公民教科書はこう作りたい――平成19年9月号『史』掲載、公民教科書検定過程について(2)

   検定過程での調査官と我々との対立に入っていく前に、理解しやすくするために、私はどういう公民教科書をつくろうとしたか、説明しておきたい。

   平成19年6月、私は「つくる会」理事になった。理事になるや、私は『新しい公民教科書』の代表執筆者に指名された。すぐに、公民教科書の構想をまとめ、平成19年9月号『史』に掲載した。まず、この論文を読まれたい。


       公民教科書はこう作りたい
 ―――全体主義を予防し、独立国家意識を再建するために―――
  
        
                                          小山常実


   公民教科書こそ、「失われた二十年」の背景にある 

 
  平成に入ってからの日本国の衰退、一九八〇年代からの日本人の劣化が言われだしてから久しい年月が過ぎた。衰退と劣化の大きな原因としては、歴史教科書の自虐性が指摘されてきた。

  だが、筆者が見る所、衰退と劣化の最大の原因は、戦後六十年にわたる公民教育の異常さにある。戦後公民教育の枠組みをつくった昭和二十年代の中学校公民教科書は、国家とはどういう存在か教育せず、国家の対外主権さえも教えていなかった。そして、国際社会のことを、主権国家が生存をかけて競争しあう集合体としてとらえていなかった。

  そればかりか、中学生に徹底的に侵略戦争観を植えつけ、戦争と戦力の放棄を正当化していた。例えば、中教出版の昭和二十七~三十一年度版教科書は、「世界に対する罪」という小見出しの下、次のように述べていた。

  「日本軍は、アジアの国々の兵士ばかりか、多くの民衆の生命をうばい、国土を荒し、文化財をこわした。そのために、東亜の各国はいまでも侵略の災害を回復するために、苦しんでいる。軍国日本は、世界の民衆に対して大きな罪を犯した。この罪をつぐなうためには、過去の侵略主義をすて、平和のためにできるだけの手伝いをしなくてはならない。将来ぜったいに再び侵略によって諸国の民衆にわざわいをおよぼさないためには、さっぱりと永久にわれわれの手から武器をすてるのがよい。これが日本の戦争放棄の一つの理由である」(下巻、二〇二頁。傍線部は引用者)と記していた。

  このような教科書で育った人物として初めて首相を務めた細川護煕氏は、平成五(一九九三)年八月の記者会見で侵略戦争発言をしてしまった。また、同世代の河野洋平氏は、宮澤内閣の官房長官として、同年八月四日の談話で「強制連行」を事実上認めてしまった。

  細川氏は昭和十三年一月生まれ、河野氏は十二年一月生まれである。昭和二十年代に戦後教育を受け、国家に関する教育を全く受けず、強烈に贖罪意識を植え付けられた世代である。彼らは、一九八〇年代からは国家社会の中堅として、平成に入ってからはトップとして、日本を指導してきたのである。

  こうしてみれば、国家の衰退と国民の劣化の背景には、戦後公民教育の異常さというものがあると言える。したがって、筆者にすれば、公民教科書の改善は、歴史教科書の改善以上に重要なことである。


   国家の思想の再建 

  では、『新しい公民教科書』は、どんな内容にすべきだろうか。五点にまとめて述べておこう。

  第一に、『新しい公民教科書』の初版と現行版にならって、侵略戦争観をもちこまず、犯罪国家日本の物語は持ち込まないこととする。

  平成に入ってからの公民教科書は、戦前日本の戦争を「侵略」と位置づけるなど、否定的に描いている。そして、最近のほとんどの教科書は、「韓国・朝鮮人差別」問題の箇所で、朝鮮人強制連行七十万人説に基づき、現在の在日は「強制連行」された人々及びその子孫が多いと教えている。『新しい公民教科書』は、このような歴史偽造は決してしてはならないことは言うまでもなかろう。

  第二に、国家論をきちんと展開する。公民教科書の第一目的とは、生徒たちを日本国家の成員として育て上げることのはずである。したがって、公民教科書には、国家論が必要である。

  しかし、教科書史上初めて拉致問題や竹島・尖閣問題を取り上げた『新しい公民教科書』の初版や現行版さえも、国家論に関しては極めて不十分である。

  確かに、最近では昭和二十年代とは異なり、全社が国家の対外主権については一応教えている。だが、現行版で言えば、清水書院を除けば、国家の定義や役割、目的などを記していない。また、全社が、国家の共同体性にふれず、国家を団体と位置づけることさえもしない。この国家論の欠如こそが、靖国問題や教科書問題といった国内問題への内政干渉を招いた最大の原因である。それゆえ、国家の定義、起源や目的、役割などについて説明し、国家の共同体性、国家が団体であることを明確化する。

  次いで、日本国家の特色について説明し、愛国心の必要性を説く。そして、個々人の権利を守るために、法を守るために、政治権力が必要であると記すこととする。

  さらに言えば、国家には、政治権力を政治権力たらしめる装置として軍隊を持つ権利と義務があることを記す。信じていただけないかもしれないが、戦後教科書の中では、政治権力の必要性についてふれる教科書さえも少数派なのである。

  英国と日本の政治史、モンテスキューの重視
  
  右のように国家と政治権力の必要性を明確にした上で、政治権力の濫用を防ぐために西欧米国の近代社会が生み出した立憲政治の原則について説明していきたい。

  一般的に、権力の濫用を防ぐ主要な装置としては、権利ないし人権思想、民主主義、権力分立の三者が考えられるし、三者ともに必要なものである。三者を主張した思想家は、権利ないし人権思想はロック、民主政治はルソー、権力分立はモンテスキューと言える。そこで、昭和二十年代以来、公民教科書は、三者の説明のために英国、フランス、米国の政治史について記し、ロック、ルソー、モンテスキューの思想を紹介してきた。

  しかし、時代や教科書会社によって、英国政治史とモンテスキューの権力分立の思想を中心に紹介するタイプと、フランス革命とルソーの民主政治、ロックの人権思想を中心に紹介するタイプに区分する事ができる。時代が下るにつれ、教科書は前者から後者に変化してきている。そして最近の公民教科書は、もっぱら、フランス革命とルソーの思想を中心に政治史及び政治思想史について記している。

  しかし、フランス革命は、決して、他国が見習うべき革命ではない。フランス革命は恐怖政治によって百万人もの犠牲者を出したし、フランス革命の延長上にロシア革命が位置づけられる。また、ルソーは、共産主義やファシズムといった全体主義の元祖としても捉えられる思想家である。したがって、今日の公民教科書は、全体主義的な民主主義への憧れを生徒に対して懸命に煽っていると言えるのである。

  つくる会の教科書は、当然、全体主義的な民主主義ではなく、自由主義的な民主主義を目指すべきものである。『新しい公民教科書』の初版は、自由主義的な民主主義の教科書として画期的なものだった。

  それゆえ、第三に、初版に戻って、西欧米国の政治史を英国中心に、政治思想史をモンテスキュー中心に記述していきたい。当然ロックやルソーにもふれるが、初版と同じくバークの思想にもふれておきたい。そして、日本政治の全体主義化を防ぐためにも、権力分立(権力相互の抑制・均衡)の観点から、民主主義、それも直接民主主義と平等主義に偏したフランス革命と共産主義を失敗例として紹介する。

  また、日本における立憲政治の歩みを、他社のように明治から始めるのではなく、古代からの日本政治史の流れの中で説明する。特に、天皇が権威の役割を引き受け、将軍や首相などの時々の実力者が権力の役割を引き受けてきたことを強調する。この権威と権力の分離は、世界史上日本政治において最初に確立されたものであり、立憲政治においては重要な原則である。また日本政治において最も典型的に見られるものである。この点を記していきたい。

  したがって、古代以来戦前までの日本政治史を、他社のように無視したり失敗例として描くのではなく、日本的な立憲政治の発達史として描くつもりである。

  
  自由主義的民主主義の立場から「日本国憲法」を説明する

  第四に、「日本国憲法」の規定する政治体制と権利保障に関しても、立憲主義と自由主義的な民主主義の立場から説明する。

  まず、何よりも、「日本国憲法」の原理を、「日本国憲法」自体に忠実に六原則でとらえることとする。すなわち、①間接民主主義又は議会政治、②国民主権、③天皇制、④三権分立、⑤平和主義、⑥人権ないし権利尊重主義の六原則である。

  国民主権、平和主義、人権尊重主義の三原則説は、八木秀次氏によれば、一九五四(昭和二十九)年に鳩山内閣が登場したことに危機感を抱いた左翼勢力が、公民教科書の中で作り上げたものである。事実、昭和二十年代の憲法学説や公民教科書には、三原則説はほとんど存在しない。三原則説は、昭和三十年度の公民教科書に突然登場し、国民全体に広げられてきたのである。しかし、付言しておけば、憲法学界においては、三原則説は、一九七〇年代までは完全に少数説であり、今日でも定説になっていない。

   三原則説が排除した議会政治も三権分立も、ともに、自由主義的な民主主義にとって極めて重要な原則である。天皇制も、権威と権力の分離の原則を内包しており、自由主義的な原則である。したがって、三原則説とは、自由主義的な立場をとっている「日本国憲法」を全体主義的に解釈しなおす試みだと言えよう。

  だからこそ、『新しい公民教科書』の初版は、六原則のうち三権分立以外の五原則を「日本国憲法」の原理として掲げていた。ところが、不可思議なことに、八木氏が代表執筆者を務めた現行版は、五原則説を捨て、左翼的、全体主義的な解釈である三原則説の立場をとるに至ったのである。
 
  権利保障の問題についても、「日本国憲法」に忠実な立場をとることにする。

 「日本国憲法」の第三章は、「国民の権利及び義務」と題されており、フランス由来の人権の思想ではなく、英国の「国民の権利」の思想を基本にしている。

 この点を無視して、今日の公民教科書は、国籍に囚われない人権の思想を基本にして物事を解釈しようとする。その結果、在日韓国・朝鮮人に対して参政権を与えないのは差別であるとする立場を表明している。『新しい公民教科書』は、当然、「国民の権利」の思想を基本にして権利保障について説明しなければならない。

  また、「日本国憲法」の第三章は、「公共の福祉」による権利制限と権利に伴う責任を明示している。にもかかわらず、他社の教科書は、この点について本当に軽く触れる程度に過ぎない。この点でも、「日本国憲法」に忠実な立場をとることにしたい。 

     社会の紐帯を取り戻す

   第五に、社会の紐帯を取り戻すために、社会の基礎単位である家族に関する記述に力を入れ、宗教に関する記述を復活させたい。

  かつての公民教科書は、宗教と家族についてかなり力を入れて記述していた。だが、一九八〇年代以降になると、宗教の記述は消滅し、家族に関する記述は著しく簡略なものになってしまう。かつては、家族は社会の基礎単位であるということが必ず記されていた。だが、こんな当たり前の記述さえも、相当数の教科書は行わなくなっているのである。

  さらに言えば、同じく社会の紐帯を取り戻すために、平等関係とともに、親子や師弟などに見られる指導被指導関係、保護被保護関係、上下関係について記すことにする。

  戦後の公民教科書は、一貫して平等関係だけに注目し、指導被指導関係などについてまったく教えてこなかった。また、権利のみを教え、権利に伴う義務や責任について教えてこなかった。しかも、昭和五十六(一九八一)年度以降の教科書は、民主主義から人権というものに重点を完全に移していく。

  このような公民教育に育てられた人々は、必然的に責任観念を身に付けず、権利を主張しあってバラバラな個々人に分解していかざるを得ない。バラバラな個々人への分解とは全体主義への第一歩である。全体主義化を防ぐためにも、指導被指導関係などの教育が必要であろう。
 
  反全体主義と独立国家意識の再建

  以上、五点にまとめて公民教科書編集の思想をまとめてきた。

  総体的に言えば、『新しい公民教科書』では、利益社会論と共同社会論のバランスをとるつもりである。

  今日の公民教科書は、家族から国家まで全段階の社会を、人間が作為的に形成する利益社会として捉える傾向がある。まるで、社会全体をバラバラな個々人に解体した上で、その上に全体主義社会を構築しようと目指しているかのようである。それゆえ、特に家族論と国家論には共同社会論を持ち込み、全体主義化を阻止しなければならない。

  また総体的に言えば、『新しい公民教科書』では、これまでの教科書とは異なり、日本政治だけでなく、日本経済や日本の家族、宗教、地域社会の特色を明確化していく。そして前述の国家論の教育を通じて、独立国家の国民としての意識の涵養に努めていきたい。

  要するに、反全体主義ということと独立国家意識の再建ということが、『新しい公民教科書』の二大目的である。

 *なお、戦後の公民教科書の歴史については、拙著『公民教科書は何を教えてきたのか』(展転社、二〇〇五年)を参照されたい。


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