日本国民を分断対立させる「本邦外出身者」の概念

壊れているアメリカの道徳・法・秩序意識

 アメリカ大統領選を見て、アメリカが壊れていることをつくづく知らされた。壊れていくときの根本的原因は、道徳・法・秩序意識の衰退である。そして、それらの衰退を大きく推進していくのが、自虐史観である。アメリカの場合は反米反日思想の拡大である。間違いなく、選挙をハイジャックしたバイデン氏の政権となれば、アメリカの道徳・法・秩序意識は更にこわれていき、反米反日思想が復活拡大するだろう。この影響は、必ず日本にもあるだろう。
*注記 ひと月ほど前に記した記事で引用したように、ダグラス・マレー『西洋の自死』には、次のような記述がある。  
  1998年にウガンダを訪問したクリントン大統領は、またもや奴隷貿易をしつこく謝罪した。 263頁
  その昔、ある記者が……ヤセル・アラファト議長にインタビューを行った。取材が終わりに近づいた頃、アラファトの男性アシスタントの1人がオフィスにやって来て、アメリカの代表団が到着したと告げた。これは特ダネかもしれないと考え、記者は隣室にいるアメリカとは誰なのかと質問。するとアラファトは「十字軍のことを詫びるためにこの地域を旅しているアメリカの代表団だ」と答えた。そこでアラファトと記者は大笑いしたという。 273頁
  このように、民主党の思想は、滑稽なほどに反米思想に染まっている。そればかりではなく、ジェイソン・モーガン『日本国憲法は日本人の恥である』(悟空出版)によれば、アメリカの歴史学界は反米思想とともに反日思想も将来の指導層になる学生たちに対して押し付けてきた。モーガンは次のように記している。
 アメリカの歴史学会に参加している者の大半は、アメリカのことを嫌い、アメリカが弱体化すればするほど喜ぶ一方で、第二次世界大戦でアメリカが日本に対して、大型爆弾や核を投下して無差別大量殺人をしたことを賞賛するという、実に矛盾した歴史観を平気で若者たちに押し付けている。 115頁 
 それゆえ、バイデン政権となれば、少なくとも歴史認識に関して、アメリカと中国からの圧迫が強くなると予想されるのである。 2020年11月14日記す

 2015年から再び自虐史観が強くなった

 日本における最近の歴史を振り返れば、20世紀末からの教科書改善運動開始以来、2015年頃まで、日本の自虐史観は少しずつ衰退し、歴史教科書の記述も少しずつ正常化してきていた。2015年の中学校歴史教科書を比較検討したとき、侵略記述の完全少数派化などの変化を見てかなり喜んだことを昨日のことのように覚えている。

 だが、この2015年から所謂歴史の歯車が逆回転し始めた。2015年の安倍談話を手始めにして、同年12月の日韓合意を経て、2016年にヘイト法ができて以来、日本政府や議員たちの、そして特に保守派の自虐史観化はとどまるところを知らず、ついに2020年、自虐史観ストップの先頭を切ってきた「つくる会」はつぶされる寸前までいった。保守派の言論人たちは、多数が「つくる会」を見殺しにする態度をとったばかりか、育鵬社系の言論人は、文科省に代わって、「つくる会」攻撃の論陣を張るまでに至った。

ヘイト法の制定

 私は、2015年以来の流れの中で最も大きな出来事は、ヘイト法の制定だったと思っている。このとき、保守派のほとんど大多数はヘイト法に賛成した。少なくとも反対しなかった。ヘイト法とは、正式名称を「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」という。何度も言ってきたが、周知のように、「本邦外出身者」=外国人に対する日本人による不当な差別的言動=ヘイトスピーチは許されないものになったが、外国人による日本人に対するヘイトスピーチは野放しにされた。ヘイト法の中心条文は第3条である。私は4年前、『ヘイトスピーチ法は日本人差別の悪法だ!』(自由社)の中で、第3条について次のように記した。

 日本国民だけに義務を課す第3条

 さらに、その日本人差別性が一番込められているのは第3条です。第3条を読み上げていきます。


第3条 国民は本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消の必要性に対する理解を深めるとともに、本邦外出身者に対する不当な差別的言動のない社会の実現に寄与するようつとめなければならない。

 「国民は」のところですが、普通の国では、「何人も」というふうに規定するのです。「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」というところは、「人種等を理由にする不当な差別的言動」というふうに書くんです。民主党案も、実はそのような書き方をしていました。民主党案のほうが、はるかにまだよかったのです。この問題に関しては、自公案は民主党案よりもひどかったんです。これは確認しておかなければいけないことです。私どもがある意味で一番信頼していた西田昌司さんが、こういう馬鹿なことをやってしまったわけです。もう日本は終わりだと思いました、本当に、法律が通った時にそう思いました。最近、ちょっと何とか元気を回復しましたけれども。

 この第3条ですね。「国民は」と書いていますから、国民だけに義務を課すわけです。これはまさしく、日本人を差別するものです。先ほど、藤岡先生のほうからありましたが、日本人を潜在的な差別者というふうにとらえるわけです。差別者は日本人だけであるという考え方ですね。外国人が日本人を差別するというふうには、捉えないんですね。実際には日本人を著しく差別しているわけですが、それを差別とはまったくとらえようとしないんです。そういう考え方が第3条には見事に込められているわけです。だから、名称自体と第3条、ここから明確に今回の法律は「日本人差別法」であると言えます。ですから、ちょっと先走りますと、明かに人種差別撤廃条約に違反しているわけです。 14~15頁



 この引用にあるように、正式に多数派たる日本人は、「本邦外出身者」と呼ばれる外国人と平等・対等な扱いを受けられないことになった。端的には、日本人は、被差別民族となったのである。

 「本邦外出身者」とは何か

 では、「本邦外出身者」とは何か。誰を指すのか。4年前、私は〈外国人〉を指すのだと理解した。そもそも韓国・朝鮮人のために作った法律だったから、韓国・朝鮮から渡ってきて帰化した国民も「本邦外出身者」に入るのかもしれないと思ったが、その帰化国民の日本で生まれた子供は「本邦外出身者」には入らないと思っていた。

 だが、どうも国や地方自治体の解釈は、韓国・朝鮮から渡ってきて帰化した人たちだけではなく、その日本生まれの子供たちも含めるもののようである。
 それどころではない。ひと月前に、怖ろしい話を聞いた。日本人と外国から渡ってきた外国人との間に日本で生まれた日本国民も、「本邦外出身者」に当たるというのが、法務省の見解だと言うのだ。ということは、日本生まれで日本国籍だとしても、以下のように多くの種類の日本国民が存在することになる。

 ➀代々、日本で生まれ育ってきた多数派の日本国民
 ②韓国・朝鮮から来た人及びその子供
 ➂韓国・朝鮮人と日本人との子供
 ④中国から来た人及びその子供
 ⑤中国人と日本人との子供
 ⑥フィリピンから来た人及びその子供
 ⑦フィリピン人と日本人との子供
 ⑧アメリカから来た人及びその子供
 ⑨アメリカ人と日本人との子供
 ⑩その他、外国から来た人及びその子供
 ⑪その他、外国人と日本人との子供

 これらだけでもややこしいが、「本邦外出身者」は、近代に外国から移住してきた人だけを指す概念ではないようだ。我々が普通に➀に当たると考えて居る多数の日本国民の中にも、多くの「本邦外出身者」がいることになるようだ。例えば、古代に、新羅や百済から、あるいは高句麗から渡って来た帰化人が多数存在するが、彼らの子孫も「本邦外出身者」になるという解釈のようだ。この解釈からすれば、当然、薩摩焼で有名な沈家は「本邦外出身者」となるし、高麗川とか朝鮮半島由来の地名を持つ地方の人々も「本邦外出身者」となる。しかも、自分がいつ日本に渡って来たかを証明する必要はないということのようである。

 代々日本で生まれ育って来た日本人でも、「本邦外出身者」と認定されれば、少なくとも言論の世界では、普通の日本人よりはるかに保護されることになる。それゆえ、➀の多数派日本国民の中にも、大きな塊で考えても、以下のような「本邦外出身者」が考えられることになる。

 ⑫小笠原諸島の欧米系の島民……150~160年前をたどると、イギリス人やアメリカ人などが先祖である島民が多数存在する。
 ⑬古代新羅から渡って来た人の子孫
 ⑭古代百済から渡って来た人の子孫
 ⑮古代高句麗から渡って来た人の子孫
 ⑯古代大陸から渡って来た人の子孫
 ⑰近代に樺太などから渡って来たアイヌ系の子孫
    
 もう訳の分からないことになっているが、こういうおバカな概念をこしらえて、古代帰化人の子孫まで「本邦外出身者」として認めようとする法務省とは、いったい何を考えてるいのであろうか。

 国民を分断し対立させる「本邦外出身者」概念

 以上みてきたところから分かるように、ヘイト法と「本邦外出身者」概念は、日本に住む全員を、そして特に日本国民を多数のアイデンティティ集団に分裂させ対立させるものとなる。それが法務省の狙いではないかと最近思うようになった。
 
 繰り返すが、日本国民だけに不当な差別的言動をしない義務を課すことによって、多数の日本国民の上位に「本邦外出身者」という名の外国人を上位に位置付けた。条例で罰金を科されていくようになれば、さすがに呑気な日本人も、ヘイトスピーチを日本国民に対してぶつけても何の問題ともされない外国人に対して敵意を覚えるようになっていくのではないか。そして、外国人と日本国民との間の対立が深まっていくかもしれない。特に日本人が外国人に仕事を奪われるといった状況が生まれれば、その対立は深刻なものになっていくかもしれない。私は、『西洋の自死』を読んで以来、法律を作った人たちは、こういう対立を日本に持ち込みたくて、ヘイト法という不要な法律を作ったのではないかと考えるようになった。前回の記事でも述べたが、西欧に存在する「人種差別主義者」と「反人種差別主義者」の深刻な対立を持ち込むために、ヘイト法を作り上げたのではないかと考えるようになった。「本邦外出身者」をめぐる出鱈目極まりない言説を聞いて、余計にそう思うようになった。

 しかし、対立は日本国民と外国人との間だけで生ずるのではない。日本国民の中にも多数の対立が生まれる。ヘイト法の世界では、大きく言って、日本に居住する人たちは、三段階の階層に分かれる。上から外国人、真ん中に「本邦外出身者」の日本国民、下位に「本邦外出身者」以外の普通の日本国民が位置付けられる。
 
 A、外国人……これも、ヘイト法上、少なくとも二段階に分かれる
    韓国・朝鮮人……これがトップ
    中国人、アメリカ人など、その他の外国人  
 
 B、「本邦外出身者」の日本国民……これも、少なくとも三段階に分かれる
    韓国・朝鮮系の日本国民……これがトップ(②または②➂)
    中国系、アメリカ系、その他近代に渡って来た日本国民(➂から⑫、⑰)
    古代帰化人系(⑬から⑯)

 C、 代々、日本で生まれ育ってきた多数派の日本国民(➀)
  実は、ヘイト法の審議経過及び付帯決議の趣旨からすれば、これも最低、3つの階層に分かれる。審議では、まずアイヌ差別に対応しなければならないということがいわれ、次いで沖縄も取り上げられたからである。
   アイヌ
   沖縄人
   本土の普通の日本人


 法務省のような考え方に基づき、「本邦外出身者」という概念分析にこだわっていくと、日本国民は、最低20ぐらいの小さなアイデンティティ集団に分割されていくことになる。細かいところの説明は省略するとして、BとCの国民には、大きな差別が存在する。Bの「本邦外出身者」の日本国民は、第3条が適用されるので外国人など「本邦外出身者」に対するヘイトスピーチはできないが、Cの〈代々、日本で生まれ育ってきた多数派の日本国民(➀)〉に対してはヘイトスピーチを行っても少なくともヘイト法的には何の問題もないわけである。

 これに対して、一般日本国民は、ABの「本邦外出身者」に対してヘイトスピーチを行うことは許されないだけでなく、自らがヘイトスピーチを浴びても、日本国家は何の保護もしてくれないわけである。日本国家というものは日本国民のために第一にあるはずである。ところが、大多数の日本国民を全く守らないわけである。だからこそ、ヘイト法は、言論弾圧法であるとともに日本人差別法だと言えるのである。

 日本国民又は日本人というアイデンティティの破壊

 しかし、今回、「本邦外出身者」に関する法務省の考え方について考察していく中で、私は、日本人差別という点よりも、日本国民や日本人というアイデンティティを破壊していくことがヘイト法の最大の害悪ではないかと思うようになった。大きな日本人、日本国民というアイデンティティではなく、小さなアイデンティティにこだわる人々を大量に生み出していけば、小さなアイデンティティ集団同士の対立が広がり、国民は更に分断されていくのではないか。すなわち、ヘイト法は第一に言論弾圧法、第二に日本人差別法、第三に日本国民分断法という3つの性格を持つと言えよう。

 ちなみに、『西洋の自死』などを読む中で、小さなアイデンティティ集団が並立し、対立しあい、金や票をめぐって争い合う政治をアイデンティティ・ポリティックスということを知った。アイデンティティ・ポリティックスが行き過ぎると、小さなアイデンティティ集団は、金と票を得るために、例えばさまざまな差別を温存又は拡大した方が有利となることに気付き、その結果、差別は解消されず、小さなアイデンティティ集団同士の対立は継続していく。こういう国民国家における国民同士の分裂対立は、グローバリストたちにとって、とても美味しい事態である。敗戦以降、遅くとも小泉政権以来、グローバリストが支配する日本国家では、日本から色々なものを詐取していっても、国民同士が対立して団結できないようにするためにこそ、「本邦外出身者」という訳の分からない概念をこしらえ上げたのではないか。 

 昨年のアイヌ新法以降、日本の国や地方自治体は、本州でもアイヌを無理やり探して増やそうとしている。これも、Cの普通の日本人の中から、アイヌを優遇して、日本国民がいがみ合うように持っていくためなのであろう。アイヌの定義はないに等しいから、誰でもアイヌになろうと思えばなれるようだ。

 さらにBの「本邦外出身者」の日本国民の例に戻るならば、誰でも自己申告で、Cという下層国民からBの中層国民に上昇することができる。そういう人が増えていけば、ますます日本国民の分断は進んでいくのではないか。分断は単に金持ちと貧困層で起きるだけではない。グローバリストにとっては、民族的・人種的にも、日本国民を多数の集団に分裂対立させる方が都合が良いのであろう。
 
 少し、論理の進むままに書き連ねすぎてきたが、「本邦外出身者」という概念が日本国民または日本人というアイデンティティ破壊装置であることだけは確かである。

 やはり、ヘイト法は廃止しなければならない。

補記 古代帰化人まで「本邦外出身者」に含めようとする考え方に接したとき、『西洋の自死』の中のスウェーデンの首相の言葉を思い出した。2014年、首相を退任したばかりのラインフェルトは、スウェーデンの指導者らしく自虐史観に陥り、「スウェーデン人には面白みがない」「国境は仮想的な概念である」 と述べた。更には「スウェーデンは、そこに何世代も住んできた人々ではなく、より良い人生を送るためにそこにやって来た人々のものであると述べた」(385頁)。自虐史観に基づき、スウェーデン人を新来の何者かに置き換えようという主張である。
 日本国民の多数を「本邦外出身者」に読み替えられると考える法務省の考え方も、ラインフエルトと同様のものではないかと考えられるのかもしれない。



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