なにゆえに、政治家たちは日本及び日本国民を差別するのか----ヘイトスピーチ規制法成立に際して

政界にはびこる日本人差別思想

 昨日、ヘイトスピーチ規制法が成立した。日本国民から外国人に対する不当な差別的言動だけを許されないものとしながら、外国人から日本国民に対する不当な差別的言動については全く問題にしない、究極の日本人差別法が成立した。なぜ、このような法律が作られたのであろうか。米国からの圧力によってなされた日韓合意の隠された一部ということも考えられるし、在日韓国朝鮮人の影響力が与野党問わず強烈にいきわたっていることの反映だとも言えよう。

  しかし、いろいろ考えていくうちに、やはり一番大きな理由は、自虐思想というよりも自らを差別する日本人差別思想が政界全体にいきわたっていることだと考えるようになった。この日本人差別思想が、安倍晋三総理をはじめ、今回法案成立を主導した西田昌司議員まで、自民党の中の保守派と言われる人達にも広く蔓延していると見るべきだろう。でなければ、史実を完全無視した日韓合意などできるわけがないし、今回のようなあからさまな日本人差別法案を平気で通すこともできなかったであろう。

  どうも、安倍総理も西田議員も、独立派たろうとしても、根本的なところで自虐思想に囚われているからこそ、日本国民を差別し、「日本国憲法」にも人種差別撤廃条約にも違反した人種差別法案(ヘイトスピーチ規制法)を通すことができたのではないか。

国会議員などの「優等生」にとって被差別は自然なこと

 日本人差別思想は政界だけのものではない。学者や教員にも広く蔓延している。私は、新刊『安部談話と歴史・公民教科書』の「あとがき」で、歴史教科書や公民教科書が大きく改善されながらも本質的な改善がなされていないと指摘したうえで、なにゆえに本質的な改善がなされないのかと問題を提起し、次のように述べている。

 では、何ゆえに、本質的な改善がなされないのか。それは、日本が国連憲章、東京裁判、「日本国憲法」の三者に縛り付けられた被差別国家であるからである。国連の敵国条項の存在、「日本国憲法」の作られ方や第9条の存在から端的に知られるように、日本は、国連憲章と「日本国憲法」上では三階層の中の最下層国家である(拙著『「日本国憲法」無効論』草思社、2002年)。他方で、サンフランシスコ平和条約、日韓基本条約や日中平和条約などは日本を普通の主権国家として位置づけてはいるが、日本の学校教育では、もっぱら国連と「日本国憲法」のことばかりが教えられてきた。そして、第9条という異常な条項を合理化するために、東京裁判に由来する侵略戦争史観と日本犯罪国家観が歴史教育と公民教育によって国民全般に注入されてきた。それゆえ、日本人は、「優等生」ほど、自らを差別する意識を持って大人になっていく。被差別は日本の「優等生」にとって自然なことであり、差別されているとの感覚さえも持たなくなっている。あるいは、慰安婦問題などの虚構の「悪行」までこしらえて、日本人を一生懸命に叩いてきた。これが戦後レジームというものであろう。

  傍線部から知られるように、元「優等生」の多い政界、官僚、学者、教員といった人たちは否応なく学校教育で展開される自虐思想に染まったうえで、大人になり社会に出ていく。彼らにとって、被差別、あるいは日本人を差別することは自然なことなのである。被差別を自然なこととする感覚が、日本の支配層総体に抜きがたく存在するのである。今回の出来事で、この感覚が「右翼」とか「保守」とか呼ばれる人達の深層意識の中にさえも強固に存在することを確認することができた。

古い歴史認識に囚われているのではないか

  では、なぜ、彼らは、自虐思想に囚われているのか。それは、20年前、30年前の古い歴史認識に囚われているからのように思われる。例えば、1970年代から20世紀一杯までは、ほとんどの人達が、右翼を含めて、「南京事件」を肯定していたし(逆に占領初期を除けば、1960年代までは「南京事件」などほとんど問題にもならなかった)、「右翼」との強い関係が指摘されていた中曽根康弘元首相なども、対中戦争を侵略戦争と捉え、満州事変などで中国に悪いことをしたという感覚を持っていた。

  ところが、21世紀に入ったころから、「南京事件」が虚構であることが明らかにされていき、その他いろいろな面で日本が冤罪をかぶせられていたことが明らかになってきている。このような新しい思想潮流に安倍政権を支える「保守」派とされる人達は、ついていけてないのではないだろうか。これらの人達は、1970年代に思想形成をした人たちが多く、その頃に身に着けた自虐的な歴史認識が払拭されないまま、問題に対処しているのではないかと思われる。例えば、 安倍政権を支える最も右と位置づけられる日本教育再生機構の見解も、「南京事件」を肯定するものであるし、「事件」を肯定する教科書の作り方をしている。

歴史認識問題を軽視する安倍総理及びブレーン

 古い歴史認識に未だに囚われてしまうのは、安倍政権自体及びその周辺の「保守」派が歴史認識や日本人の主体性の問題を軽視するからでもある。彼らは、「日本国憲法」改正を自己目的化しており、「日本国憲法」改正さえできれば、歴史観の問題などで中韓に少々譲っても構わないという発想を持っている。その発想から、少々どころか、全面的に歴史観の問題で屈服してしまうのである。

 少しはまともに考えてほしい。いくら「日本国憲法」を改正して、緊急事態条項が作られ、家族保護条項が作られ、軍隊を保有できる九条改正がなされたとしても、侵略戦争論と日本犯罪国家観が国民の中に拡大していけば、すなわち自虐思想が国民に拡大していけば、家族も国家も守ることなどできないであろう。

日本及び日本人を差別する法3点 

 しかし、それにしても、なにゆえに政界の人達は、平気で日本人を差別するのか。私は、基本的に「日本国憲法」以下3つの法が日本人差別の根拠となっているからだと捉えている。以下、2回前の「補記2---ヘイトスピーチ規制法は、4番目に作られた最大最悪の日本人差別法」という記事を修正する形で考えていこう。

(1)「日本国憲法 

  3つの法のうち第一は「日本国憲法」である。「日本国憲法」は、何度も述べてきたように、きわめて日本人差別的な作られ方をした。占領下に、しかもGHQの完全統制下という異常な状態で作られた。それは西ドイツのボン基本法と比較するとよくわかる。西ドイツでは、ドイツ人自身が起草したのに対し、日本ではGHQが原案を作った。西ドイツでは、基本的に自由に審議できたのに対し、日本では議会審議も完全に統制されていた。しかも、 西ドイツでは、「基本法」と位置付けることが許されたのに対し、日本では「日本国憲法」と位置づけさせられた。連合国は、日本を西ドイツに比べて極めて差別的に扱ったのである。このことを先ずもう一度確認しておきたい。

  内容面でも「日本国憲法」は日本人差別の思想を露骨に表明している。前文は、「日本国民は、……、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、……平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と表明している。何度も指摘してきたように、諸外国を「平和を愛する諸国民」として上位に位置づけ、日本を戦争を起こした「侵略国」として下位に位置づけている。それどころか、諸外国に「安全と生存」をゆだねてしまっている。諸外国が死ねといえば死んでいく思想を表明しているのである。
 
 ところで、「日本国憲法」は「捕虜収容所服務規程」ともいわれる。安倍首相は「捕虜収容所」の現地人役人トップなのであろう。それゆえ、結局は、「捕虜収容所」を設置した連合国(実質は米国)に逆らえないとも考えられよう。今回の日本人差別法は、明らかに「日本国憲法」の思想に由来すると言えよう。

 (2)国連憲章

  日本が締結している国連憲章の中にも、いわゆる敵国条項があり、日本から先制攻撃を受けずとも日本攻撃を行える旨の規定がある。例えば、53条後段。

(3)近隣諸国条項

  義務教育諸学校教科用図書検定基準の第3章の2「選択・扱い及び構成・排列」の5項「近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がされていること。」

  これは、昭和57(1982)年の教科書誤報事件の結果つくられた規定である。この規定の影響で、歴史教科書は南京大虐殺を書き、朝鮮人強制連行説を展開するようになっていった。一挙に歴史教科書が自虐化していくのである。今はかなり薄まったとはいえ、相変わらず自虐史観の教育が行われ続けている。
 
(4)最大最悪の日本人差別法---「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」
  
 以上の3つの日本人差別法が土台になって、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」という最大最悪の日本人差別法がつくられたとみなせよう。

 その差別性は名称にも全条文にも現れているが、基本理念を述べた第3条に最も端的に現れている。

第三条 国民は、本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消の必要性に対する理解を深めるとともに、本邦外出身者に対する不当な差別的言動のない社会の実現に寄与するよう努めなければならない。

 何度も述べてきたように、今回の法律によって、日本人による外国人に対する不当な差別的言動(ヘイトスピーチ)は許されなくなるが、外国人による不当な差別的言動は許されることになった。そして、西田委員が説明しているように、既成の法律を駆使して不当な差別的言動を解消するようにするわけであるが、その際、外国人に対して有利なように法適用することによって、日本人による外国人に対する不当な差別的言動を失くそうとしていくわけである。同じ汚い言葉で罵り合ったとしても、いや外国人の方が汚い言葉を使ったとしても、つまり外国人の方にこそヘイトが込められていたとしても、処罰されるのは日本人だけであるという場面が増えていくであろう。

 (1)も(2)も具体的に日本国民の生活に関わる差別性はなかったし、(3)は教科書の世界だけを規定するものだった。それに対して、今回の法律は、日本国民の社会生活全般に関わるものとなる。しかも言論を規制する法律である。したがって、今回の「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」とは、最も具体的に日本国民を縛り上げる効果を持つ日本人差別法なのである。

自虐史観を根本的に払拭しよう 

  我々は、かかる日本人差別体制に対して、どうすればよいか。拙著の「あとがき」で前記引用に続けて、私は次のように述べた。

 この日本人差別体制から抜け出すには、あるいは戦後レジームから抜け出すには、自尊の感情を回復しなければならない。また同時に、三階層世界秩序の認識を持ち、被差別国家日本という認識を持たなければならない。そして、被差別国家日本という体制を打ち壊すべきものと認識しなければならない。

 では、どのように打ち壊していくか。もちろん慰安婦問題等について事実関係を明らかにすることも重要であるが、最も日本人に不足しているのは戦時国際法を中心にした国際法の知識であり、国際法を使いこなす能力である。

 日本を下層国家に位置づけるために、大きく、満州事変以降の戦いについて三つのことが学校教育では教えられている。一つは、日本は侵略戦争を行い、「南京事件」や慰安婦問題、朝鮮人「強制連行」などの悪事を行ったという物語である。二つは、連合国が戦争を仕掛けた事実を正当に評価せず、連合国が行った原爆投下や東京大空襲、数多くの強姦事件等を不問にする物語である。三つは、戦闘終了後ではあるが、戦争中に行われた東京裁判と「日本国憲法」を合法なものと位置づける物語である。

 この三つの物語を解体しなければ、日本は永遠に下層国のままであり、教科書の本質的な改善はなされないであろう。三つの物語を解体して、第一に日本は戦時国際法に照らして侵略戦争を行っておらず、「南京事件」などは冤罪であるということ、第二に連合国は原爆投下などの戦時国際法違反の行為を行ったこと、第三に東京裁判と「日本国憲法」は戦時国際法に反する違法なものであること、以上3点のことを日本国民の前に明らかにしていくべきである。


 ここで述べているように、被差別国家日本という認識をもつこと、この日本差別体制は侵略戦争史観や日本犯罪国家観、「日本国憲法」有効論などで支えられていることを認識し、これらすべてを、戦時国際法を武器にして叩き壊していきたいと考えるものである。そうしなければ、自虐史観は根本的に払拭できないし、いつまでも日本政府は「捕虜収容所」の現地人高級役人の集まりであり続けることになろう。

転載歓迎



"なにゆえに、政治家たちは日本及び日本国民を差別するのか----ヘイトスピーチ規制法成立に際して" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント