資料・平成18~23年度中学校公民教科書分析(5)(6)(7)(8)―西欧米国政治史・政治思想史1

Ⅱ、国内政治編

5)フランス革命を重視するか、名誉革命を重視するか
(6)ルソー、モンテスキュー、ロック……立憲主義思想重視か、民主主義思想重視か
(7)国民主権の捉え方……権力的意味か権威的意味か
(8)「人間の権利」の思想か「国民の権利」の思想か


○分析項目
 ①英国か、米国か、仏国か、いずれを強調しているか
 ②モンテスキュー、ロック、ルソー……立憲主義思想重視か、民主主義思想重視か
 ③国民主権の捉え方……権威的意味か権力的意味か
   *直接民主主義の危険、国民主権の危険を捉えているか、と関連。
 ④権利、人権の捉え方……「国民の権利」の思想か「人間の権利」の思想か
 ⑤附録に何を載せているか……権利章典か、独立宣言か、人権宣言か
  ⑥「法治主義」あるいは「法の支配」、「立憲主義」の言葉


○日本書籍新社
 ①仏国革命のみ
 ②三者あるが、ルソー第一……立憲主義無視
 ③国民主権の捉え方……権力的意味
 ④「人間の権利」の思想のみ
 ⑤附録に何を載せているか……独立宣言と人権宣言
 ⑥「法治主義」あるいは「法の支配」、「立憲主義」すべてなし

①②③④「第3章 人間尊重と現代の民主政治」「1.人間の尊重と日本国憲法の原則」下、「人権思想とその発展」の単元・大見出し下、全文引用。
・④「人権とはなんだろう」の小見出し下、「人間なら、女性であろうと男性であろうと、子どもであろうと大人であろうと、だれにも認められる当然の権利のことを人権という。だから、人権は、どんな権力によってもうばわれてはならない。たとえば、人が権力者に気に入らない思想をもっているからといって牢屋に入れられたり、貧乏人だからといって選挙権をもてなかったりしたら、あなたは、そんなことがあってはならないと思うだろう。このように、人であればだれでも等しくもつ権利があるという考えは、昔はあたり前ではなかった。封建社会では、農民と領主という生まれながらの身分によって、それぞれ別の権利をもつのがあたり前であった」(92頁)。
・②③④「人権思想のめばえと発展」の小見出し下、「このように、身分によって権利にちがいがあり、領主は勝手に農民の財産や自由、ときには命までうばう権利をもつなどというのはおかしい、という考えが封建社会の終わりごろに生まれてきた。このような思想を人権思想という。
いろいろな思想家が、どんな権利が人権として守られるべきか、大切な人権が守られるにはどんなしくみが必要かということを考えた」(92~93頁)。
続けて、1ポイント落として、「ロックは、人は生まれながらにして生命・自由・財産を守る権利をもっていると考えた。この三つの権利を人権と考え、これらの人権は、どんな権力によっても制限されない、主張した。さらにロックは、そもそも国家はこうした権利を守るために人民がつくったものだと主張し、国家は君主のものという考えを批判した。
モンテスキューは、どんな権力でも、放っておくと常に人権を侵害する傾向をもつことに注目し、これを防ぐ方法を考え、権力分立(三権分立)という考えにたどりついた。権力を相互に抑制させることによって、ひとつの権力が肥大化しないようにすしようと考えた。
ルソーは、権力が人権を侵害しないようにするには、人民自身が権力を行使する民主制にすればよいという考えを徹底した」(93頁)。
・①②「市民革命と憲法」の小見出し下、「封建社会を倒した市民革命は、人権思想家たちの思想を人権宣言や憲法の中に生かした。ルソーの考えにしたがって、国民が主権者であることが宣言され、権力分立の制度も取り入れられた。一方、たとえ民主的な権力であっても侵害してはならない人権が、憲法の中に保障された。上に示した、フランス革命の「人権宣言」をみると、こうした考えがもりこまれているのがわかる。
  こうして、近代の憲法には、共通して、国民主権と人権という二つの柱が書き込まれた」(93頁)。
  ……市民革命では国民主権、権力分立、人権の三者を示しながら、憲法のところでは国民主権と人権のみ。何ともおかしな話---小山
・フランスの人権宣言が、93頁上段で、1~4条が引用。
 
○東京書籍……
①仏国と米国……
 ②モンテスキュー、ロック、ルソー……「人権思想と憲法の歴史」の年表コーナーで、三者について簡単な説明(36~37頁)。……立憲主義無視
 ③国民主権の捉え方……権威的意味か権力的意味か、ここでは不明
 ④「人間の権利」の思想のみ
 ⑤附録に何を載せているか……人権宣言のみ
  ・上記年表コーナーで、三者でてくる。ただし、権利章典は、単語のみ。
 ⑥「法治主義」あるいは「法の支配」、「立憲主義」すべてなし

①②③④「第2章 人間の尊重と日本国憲法」「2 人権と日本国憲法」の節見出し下、「②人権の歴史」の単元見出し下、「人権思想の成立」→「人権思想の発展」の小見出し下、全文引用。
・①④「人権思想の成立」の小見出し下、「人権とは、人が生まれながらにしてもっている人間としての権利のことです。人間は、個人として尊重され、自由に生き、安らかな生活を送ることができなければなりません。それを権利として保障したのが人権(基本的人権)です。
人権の保障が宣言されるまでには、人々の長年にわたる努力がありました。国王などの権力者の支配とたたかい、自由を勝ち取っていきました。とくに近代市民革命のときには、『人間は生まれながらに自由と平等の権利をもっている』という思想が、革命を成功させるうえで大きな力になりました。市民革命ののちにつくられた人権宣言や憲法では、人権が保障されました。」(36頁)……「自由と平等の権利」?
36頁左側注欄に「フランス人権宣言」の絵が掲げられ、以下の説明文。「前文と17条から成ります。古い制度の鎖を切り、理性の光を照らすという意味をあらわした絵が描かれています」。
・④続けて「人権思想の発展」の小見出し下、「近代の人権宣言で中心となったのは、自由権でした。そして、19世紀には、とくに自由な経済活動がさかんになり、資本主義経済が発展しました。しかし、それとともに、社会のなかの貧富の差が広がり、労働者は長時間労働、低賃金を強いられました。
 そこで、普通選挙や労働運動が高まりました。20世紀に入ると、各国で普通選挙権が認められ、また、人々の社会生活を経済的に保障しようとする社会権が人権規定のなかにとり入れられるようになります。1919年のワイマール憲法は、『人間に値する生存』(生存権)を保障した最初の憲法として有名です。
 第二次世界大戦後、人権の思想は国際的にも広がりました。今日、人権は、各国の憲法で保障されるにとどまらず、世界共通の普遍的な理念となっています」(36~37頁)。
・この後に、「日本の人権のめばえ」の小見出し下、明治憲法の説明(37頁)。
・①「第3章 現代の民主政治と社会」の発展学習として、「アメリカの民主政治~過去・現在・未来~」(102~103頁)

○大阪書籍……
 ①英国、米国、仏国すべて紹介。ただし、米国とフランスに力点。
 ②モンテスキュー、ロック、ルソー……三者紹介
   民主主義よりも、立憲主義と人権に力点
 ③国民主権の捉え方……ここでは、権威的意味か権力的意味か、明確ではない。
 ④権利、人権の捉え方……「国民の権利」思想にふれるが、強烈に「人間の権利」思想中心
 ⑤附録に何を載せているか……人権宣言
 ⑥「立憲主義」の言葉(33頁)

「第1章 個人の尊重と日本国憲法」「1 法に基づく政治と日本国憲法」の節見出し下、「法に基づく政治と憲法」の単元見出し下、「法に基づく政治」→「最高法規としての憲法」の小見出し下、全文引用
・①②④「法に基づく政治」の小見出し下、「社会で生活するわたしたちの希望をみたしながら、社会の秩序を守り、安心できる生活を維持していくはたらきを、政治といいます。政治には、ルールに反する行為をとりしまり、利害を調整し、命令し強制する力が必要です。この力を政治権力といいます。
政治権力は、ヨーロッパの絶対王政のころのように、権力者の思いのままに使われることがありました。そこで、ロックをはじめとする思想家たちは、国家が人々の合意によってつくられたものであり、政治権力は人が生まれながらにもつ権利を侵害してはならないと考え、政治権力も法に従わなければならないと主張しました。
こうした考えを文書の形ではっきりと打ち出したのが、1776年のアメリカ独立宣言とその前後に制定されたアメリカ諸州の憲法や、1789年のフランス人権宣言でした」(32頁)。
・①④続けて、「最高法規としての憲法」の小見出し下、
「憲法は、国民の人権を守るために、政治権力を制限するしくみを定めたものです。憲法は、個人の尊重に必要な表現の自由や信教の自由などの、国民の人権を明記しています。そして、政治権力が1か所に集中しないように、政治権力を立法・行政・司法に分ける権力分立制を採用しています。このように、国民の自由を守り、権力分立制を採用している憲法を、立憲主義の憲法といいます。
  立憲主義の憲法のもとでは、国会も内閣も裁判所も、みな憲法に従って仕事をするように求められます。国会がつくる法律も憲法に反してはならず、国の法は、憲法を頂点として構成されることになります。憲法は、国の最高法規なのです」(32~33頁)。
  ……その後、「日本国憲法の制定」の話が続く。
・32頁欄外にフランス人権宣言と米国独立宣言の絵、33頁上段に米国独立宣言引用の欄。

「ズームイン 世界の憲法のあゆみ」で、英国、米国、フランスを紹介
・①④「イギリス 立憲主義の始まり」の小見出し下、全文引用
 「イギリスには、日本国憲法のような一つの文書にまとめられた憲法(成文憲法)はありません。しかし、イギリスが憲法的文書をもたないわけではありません。権力濫用を十分に抑止できる法律や文書が、国の歴史を通じてつくられ、現在もそれらが憲法の役割を果たしています。
 イギリスでは、中世以降、貴族と市民階級の代表からなる議会が存在していました。また、比較的早くから議会による国王の権力の抑制が行われてきました。
 1215年のマグナ=カルタは、国王の権力を初めて制限しました。1628年の権利の請願で、権利が保障されるのは、より多くの人々に広がりました。そして、名誉革命の宣言書である1689年の権利の章典によって、国王は、議会の同意なく、法律や税金といった政治の重要な要素を決める権限を行使できなくなりました。このようにイギリスでは、国王から議会への権力の移行が、比較的おだやかに行われました。
  これらの文書が保障していたのは、人類の普遍的な人権ではなく、イギリス国民のための権利と自由でした。しかし、この権利と自由が人権へ成長していったことや、議会による国家権力の制限を定めていたことから、立憲主義の始まりということがいえます」(36頁)。
   「イギリス議会」の写真(36頁)
・①③④「アメリカ 世界最初の成文憲法」の小見出し下、全文引用
 「世界最初の成文憲法は、1776年6月のアメリカのバージニア権利章典です。この章典で初めて、すべての人が生まれながらにもつ権利や国民主権が明記され、以後の成文憲法の手本となりました。同様に、1776年7月のアメリカ独立宣言も、『生命、自由および幸福の追求』の権利が、人が生まれながらにもつ権利であると宣言しています。
 これらの文書はとつぜん生まれたのではありません。すでに本国イギリスと同じ権利と自由を、植民地であるアメリカの人々がもっていたことと、本国で迫害されて、アメリカに信仰の自由を求めて移民した人々も多くいたことが、文書の制定に大きく影響しています。
 1778年には、アメリカ合衆国憲法が制定されました。この憲法は、その後も修正を加えられながら現在も使われています」(37頁)。
  「自由の女神」の写真(37頁)。「リンカーン」の写真(36頁)
・①③④「フランス 憲法を世界に広げる」の小見出し下、全文引用
 「中世以来、国王が強大な権力をもっていたフランスでは、経済の発展にともない力をつけてきた市民階級が、自由を制限する制度に不満を感じ始めていました。また、イギリスの立憲主義の発展や、アメリカ独立の影響で、自由を求める機運が高まっていました。
 これらを背景に、1789年、革命が起きました。国王が強大な権力をもつ政治体制は一変し、主権は国民の手に移りました。当時は、ほとんどの国で国王が主権を有していたことを考えると、その衝撃は大変なものでした。
 1789年に出されたフランス人権宣言は、『人は、生まれながらに、自由で平等である』と宣言し、また、国民主権の原理を明らかにしました。革命の象徴である人権宣言は、のちにヨーロッパ諸国の憲法に大きな影響をおよぼしました。フランスの憲法はその後、何度かつくり直されましたが、そのフランス人権宣言は現在もなお効力をもっています」(37頁)。
   「ナポレオン」の写真

「2 日本国憲法と基本的人権」の節見出し下、「人権思想のあゆみと日本国憲法」の単元見出し下、「人権思想の誕生」→「人権思想の発展」の小見出し下、全文引用
・④「人権思想の誕生」の小見出し下、
「人は生まれながらに等しく、侵されることのない生まれながらの権利をもっているという考え方は、アメリカ独立宣言(1776年)にとり入れられ、各国の憲法の柱になりました。
 基本的人権(または人権)という言葉は、「人の権利」、すなわち「人であれば、無条件にもっている権利」のことをさします。人権尊重の考えが世界じゅうに広まったのは、この思想が広く支持されたとのあらわれです。
・④「人権思想の発展」の小見出し下、
 「19世紀までの国家は、自由権を人権保障の中心におきました。国家は、国民に自由権を保障して、国民がどのような生活を営むかは各自の責任に任せておくべきだ、とされました。国家は、犯罪をとりしまったり、戦争にそなえたりする特別の場合のほかは、むやみに国民の生活に立ち入るべきではない、考えられたのです。
 自由な経済活動が保障された結果、資本主義経済が、産業革命を通じてめざましい発展をとげました。しかし同時に、それは、富める人とそうでない人とのあいだに不平等を生み、貧困や失業などの大きな社会問題を引き起こしました。
 そこで、貧富の差などの不平等を是正しながら、すべての人が人間らしく生活できるように保障することも、国家の役割だと考えられるようになりました。こうして、国家に対して人間らしい生活を求める権利も、人権の仲間入りをしました。この権利を社会権とよびます」(38~39頁)。
 この後に、「日本国憲法の人権保障」
・「人権思想のあみ」という年表コーナーを置き、ロック、モンテスキュー、ルソーの簡単な説明(38~39頁)。

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