国民主権とは何か------『新しい公民教科書』検定過程(17)

  主権=権威説は許さない

   前記事で述べてきたように、我々と調査官は、立憲君主制論を認めるか否か、天皇を権威、元首、君主として認めるか否かで対立してきた。両者の対立の根底には、国民主権とは何かということをめぐる解釈の相違がある。

  我々は、主権とは権威のことであり、国民には天皇も国民も、いや代々の天皇と国民も含まれると解釈する。これに対して、調査官は、主権とは権力のことであり、国民の中には天皇は含まれず、しかも今生きている国民だけが含まれると考える。我々は、申請本の単元18「日本国憲法の原則」下、「日本国憲法の3原則」の小見出し下、次のように、主権=権威説から国民主権の原則を説明した。

第1に、主権が国民に存するという国民主権の原則です。国民主権の主権とは、国民を統治する政治権力に対して正統性を与える権威のことであり、その権威は国民に由来すると憲法に規定してあります。ただし、これは基本的人権のように国民一人ひとりが、別々にもっているというのではありません。国民全体としてもっているという意味です。(52頁)

  他にも、この単元の小コラム「公民の言葉 主権」でも、「この場合の主権とは、政治権力に正統性を与える最高の権威のことであり」(52頁)と記し、単元20「天皇の役割と国民主権」でも、「この場合の主権とは、政治権力に正統性を与える最高の権威のことを指しています」(59頁10~11行目)と記していた。だが、この二つの記述と傍線部について「主権について誤解するおそれのある表現である」という意見が付いた(54番)。

  戦後の公民教科書の大多数では、主権=権力説が展開されてきた。そのため、我々の主権=権威説は異端のように思われるかもしれない。しかし、「日本国憲法」前文を読み直していただきたい。前文第一段落の第一文と第二文を引用しておこう。

第一文  日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し(傍線部は引用者―――以下同じ)、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。
第二文  そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。


  特に第一文の傍線部に注目されたい。間接民主主義を真っ先に掲げていることに注目されたい。「日本国憲法」全体を見ても、「日本国憲法」が間接民主主義を基本原則とすることは誰も否定できないであろう。直接民主主義には主権=権力説が思想的に合致するが、この間接民主主義と思想的に合致するのが主権=権威説である。

  更に、第二文の傍線部に注目されたい。第一文で国民主権を宣言した上で、権威と権力を区分し、権威を国民に、権力を国民の代表者(議会と総理大臣他)に振り分けている。「日本国憲法」も権威と権力の分離の思想を自覚していることが注目されるが、ともあれ、「日本国憲法」の言う主権とは権威のことであるのは明らかである。

   実は、主権=権威説は、戦後憲法学を牛耳った宮沢俊義の説である。少なくとも1970年代までは通説だった見解である。1980年代以降、主権=権威兼権力と考える芦部信喜説が有力となっていくが、芦部説にしても、国民主権を規定した条文とされる第一条の解釈としては主権=権威説を維持している。だから、我々の書き方は、宮沢説にも芦部説にも合致して居るのである。このように学説的に言ってもむしろ多数派である記述が排除されていることに注目されたい。

  国民主権の「国民」に天皇が含まれるか

  主権=権威説に続いて、問題にされたのは、国民主権の国民の中に国家成立以来の天皇と国民を含めた記述である。検定申請本は、単元20「天皇の役割と国民主権」下、「国民主権と天皇」の小見出し下、次のように記した。

  日本国憲法第1 条は、天皇の地位を「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」と規定しています。天皇は、国民全体をとりまとめる精神的な象徴の役割を果たしています。この象徴という地位は、第1 条後半では、「主権の存する日本国民の総意に基く」とされています。憲法における「日本国民」とは、現在この瞬間に生きている私たちの世代だけを意味するのではなく、祖先から子孫までを含む、わが国の歴史に連なる全国民のことを指していると理解できます。全国民のなかには、歴代の天皇も含まれていると考えられています。憲法は、歴代天皇を含む歴史に連なる全国民の総意に基づいて、天皇が象徴の地位にあると述べているのです。

  憲法は、このような国民に主権が存すると規定しています(国民主権)。この場合の主権とは、政治権力に正統性をあたえる最高の権威のことを指しています。憲法前文でも、国政の「権威は国民に由来」すると規定し、権威が日本国民の全体に存すると宣言しています。

  このように、天皇は、国民の一員であると同時に、歴史に連なる日本国民全体の総意に基づいて、国民全体に存する主権(最高の権威)を代表し象徴する特別な存在です。(58~59頁)


   そして、「全国民のなかには、歴代の天皇も含まれていると考えられています」の注として、側注③「憲法に関する政府解釈は、『国民』には天皇が含まれるものとしている」と記した。

  しかし、上記傍線部二箇所と側注③に対して、「憲法における『国民』の意味について、誤解するおそれのある表現である」という検定意見が付いた(61番)。

  更に、「天皇は、国民全体をとりまとめる精神的な象徴の役割を果たしています」という文と最後の段落に対しては、「象徴天皇について、学習上の支障を生じるおそれがある」との検定意見が付いた(56番)。最後の段落の中では、「歴史に連なる日本国民全体の総意」という部分が問題とされていく。

  しかし、我々は、国民主権の「国民」の中に代々の天皇と国民を含めて捉える。歴代の全国民説といえるものである。国民の一部だから天皇は「国民全体をとりまとめる精神的な象徴」になり得るし、国民の中には過去の天皇と国民も含まれるから「歴史に連なる日本国民全体の総意」という言い方が出てくるのである。

  「日本国憲法」一条に即して言えば、主権=権威論は学説上の多数説ともいえるものであるが、歴代全国民説は恐らく少数説にすぎないであろう。

  だが、「歴史に連なる国民全体の総意」という捉え方は、西部邁氏らが述べていることであり、極めて穏健なものである。この書き方は、主権を担う者は、今現在生きている国民だけではなく、肇国以来日本に生まれ日本国民であった者全体である、という考え方に基づいている。

  これに対して、戦後の憲法学者の多くは、そして調査官は、今現在生きている人間だけが主権者であると考える。このような考え方からすれば、今生きている国民が、自分達の勝手な理想に基づき、国の在り方全体を変えてしまうような重要な物事までも決めてよい、決めてもかまわないと考えがちであり、極めて危険な考え方であるといえる。だからこそ、我々は、「歴史に連なる国民全体の総意」と記したのである。

  また、申請本の59頁側注③で記したように、帝国議会の審議では、主権者である国民の中に天皇を含む解釈に基づき「日本国憲法」は作られている。歴代の天皇と国民を含むかどうかは分からないが、少なくとも今現在の天皇と国民を共に主権者とすることは確かである。つまり、公権解釈は、天皇・国民共同主権説である。

  すなわち、昭和21年6月26日、衆議院本会議で、金森徳次郎国務大臣は「この憲法の改正案を起案致しまする基礎としての考え方は、主権は天皇を含みたる国民全体に在りと云うことでございます」(清水『日本国憲法審議録』第一巻、一九七六年、原書房、二一〇頁)と説明している。また、極東委員会による国民主権明記の要求にしたがって、7月25日第一回小委員会の議論を主導した自由党の北昑吉は、「人民を避けて、天皇を含んだ国民全体に主権が存する、之をはっきり此処で述べた方が宜しからう」(衆議院事務局編『衆議院帝国憲法改正案委員小委員会速記録』一九九五年九月、衆栄会発行、八頁)と述べていた。我々は、この公権解釈を一つの根拠にして、歴代全国民主権説を記したのである。

  天皇は権威か否か

  以上のように、我々は、主権権威説に立ち、歴代全国民主権説を記した。それゆえ、天皇は、国民全体と共に権威として位置づけられることになる。しかも、「日本国憲法」第6条では、天皇は最高裁判所長官と内閣総理大臣を任命する存在である。三権の長のうち二人までも任命する天皇とは、どう考えても象徴であるだけではなく、国家最高の地位にある権威の役割を果たしていると言えよう。だからこそ、我々は、以下に引用するように、単元18「日本国憲法の原則」の立憲君主制を述べた箇所で、天皇権威論を記したのである。天皇が最高権威であるとすれば、更に元首、君主とされることには何の問題もないから、いろいろな所で天皇を君主、元首と記したのであった。

  第1に、権威と権力を分離した立憲君主制の原則にのっとっています。天皇は政治権力はもちませんが、「象徴」(1条)であり、国民を代表する最高権威として位置づいています。この権威に基づいて、天皇は、権力機関の長である最高裁判所長官や内閣総理大臣を任命します。また、諸外国では、天皇を国家の元首とみています。 (53頁)

  この部分の傍線部に対しては、「象徴天皇について、学習上の支障を生じるおそれがある」との検定意見が付いた(56番)。56番は、同様に、単元20「天皇の役割と国民主権」の「日本国憲法のもとでの天皇も権威としての役割を果たしています」をも対象にしていた。明らかに、我々の天皇権威論が問題にされているのである。
では、我々と調査官はどのような議論のやり取りをしたのであろうか。結論的には、基本的に、主権権威説も歴代全国民説も退けられてしまった。ただし、少しは歴史につながる天皇という面は残すことができたと考えている。以下、12月6日以来のやり取りを見ていくこととしよう。

(1)12月6日のやり取り 

   調査官の意見――主権は権力である 

  12月6日、調査官は、54番の意見として、主権=権力説の立場から、単元18「日本国憲法の原則」の「国民主権の主権とは、国民を統治する政治権力に対して正統性を与える権威のことであり」という記述に、注文を付けた。

調査官 ここでは、主権というものが権威であると説明されているんですが、主権というものは、権威にとどまるものではなく権力ですので、権威と言うだけの説明では(不十分)。

執筆者 説分かれています。元々は権威なんです。少なくとも成立当初の「日本国憲法」はそうです。

調査官 憲法の前文に「その権力は国民の代表者が行使し」と書かれているので、その点を配慮していただきたい。
執筆者 逆に言うと、国民が権威だと明確に書いている。


  調査官は、「権威にとどまるものではなく権力ですので」と述べているが、権力であり権威であると書けという趣旨ではない。権力であることを書けという趣旨である。そもそも、権威と権力の区別が調査官には付いていないし、12月20日以降のやり取りを見ると、調査官の立場は明確に権威兼権力説ではなく、権力説である。

 「国民」とは現在生きている国民のこと

  主権権力説に立てば、自己の意思表明を出来ない過去の国民は、当然に主権者である「国民」の中から排斥されることになる。また、「日本国憲法」第四条で政治的権力を持たないとされる天皇も、「国民」の中から排除されることになる。つまり、主権権力説に立てば、必然的に、「国民」とは今現在生きている天皇以外の国民のことであるという解釈になるのである。そこで、61番の意見として、調査官は、次のように述べた。

調査官  「歴史に連なる全国民のことを指している」というところは、一般的な説明とは異なる。国民というのは、法律的には単に国籍を有するという即物的なものですので、こういう記述では誤解の恐れがある。 

 「単に国籍を有するという即物的なもの」という言い方には驚かされたが、調査官は、主権者とされる「国民」というものと歴史を切断するのである。

 調査官の意見――天皇は権威ではない

  次いで、調査官は、56番の説明として、単元18「日本国憲法の原則」の「天皇は政治権力はもちませんが、……国民を代表する最高権威として位置づいています」を取り上げて、天皇は権威ではないと真っ先に述べた。

調査官 まず、象徴天皇が「国民を代表する最高権威として位置づいています」とありますが、この教科書ではずっと主権について権威として説明されておりますので、(これは)主権との関連で誤解があるのではないか。 

  調査官は、天皇は権威ではないと考え、修正を求めたのである。続けて、同じ理由から、単元20「天皇の役割と国民主権」の「日本国憲法のもとでの天皇も権威としての役割を果たしています」(58頁)も修正しろと述べた。

  更には、同単元の「このように、天皇は、国民の一員であると同時に、歴史に連なる日本国民全体の総意に基づいて、国民全体に存する主権(最高の権威)を代表し象徴する特別な存在です」(59頁)を取上げ、次のように述べた。

「歴史に連なる国民全体の総意」という理解は一般的ではない。
「主権を代表する」といいますと、主権が象徴天皇にあると誤解するということで、全体的に学習上の支障を生ずる。


  傍線部が気になったので、公権解釈は天皇・国民共同主権説であることを指摘したが、この日は指摘だけに終わっている。

  「国民全体をとりまとめる」効果はない 

  この日の56番の説明で最も印象に残ったのは、調査官が本当に「天皇は象徴に過ぎない」と考え、しかも象徴という立場を極めて軽んじていることだった。前述のように、56番は、更に単元20の「天皇は、国民全体をとりまとめる精神的な象徴の役割を果たしています」(58頁)という箇所を問題にしていた。当日、調査官は、次のように述べている。

 象徴は「国民全体をとりまとめる」という効果までは伴わないのではないかということ。 

  我々は天皇を象徴であり、権威であると捉えている。だが、天皇が権威であるという点を否定したとしても、現実に天皇が、国内巡幸や大震災などの折のお言葉で「国民全体をとりまとめる」役割を果たしていることは否定できないだろう。そして、これらの行為は、憲法学上、国事行為とは区別された天皇の公的行為として説明されている。それゆえ、「国民全体をとりまとめる」効果を否定すると言うことは、公的行為の否定にもつながるのである。事実、教科書調査官は、随分前から、天皇は「国事行為のみを行う」と記した教科書を検定合格させてきた。公的行為の問題は後に触れることにするが、調査官の立場は、単なる象徴天皇論ではなく、象徴天皇軽視論なのである。

  (2)12月20日のやり取り

  6日に検定意見を聞いた後、我々は、前述のように立憲君主制論の維持を決めた。したがって、当然に、その前提となる主権=権威説、国民=歴代の全天皇と全国民説、天皇権威論の三つの議論を全て維持することにした。その立場から、12月20日、熱心に調査官と議論した。

調査官 「国民の代表者が権力を行使する」という民主主義において、権威というのはいかなる意味を持っているのかということ(が分からない)。
 天皇が権威としての役割を果たしていますというのはそういうことだと思うんですが、そこにおける権威という役割は、一体、何を指しているのか(が分からない)。

執筆者 権威の根本は国民にある。

執筆者 一番の根本の国民の構成という時にですね。天皇だけ除くというのは、本来の社会契約説から言ってもおかしいんじゃないか。「日本国憲法」は一応社会契約説に基づいて書いていますね。その時に国民全部で契約結べばいいじゃないですか。そこで、なぜ君主だけを除くのか。これが私には全く分からない。宮沢さんは除いたわけですよ。除いた根拠は、日本歴史に基づき除いたわけではなく、フランスでは国民主権は君主主権と争った。だから、国民主権になったら君主主権は排除されるという理解でやるんですね。だけど、フランスの歴史よりは日本の歴史の方が大事じゃないですか。日本のことを解釈するには。
そうすると、日本では天皇と国民はどうだったんだ、時々の権力者と国民は対立することはあっても、天皇と国民はある時期から対立しなくなった。そういう意味では、日本においては、天皇主権説と国民主権説の対立はないわけですね。

調査官 おっしゃられる象徴(天皇)の権威というのは、憲法の前文にある「国政の権威は国民に由来し」の「国民」に天皇が入るという、それに裏付けられた権威であるということ(ですね)。

執筆者 天皇が「国民」の中に含まれるというのは、学説というよりも公権解釈なんですね。

調査官 天皇が「国民」に含まれるということは結構ですが、「歴史に連なる国民」まで(含むというのはどうか)。


  ここまでの議論で、一応、調査官は、主権者の「国民」の中に天皇が含まれることを了解した。だが、歴代の国民も含まれるとすることに疑問を呈した。この疑問に対して、執筆者は以下のような説明を行った。

執筆者 歴史とか文化を前提に「主権」を解釈しないと、日本のための憲法ですから。

執筆者 外国の憲法前文を憲法調査会(中山太郎会長)がまとめた本がありますが、それを見て私も初めて知ったのですが、前文にアジアは歴史、ヨーロッパでは神が出てくるんですね。ヨーロッパは「神」ですから条理、中韓だと歴史から見てハッキリしない条文をああだ、こうだと解釈していく。日本でも歴史をふまえてこの条文はどうなんだという理解をすべきではないかと(我々は)考えている。
 法学の一般論としても、条文に則った形と、それから条理と歴史・慣習という、この三つで解釈するわけですから。日本の場合は、なぜか、日本の歴史・現実は飛ばされてしまう。やっぱりこれを入れて理解すべきではないか。

執筆者 このあたりは、西部邁さんが一番書いてきたんですね。日本の天皇の場合、特に歴史を無視して掛かれない。アラブの王様の場合はまだ何十年ということもあるから、余り歴史を考えなくてもいいかも分かりませんが、日本の天皇はやはり一番世界で古いですからね。ここで、歴史を無視して天皇のことを考えたり、憲法のことを考えてもちょっととおかしいんじゃないか。

調査官 先生方がそう考えるべきだと考えていることはよく分かりました。


 この12月20日の議論をふまえて、我々の考え方が一定理解されたとは考えたが、1月17日の修正表では、検定意見を付けられた部分はすべて修正を施すことにした。すなわち、主権=権威説こそそのまま維持したが、天皇が権威であると直接的に表現することはやめることにした。また、歴代の全国民が主権者であるという書き方を後退させ、公権解釈を根拠にして、天皇・国民共同主権説を記すことにした。それゆえ、単元20の側注③「憲法に関する政府解釈は、『国民』には天皇が含まれるものとしている」を、側注②に変更し、次のように公権解釈を具体的に記すことにした。

1946(昭和21)年6月26日、衆議院本会議で金森徳次郎憲法改正担当大臣は、「主権は天皇を含みたる国民全体にあり」と説明している。また、7月25日に開かれた第1回衆議院憲法改正特別委員会内小委員会では、自由党の北昤吉は、憲法前文に国民主権を明記することを提案し、国民主権とは「天皇を含んだ国民全体に主権が存する」意味だと説明している。(59頁) 

  (3)1月12日、25日のやり取り 

  1月12日には、1月7日作成の修正表について、54番をめぐって「主権」は権力なのか権威なのか、再び議論されている。

調査官 ここは執筆者としては大変重要な所だとは思うんですけれども、主権は正当性を与える権威というようにあるが、それ以前に第一に主権というのは国(国家)の在り方を決める最高の権力であるという点があると思うんです。で、主権というのは物事を決める最終的な決定権であると。

執筆者 権力というものだけで国家主権を説明したときには、権力を抑制するものは何ですかという問題にぶつかる。

検定官 権力という言葉を使わなくてよいのですが、主権というのは国の在り方を最終的に決定するのは誰かという問題であり、それが国民であるか、君主であるかということになると思うんです。
 そうすると第一にその点を説明してもらう。


  天皇・国民共同主権説に立つ公権解釈が無視されていることを確認できるが、主権が権力だという意味のことを書けと再び調査官は主張したのである。調査官の意見に合わせてきたのか、公民教科書では一貫して主権権力説が展開されてきた。例えば、平成18~23年度版の日本書籍新社は「国民自身が政治をおこなうことにしたもの」(96頁)と、現行版の東京書籍も「国民主権とは、国の政治の決定権は国民がもち、政治は国民の意思にもとづいて行われるという原理です」(37頁)と、国民主権を定義している。

  しかし、我々は、1月7日作成の54番関係は全く修正を行わずに17日に提出したので、1月25日、再び同じような議論を行っている。

  この12日の議論で注目されるのは、61番の意見をめぐる議論である。天皇が主権者としての国民に含まれるという公権解釈をめぐって、これは要らないという調査官と我々との議論を掲げておこう。

調査官 (衆議院憲法改正特別委員会内小委員会の北昤吉の言葉は)天皇が国民に含まれるかどうかという流れの中での言葉ではなくて、人民主権という言葉を使うと被支配者対国家ということになってしまうので、そうではなくて国民全体だという意味での国民なので、ここでこういう形で引用するのは不適切だと考えます。

執筆者 憲法作るとき、天皇と国民が対立しているのではないという装置として、わざわざこういうものを入れてきたわけですから、今の憲法解釈としては不可欠だと思うんです。

調査官 しかも、昭和21年ですから、憲法改正以前の審議なので。

執筆者 憲法原案が出て、それを審議している中での言葉ですよ。

調査官 衆議院憲法改正特別委員会内小委員会の議論で、ある脈絡の中で出て来たわけだから、ここだけ引用するというのはどうなのか。
 
 
  最初の傍線部に注目されたい。傍線部のように天皇と国民を対立させずに捉えるのであれば、天皇・国民共同主権説が正しいことになる。最初の言い方は完全に破綻している。その点を自覚したのか、1月25日には、公権解釈が不要だという理由としては、もっぱら次の点を挙げた。

調査官 昭和21年の憲法改正特別委員会内での議論なんですが、時代背景なしに入れるんであれば(書かない方がよい)。 

  調査官は、「脈絡」あるいは「時代背景」を書かずに公権解釈を紹介するのはダメだというが、北や金森大臣の言葉は、「日本国憲法」を成立させるときの言葉だから、一般論として言うと、立法者意思として極めて重要なものとなる。その「立法者意思」を無視しようというのが、調査官だけでなく、戦後の識者たちの態度である。脈絡とか時代背景がどうであろうと、北の言葉も、金森の言葉も語義が明確である。それゆえ、これを削除しろというのは、吉国一郎発言を削除しろということ以上に不当だと言わなければならない。
 そして、2月15日、編集者は、調査官から次のように言い渡された。

 天皇が国民であるという議論はかえって混乱して難しい議論になりますので、(59頁6~7行目の「また、それゆえに憲法改正の審議のなかで、天皇は国民の一人であると説明されました。」の部分は)削除していただいて、併せて注の部分も削除していただいたらと思います。

  (4)検定合格本の記述――天皇・国民共同主権説、天皇権威論を書けず 

  以上のように、結局、主権権威論、主権をもつ「国民」=天皇・国民論、そして天皇権威論は、調査官によって全て否定されてしまった。その結果、次のような検定合格本の記述となった。主権論が問題にされた国民主権の原則の箇所は、次のように大幅修正されている。


第1は国民主権の原則です。憲法の前文では、主権が国民にあり、国政は国民の厳粛な信託により、その権威は国民に由来し、国民の代表者が権力を行使するとしていますから、国民主権とは、国の政治のあり方を最終的に決めるのは国民であるということです。つまり、国民の代表者が行使する権力は国民の権威に基づいていなければなりません。 (52頁)


  「国の政治のあり方を最終的に決めるのは国民であるということ」という定義は、権力とは書いていないが、完全に権力説の立場表明である。直接民主主義につながる、この書き方だけはしたくなかったというのが正直な感想である。ただし、「国民の代表者が行使する権力は国民の権威に基づいていなければなりません」という言い方は、権威と権力の分離を認めるものともいえ、ある程度評価できる記述となっている。

  次いで、単元20の「国民主権と天皇」の部分は、次のように大幅修正された。

  日本国憲法第1 条は、天皇の地位を「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」と規定しています。これによって、天皇は、日本と国民全体の統合のための象徴としての役割を果たしています。この象徴という地位は、第1 条後半では、「主権の存する日本国民の総意に基く」とされています。

 日本国憲法が帝国議会で審議され成立したとき、この憲法第1 条の規定を自然なものとして、素直に国民が受け入れたのは、長い日本の歴史の過程のなかで考えて、天皇の存在や、天皇の果たしてきた役割が、まさしく日本国と国民統合の象徴にふさわしいと思ったからにほかなりません。

憲法は、国民に主権が存すると規定しています(国民主権)。国民主権とは、国民の代表者が行使する政治権力に正統性をあたえる最高の権威が国民にあることを指しています。憲法の前文でも、国政の「権威は国民に由来」すると規定し、権威が日本国民の全体に存すると宣言しています。

このように、天皇は、長い歴史をもつ日本の国民全体の総意に基づいて、日本国および日本国民統合の象徴として特別な地位についています。 (58~59頁)
 

  主権者とされる「国民」=天皇・国民論が完全に消え去っていることに注目されたい。ただ、二つの傍線部に注目するならば、少しは我々の考え方が残されたとは言えるのかもしれない。特に「政治権力に正統性をあたえる最高の権威が国民にある」という部分に注目するならば、単元20では主権権威論が展開されているといえる。だが、「日本国憲法」の原則として国民主権を挙げた単元18では、主権権力説を強制的に書かされることになったし、一番書きたかった天皇権威論は展開することを全く許されなかったのである。

 最後に強調しておきたい。主権権威論は戦後の通説であったし、「日本国憲法」第一条に示された「主権」が権威の意味であると言うことは、宮沢説にも芦部説にも共通のものである。にもかかわらず、主権権力説を調査官は押し付けているのである。また、「国民」=天皇・国民論は、公権解釈である。それを削除しろと調査官は述べたのである。有力説や公権解釈が排除されるとは、検定は検閲に堕しているのではないかと思われてならないのである。

 更に言えば、「日本国憲法」の原則を述べた単元18での国民主権の書き方であるが、過去には、国民主権を権威的なものとしてのみ説明する教科書が検定合格していることを指摘しておきたい。例えば、帝国書院の昭和33~36年度版は、「国民主権というのは、国の政治のおおもとが、全国民の意思によるということである」とし、昭和47~49年度版は「国の政治のあり方を最終的に決める権威(主権)は、国民にあるのが原則である」とする。

 最近では、平成5~8年度版の中教出版は、「政治のありかたを決める源は国民の意思だということ(国民主権)である。」(44頁)と、平成9~12年度版の日本文教出版は、「国民主権 政治のありかたを決める源は国民の意思だということ」(39頁)と記している。

  それゆえ、単元18での国民主権の原則の箇所で、中教出版や日本文教出版のような書き方を出来なかったことが極めて残念である。「国民主権とは、国の政治のあり方を決める源は国民の意思にあるということです。」という修正案を私の段階では作成したのだが、結局、調査官に提示されなかったようである。




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