真実の「日本国憲法」成立過程史の教育を――現在の公民教育の第一目的は「日本国憲法」を憲法に偽造することである

他社記述の歴史偽造……議会審議に対する統制を書かない

 前述のように7月には他社の公民教科書を検討した。当然、他社の「日本国憲法」成立過程史も検討した。特に、帝国議会の審議過程についてどのように記しているかということに注目して検討した。まずは、他社の記述を引用しよう。

・東京書籍 
改正案は帝国議会で審議され、一部を修正して可決されました。 42頁

・日本文教出版
  その後、憲法改正案が、戦後初めて行われた男女普通選挙ののち、帝国議会で審議され、一部修正のうえ可決されました。   41頁

・教育出版 
  これ(GHQ案のこと――引用者)に基づいて政府がつくった改正案は、帝国議会で審議され、修正を経て可決されました。           43頁

・帝国書院 
  改正案は、連合国軍総司令部(GHQ)の案を基礎に、当時の日本政府が作りました。それを帝国議会で約3か月にわたって審議し、一部修正のうえ、大日本帝国憲法の改正という形式を取り、日本国憲法として制定しました。 36頁

・育鵬社
 日本政府は英語で書かれたこの憲法草案を翻訳・修正し、改正案として1946(昭和21)年6月に帝国議会に提出しました。改正案は、一部の修正を経たのち、11月3日に日本国憲法として公布され、翌年5月3日から施行されました。  41頁

 以上のように、他社はすべて、議会で一部修正のうえ可決されたと記している。GHQ案のことは全社が書いており、もうずいぶん前からであるが、政府案作成過程に関する日本側の自由意思は中学校公民教科書においてさえも否定されている。その意味では、「日本国憲法」成立過程のいかがわしさは多少とも生徒の前に露呈していると言えよう。

 しかし、議会審議過程における日本側の自由意思は、他社においては肯定されている。一応自由な審議が行われ、自由に修正したことになっているからである。特に8月革命説からすれば、主権者たる国民の代表とされる議会の自由意思こそが焦点となり、その自由意思が否定されていない以上、「日本国憲法」は有効であるということにできるのである。つまり、「日本国憲法」を憲法として偽造することに成功するわけである。

 東京書籍など4社は明確に護憲派の立場から、育鵬社は改憲論の立場から教科書を作成している。護憲派も改憲派も、「日本国憲法」成立過程について歴史偽造を行い、「日本国憲法」を憲法に偽装または偽造するのである。要するに、公民教育の第一の目的は、「日本国憲法」を憲法に偽造することである。

議会審議もGHQによって完全統制されていた

これに対して、『新しい公民教科書』は、史上初めて「日本国憲法」成立過程の真実を書いた。単元19【日本国憲法の成立】の「議員の追放と憲法改正の審議」という小見出しの下、帝国議会での「日本国憲法」審議もGHQによって完全統制されていた事実を記述した。

英文の新憲法案を基礎に日本政府は 政府案を作成し、3月6日に発表し、4月10日、衆議院議員の選挙を行いました。1月にGHQは戦争の遂行に協力した者を公職から追放するという公職追放を発令していました。そのため、この選挙のときは現職の82%の議員は追放されていて、立候補できませんでした。さらに5 月から7月にかけて、議会審議中にも貴族院と衆議院の多くの議員が公職追放され、新たな議員に代わりました。これらの議員が憲法審議を行いました。

また、当時は、GHQによって、軍国主義の復活を防ぐという目的から、信書(手紙)の検閲や新聞・雑誌の事前検閲が厳しく行われました。GHQへの批判記事は掲載がいっさい認められず、 特にGHQが新憲法の原案をつくったということに関する記事は掲載しないよう、厳しくとりしまられました。したがって、憲法審議中、国民は新憲法の原案がGHQから出たものであることを知りませんでした。

このような状況のなかで憲法改正の政府案は6月から10月にかけて帝国議会で審議されました。帝国議会では、主として衆議院の憲法改正特別委員会小委員会の審議を通じて、いくつかの重要な修正が行われました。たとえば、当初、政府案の前文は「ここに国民の総意が至高なものであることを宣言し」と記していました。小委員会もこの案をそのまま承認するつもりでしたが、国民主権を明記せよというGHQの要求があり、「ここに主権が国民に存することを宣言し」と修正しました。小委員会の審議は、一般議員の傍聴も新聞記者の入場も認められない密室の審議でした。
 
こうして可決された日本国憲法は、11月3日に公布され、翌 年5月3日より施行されました。  (58~59頁)


特に傍線部に注目されたい。傍線部のように、議会審議中にもGHQから憲法改正案の修正要求が出されており、帝国議会の憲法改正審議さえもGHQに完全統制されていた。8月革命説において重要となる国民の代表者としての議会の自由意思は完全に存在しなかったのである。

憲法偽造のため、自虐史観が必要となる

もう一度他社の記述に戻るならば、他社はすべて議会審議に対するGHQによる統制を書いていない。それゆえ、議会審議における議員たちの自由意思は否定されておらず、特に8月革命説に依拠するならば、「日本国憲法」を有効とすることができるわけである。

しかし、そうはいっても、他社の記述においてさえもGHQ案のことは書かれており、「日本国憲法」成立過程のいかがわしさは相当に生徒の前に露呈している。だから、それを埋めるために、どうしても自虐史観による物語が必要となる。その物語とは、以下の二つである。

➀帝国憲法は良くないものであった。日本は、占領期に初めて民主主義や立憲主義をアメリカから教わった。
⓶日本は世界を侵略し、しかも多くの戦争犯罪を犯した犯罪国家である。それゆえ、連合国から「日本国憲法」を押し付けられたとしても、それは仕方のないことである。


つまり、自虐史観が再生産される一番の理由は、「日本国憲法」の成立過程が出鱈目すぎることである。この出鱈目さを糊塗して「日本国憲法」を憲法に偽装するには、どうしても自虐史観が必要となるのである。

結局、「日本国憲法」を憲法に偽装するために、自虐史観と「日本国憲法」成立過程史の偽造がどうしても必要になるというわけである。いいかえれば、「日本国憲法」を憲法として扱っている限り、「日本国憲法」成立過程史に関する歴史偽造は継続することになるし、自虐史観は再生産され続けるわけである。

『新しい公民教科書』や公民教科書全般のことを考え続けていくと、以上のようなことを、どうしても考えてしまう。やはり、護憲派も改憲派もだめである。改憲派では護憲派に太刀打ちできない。「日本国憲法」を憲法に偽装し、「日本国憲法」成立過程を偽造する「同じ穴のムジナ」同士だからである。私がずっと本来の無効論を主張し続けるのは、公民教科書や歴史教科書、そして憲法解釈書における「日本国憲法」成立過程史を追い続けてきたからであろう。

ともあれ、真実の「日本国憲法」成立過程史を中学生に、そして国民一般に広げることが本当に大事だと思われる。この真実の成立過程史を前提にしたうえで「日本国憲法」のことをどう考えるか、大いに議論すべきだと思うのである。その第一歩が『新しい公民教科書』の単元19の記述であるということになるのであろうか。


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