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zoom RSS 学習指導要領改訂案に関する要望書を提出−−「つくる会」ファックス通信より転載

<<   作成日時 : 2017/03/08 12:54   >>

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 《聖徳太子を厩戸王に変えるな》《家族と地域社会を復活させよ》などの声を文科省に

  昨日、3月7日、「つくる会」は文科省に対して、学習指導要領案に関する要望書を提出した。安倍政権の下で、誰が中心的に動いているのか知らないが、共産党系の学び舎と連動して、思想的な日本解体が進められている。そして、家族と地域社会を解体する動きも、民主党政権以来、継続している。少なくとも、歴史的分野に関する用語革命を阻止できなければ、教科書改善運動は、元の木阿弥となろう。

  ともあれ、特に《聖徳太子を厩戸王に変えるな》《家族と地域社会を復活させよ》などのパブリック・コメントを届けていただきたいと思います。期限は、3月15日です。


学習指導要領改訂案に関する要望書を提出
文部科学省は改訂案への説明責任を果たせ


 新しい歴史教科書をつくる会は、3月7日、文部科学省を訪れ、今般の学習指導要領改訂案に関する大臣宛要望書を提出しました。

 申し入れには、池勝彦会長、石原隆夫・岡野俊昭・藤岡信勝副会長、越後俊太郎事務局長が出席。本件の担当官に対して改訂案の各問題点を指摘した上で、その理由を求めました。その後、文科省記者クラブで会見を開きました。文科省側とは今後も必要に応じて折衝を継続していきます。

 今回の要望書全文は下記の通りですが、近日中に歴史・公民の個別の各問題点について改めてパブリックコメントを提出します。提出次第、FAX通信・公式HPなどで発表する予定ですので、会員、支援者の皆様にはそれらを参考に、「聖徳太子」の件に続けてパブリックコメントをお送りいただきますよう、お願いいたします。

  パブリックコメントの概要や送付先は前号のFAX通信もしくはHPの特設ページをご参照ください。各種参考資料や例文も掲載しております。

  なお、パブリックコメントは3月15日(水)同省必着となりますのでご注意ください。

平成29年3月7日

文部科学大臣 松野 博一 殿
                      (一社)新しい歴史教科書をつくる会
会長 高池 勝彦


中学校の歴史・公民教育は、教科・分野の目的に立ち返って見直して下さい−学習指導要領改訂案に関する要望書−

はじめに

 文部科学省は2月14日、次期の小・中学校用学習指導要領改訂案を公表しました。3月14日まで国民からのパブリック・コメントを求め、3月末までには最終版を確定するとのことです。当会は中学社会の歴史及び公民の教科書の改善を推進してきましたので、その立場からこの両分野について以下の見解をまとめ、文科大臣に提出いたします。なお、個別の項目に関しては、別にパブリック・コメントとして提出します。

歴史教育を破壊する「聖徳太子」の抹殺

  指導要領案は、中学社会歴史的分野の「内容の取扱い」の項で、「厩戸王(聖徳太子)」と書くように指示し、日本の歴史上最も重要な人物とさえいえる「聖徳太子」の名前をフェイドアウトさせる方針を示しました。これは小学校とも連動した一貫した方針で、小学校では「聖徳太子(厩戸王)」として、小学校段階から「厩戸王」の呼称に慣れさせようとしています。

 歴史学界の一部では、約20年前に「聖徳太子虚構説」なる学説が唱えられました。しかし今日では、その説は学問的に否定されて過去のものとなっています。戦後の古代史学界では「大化の改新はなかった」という学説など、「なかった説」が時々提唱されては消えてゆくというケースが見られました。「聖徳太子はいなかった」という説もそのような運命をたどろうとしているとき、これを学習指導要領公認の学説として全国の教育機関に押しつけるとは信じがたいことです。 
         
  なぜこのような変更をするのか、その理由を文科省は説明していませんが、以下の批判に答える形で、聖徳太子の名前(次いで実体)を抹殺する理由を明確に説明していただきたいと思います。

  世上、聖徳太子を抹殺する理由として、聖徳太子という名は100年後に創作されたものであり、だから聖徳太子なる人物は実在しなかったと主張されています。しかし、歴代天皇の御名は漢風諡号という謚(おくりな)で呼ばれるのが慣例であり、虚構論の筆法では歴史上のすべての天皇が存在しなかったということになります。
このように、論理的に破綻し学術的にも論破された学説が一部でもてはやされるのは、この学説が日本の古代史の骨格を解体し、聖徳太子を民族の記憶から消し去ろうとする反国家的メンタリティに親和的だからではないでしょうか。実際、律令国家形成の出発点となった聖徳太子を抹殺すれば、日本を主体とした古代史のストーリーはほとんど崩壊します。

  学習指導要領は歴史学界の一部の空気に従う必要など全くありません。仮に歴史学界の学説がどのように展開しようと、歴史教育は国民としての自覚(ナショナル・アイデンティティ)を育てることを目的とし課題とする仕事であるからです。

  以上の理由で、指導要領改訂案にある聖徳太子の扱いは従来通りとして下さい。

聖徳太子を消した特定の教科書に追随する指導要領改訂案

  ここでさらに問題点として指摘しておきたいのは、指導要領の新方針は、驚くべきことに、最も左翼的と見なされる歴史教科書が実行していることに追随し、追認するものとなっていることです。

  現行版の歴史教科書のうち、学び舎の教科書は、大きな文字で「厩戸皇子」という見出しをつけています。聖徳太子の肖像もなく、一方で隋の皇帝煬帝(ようだい)の肖像画はしっかり掲載されています。この教科書は今回の文科省の方針を先取りしていたといえます。これを今後は文科省の方針として、しかも「厩戸王」という呼称で押しつけられます。ついでに言えば、学び舎の教科書が平成27年に検定に合格したことについて、教科書検定審議会歴史小委員会の委員長をつとめた上山和雄氏は、「学習指導要領の枠に沿っていない」と評価し、政治的な配慮で特別に合格とされたことをにおわせています(朝日新聞、平成27年4月24日)。しかし、「学習指導要領の枠に沿っていない」教科書は本来検定不合格となるべきものです。学び舎教科書の合格をめぐる疑惑を、この際改めて問題にせざるを得ません。

  「日本を取り戻す」ことをうたって登場した安倍政権のもとで、学び舎の教科書で展開された反日的な国家否定の歴史観が教育行政にも入り込んでいることは、国民にとって重大な警告です。

  民族の言葉を放逐する「歴史用語革命」の危険

  学習指導要領案の歴史的分野には、このほかにもいくつかの問題点があります。
  第一に、「聖徳太子」以外にも、「大和朝廷」、「元寇」、「鎖国」という歴史用語が駆逐の対象となりました。文科省は、今回の改訂で、日本民族の重要な語彙の一部をなしてきた歴史の伝統的な用語を人工的・外科手術的に削除する、「言葉狩り」あるいは「歴史用語革命」とでもいうべき路線に踏み出したようです。これはゆくゆく、歴史の共有という点で世代間の断絶をもたらす由々しい結果を招くでしょう。この「革命」はとりあえずやめておくべきです。

  第二に、目標記述の混濁化と改悪が見られます。今回、歴史的分野の目標に前書きのようなものが付けられ、「グローバル化する国際社会」という現状認識が語られています。しかし、この認識はすでに時代遅れで、世界は今やグローバル化の抑制とナショナリズムの興隆に向かっていることは誰の目にも明らかです。そもそも、時事評論的な特定の現状認識を学校の教科や分野の目標の中に持ち込むことが根本的な間違いです。歴史教育は本来の目的に即して充実させていくべきです。また、従来の4目標を3目標に縮約したため、一つのアイテムにあまりに多くのものを盛り込みすぎており、焦点のわかりにくい混濁した目標と化しています。特に、従来の目標の第1項の末尾が、「我が国の歴史に対する愛情を深め、国民としての自覚を育てる」という明快な表現を、長い一文の途中に押し込め、最後の締めくくりを「国際協調の精神を養う」としたのは、重大な改悪です。歴史教育の目標は現行版に戻すべきです。

  第三に、個々の部分でも、いろいろと問題があります。その一つは、「市民革命」について、初めて欧米の国名を挙げて取り上げるべき素材を例示したのですが、そこで挙げられているのはアメリカの独立革命とフランス革命であり、日本の近代立憲君主制の見本となったイギリスの市民革命が抜けています。自由主義的な市民革命観を脇に置いて、暴力革命を礼賛するかのような市民革命観を称揚する危険があります。また民主主義が強調され、ギリシャから日本の戦後の「民主化」まで筋を通そうとしているようですが、ここにも上記と共通する傾向が読み取れます。

公民教育に「家族」「地域社会」「公共の精神」を入れることを求める
 
 公民的分野の改訂案については、大きく評価できる点があります。内容Dには「領土(領海,領空を含む。)、国家主権、国際連合の働きなど基本的な事項について理解すること」と記されています。同じ文言が現行版でも「内容の取扱い」部分にありますが、「内容の取扱い」から「内容」に昇格したのです。また、改訂案では、北方領土、竹島、尖閣が明記されました。これらの変更は、国家主権と領土に関する教育を重視しようとする動きとして歓迎します。

  しかしながら、冒頭の「1目標」には、新たに「グローバル化する国際社会」という文言が登場しました。歴史的分野のパートでも指摘しましたが、グローバリズムの時代から各国の国家主権が角逐するナショナリズムの時代へ世界全体が動きつつあるように見える今日、周回遅れの文言には違和感を感じざるを得ません。

  このグローバリズム礼賛の姿勢と関連するのでしょうが、今回の改訂案を見ると、公民教育には、家族論や地域社会論、そして社会形成の基礎となる「公共の精神」についての教育は不要であると文科省は考えているようです。平成23年の東日本大震災を経験した日本国民は、地域社会と家族の大切さ、公共の精神の重要さについて改めて感じるところがあったはずです。にもかかわらず、指導要領案には「家族」「地域社会」「公共の精神」という3つの言葉は全く存在しないのです。

  しかし、振り返れば、平成10年版指導要領までは、必ず「家族」「地域社会」という言葉が存在しました。平成10年版では「家族や地域社会などの機能を扱い、人間は本来社会的存在であることに着目させ」と記されていました。また、平成18(2006)年、教育基本法が改正され、第2条「教育の目標」で「公共の精神」と「郷土を愛する」ことが謳われました。また、第10条@では「父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって、生活のために必要な習慣を身に付けさせる」と規定され、改めて家族の重要さが確認されました。

  従って、改正教育基本法に則る立場から、とりわけ改訂指導要領案の2箇所を次のように修正することを要望します。下線部は修正箇所です。

1、目標(3)に「公共の精神」を入れること
「(3)現代の社会的事象について,現代社会に見られる課題の解決を視野に、公共の精神に基づき、主体的に社会に関わろうとする態度を養う……」  

2、内容A「(2)現代社会を捉える枠組み」のアの(イ)に「家族」「地域社会」「公共 の精神」を入れること
 「(イ) 家族や地域社会などの機能を扱い、人間は本来社会的存在であることに着目させ、公共の精神、個人の尊厳と両性の本質的平等,契約の重要性やそれを守ることの意義及び個人の責任について理解すること。」

  私たち「新しい歴史教科書をつくる会」は、以上のことを文科省に強く要望し、さらに状況によって行政担当者との公開討論を要求します。教育は国家百年の計にかかわる重要問題です。文科省はこの度提示した新たな政策について、国民への説明責任を果たさねばなりません。     (以上)


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