不正検定問題の検討1――坂本龍馬をめぐるダブルスタンダード

 10日ほど前から、歴史教科書不正検定問題を私なりに検討し始めた。とはいっても、検討の観点はただ一つ。『新しい歴史教科書』に対する検定と東書などの他社教科書に対する検定で二重基準(ダブルスタンダード)があるかどうかという一点である。

 この観点から、まずは「つくる会」が『教科書抹殺』(飛鳥新社、2020年)で取り上げた100件について、東書などの他社教科書の検定申請本とそれに対する検定意見書を検討していった。100件のうち70件ほどは『新しい歴史教科書』だけが記述している事柄であり、他社教科書の記述は比較材料にはならないものだった。対して残る30件ほどは、他社教科書の記述を比較することが多少とも意味のあるものであった。

 その30件のうち、かなりの件数は、明確にダブルスタンダードと言えるものであった。また、ダブルスタンダードではないかとの疑問が出てこざるを得ないものであった。

 以下、そういう例を取り上げて紹介していこうと思う。第1回目は、『教科書抹殺』が取り上げている事例43〈坂本龍馬と大政奉還との関係〉をめぐる記述である。
 
『新しい歴史教科書』における坂本龍馬

 『新しい歴史教科書』は、検定申請本の単元52【討幕運動と王政復古】で、側注⑤を置き、坂本龍馬について次のように説明していた。

 土佐藩を脱藩した浪人で、薩摩、長州両藩を説いて薩長同盟を実現させました。土佐藩を通じて徳川慶喜に大政奉還をはたらきかけたともいわれます。

 この傍線部は、『検定審査不合格となるべき理由書』(令和元年11月5日交付)では欠陥箇所252番と認定され、〈龍馬の実際の行動に照らして、生徒が誤解するおそれのある表現である〉と意見が付された。
 これに対して自由社は、11月25日に『不合格理由に対する反論書』を提出し、252番については次のような反論を行った。

 山川書店「日本史小辞典」には、坂本龍馬は「高知藩主山内豊重を動かし大政奉還を実現し」とある。さらに2010年には竜馬が大政奉還を決める幕府の会議に出席する土佐藩の重臣、後藤象二郎を激励した手紙も見つかっており(2016年6月16日、日本経済新聞電子版)、龍馬が大政奉還を働きかけたことは明白で、生徒に何ら誤解を与えない。

 この反論に対しては、12月25日、文科省は「反論認否書」を交付し、次のように、再度、龍馬の大政奉還への関与を否定した。

 (自由社の記述は)一般的な記述ではなく,反論は認めら れない。坂本龍馬の実際の行動を誤解するおそれがある。

 つまり、文科省は、龍馬は大政奉還の働きかけをしていないという立場をとったのである。では、検定合格した東書などの他社教科書は、大政奉還と坂本龍馬の関係をどのように捉えているだろうか。他社の中に、龍馬が大政奉還に関与したと記している教科書はないのであろうか。他社の検定申請本の竜馬に関する記述を検討してみると、二つのタイプに分けることができる。

坂本龍馬が大政奉還に関与したと記さない教科書は三社

 第一のタイプは、薩長同盟に関する坂本の関与を記すけれども、大政奉還を記す際に坂本を登場させないものである。
・東書166頁本文、166頁囲み記事〈④坂本龍馬〉
・山川170、171頁本文
・学び舎153頁本文、156頁本文


 坂本龍馬が大政奉還に関与したと記す教科書は自由社以外に四社もある

  第二のタイプは、 薩長同盟に関する坂本龍馬の関与を記すだけではなく、龍馬が大政奉還に関与したと記す教科書である。既に藤岡信勝氏は、月刊HANADA2020年8月号で【新たに露見した文科省「不正検定」の動かぬ証拠】を著し、その中で教育出版の例を紹介している。まず、教育出版を引用しよう。

・教育出版166頁
 坂本龍馬と大政奉還
 翌年6月、龍馬は、長崎から京都に向かう船の中で、土佐藩の後藤象二郎に「船中八策」とよばれる新しい日本の政治構想を話したといわれています。その内容は➀幕府が政権を朝廷に返したうえで、朝廷を中心にした統一国家をつくること、②上下の議院を設けて議員の話し合いによる政治を行うこと、➂有能な人材を政治に登用すること、④欧米諸国と結んだ不平等条約を改正すること、⑤新たに憲法をつくること、⑥海軍を強化すること、⑦天皇直属の軍隊をつくること、⑧金と銀の交換比率を変更することなどであったとされています。
 後藤は、その後、土佐藩を通じて大政奉還を徳川慶喜に勧め、10月に大政奉還が実現しました。


  この教育出版の記述に対しては、検定意見書を見ても何の意見も付いていない。教育出版の例だけでも驚きであるが、私が他社を調査したところ、更に日本文教出版、帝国書院、育鵬社と3社も存在することが分かった。3社の記述を引用しておこう。

・日本文教出版178、179頁大コラム〈新しい世の中をめざした人々〉
●幕府に代わる政府を考えた海援隊
 海援隊は、幕末、土佐藩(高知県)を脱藩した浪士の坂本龍馬が中心となり、長崎を本拠地として結成された組織です。主に薩長両藩のために武器の購入斡旋などにあたりました。しかし、海援隊は単なる商社ではありませんでした。幕藩体制とは異なる国家の姿を模索し提案するなどした政治結社でもありました。そこでは憲法を定め、議会を開設するという新しい国家構想が議論されていました。この構想は、土佐藩の大政奉還建白書にひきつがれていくこととなりました。

囲み⑥海援隊で議論されていた国家構想
一 (幕府は)政権を朝廷に返し、政治のきまりは、朝廷から出されるようにすること
一 上下の議院を設け、議員がすべてのことを話し合って決定するようにすること。
一 外国との国交について話し合い、新しい条約を結ぶようにすること
一 昔からのきまりをなくし、新しい法律(憲法)をつくること。
 (一部要約)


・帝国書院166頁坂本龍馬写真キャプション
 新しい時代に必要な八つの政策を語り、大政奉還の実現に力を尽くしました。

・育鵬社175頁 
大政奉還
公武合体の立場をとる土佐藩では、坂本龍馬や後藤象二郎が、前藩主の山内豊信(容堂)を通して慶喜に、討幕派の先手を打って政権を朝廷に返すよう進言しました。慶喜は、幕府による政治はこれ以上続けられないと判断し、1867(慶応3)年10月、京都の二条城で、政権を朝廷に返すことを発表しました(大政奉還)。

 これら三社の記述は、教育出版の場合と同じく、何の検定意見も付いていない。それどころか、教育出版を含めた四社の記述は、いずれも坂本の大政奉還への関与を断定的に記している。対して、『新しい歴史教科書』は、「土佐藩を通じて徳川慶喜に大政奉還をはたらきかけたともいわれます」と慎重な言い回しをしている。「船中八策」の実在が否定されたとはいえ、坂本の大政奉還への関与を否定することのできない研究状況からすれば、『新しい歴史教科書』の記述こそ、教科書として最も適切なものであると言えよう。

 さらに言えば、育鵬社を除く三社は、いずれも最近は否定されている「船中八策」を実在のものとして記している。

 文科省は、なぜ、これら四社に意見を付けなかったのであろうか。特に「船中八策」を記す教育出版など三社につけなかったのであろうか。坂本の大政奉還への関与を否定する説に立つ文科省からすれば、教育出版等3社、育鵬社、自由社という順序で意見を付けるべきであるという理屈になろう。ところが、一番意見を付けるべきではない自由社の記述だけが槍玉に挙がったわけである。

 しかし、『新しい歴史教科書』を含めて考えれば、坂本の大政奉還への関与を認める教科書は、8社中5社であり、多数派である。この多数派5社のうち、なぜ『新しい歴史教科書』の記述だけが問題にされ、欠陥箇所認定を受けたのであろうか。とんでもないダブルスタンダードではないか。いかなる思想的立場に立とうと、その点を認めざるを得ないのではないだろうか。少なくとも、教育出版や育鵬社等4社は、ダブルスタンダードについて自由社とともに文科省に対して抗議すべきではないだろうか。

■補記

 以上、坂本龍馬をめぐる記述におけるダブルスタンダードを指摘してきた。だが、坂本の大政奉還への関与を否定する文科省の立場からすれば、五社もの教科書を問題にすべきテーマについて、何ゆえに一社だけしか問題にしなかったのであろうか。いくら『新しい歴史教科書』を不合格にしたいという思いが強かったとしても、少しでも公正に検定すべきだという気持ちがあるとすれば、信じられない事態である。一体、どういう検定の仕方をしたのであろうか。


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