『新しい公民教科書』の画期性とは何か5――立憲的民主主義(2)7原則を掲げ、間接民主主義を強調した

「日本国憲法」の7つの原則

前回は、「日本国憲法」の7原則のうち「象徴天皇」の原則又は立憲君主制の原則に焦点を当てて論じてきた。今回は、7原則説を掲げたことの公民教科書史上の意味についてまず展開することにする。もう一度、7原則を掲げよう。
  1、国民主権
  2、基本的人権の尊重
 3、平和主義
4、象徴天皇
  5、法治主義(法の支配)
  6、三権分立
  7、間接民主主義 

「日本国憲法」7原則とは立憲的民主主義の立場

 7原則説を展開したこと自体、『新しい公民教科書』の大きな特徴である。7原則のうち、4~7の4原則は明らかに立憲主義の重要な構成要素であり、立憲主義的・自由主義的原則である。立憲主義とは、専制政治・恐怖政治を防ぐために生まれたものであり、専制政治・恐怖政治を防ぐには、4~7の4原則は効果的だからである。特に法治主義、三権分立と権威と権力の分離は効果的である。前回述べたように、「4、象徴天皇」の原則は半ば実質的に権威と権力の分離に基づく立憲君主制の原則の意味合いを持っているのである。したがって、明らかに『新しい公民教科書』とは、立憲的民主主義の教科書だと言えよう。

 他社は3原則

  しかし、現行版公民教科書を見ると、他社はすべて1・国民主権、2・基本的人権の尊重、3・平和主義の三原則説をとっている。ただし、育鵬社は基本的には三原則説をとりながらも、三原則に象徴天皇と議会制民主主義の二つを加えた五原則説的なことも述べている。

 だが、三原則説とは、わざわざ「日本国憲法」の原則から4以下の立憲主義的な原則を排除した立場である。しかも、1の「国民主権」を国民自身が権力を握ることと理解し、直接民主主義への憧れをあおって、全体主義への警戒感を解除するようにしてきた。つまり、指導要領と公民教科書のほとんどは、全体主義的な民主主義を称揚しているのである。

間接民主主義の強調

  対して、『新しい公民教科書』は、直接民主主義の危険性を意識する立場から、間接民主主義を7原則の中に入れている。もちろん、間接民主主義をとっていても、ナチスのように、そこから全体主義が生まれる場合はある。しかし、直接民主主義よりは、その危険性が少ないことは確かである。

  西欧政治思想史を扱った単元17「立憲的民主主義」の中から、間接民主主義を推奨した部分を引用しよう。

  近代国家では、間接民主主義は、直接民主主義と比較した場合、冷静に論理的に議論を行い、異なる意見を調整しながら長期的、公共的な利益をはかって結論を決めていくのに適しているとされます。ただし、近代国家でも、間接民主主義を原則としつつ、国民自身の意向を直接反映させるために、国民投票などの直接民主主義的な方法が併用されています。
 こうして、法治主義、権力分立、基本的人権の尊重とともに、間接民主主義が立憲主義の重要な要素となりました。    (50~51頁)


 この部分には、「こうして」以下の文に一つ、それより前に一つ検定意見が付いていた。比較のため、検定申請本を引用しよう。

 間接民主主義では、国民を代表する政治の専門家(職業政治家)が、冷静に論理的に議論を行い、異なる意見を調整しながら長期的、公共的な利益をはかって結論を決めていくことになっています。ですから、間接民主主義の方が、専制政治を防ぐために生まれた立憲主義にふさわしい方法なのです
 こうして、法治主義、権力分立、権威と権力の分離、基本的人権の尊重とともに、間接民主主義が立憲主義の重要な要素となったのです。


  このように、検定申請本では、「間接民主主義の方が、専制政治を防ぐために生まれた立憲主義にふさわしい方法」だとストレートに述べていた。これが直接民主主義の大好きな調査官の機嫌を損ねることとなり、何度も書き直させられることとなった。調査官にとっては、立憲主義にとっての有用性は直接民主主義も間接民主主義も同等のものであるようだった。

  にもかかわらず、何とか、立憲主義の一要素として間接民主主義を数えることができたのである。

  しかし、これに対して、この西欧政治思想史を述べた部分では、立憲主義の要素から「権威と権力の分離」が排除されることになった。「権威と権力の分離」が大嫌いな調査官によって削除されたのである。何とも残念なことであった。

  ともあれ、象徴天皇の原則と間接民主主義の原則を含む7原則を掲げている『新しい公民教科書』は極めて貴重なものと言わねばならない。
 

補記――「日本国憲法」三原則説成立の歴史

  なお、かつて私は『公民教育が抱える大問題』(自由社、平成22年)の中で、全くの少数説であった三原則説が、どのような過程を踏んで公民教科書の多数派になっていったか、記したことがある。以下に再録しよう。

 「日本国憲法」は七原則

 驚かれるかも知れないが、「日本国憲法」自体は、国民主権、平和主義、人権尊重の三原則だけを基本的原則としているわけではない。筆者なりに前文や条文を読み解けば、「日本国憲法」は①法治主義(又は法の支配)、②間接民主主義、③立憲君主制(又は象徴天皇制)、④三権分立主義、⑤国民の権利(又は人権)尊重主義、⑥国民主権主義、⑦平和主義という七原則から成り立っている。

 それゆえ、昭和二十年代では、三原則説をとる中学校公民教科書は、管見の限りでは存在しない。いくつか例を挙げれば、東京書籍(昭和二十八~二十九年度版)は国民主権と平和主義の二原則を、学校図書(昭和二十七~二十八年度版)は国民主権、平和国家、基本的人権尊重、国会中心主義、三権分立、地方自治の六原則を、自由書院(昭和二十七~三十一年度版) (昭和二十七~二十九年度版)は主権在民、永久平和、基本的人権の尊重、国会最高審議、財政民主主義、違憲立法の審査の六原則を掲げている。

 学習指導要領を無視する公民教科書 

 ところが、昭和三十(一九五五)年度になると、三省堂、帝国書院、中教出版などの公民教科書が一斉に三原則説を採用するようになる。そして三原則説は、昭和三十七年度には完全に一般化し、昭和四十四年度以降には全社が採用するようになる。こうして三原則説は、まずは公民教科書において広げられてきたのである。

 しかし、この時期の教科書が準拠していた昭和三十年度版学習指導要領と三十三年度版学習指導要領は、共に、三原則説ではなかった。三十年度版指導要領は、主権在民、基本的人権の保障、三権分立、平和主義、天皇の地位の五つを「日本国憲法」の特色としている。また三十三年度版指導要領は、「基本的人権の尊重、平和主義、国民主権、三権分立、代議制、議院内閣制(傍線部は引用者)などの基本的な原則」と記している。三原則+三権分立、代議制、議院内閣制の六原則を挙げていることに注目されたい。教科書は、学習指導要領を全く無視して三原則説を掲げたのである。三原則説とは、明らかに、日教組が牛耳ってきた教育界でつくりあげられたものである。

 しかも、公民教科書に影響されたせいか、昭和四十七年度以降の教科書が準拠した昭和四十四年度版学習指導要領も、三原則と解釈できる立場を表明する。そして、中学校歴史教科書でも、昭和三十年度に登場した三原則説は、じょじょに拡大していき、昭和五十六(一九八一)年度以降に全社で採用されるようになるのである。

公民教科書に追随した憲法学 

 公民教科書に影響されたのは、学習指導要領や歴史教科書だけではない。憲法解釈学も大きく影響されていく。実は、一九六〇(昭和三十五)年頃までは、管見の限り、司法試験委員の中では三原則説をとる憲法学者は存在しなかった。例えば、戦後憲法学の第一人者であり続けた宮沢俊義は個人の尊厳、国民主権、社会国家、平和国家の四原則を掲げていた。また、宮沢に次ぐ有力な憲法学者であった清宮四郎は民主主義(国民主権等)、自由主義(権力分立と自由権)、平等主義、福祉主義、平和主義の五原則を掲げていた。

 ただし、一九四八(昭和二十三)年、刑法学の平野龍一が代表を務め、十七人の法学者が参加した東京大学憲法研究会が『注解日本国憲法』(有斐閣)を著し、この中で三原則説を展開した。この憲法研究会には、後に一九六八(昭和四十三)年から六年間司法試験委員を務める鵜飼信成が参加していた。鵜飼は、自己の著作でも三原則説を展開している。公民教科書を書いていた日教組系の学者は、数多ある学説から、わざわざ少数説である三原則説を採用し国民一般に広めていったのである。

 しかし、一九六〇年代、七〇年代になっても、憲法学界では、三原則説は少数派であった。二十六年間も司法試験委員を務めた佐藤功は、三原則に「法の支配」を加えた四原則を掲げていた。三原則説が相対的多数派になるのはようやく一九八〇年代のことであった。一九八〇年代とは、中学時代以来、三原則説を習ってきた世代が四十歳代に突入し、一人前の憲法学者として認められ始めた時代である。彼らのうち相当数の者たちは、憲法学者になっても、中学の時に公民教科書で身につけた三原則説を唱え続けてきたのである。

 とはいっても、現在も定説化していないことに注意されたい。例えば、一九八〇年代以降の憲法学界の第一人者とも言われる佐藤幸治は、国民主権と代表制、自由主義、国際協和主義・平和主義の三原則を掲げた上で、自由主義を基本的人権、権力分立、「法の支配」の三者に区分している。


  以上のように、社会主義・共産主義にかぶれていた日教組系の教科書執筆者が作り上げたのが、全体主義的な民主主義を目指す三原則説であった。三原則説はまずは公民教科書で多数派となり、次いで指導要領で広がり、最終的には憲法学説でも多数派となったのである。公民教科書とは、なかなかに大きな影響力を行使するものであることに注意を喚起して、今回の記事をしめることとする。


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