根源的な問題は何か--『新しい公民教科書』検定過程(21)

  この間、本務が忙しく、ブログの更新が出来なかった。しかし、公民教科書の検定過程を明らかにする作業が残っている。これまで20回にわたって、『新しい公民教科書』検定過程について報告してきた。今回は、その作業の一応の締めとして、感想風に、まとめを行っておきたい。

  制定法を過重に重視するか否か

  教科書調査官と我々との根源的な対立とは何か。それは、法というものを確定又は解釈していていく時の姿勢に関わるものである。調査官は、あくまで、制定法主義である。それも過重なまでの制定法主義である。例えば、立憲君主制や天皇権威論を否定する時に、どの条文に天皇が権威と書いているかと述べた。しかし、国王が権威であると書いている諸国の憲法は見たことがない。権威というのは政治学的な用語だから、そんなことを書く憲法は存在しないのである。また、調査官は、どの条文に君主と書いているかと述べた。しかし、「天皇」という言葉の中に君主性が込められているし、諸外国の条文でも「王(King)は君主(monarch)である」といった条文は存在しない。にもかかわらず、条文は?、条文はどうなっているのか?と考えてしまうのである。

  制定法主義に立つ調査官は、ともかく、日本の歴史・伝統、更には現実さえも無視する。例えば、「日本国憲法」下の天皇とは何か、といったことを考えるときに、日本の歴史・伝統から考えようとしない。それどころか、世界的な普遍的条理からさえも考えようとしない。独立国には当然に元首と権威が必要である。これは普遍的な法理である。とすれば、天皇が元首として遇されている現実を基にして、天皇元首論は当然に出てくるはずである。ところが、天皇元首論はそのまま書いてはいけないというのである。

  また、例えば、国民主権とは何か考えるとき、日本の様に古い国家であれば、当然に、日本の歴史・伝統からして、「国民」とは何か、「主権」とはどういう意味かといったふうに考えるべきものである。しかし、決してそうはしない。ひたすら、条文だけを、それも第一条の「象徴」という言葉に囚われてものを考えようとするのである。

  これに対して、我々は、もちろん条文を無視するものではないが、法を解釈乃至確定していくとき、条文がなければ歴史・伝統や条理に基づき法を確定しようと考えるし(例えば天皇=元首、君主、権威論)、条文で曖昧なところがあれば歴史・伝統や条理に基づき解釈を確定していくことになる(例えば自衛戦力肯定論)。つまり、少なくとも調査官と比較すれば、我々は歴史法学的な立場に立つと言ってよいだろう。

  立憲主義と民主主義との矛盾の意識がない 

  歴史・伝統を無視する調査官には、どうしても権威というものが理解出来なかった。権威というものは、長い間の歴史・伝統から醸成されるものだからである。従って、権威と権力の分離ということが立憲主義にとって重要であるという点がどうしても分からなかった。権威が分からない調査官にとっては、すべては権力同士の争いに見えてしまう。権威というものの重要性が分からない調査官にとっては、立憲主義はプラス概念であるが、立憲主義の敵は何よりも第一に君主である。これに対して、調査官にとっては、立憲主義を守るのは議会であり、国民であり、民主主義である。それゆえ、民主主義と立憲主義の区別が曖昧となり、両者が矛盾する場合がしばしば起き、民主主義が立憲主義を破壊することがしばしば起きるということに想いを致せなくなってしまうのだ(言い換えれば、民主主義が全体主義を生み、共産主義とファシズムを生んだということがどうしても理解できないことになるといってもよいだろう)。

 だからこそ、調査官は、単元12「国家と私たち国民」の中で、公民、臣民、受益者、私人という四区分を主張した我々に対して、私人は書かなくてもよいと述べることにもなったのである。

 これに対して、我々は、もちろん、立憲主義と民主主義の両者を重視するが、両者が矛盾する場合があること、民主主義が立憲主義を破壊することがあることを強く意識している。何とか、民主主義という「猛獣」を飼いならさなければならないという意識が、少なくとも私にはある。民主主義の暴走を防ぎ、この「猛獣」を飼いならすには、権威というもの、自由権というものが極めて重要となる。言い換えれば、権威の背景にある保守主義と自由権の背景にある自由主義との連合が重要となるのである。

  以上、第一に、方法的に言えば、制定法だけ重視するか、それとも歴史・伝統と条理をも重視するかと言う点が根源的な対立である。次いで第二に、思想内容的に言えば、立憲主義と民主主義とを協調的なものととらえるか対立的なものと捉えるか、という点も根源的な対立である。今回は、二つの根源的な対立を指摘して筆を擱くことにする。




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この記事へのコメント

憂子(ゆうし)
2013年02月16日 12:18
調査官は「法の支配」と「法治」がわかっていません。わが國の「コモン・ロウ」がなんであるかを知らないのです。日本の国柄ということを考慮していない。彼らには祖国の歴史、伝統、文化を尊ぶ心が缺如しているのです。われわれと拠って立つ基盤が違う。要は話してもわからない連中ということです。中韓と同じです。
小山
2013年02月17日 00:15
コメント、ありがとうございます。
検定過程で意外だったのは、それほど国家論を展開することに対する反感が調査官にはなかった事です。逆に彼らには、予想以上に、天皇という存在、日本の歴史に対する反感あるいは軽視があるように感じました。
 ただ、検定でよくなった部分もあり、調査官との議論はそれなりに有益なものでありました。

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