天皇元首規定論の抹消―――『新しい公民教科書』検定過程(14)

 「日本国憲法の改正問題」 

  単元19「日本国憲法の改正問題」では、改正手続きに触れた上で、改正の論点として、九条、二院制、環境権などの新しい権利という三つの問題とともに、天皇を元首と規定すべきだという議論、前文に歴史・伝統・文化について触れるべきだという議論をも取り上げた。すなわち、「憲法改正の論点」として、55頁5行目から11行目にかけて以下のように記していた。

   また、独立国には元首が存在しなければなりませんから、国際慣例どおり、憲法条文にも天皇を元首と規定すべきであるという議論があり、賛否両論があります。一般に、独立国の憲法前文は、自国の歴史・伝統・文化に基づき憲法の諸原理を基礎づけています。日本国憲法にはそれがないので、改正する場合には、前文で、日本の歴史・伝統・文化にふれるべきとする立場があります。  (55頁)  

  天皇元首規定論の紹介に対するクレーム

   この部分に対して、「憲法改正問題について、一面的な見解を十分な配慮なく取り上げている」という検定意見が付いた(意見番号57番)。12月6日には57番について話題にはならなかったが、12月20日、次のような意見のやりとりを行った。

執筆者 「一面的」という意味は、「独立国には元首が存在しなければなりませんから」と言い切るなということ。これは、「諸外国には元首が存在します」という書き方にするつもり。そういう趣旨ですか。

調査官 そうです。誰を元首にするかということもまた、いろいろ議論があると思います。なので、ここで天皇を元首にすべきだというのは一面的ではないか。

執筆者 「賛否両論があります。」と言っているからいいのでは。

調査官 天皇を元首として規定すべきだという議論は一般的かというと、疑問があります。

調査官 象徴天皇をどうすべきかということは、余り中学校の教科書では触れない方がいいと思います。逆に、改正によって首相公選制を入れようという話があるという、そんなことをふれていただくのは結構だと思います。

調査官 天皇が象徴であるということは片や、指導要領で教えておきながら、これを元首にしようというのは、中学校レベルでは(問題だ)。


   結局、前文改訂論については、特に調査官から意見が出されることはなかった。ひたすら、元首問題について議論がなされた。だが、最後の調査官の意見は、明らかにおかしいものである。こんなことを言うならば、九条改正の議論にもふれられなくなるからである。ともあれ、調査官は天皇元首化論が嫌いなようである。逆に、我々に対して、首相公選制論の意見があることを書くように勧めていることに注目されたい。

  12月20日の議論をふまえて、我々は、一種の公平さを求めて、天皇元首化論と首相公選制論の両者を記すことにした。また、「日本の歴史・伝統・文化にふれるべきとする立場があります」の「立場」を「議論」に修正することにした。そして、以下のような文章をつくり、1月12日の話し合いに臨んだ。

また、国際慣例どおり、憲法条文にも天皇を元首と規定すべきであるという意見もあれば、首相公選制をつくろうという意見もあります。一般に、独立国の憲法前文は、自国の歴史・伝統・文化に基づき憲法の諸原理を基礎づけています。日本国憲法にはそれがないので、改正する場合には、前文で、日本の歴史・伝統・文化にふれるべきとする議論もあります。

   天皇元首規定問題は大きな問題ではない

  12日には、今度は、調査官は次のような意見を述べた。

 首相公選制ということでバランスをとっていただきましたが、天皇を元首と規定すべきであるというのは改正問題としてそれほど大きな問題かというと疑問があります。

 あまり象徴天皇制というのをいじるという動きもないと思うんですね。もっと大きな問題があるんではないか。


  元首か象徴かというのは大きな問題であるし、天皇元首の規定設置は長年言われ続けてきたことである。それをこのように言うとは、余りにも偏っているのではないか。調査官もそのように感じたのかは知らないが、1月25日の時には、天皇元首化論を書くことを認める次のような発言をしている。

  改正問題として重要なのは新しい人権、二院制論なので、こちらを憲法改正の論点としてまずこれがあると書いた上で、その上にこんな問題もありますと、順序を逆にしていただきたい。

  この言葉を受けて、二院制論を先に持って行くことにした上で、55頁の11行目から19行目にかけて、以下のような文章を作って、2月21日に提出した。

  また、首相を国民の選挙で選ぶ首相公選制をつくろうという意見もあれば、憲法条文にも国際慣例どおり、天皇を明確に元首と規定すべきであるという意見もあります。

 一般に、独立国の憲法前文は、自国の歴史・伝統・文化に基づき憲法の諸原理を基礎づけています。日本国憲法にはそれがないので、改正する場合には、前文で、日本の歴史・伝統・文化にふれるべきとする議論もあります。

 そのほか、プライバシーの権利、知る権利、環境権などの新しい権利を憲法に規定しようという議論もあります。  (55頁)


  つまり、首相公選制論を天皇元首規定論よりも先に持って行ったのである。調査官の意向を忖度したものであろう。なお、調査官は、上と同じ55頁の11行目から19行目にある同じ文章について、2月15日、編集者に次のように述べている。

  これで結構だと思いますが、こないだ私が申し上げたのは、プライバシーという新しい、この最後の2行ですね。これも含めて上に持って行ったらどうかと申し上げたのですが、これでもかまいません。

  天皇元首規定論の抹消

  これで、一件落着したかと思われたが、更に調査官側からの指示で、「憲法条文にも国際慣例どおり、天皇を明確に元首と規定すべきであるという意見もあります」を、「国際慣例どおり、憲法に元首を規定すべきであるという意見もあります」に修正させられている。結局、天皇を明確に元首と規定すべきであるという改正論は、抹消されたのである。

  後に「日本国憲法」の原則や天皇の箇所で触れるように、調査官は、徹底して天皇君主論や元首論に反対する姿勢を明確にしたのである。この態度は、個人的なものというよりは、文科省全体、国家全体のものと捉えた方がよいだろう。しかし、このような文科省の態度は、早急に改めさせる方向に持って行く必要があろう。






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