。
・平成29年学習指導要領改悪の動き……聖徳太子抹殺策動他
「つくる会」が呼びかけた運動で、この策動は失敗した。
・平成29(2017)年5月3日、安倍首相、9条➀②を変えない「日本国憲法」改正案を提示
  ………永久属国化路線を鮮明にした。
・平成30(2018)年12月、水道民営化の導入を促す改正水道法の成立
・平成31(2019)年4月、アイヌ新法成立……偽歴史の創造
       4月、北海道地図白塗り検定事件……「つくる会」は、抗議声明を発した。
・令和元年(2019)年10月、消費税増税10%へ……一気に、日本のGDPは落ち込む。
・同12月、安倍首相、習近平を国賓として招くことを表明……安倍談話では中国との対峙を表明していたことからすれば、著しい堕落である。


 以上、私の関心に従って安倍政権下で起きたことを列記してきた。上記のように流れを掴んでみれば、今回の『新しい歴史教科書』検定不合格事件の発生は何の不思議もないことだと捉えられよう。
私個人は、5年前の学び舎合格と『新しい歴史教科書』への厳しい検定、4年前のヘイト法成立以来、今日の来ることを予想していた。〈戦後レジーム〉とは、いかなる国にも認められる国家主権を日本にだけは認めない等の日本人差別思想に基づく体制である。安倍政権が行ってきた数々の日本人差別政策、数々の日本売り政策に鑑みれば、安倍政権とは〈戦後レジーム〉完成政権と言えよう。

「つくる会」運動とは、日本の自主独立を目指し、自主独立を支える思想運動であり、日本人差別思想を叩き潰そうとする運動である。つまり、〈戦後レジーム〉と戦う運動である。〈戦後レジーム〉完成政権からすれば、言いがかりをつけてでも潰すべきものに見えていたのではないか。
ともあれ、「つくる会」の『新しい歴史教科書』を不合格に追い込ことによって、〈戦後レジーム〉は、完成のための最終章に入った。そのことを確認しておきたい。

『新しい公民教科書』に対する検定

さて、このような苦難の折、『新しい公民教科書』が何とか検定合格した。5年前は事情により『新しい公民教科書』の検定申請はできなかったが、9年前、私は、代表執筆者ではなかったが、検定をめぐる大きな方針を立てたし、教科書調査官との論争も二回経験した。その時も、古代から今日までのいかなる時代についても日本を「君主国」と表現することを許さなかった検定に驚きあきれ、その検閲性を『公民教科書検定の攻防』(2013年、自由社)の中で指摘した。

しかし、今から思えば、9年前の検定はトータルで極めて親切だったといえる。今回は、全体的に言って、検定側の厳しい態度に面食らった。最初はそうでもなかったが、『新しい歴史教科書』が検定不合格を言い渡された12月25日以降、検定側の態度が厳しくなった。徐々に厳しくなり、1月中旬に一段階、1月下旬以降はもう一段階、態度が厳しくなった。

1月下旬以降は、教科書調査官自身の意向ではなく、その背後の公民小委員会や第2部会(社会科など)のメンバーの意向に従って、それまで言ったことのなかった意見を言いだした。もちろん、検定側の本当の意向はわからないが、私の感じ方としては、公民小委員会と第2部会、特に公民小委員会の中に『新しい公民教科書』を不合格にしたいと強烈に考えている人が居るのだろうと思われた。
  つまり、『新しい歴史教科書』だけでなく、この際、『新しい公民教科書』も一緒に不合格にしてしまえと考える勢力がいたように感じた。

  不合格にする意図があろうとなかろうと、検定への対応は大変だった。12月8日以来、毎日曜日に上京して会議を開催し、修正案を立てては突き返され、また会議を行い、修正案を立てる。何度もそういうことを繰り返した。特に12月28日から1月7日(火)までは大変だった。7日の第一次修正表提出期限に何とか間に合わせたときは、本当にほっとした。この期限に間に合わなければ、そこでアウトだったからである。

多いところは7回修正案を作った

  第一次修正表の後も3回は修正案を作った。いったんOKをもらっても、突然ダメだとなって慌てることもあった。平均的には全過程で5回修正案をつくったし、中には、7回作り直したケースもある。129件の検定意見のうち半分は一応受け入れられる意見だったが、残りの半分は我々にとって不当な意見が多く、抵抗しつつ交渉の中でできるだけ我々の意見を通すしかなかった。だが、残りの半分のうちの、更に半分の30件近くは、我々の検定申請本の記述を全面削除することによって、ようやくのこと検定合格となっていったのである。

 『新しい公民教科書』の検定合格は日本人差別体制への反撃の第一歩である

 それゆえ、不本意な教科書となってしまったところもあるが、一応、我々が作りたいと思っていた教科書は作れたのではないかと思う。
『新しい公民教科書』の特徴とはいろいろあるけれども、何と言っても、公民教科書史上、唯一、国家論を展開した教科書だということが大きい。『新しい公民教科書』は、国家の役割を、公民教科書史上初めて以下のようにきちんと示した。
  1、防衛
  2、社会資本の整備
  3、法秩序、社会秩序の維持
  4、国民一人ひとりの権利保障

 そして、愛国心、愛郷心の大切さを書き、公共の精神を説くとともに、自衛戦力肯定説を初めて紹介した。

 これに対して、他社はどうか。ほとんどの公民教科書は、国家の役割は何か、という問題の立て方をしてこなかった。特に第一の役割である防衛を書いたことはない。また、他社は愛国心、愛郷心、公共の精神を説かない。

 なぜ、他社はそうするのか。もちろん、防衛が国家の役割だということになれば、九条はおかしいのではないかという疑問がすぐに出てくることになるからだ。また、愛国心や公共の精神を説かないのは、日本社会をバラバラの個々人に解体するためである。

 こう見てくれば、公民教科書というものは、日本では、社会と国家を解体するために存在するものだということが見えてこよう。これと対照的に、『新しい公民教科書』は、社会と国家を守るために存在する。普遍的な国家の役割、国家像というものを提示し、日本国家も普遍的なものに倣わなければならないというメッセージを送っているのである。

 普遍的な国家像に倣うということは、被差別的な国家から脱するということ、日本人差別体制をぶち壊すということである。その意味で、『新しい公民教科書』の検定合格というのは、日本人差別体制への反撃の第一歩であると言えるのである。

  日本の自主独立を目指す人々には、是非とも、『新しい公民教科書』に対する応援をお願いするものである。



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