資料・平成18~23年度中学校公民教科書分析(10)―――「日本国憲法」成立過程

Ⅱ、国内政治編

(10) 「日本国憲法」成立過程

○分析項目
①ポツダム宣言との関連付け
 ②マッカーサーによる憲法改正の指示
 ③松本委員会案
 ④民間案
 ⑤GHQ案
 ⑥帝国議会審議
 ⑦国民の支持の有無……特に、成立過程で。
 ⑧自由民権運動との関連付け
 ⑨憲法制定か改正か
 ⑩その他……ハーグ条約など


○日本書籍新社
 ①ポツダム宣言……有り
 ②マッカーサーによる憲法改正の指示……なし
 ③松本委員会案……「日本政府は、天皇を主権者とする明治憲法を変えることには消極的であった」
 ④民間案……「連合国軍最高司令官は、各政党や市民たちの手でつくられていたさまざまな憲法改正草案を参考にして」
 ⑤GHQ案……有り
 ⑥帝国議会審議……「新しい議会の審議をへて」
 ⑦国民の支持……特に書かれず
 ⑧自由民権運動との関連付け……なし
 ⑨憲法制定か改正か……制定

「第3章 人間尊重と現代の民主政治」「1.人間の尊重と日本国憲法の原則」の節見出し下、「日本国憲法の制定」の単元見出し下、「あたえられた明治憲法」→「明治憲法下の権利」の小見出しに続いて、「日本国憲法の成立」の小見出し下、全文引用
 「1945(昭和20)年8月、日本はポツダム宣言を受け入れて、連合国に降伏した。日本を占領した連合国最高司令部(GHQ)は、日本が再び侵略戦争をしないようにするには、 民主主義と人権を保障して、国民が政府の活動を監視できるようにすることが不可欠であると考えた。それには明治憲法の改正がどうしても必要であった。
しかし、日本政府は、天皇を主権者とする明治憲法を変えることには消極的であった。そんなことをしたら、日本はどうなるかわからない、おそれたからである。そこで連合国軍最高司令官は、各政党や市民たちの手でつくられていたさまざまな憲法改正草案を参考にして、新しい憲法草案を作り、政府に示した。これをもとにして、新しい議会の審議をへて1947年5月3日に施行されたのが、いま国民が手にしている日本国憲法である。
日本国憲法は、政治はすべて憲法にしたがっておこなわれ、国会も内閣も裁判所も憲法をまもって仕事をするよう、『この憲法が国の最高法規であり、これに反する法律や命令などは無効である』と宣言した(第98条)」(95 頁)とするのである。

○東京書籍
  ①ポツダム宣言……有り
 ②マッカーサーによる憲法改正の指示……なし
 ③松本委員会案……なし
 ④民間案……なし
 ⑤GHQ案……有り
 ⑥帝国議会審議……議会が修正
 ⑦国民の支持の有無……なし
 ⑧自由民権運動との関連付け……なし
 ⑨憲法制定か改正か……制定

「第2章 人間の尊重と日本国憲法」「2 人権と日本国憲法」の節見出し下、「3 日本国憲法の基本原理」の単元見出し下、「日本国憲法の制定」の小見出し下、全文引用
 「1945年8月、日本はポツダム宣言を受け入れて、軍国主義を捨て、平和で民主的な政府をつくることになりました。政府は、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の作成した原案をもとに、憲法改正草案をつくりました。改正案は、戦後はじめての議会で審議され、一部修正のうえ可決されました。日本国憲法は、1946年11月3日に公布されたのち、1947年5月3日に施行され、それ以来、戦後の日本の民主政治の基礎となっています」(38頁)。

○大阪書籍
  ①ポツダム宣言……強力に関連付けている
 ②マッカーサーによる憲法改正の指示……なし
 ③松本委員会案……明治憲法の一部改正
 ④民間案……なし
 ⑤GHQ案……「連合国軍総司令部が示した草案」と曖昧化
 ⑥帝国議会審議……「一部の修正」
 ⑦国民の支持の有無……特に、成立過程で。
 ⑧自由民権運動との関連付け……なし
 ⑨憲法制定か改正か……制定

「第1章 個人の尊重と日本国憲法」「1 法に基づく政治と日本国憲法」の節見出し下、「法に基づく政治と憲法」の単元見出し下、「日本国憲法の制定」の小見出し下、全文引用
 「わが国は、1945年にポツダム宣言を受け入れて連合国に降伏しました。ポツダム宣言には、軍国主義を取りのぞくこと、民主主義を強化すること、基本的人権の尊重を確立することなど、降伏後に日本がとるべき政治の方針が示されていました。そのため、大日本帝国憲法を根本的に改める必要がありました。政府は、連合国軍総司令部が示した草案に基づいて憲法改正草案を作成し、当時の帝国議会に提出しました。
 この改正案は、議会で4か月にわたる審議ののち、一部の修正をへて可決、1946年11月3日に日本国憲法として公布され、翌年5月3日から施行されました」(33頁)。
・側注②で「大日本帝国憲法の改正案は、政党や民間団体から出されましたが、政府案は、これまでの天皇制を維持するなど、一部改正にとどめられていました。連合国軍総司令部は、大日本帝国憲法の全面改正を指示して、政府に草案を提示しました」(33頁)。

○教育出版
  ①ポツダム宣言……強力に関連付けている
 ②マッカーサーによる憲法改正の指示……なし
 ③松本委員会案……なし
 ④民間案……なし
 ⑤GHQ案……「連合国軍総司令部の示した案」
 ⑥帝国議会審議……「修正をへて」
 ⑦国民の支持の有無……なし
 ⑧自由民権運動との関連付け……なし
 ⑨憲法制定か改正か……「誕生」

第2章 わたしたちの暮らしと民主政治」「暮らしのなかに生きる憲法」の節見出し下、「2 日本国憲法のあゆみ」の単元見出し下、「大日本帝国憲法の内容」の小見出しに続いて、「日本国憲法の誕生」の小見出し下、全文引用
 「日本は、1945年にポツダム宣言を受け入れて、第二次世界大戦は終わりました。ポツダム宣言には、基本的人権を尊重すること、民主政治を強化すること、軍国主義を取り除くことなど、日本がとるべき政治の方針が示されていました。憲法の改正は、このポツダム宣言にもとづいてすすめられました。日本は、連合国軍総司令部の示した案にもとづいて憲法の改正の作業に入りました。改正案は、国民に発表されたあと、議会で審議され、修正をへて可決されました。1946年11月3日に日本国憲法として公布され、1947年5月3日から施行されました」(33頁)。

○清水書院
 ①ポツダム宣言……関連付け
 ②マッカーサーによる憲法改正の指示……なし
 ③松本委員会案……なし
 ④民間案……なし
 ⑤GHQ案……「連合国軍総司令部から民主主義を基本とする憲法案を示された」
 ⑥帝国議会審議……単に「審議・議決」
 ⑦国民の支持の有無……国民が期待
 ⑧自由民権運動との関連付け……なし
 ⑨憲法制定か改正か……「誕生」

「第1編 私たちの生活と政治」「第1章 人権の尊重と日本国憲法」「日本国憲法の成立と基本原理」の単元見出し下、「日本の憲法のあゆみ」の小見出し下、明治憲法について述べた後の分を全文引用
 「ポツダム宣言にもとづいて、憲法の改正を求められた日本政府は、連合国軍総司令部から民主主義を基本とする憲法案を示された。これをもとにつくられた改正案が、20歳以上の男女による普通選挙で選ばれた新しい議会で審議・議決されて、日本国憲法が誕生した。新しい憲法は1946年に公布され、翌年5月3日から施行された。
 長く苦しい戦争体験をへて、専制的な権力がいかに危険かを学んだ国民は、日本が自由と民主主義と平和の方向に新しく生まれ変わることに大きな期待をよせた」(38頁)。

○帝国書院
 ①ポツダム宣言……強力に関連付けている 
 ②マッカーサーによる憲法改正の指示……なし
 ③松本委員会案……なし
 ④民間案……なし
 ⑤GHQ案……有り
 ⑥帝国議会審議……「審議」
 ⑦国民の支持の有無……なし。
 ⑧自由民権運動との関連付け……なし
 ⑨憲法制定か改正か……成立基本、制定も。

「第3部 私たちの民主政治」「第1章 日本国憲法について考えよう」「②日本国憲法とは」の単元見出し、「日本国憲法の成立」の小見出し下、明治憲法の記述の後を全文引用
 「1945(昭和20)年に、日本がポツダム宣言を受け入れ、第二次世界大戦に敗れたのちは、平和で民主的な社会をつくるために、大日本帝国憲法を改正することが必要になりました。憲法の改正案は連合国総司令部の案が基礎になっていましたが、選挙で選ばれた衆議院議員もふくむ帝国議会で約3か月にわたり審議され、日本国憲法として制定されました。日本国憲法は、1946年11月3日に公布、翌年の5月3日に施行されました」(88~89頁)。

○日本文教出版
 ①ポツダム宣言……関連付け
 ②マッカーサーによる憲法改正の指示……有り
 ③松本委員会案……「民主化が不徹底」
 ④民間案……「いくつかの民主的な試案」
 ⑤GHQ案……「別の改正草案が示された」
 ⑥帝国議会審議……「議会で熱心に討議し、一部の修正をおこなった上で可決」
 ⑦国民の支持の有無……「国民から大いに歓迎された」
 ⑧自由民権運動との関連付け……なし
 ⑨憲法制定か改正か……制定

「第3章 人間の尊重と日本国憲法」「①日本国憲法の原則」の節見出し下、「戦後の改革の焦点」の小見出し下、全文引用
「1,945(昭和20)年8月15日、日本はポツダム宣言を受け入れて連合国の前に無条件降伏した。東京には連合国軍総司令部(GHQ)がおかれた。GHQの司令にもとづいて日本政府が統治をおこなう間接統治の形で、非軍事化と民主化を目的に、政治・経済・教育・文化などあらゆる分野で改革がすすめられていった。
 戦後改革の最大の問題は、日本国憲法の制定であった。この年の10月4日、GHQは日本政府に対して、当時の憲法であった大日本帝国憲法の抜本的な改正を指示した。その翌年には日本国憲法が成立するまでの過程と、憲法の特色について見てみよう」(40頁)。
・続けて、「日本国憲法の制定過程」の見出し下「新しい憲法」の小見出し下、全文引用。
「1946年2月、GHQの指示に応じて、政府の改正草案が作成された。このころ、政党や民間の団体でも、いくつかの民主的な試案がつくられていた。しかし、政府の草案は、民主化が不徹底なものであったため、GHQから別の改正草案が示された。そして、それにもとづく政府の新しい改正案が急いでまとめられ、3月に憲法改正草案要綱として発表された。それにもとづく改正草案は、これまでの憲法とちがい、ひらがなまじりの口語体で表現された民主的な内容であったため、国民から大いに歓迎された。4月には、総選挙がおこなわれ、新しく選ばれた議員は、この改正草案を議会で熱心に討議し、一部の修正をおこなった上で可決した
  こうして制定された日本国憲法は、この年の11月3日に公布され、6か月を経過した翌年の5月3日から施行された」(41頁)。
・「憲法改正草案要綱を報道する新聞(1946年3月)」の写真(40頁)。

○扶桑社
 ①ポツダム宣言……関連付けず 
 ②マッカーサーによる憲法改正の指示……「憲法改正を求めた」
 ③松本委員会案……評価はない
 ④民間案……なし
 ⑤GHQ案……有り
 ⑥帝国議会審議……「一部の修正」。
     *議会へのGHQの統制、削除される。
 ⑦国民の支持の有無……なし
 ⑧自由民権運動との関連付け……なし
 ⑨憲法制定か改正か……制定
 ⑩その他……なし
*ハーグ条約など、削除される。

「第3章 現代の民主政治とこれからの社会」「第1節 日本国憲法の基本原則」の節見出し下、「23 大日本帝国憲法と日本国憲法」の単元見出し下、「大日本帝国憲法の制定」に続いて、「日本国憲法の制定」の小見出し下、
 「第二次世界大戦で日本を破った連合国は、明治憲法のもとでの日本の政治体制が第二次世界大戦の主な原因と考えた。そのため、日本を民主主義の国にして、連合国に脅威をあたえないよう、連合国軍総司令部(GHQ)は徹底した占領政策を施した。
 連合国軍最高司令官マッカーサーは、軍国主義を排除し民主主義を徹底させるため、日本政府に憲法改正を求めた。政府はただちに改正案を示したが、連合国側は民主化が不じゅうぶんであるとしてこれを拒否した。その上で自らがつくった憲法草案を提示し、これを受け入れるよう政府に強く迫った。政府は英語で書かれたこの憲法草案を翻訳・修正し、改正案として帝国議会に提出した。
 改正案は、一部の修正を経た後、1946(昭和21)年11月3日に日本国憲法として公布され、翌年5月3日から施行されることとなった。
この憲法は、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義などを基本原則としている。また、民主主義をわが国の政治の基本にすえ、戦後の政治原理として国内はもちろん、国外にも広く受け入れられた」(73頁)。
・「検閲を受けた出版物」の写真説明で、「GHQは占領期間中、軍国主義の復活を防ぐ目的で、徹底した検閲を行い、自由な報道や表現は大きく制限された」(73頁)。
○扶桑社申請本
・「第二次世界大戦で日本を破った連合国にとって、戦時中彼らを苦しめた日本軍兵士の勇猛さや愛国心の強さは、理解をこえるものであった。そのために日本がふたたび連合国に脅威をあたえる国にならないよう、徹底した占領政策が施されることとなった。
 連合国軍最高司令官マッカーサーは、軍国主義を排除し民主主義を徹底させるという名目で、日本政府に憲法改正を求めた。政府はただちに改正案を示したが、連合国側は民主化が不じゅうぶんであるとしてこれを拒否した。その上で自らがつくった憲法草案を提示し、これを受け入れるよう政府に強く迫った。政府は英語で書かれたこの憲法草案を翻訳・修正し、改正案として帝国議会に提出した。審議は4か月におよんだが、修正点についてはすべて連合国軍の許可と承認が必要とされた
 改正案は、一部の修正を経た後、1946(昭和21)年11月3日に日本国憲法として公布され、翌年5月3日から施行されることとなった。
  戦争に勝った国が負けた国の法を変えさせることは、国際法によって禁止されている。加えて、日本国民が自分の意見を自由に表明できない占領中に、日本国憲法が制定されたという事実などが、憲法をめぐる論議のもととなっている」(73頁)。
……下線部は、検定で削除
・73頁側注欄で「ハーグ陸戦法規」という小コラムを置き、「第43条 『国の権力が事実上占領者の手に移った場合、占領者は絶対的な支障がない限り、占領地の現行法を尊重し、法の秩序および生活を回復・確保するためになし得るいっさいの手段をつくすべきである』
 ドイツも敗戦後、連合国の占領下におかれたが、占領中の憲法制定を拒否し、ボン基本法を成立させた
」。……全面削除

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