『新しい公民教科書』検定過程について(5)―――我々がこだわったものは何か

    前回、我々執筆者から調査官に提出した「意見及び質問書」を紹介した。この意見書では5点のことを記したが、これらは最も調査官と意見の隔たりが大きかったものであるし、我々が一番こだわったものである。  
    まず、この5点について掲げておこう。 

 一、立憲主義、権威と権力の分離、主権、象徴他について 
  Ⅰ、権威と権力の分離は、立憲主義の重要な要素である
     ①君主国が立憲主義を取り入れていく出発点が権威と権力の分離
        *調査官……権威と権力の分離は、立憲主義の要素ではない
    ②「日本国憲法」前文の第1段第2文「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は 国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」……ここに権威と権力の分離の思想が現れている
 
   Ⅱ、日本歴史と立憲主義 
    ①近世までの日本歴史の中には立憲主義的なものがあった
        *調査官……日本歴史には立憲主義的なものはなかった
    ②立憲主義的なものの一つは、鎌倉幕府成立以来の「権威と権力」の分離
        *調査官……西欧の「権威と権力の分離」とは意味が違う
    ③二つ目は、合議の精神
       *調査官……合議の事実はあっても精神はない。
           また、西欧のように上下の異なる階級同士が合議する伝統はない。   
    ④大日本帝国憲法下でも、権威と権力の分離の政治的慣習があった。
       ・日本の国体が、権威と権力の分離の政治的慣習を進めた

   Ⅲ、「日本国憲法」が規定する国民主権
    ①主権=権威説
       *調査官…主権=権力説
     ・前記の「日本国憲法」前文の第1段第2文では、主権=権威と規定している
       *調査官……別の見解
    ②「国民主権」の「国民」の中に天皇が含まれる
       *調査官……天皇は含まれない。
    ③「天皇を含んだ国民全体に主権が存する」―――憲法改正の帝国議会
       *調査官……帝国議会の意思など、紹介するな
    ④「国民」の中には過去から未来までの天皇と国民が含まれる
    ⑤まとめると、国民主権=日本誕生以来代々の天皇を含む国民全体が最高の権威を有するという意味
       *調査官……国民主権=天皇以外の現在生きている日本国民が最高の権力をもつという意味
 
   Ⅳ、天皇の位置づけ 
    ①1条の「象徴」規定は君主、元首の最も重要な本質を表したもの
       *調査官……天皇は象徴でしかない
    ②「日本国憲法」上、天皇が権威、君主、元首であると解釈できる
     ・「日本国憲法」第4条の「国政に関する権能を有しない」は政治的権力であることを否定しただけ
       *調査官……権威と権力の分離という考え方をとらないので、政治的権力だけではなく、政治的権威であることも否定されたと解釈する。
     ・「日本国憲法」第6条で、天皇には最高裁長官と内閣総理大臣の任命権が与えられているから、政治的権威、君主といえる。
    ③立法者意思や、政治慣習等から見て、日本の元首、君主は天皇
    ④政府の解釈ではむしろ君主・元首である
        *調査官……公権解釈を紹介するな
    ⑤結局、天皇は象徴、権威、君主、元首
       *調査官……天皇は象徴でしかない
 
   Ⅴ、天皇の署名
    ①天皇の署名等が国家の行為を完結させる
      *調査官……署名等の行為がなくても国家の行為は有効……これは失言


二、「国体」という言葉を使うべし
  ①「日本国憲法」も国体(伝統的な政治文化)に基づき解釈すべきである
      *調査官……「日本国憲法」の文言を重視して解釈する。日本の伝統的な政治文化などは、解釈の参考にならない。
  ②国体=constitution=憲法
      *調査官……この点は無視する
  ③国体は普遍的に使える言葉であり、使うべし
      *調査官……「国体」という言葉は歴史的な用語だから使うべきではない

  
三、核の傘について
  ①「核の傘」は現実に重要問題
  ②「核の傘」を教えることは指導要領の趣旨に合致する
     *調査官……非核三原則を強調し、反対する。
  
四、「国家にかかわる国民の4つの立場」について
  ①国家との関係で、国民には、公民、臣民、受益者、私人という4つの立場がある 
       *調査官……4つの言葉の使用に反対する。特に「臣民」。4つとも、学問的用語であるにもかかわらず。
  ②自由民主主義国家では、私人という側面を教育すべきである
        *調査官……分かるけれども、私人という立場は、中学生には難しく、教えなくてよい。
  
 
五、「持続可能」という言葉について
  ①「持続可能」という言葉は、自然環境、社会、世界とともに、国家にも使える
      *調査官……国家には使えない
  ②持続可能な日本国家をつくることが持続可能な自然環境、世界を形成していく
      *調査官……これに反対せず、しかし使えないと言う。


  以上5点以外に、我々は、特に調査官と我々との隔たりが大きいものとして、3点の事柄を確認した。12月20日に「意見及び質問書」を持って調査官と質疑応答したと前述したが、その前日のことである。

  3点とは、以下に挙げる六、七、八である。

六、「日本国憲法」成立過程の記述
  ……特に、憲法改正に関する議会審議がGHQに統制されたものとして書くこと
      *調査官……統制性を弱めようとする。

七、「日本国憲法の原則」を七原則で書くこと 
    *調査官……七原則と書くな。三原則説

八、男女共同参画社会の捉え方 
  ……男女の違いの尊重をうたう。
     *調査官……ジェンダーフリーの立場ではないが、「両性の本質的平等」で一貫させようとする傾向。

  以上、8点の中では、八以外の7点で、我々は激しく調査官と対立した。7点の中でも、最も我々が重視したのが、一の点である。すなわち、我々は、権威と権力の分離が立憲主義の重要要素であること、天皇が権威、元首、君主であることを、何としても生徒に伝えていきたいと願い、教科書の中に記そうとしたのである。

  以下、この8点をめぐる攻防、特に八以外の7点をめぐる攻防を振り返っていきたい。






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