卑屈さ、依頼心・依存心を払拭せよ。粛々と自主防衛体制を構築せよ

アメリカ大統領選挙はどうなるか最終的には分からないが、バイデン政権誕生となれば、1月末か2月にでも早速、尖閣危機が訪れる可能性が高くなることは確実である。危機に備えて何をすべきか、というようなことを考えた。答えははっきりしている。

卑屈さを捨て、米国または中国にたいする依頼心・依存心を払拭せよ。粛々と自主防衛体制を構築せよ。

ということである。

  さて、『自衛戦力と交戦権を肯定せよ』の第一章5節の記述を思い出した。参考までに、ここに引用しておこう。適宜、参考にされたい。




五 第九条第二項は属国化を招来した

 卑屈な精神を作るのではないか――佐々木惣一の危惧

 では、第九条第二項は、日本をどのような国家にしただろうか。第一に、卑屈な精神を日本政府と国民の中に植え付け、自ら運命を切り開く精神を解体した。

  卑屈な精神形成については、早くも「日本国憲法」を審議した帝国議会で既に指摘されていた。指摘したのは、美濃部達吉と並ぶ戦前の有力な憲法学者であった佐々木惣一である。佐々木は、昭和二十一年九月十三日貴族院憲法改正特別委員会で、第九条によって「国民は何だか自分は、国を為す人間として、自主的でない、何か独立性を失ったような、従って朗らかでない、……日本の国民は果たして、少しも卑屈のような気持を持つことがないと云う風に安心出来るものでありましょうか」と憂えている(清水伸『日本国憲法審議録』第二巻、原書房、一九七六年)。

 現実に、戦後日本人の精神は、「卑屈」の二文字で表されるようなものに変化していく。佐々木の危惧は現実のものとなっていく。慰安婦強制連行説や性奴隷説が全く虚偽であることを百パーセント知りながら、それでも慰安婦問題について反省の言葉を述べるのが戦後日本人なのである。

トリップワイヤーを置かない日本政府

 卑屈な精神は、慰安婦問題を中心とした歴史問題で最も現れているが、ここでは、尖閣問題に関して見ておこう。軍事評論家の兵頭二十八によれば、中国が尖閣を占領したからと言って、それだけではアメリカが動かない可能性がある、動かなくても日米安保条約違反にはならないという。日米の共同防衛を定めた日米安保条約第五条は、次のように規定している。

第五条 各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する。

 傍線部に在るように「日本国の施政の下にある領域」における武力攻撃があった場合に初めて米軍は動くわけである。アメリカは、尖閣が日本国の施政の下にあることは認めているが、中国が単に尖閣を占領しただけでは「武力攻撃」があったとはみなせない。だから、全く動かないことも考えられるわけである。

 そこで、兵頭は、尖閣に少人数の陸上部隊を置くこと、或いは巡回という形でもよいから陸上部隊を関与させておく政策を推奨する。少数の陸上部隊が中国に襲われる形になれば、必然的に「武力攻撃」があったことになり、中国側が侵略者となる。日米安保条約が発動し、アメリカが日本を守ることになる。日米安保条約が無くても、このようにあからさまな侵略行為に対しては、日本の武力行使は自衛行動となり、アメリカは日本と共同で戦えることになるのである。

 この少人数部隊を置くことをトリップワイヤーと言う。この部隊を攻撃すれば、トリップワイヤーをひっかけたことになり、中国側は極めて困った事態となる。そのことを十分分かっているから、中国は、この少人数部隊を攻撃しないという。

 しかし、尖閣に陸上部隊を置いておくなどの策を採っていなければ、中国側は、例えば偽装難破をした漁民が尖閣に緊急上陸し、漁民救済の名目で海警局の大型船で大人数の武装警察官を上陸させれば大成功である。今の日本には、尖閣に上陸し居座りを続ける中国人を排除する決断を下せる政治家も外交官もいないから、ここで中国側の勝利が確定する。時と共に、竹島と同じことになると兵頭は述べるのである(兵頭二十八『日本の武器で滅びる中華人民共和国』講談社、二〇一七年)。

 尖閣に陸上部隊を置くという簡単な決断を下せない所に、今の日本の政治家や官僚の卑屈さ、ひ弱さが現れている。いや、兵頭が言うように、そもそも日本の政治家や官僚の中にトリップワイヤーという概念が組み込まれておらず、戦争のセンスがないから、少数の陸上部隊さえも置けないのかもしれない。
 
 アメリカの「奴僕国家」を作った

 いずれにせよ、第九条第二項は、卑屈な日本人をつくり、戦争をめぐる知識もセンスもない官僚や政治家を作った。官僚や政治家は、アメリカに対する依存心を、少しずつ拡大してきた。

 この卑屈さや依存心と相俟って、第二に第九条第二項は、日本をして、「二」の最初の所で述べたように、アメリカの属国又は「奴僕国家」にした。本書で展開してきたように、自衛戦争も自衛戦力も認めない、交戦権も認めないという考え方では、結局自衛権を放棄したこととなる。第九条第二項を維持すれば、一対一で戦った場合、韓国には勿論敗北して対馬を取られることになるし、ミニ国家にも、負けなくても勝つことはできない。結局、図体の大きな国のくせに、他国に守ってもらう形以外の自衛は無理だということになるのである。

 従って、第九条第二項を維持していれば、大国の属国となり、最悪の場合、いつでもその大国によって別の大国に対して売り渡されてしまうことになる。大国から、つまりアメリカから「俺は知らん」と言われれば、そこで終わりである。別の大国、つまり中国の属国となり、下手すれば吸収合併され、東海省と倭人自治区に再編されてしまうかもしれない。即ち、日本国の滅亡である。

 つまり、自衛戦争と交戦権を認めて初めて、他国の属国にならずに他国と対等の同盟国となり、自衛することができるのである。一刻も早く、日本の政治家、官僚、そして国民には、この自明の理を理解していただきたいと考えるものである。  55~60頁

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