平成21年8月25日東京地裁判決から分かること、その4――教科書作成に尽力していない改善の会系知識人

   前回の記事では、結合著作物か共同著作物かという対立に注目して、「つくる会」分裂の思想的意味について考察した。

  では、なぜ、判決は、結合著作物と認定したのだろうか。それは、扶桑社版歴史教科書は、藤岡氏を中心にした「つくる会」側著作者が全体を仕切って作ったからである。今回は、判決を通じて、扶桑社版歴史教科書は「つくる会」側著作者がつくったこと、「教科書改善の会」系の人たちはほとんど教科書作成に関わっていないことを明らかにしていきたい。まず、判決の読書ノートから、教科書作成過程をまとめた部分を掲げておこう。

第4 当裁判所の判断
1、争点1について(結合著作物か共同著作物か)
 (1)前提となる事実等
  ウ、本件書籍の初版本の発行の経緯等
   (ア)つくる会と被告とは、平成11年頃から教科書作成に取り掛かった。
   (イ)当初の作成作業
①Jが古代から中世、原告Cが近世、近代、現代を執筆
    ②編集会議……J、原告C、原告A、編集部Gら
    ③平成11年10月には、原稿作成が8割程度進行していた。
   (ウ)仕切り直し
    ①平成11年11月、編集会議……J、原告C、原告A、原告B、編集部G、E
      原告Bが中心になって新たに原稿を執筆し直すことになった。
    ②原稿執筆者は、原告B、原告A、原告C、J、K、Iら。
   (エ)平成12年2月頃から3月
    ①編集会議……原告B、A、CとJ、K、編集部G、Eと近代史研究者Lら。
    ②校了までに7回の校正……原告Bの原稿は大幅に削られ、一部加筆修正。
  エ、本件書籍の発行の経緯等
   (イ)(ウ) 改訂版原稿作成第一幕
    ①平成14年から編集会議……I、原告A、原告C、Dと被告編集部G、Eら
    ②判型を大型に、単元を2頁に統一する、文体統一などを決定
    ③古代から中世を当時のつくる会会長Iが、近世以降を原告Aが「それぞれ、初版本の教科書を基にして執筆(リライト)することが決まった。」(42頁)
 ―――しかし、Iのリライト原稿(編集部Eも関与)は中学校用教材として不適切であった。
   (ウ) (エ)(オ) 改訂版原稿作成第二幕
    ①平成15年5月頃の編集会議……古代から中世も原告Aが執筆することになった。
    ②原告Bは、本件教科書の執筆作業には関与していない。
    ③編集部Eは、原告Aのリライト原稿についてチェック……重要事項の漏れがないか、教科書として正確な記述か等
    ④側注は、原告Aが執筆した部分と被告編集部員が執筆した部分がある。
    ⑤図版、表、地図は原告Aと編集部E
    ⑥原告Dは、コラムの一部を執筆した。*別紙「著作権者一覧表」によれば、原告Cも、「神武天皇の東征伝説」(30頁)等のコラムを執筆している。
    ⑦課題学習の執筆は、編集部E
   (カ)出来上がった原稿の検討修正
    ①原稿検討者……執筆担当者+5人の監修者+数名の教育関係者
    ②編集会議……原告A、C、Dと編集部E
      Iと編集部Gは、会議に出なくなった。監修者も出ていない。
    ③原告Aの原稿に対する意見……原告D中心。他にI、Wなどから。
    ④編集会議では、コラムや課題学習等の原稿も検討された。
    ⑤平成16年3月頃、検定申請図書が完成。
 

  上記記号は判決文のまま記しているが、判決文や『新しい歴史教科書』の初版と改訂版の奥付の著作者欄に目を通すと、誰の事を指すか、明確に知ることができる。分類しておけば、ABCDの各氏は「つくる会」側の著者、E氏とG氏は扶桑社編集部員、美術史学者I氏と近代史研究者L氏、そして元外交官W氏は「つくる会」から出て「改善の会」に行った人物、J氏は「つくる会」分裂以前に故人となった人物、K氏は有名漫画家で「つくる会」分裂以前に会を出た人物である。

 こう分類したうえで、上記教科書作成過程をみていただきたい。真っ先に確認できるのが、「教科書改善の会」系知識人がほとんど教科書作成に関与していないことである。I氏とL氏の名前は出てくるが、I氏は結局、文化史関係を執筆する役割を果たしただけである。日本近代史研究の大物L氏はもっと教科書作成に関与していると考えていたが、判決を読む限り、初版教科書作成の平成12年2月3月頃にかけて編集会議に出ていたとあるだけである。初版の奥付を見ると、監修だけではなく執筆もしているようではあるが、判決から見る限り、一部の執筆しかしていないようである。改訂版作成過程では、執筆はおろか、編集会議にも出ていないようである。

  W氏は、初版には関与していないし、改訂版では監修者兼執筆者として名前を奥付に記しているが、判決によれば、最後の段階で教科書作成に関与したに過ぎない。

  これに対して、「つくる会」側の著者は、大きく教科書作成に関与している。初版では、B氏が全体を統括して代表執筆者の役割を名実ともに果たしているし、A氏とC氏はその次に重要な働きをしている。改訂版では、A氏が全体を統括して82個中75個の単元本文を執筆しているし、更に8つのコラムを執筆している。C氏も4つのコラム、D氏は6つのコラムを書いている。執筆者が書くべき部分の大部分を「つくる会」側著者が執筆していたのである。
 更に、A氏は、編集部に指示して図版、表、地図などの作成にも関与していた。要するに、教科書の主要部分、大部分を作成し、編集作業も含めて全体を統括していたのが、「つくる会」側著者だったのである。

 上のような教科書作成事情を考慮して、裁判所は、『新しい歴史教科書』を、共同著作物ではなく結合著作物と認めたのである。

 そして、上記経緯を振り返るならば、扶桑社版教科書を土台にこれをリライトして『新しい日本の歴史』をつくった扶桑社-育鵬社と「教科書改善の会」系知識人は、藤岡氏や西尾氏が苦労してつくりあげた『新しい歴史教科書』を丸ごと盗んだのだと位置づけることができよう。


   


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この記事へのコメント

okusama
2011年11月03日 14:44
彼らは育鵬社の広告をするたびに、扶桑社の出版事業を継承します・・・・とかなんとかキャッチコピーを入れて、いかにも扶桑社の教科書(内容)の継承者であるかのように印象づけました。

このたび、年表問題でこちら側の迂闊さが表に出ましたが、育鵬社の場合、奥付に名前を貸した?知識人は迂闊ではすまない犯罪的行為をしたことになります。

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  • 育鵬社による盗作の全体像

    Excerpt:   これまで18回(実質19回)にわたって、育鵬社による盗作の検証を行ってきた。今回は、育鵬社による盗作の全体像を示しておきたい。   これまで何度も述べてきたように、平成21年8月25日東京地裁判.. Weblog: 「日本国憲法」、公民教科書、歴史教科書 racked: 2012-01-28 19:22