平成24公民教科書資料Ⅲ(4)大日本帝国憲法

             Ⅲ、立憲主義か全体主義か

            (4)大日本帝国憲法


   大日本帝国憲法については、相変わらず、天皇を主権者とする教科書が4社も存在するなど、おかしな書き方を多くの教科書がしている。ただし、育鵬社と自由社が立憲君主制と位置付けた。そして、清水書院と自由社が三権分立という言葉を用いた。この点は、ある程度画期的なことなので評価しておきたい。


○分析項目
備考①自由民権と政府
②明治憲法上の政治体制……三権分立。天皇を政治権力とするか、権威とするか
③明治憲法上の権利のとらえ方
④アジアで初の立憲国家、憲法
備考⑤ベルツの日記―――誰も憲法内容を知らぬと書かれているか
⑥その他


○東京書籍 
①自由民権と政府の憲法構想……記述なし
②明治憲法上の政治体制……三権分立なし
天皇を政治権力とする。「主権者」とする。
③明治憲法上の権利のとらえ方……否定的
④アジアで初の立憲国家、憲法……あり
「第2章 人間の尊重と日本国憲法」「1 人権と日本国憲法」の節見出し下、「2 人権の歴史」の単元見出し下、「日本の人権思想のめばえ」の小見出し下、
「日本では、明治時代に、ヨーロッパやアメリカから人権の思想が伝えられました。人権を最初に保障したのは、1889(明治22)年の大日本帝国憲法(明治憲法)です。しかし、そこでは、天皇が主権者と定められる一方で、人権は天皇が恩恵によってあたえた「臣民ノ権利」であり、法律によって制限されるとされました。実際にも、政府を批判する政治活動や自由な言論が抑圧されました。人権はだれもが生まれながらに持っており、法律によっても制限されないという真の人権思想の確立は、日本国憲法の制定まで待たなけれはなりませんでした」(35頁)。
 ・「法律によっても制限されない」は今回加わる。これには驚かされた。
・「大日本帝国憲法」の写真説明で「憲法にもとづいて帝国議会が開設され、日本はアジア最初の近代的な立憲制国家となりました」(35頁)。

○日本文教出版 
①自由民権と政府の憲法構想……記述なし
②明治憲法上の政治体制……三権分立なし
天皇を主権者とする
③明治憲法上の権利のとらえ方……否定的
④アジアで初の立憲国家、憲法……なし
⑤なし
第2編1章1節「法に基づく政治と日本国憲法」下、単元「2 日本国憲法の制定と基本原則」下、「日本国憲法の制定」の小見出し下、
 「1889年に制定された大日本帝国憲法(明治憲法)は、わが国で初めての立憲主義の憲法でした。しかし、天皇が主権者と位置づけられ、また人は生まれながらに権利をもっているという考え方ではなく、国民の権利は、天皇が恩恵としてあたえる『臣民の権利』とされ、どの程度保障されるかは法律で決めることができました。政府を批判する活動や本の出版が禁止されたりしました」(40頁)。
 ・この後に、「日本国憲法」制定過程

○教育出版
①自由民権と政府の憲法構想……単元2「侵すことのできない永久の権利」下、自由民権派のみ紹介(35頁)
②明治憲法上の政治体制……三権分立なし
天皇を政治権力とする。「主権者」とする。
③明治憲法上の権利のとらえ方……否定的
④アジアで初の立憲国家、憲法……なし
第2章1節単元3「憲法はこうして生まれた」下、「大日本帝国憲法の制定」の小見出し下、
「日本では、明治維新をへて近代国家が成立しますが、その初期には、……専制政治が行われました。政府は、……ドイツ(プロイセン)にみられた君主権の強い憲法などを参考に、
1889年に大日本帝国憲法(明治憲法)を制定しました。
大日本帝国憲法は、日本で人権を初めて保障した憲法でしたが、人権は『臣民(君主に支配される人民)の権利』として、天皇の恩恵によって与えられたものとされていました。この憲法では、天皇が主権をもち、その地位は神聖なものとされました。国民にはいくつかの自由や権利が認められていましたが、その範囲を法律で制限できるとしていたことから、人権の保障は不十分なものでした。それでも、第一次世界大戦後の一時期には、政党政治(大正デモクラシー)が進展して、男子のみではありましたが普通選挙も実施されました。
しかしその一方で、1925年に治安維持法が制定され、思想や言論が厳しく制限されました。さらに、1931年に満州事変が起こると、しだいに軍部の力が大きくなり、政党政治は否定され、日本は戦争への道を歩むことになったのです」(36頁)。
・「④大日本帝国憲法と日本国憲法の比較」の表(37頁)。
⑤なし。しかし、ビゴーの絵(36頁)。

○清水書院 
①自由民権と政府の憲法構想……記述なし
②明治憲法上の政治体制……三権分立有り。
天皇を権力とする
③明治憲法上の権利のとらえ方……否定的
④アジアで初の立憲国家、憲法……なし
第1章1節単元3「日本国憲法の成立と基本原理」下、「日本の憲法の歩み」の小見出し下、
「日本でも政治への参加と人権の保障を求める声の高まった明治時代のなかば、1889(明治22)年に天皇が定めて国民に授けるというかたちで、大日本帝国憲法(明治憲法)が発布された。
 この憲法では、国家の統治権は天皇にあり、国家の権力は天皇の名において行使され、軍隊の指揮権など天皇の絶大な権限が定めらてれていた。国民は臣民とよばれ、さまざまな権利が保障されたものの、治安や秩序の維持を名目に言論や思想、宗教の自由が大きく制約された。また、天皇は臣民に対して責任を負わなかったため、専制的な政治におちいるおそれがあった。それでも、立法・行政・司法権の三権の分立が取り入れられ、議会が開かれて、国民が政治に参加できる道が開かれた。
  けれども、1930年代には、しだいに軍部が権力をにぎって政治をうごかすようになり、日本は第二次世界大戦に突入して、1945年8月の敗戦をむかえた」(28頁)。

○帝国書院
①自由民権と政府の憲法構想……記述なし
②明治憲法上の政治体制……三権分立なし、
天皇は「主権者」
③明治憲法上の権利のとらえ方……半ば否定的
④アジアで初の立憲国家、憲法……なし
第2章単元1「日本国憲法とは」下、本文で書かなくなる。書くべきだろう。
上欄に「大日本帝国憲法と日本国憲法」の対照表(35頁)


○育鵬社 
①自由民権と政府……対立的ではない
②明治憲法上の政治体制……三権分立なし。
天皇を「統治権の総攬者」とする。権威とは明確にしない。立憲君主制の言葉
③明治憲法上の権利のとらえ方……一応、肯定的
④アジアで初の立憲国家、憲法……有り
第3章第1節単元2「大日本帝国憲法と日本国憲法」下、「大日本帝国憲法の制定」の小見出し下、本文全文引用
「明治維新をむかえた日本では、五箇条の御誓文が示され、天皇自らこれを実践することを明らかにしました。五箇条の御誓文はその後もつねに参照され、国政の指針となりました。
  また、近代的な法制度をつくって欧米諸国と対等な関係を築くため、政府はもちろん民間でも、多くの憲法草案がつくられました。政府は伊藤博文らを中心に、欧米の憲法を調査研究するとともに、日本の歴史や伝統、国柄の研究を行い、約8年の歳月をかけて、1889(明治22)年、大日本帝国憲法として公布しました。この憲法は、アジアで初めての本格的な近代憲法として内外ともに高く評価されました」(40頁)。
・小コラム「大日本帝国憲法の理念」下、「この憲法では、日本の伝統文化と西洋の政治理念をいかに結びつけるかに力がそそがれ、日本は万世一系の天皇が統治する立憲君主制であることを明らかにしました。天皇は国の元首であり、国の統治権を総攬する(すべてまとめてもつ)ものであるが、憲法の規定に従って統治権を行使するものと定められました。具体的には、法律の制定は国民の意思が反映された議会の協賛によること、行政は国務大臣の輔弼(助言)によること、司法は裁判所が行うこととされました。
  また、国民には法律の範囲内で権利や自由が保障されました」(41頁)。

○自由社
①自由民権と政府の憲法構想……自由民権、記述なし。
単元16、「万機公論ニ決スヘシ」の小見出し下、「幕末の動乱期、幕府の力が弱まり、天皇の権威が大きく上昇し、国民の意見によって政治を行うという考え方が芽ばえました。この考え方を反映して1868(慶応4)年、明治新政府が発布した五箇条の御誓文は、第1条に「広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スヘシ」と書いています。その後、政府は欧米の憲法を調査研究し、日本の古典を参照して憲法制定作業を進めました。そして、1889(明治22)年、大日本帝国憲法を発布しました。」(46頁)
②明治憲法上の政治体制……三権分立有り
天皇は「統治権を総攬」。立憲君主制の言葉
③明治憲法上の権利のとらえ方……肯定的
④アジアで初の立憲国家、憲法……有り
「大日本帝国憲法は、第1条で、万世一系の天皇が国家を統治すると定め、日本の政治は古今一貫して天皇の統治によってなされる、というわが国の政治的伝統を宣言しました。
 政治の実際の形態は、まず、天皇は統治権を総攬する一方、その統治は憲法の条規に従う(4条)とされます。つまり法治主義が規定され、天皇も憲法に従うことが明らかにされています。次いで三権分立が規定され、天皇が三権を行使するにあたっては、法律の制定は国民代表の意思が反映された帝国議会の協賛(承認)によること、行政は国務各大臣が責任を担うこと、司法は裁判所が行うこととされています。大日本帝国憲法のこうした規定は、イギリスなどですでに先例となっていた立憲政体を実現したものといえます。
 また憲法は、アメリカやヨーロッパで定着した憲法の理念をとり入れ、国民の自由と権利を保障し、基本的な自由権と参政権などを規定しました。そして、公共の福祉の観点から、法律に基づく以外、自由と権利は制限できないとされています。
 このように、大日本帝国憲法は、法治主義、三権分立など、立憲主義の主要原則をすべて備えた立憲君主制の憲法でした。この大日本帝国憲法は、アジアで最初の憲法として、内外から高く評価されました」(46~47頁)。


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