育鵬社の出鱈目証拠乙45号の作り方(4)日本の参戦と21か条要求

 全く別々の単元から文章を寄せ集めてきた育鵬社

 これまで、乙45号証という出鱈目証拠を作成する方法について紹介してきた。原告書籍・被告書籍に関する勝手な文章の削除又は付加、平成17年版の日本書籍新社等3社の削除、全教科書記述における小見出しの削除、削除してはいけない文章の削除、都合の良い時だけのキャプションの付加といったものを紹介してきた。だが、他にもとんでもないパターンがある。複数単元から文章をかき集めて、扶桑社版や育鵬社版の一まとまりの文章の比較対象として乙45号証に掲げるものだ。

  この例は、何と、「9 記紀・風土記」のケースにさえも存在する。平成13年版清水書院は、記紀については、第1編第1章3節単元【律令国家の成立】の「改新政治の展開」という小見出し下、「皇族や豪族を役人として用いる制度をととのえ、国史の編集をはじめた。この国史は8世紀に『古事記』『日本書紀』として完成した。」と記し、風土記については、別の単元【大陸文化の影響と国風文化】の「飛鳥・天平の文化」という小見出し下、「また、国ごとに地理や産物、伝説などを記録した『風土記』もまとめられた。」と記していた。

  要するに、清水書院は、記紀と風土記を全く別単元で扱っており、記紀と風土記をセットで捉える視点を持っておらず、「記紀・風土記」というテーマを全く設定していないことが分かる。本来ならば、比較対象ではないということで平成13年版清水書院の欄は斜線を引くか、明らかに中心テーマである記紀の記述だけを記載すべきだったということになろう。にもかかわらず、育鵬社は、清水書院の全く別単元の二つの記述を寄せ集めて乙45号証に掲載していたのである。

 このように複数単元からバラバラの文章をかき集めるパターンは、いろいろな項目で見られる。「17 南蛮貿易とキリシタン大名」のケースでは、平成13年版東京書籍と13年版及び17年版の大阪書籍の例がそうであるが、17年版の大阪書籍の場合は、同一単元内の文章であるかのように偽装までしている。しかも、平成13年版東京書籍の場合は、第4章1節単元Ⅰ【鉄砲とキリスト教の伝来】と単元5【桃山文化】という4単元も離れた別々の単元の文章を集めて乙45号に掲載していたのである。こんなものが比較対象になるわけがないと言っておこう。

 項目29「日本の参戦と二十一か条要求」でも複数単元から寄せ集めている

  さて、表題の項目29「日本の参戦と二十一か条要求」の箇所でも、複数単元から文章を寄せ集めた例が多くある。平成8年版、13年版、17年版の東京書籍と8年版の日本書籍、13年版の清水書院の延べ5社は、別々の二つの単元から寄せ集めた記述である。何と、東京書籍の平成13年版と17年版では、第6章1節の単元1【第一次世界大戦と日本】(17年版は【第一次世界大戦とロシア革命】)と単元3【アジアの民族運動】という2単元離れた別々の単元から寄せ集めているのである。このような教科書を見るとき、1単元のなかにまとめた扶桑社の個性が一定浮かび上がってくるのである。 

 とんでもない文章の中抜き 

  更に、項目29のケースで目に付くのは、えげつない文章の中抜きである。平成8年版の帝国書院は、第8章第1節の単元2【日本の参戦と21か条の要求】で、「なぜ日本は参戦したか」の小見出しの下、次のように、日本の第一次世界大戦への参戦理由について個性的な記述を行っていた。

 第1次世界大戦がヨーロッパではじまると、日本は日英同盟を理由として、1914年8月、ドイツに宣戦しました。イギリスやアメリカは日本の参戦に必ずしも賛成ではありませんでした。しかし、日本は国内の政治や経済の行きづまりを戦争で利用して解決し、中国には日本の勢力をのばす手がかりを得ようと考えて参戦しました。日本軍は、中国にあったドイツの軍事基地である青島をせめおとして山東半島を占領し、さらにドイツ領の南洋諸島も占領しました。

  ところが、乙45号では、小見出しとともに、赤字部分が削除されている。何とも酷い削除である。扶桑社も他社もそんなに違ったことを書いていないと主張するには、個性的な記述、左翼的な記述は邪魔だったのであろう。何とも悪質な証拠の改竄である。


   転載自由





ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック