私が『新しい公民教科書』を作った理由――自由社公民教科書の思想とは

 5月に『市販本 検定合格 新しい公民教科書』を出版した後、6月下旬の不正検定糾弾の集会で「『新しい公民教科書とは何か――検定過程とその思想』という題で20分程度話をさせていただいた後、7月から8月にかけて、何回か話す機会があった。7月18日には「つくる会」総会で10分程度、19日には京都支部で、26日には東京で、8月16日には大阪で、それぞれ1時間強から2時間弱程度、講演をさせていただくことができた。京都では「米中新冷戦と教科書検定――『新しい公民教科書』をめぐって」、東京では「国家解体の公民教育からの脱却を――『新しい公民教科書』の思想とは」、大阪では掲題の通り「私が『新しい公民教科書』を作った理由――自由社公民教科書の思想とは」というタイトルで講演を行った。

 京都と東京で話した内容は先に本ブログで記した内容とほとんど同一内容であるが、大阪での内容は、ブログ議事とは多少異なる観点から話したものとなった。テーマというかタイトルは主催者からいただいたものであるが、「私が『新しい公民教科書』を作った理由」というテーマで講演してみると、いろいろ今まで見えていなかったことが見えてきて面白い感覚を味わった。そこで、今回は、このテーマで講演内容を再現しておきたいと思う。ただし、以下の記録は、実際に話したことが中心ではあるが、講演の際に話していない内容も含まれることをお断りしておく。逆に話したことで省いた内容も相当に存在する。
 

 はじめに

 お話は二部構成で行いたいと思います。第一部は、いただいたテーマである「『新しい公民教科書』を作った理由・背景」ということになります。第二部は、作られた『新しい公民教科書』の思想についてお話しすることになります。さっそく、なぜ、『新しい公民教科書』を作ったか、ということを話していきたいと思います。

一、『新しい公民教科書』を作った理由・背景

Ⅰ、戦前戦後の憲法解釈史、公民教科書史研究の立場から

 『新しい公民教科書』を作ったのはなぜかと問われれば、正直のところ、成り行きとしか言いようがありません。ですが、出来上がってみると、私がこの教科書を作る一定の理由、背景、必然性があったように感じられます。端的に言えば、私の研究史の延長上に必然的に生まれたのが『新しい公民教科書』第四版だということです。

➀公民教科書史の研究を始めて30年

 私は、平成2(1990)年以来、30年間ほど、公民教科書の内容変遷史を追いかけてきました。1990年代は身体を完全に壊しており、基本的には研究どころではなかったのですが、それでも、折に触れて、政治編を中心に、昭和20年代以来の公民教科書の内容的変遷を追いかけてきました。そのころから、国家論の不在に気付いていましたが、戦争放棄・戦力放棄の「日本国憲法」第9条がある限り、しょうがないものとも考えていました。

 戦争放棄・戦力放棄を行うということは国家の第一の役割である防衛ということの放棄です。もしも、国家論を生徒に教えれば、「日本国家は戦争・戦力放棄をしていて国家として生き残っていけるのですか」という疑問が生徒の中から出てきてしまうことになるのは必然です。ですから、9条の教育を何よりも重視してきた公民教科書は、国家論を隠してしまっていたのです。今も基本的に同様です。

②帝国憲法解釈書と中学校法制経済(公民)教科書を検討した

 しかしながら、同時に国家論の不在が異常なものとして、当時の私の眼に映ってきたことも事実です。このことも、私の研究史と関連しています。私は、1972(昭和47)年以来、〈天皇機関説事件の思想史的研究〉というテーマで明治20年代から戦争直前ないし敗戦までの思想史全体を捉えようと考えてきました。特に明治国家体制の中に込められた思想の変遷を捉えようとしていました。その中心的材料としては、帝国憲法解釈書と教育勅語解釈書、中学校法制経済教科書、小中学校歴史教科書と修身教科書といったものを使いました(これらの作業をふまえて、『天皇機関説と国民教育』[1989年、アカデミア出版会]を著しました)。ですから、今は7割ほど忘れていますが、憲法解釈書や法制経済教科書と比較して、すぐに戦後の公民教科書における国家論の不在が異常なものに見えることになりました。

 帝国憲法の解釈書の構成を雑駁に示せば、国家論→憲法論→天皇論→国家機関の組織権限、作用→権利義務論といった順序になります。法制経済教科書も、おおよそ同様の順序を踏んでいます。

➂「日本国憲法」解釈書と公民教科書を検討した

 このように帝国憲法の解釈書や法制経済教科書の内容史を研究してきた私は、1989(平成元)年、今度は、戦後の「日本国憲法」解釈書と中学校公民教科書の内容史を研究していくことを決めました。真っ先に行ったのが、疑問に思っていた「日本国憲法」の成立過程史の研究でした。その研究の中で、「日本国憲法」は憲法として無効なものであり、来たるべき憲法は帝国憲法の復元改正という形で作らなければならないという結論に達しました。この「日本国憲法」無効論の問題は後で取り上げますが、無効論に辿り着いた後、今度は、1980年代までの「日本国憲法」解釈書と中学校公民教科書の内容史を追いかけました。そして、これらの作業の成果を『戦後教育と「日本国憲法」』(日本図書センター、1992年)の中で著しました。

 これらの作業の中で、憲法解釈書でも公民教科書でも国家論が不在であること、戦前の解釈書や法制経済教科書とは大きな違いがあることに当然気付くことになったのです。

④歴史教科書の内容史を研究した

 しかし、今から振り返ると、前述のように、少なくとも1990年代は、国家論の不在という点を、それほど大きな問題点とは捉えていなかったように思います。この点を大きな問題と捉えるようになったのは、『歴史教科書の歴史』(2001年、草思社)を著す過程でした。近代史に関する歴史教科書の変遷史を追いかける中で、歴史教科書には第一に天皇軽視又は無視の思想が強いこと、第二に防衛の観点が希薄であることに気付かざるを得ませんでした。もちろん、第一の点は「日本国憲法」第一条が、第二の点は第九条が関係しております。

 そのうち特に第二の点は、第九条に配慮して国家論があらゆる分野で否定され続けた結果だということは、すぐさま分かりました。また、第一の点は、理論的にはマルクス主義の影響が強い歴史学者には権威というものがわからないという弱点から生まれたものであることもすぐに分かりました。これは、私が「天皇機関説事件の思想史的研究」というテーマを追求する際に権威と権力の分離という問題について頭を使い続けた経験が生きていたからだと思います。

⑤2003(平成15)年前後から、国家論の不在以外の公民教科書の異様さに気付いた

 更に2、3年経ったころから、公民教科書の異様さに気付かされることになりました。反日思想という点だけでも、歴史教科書を上回るものがあるのではないかと思い出しました。特に顕著な三例を挙げておきます。

1)侵略戦争論→戦力放棄の合理化の教育→数々の謝罪談話

  最初に挙げたいのは侵略戦争論です。特に昭和20年代が強烈でした。例えば、中教出版の昭和27~31年度版教科書は、次のように記していました。

世界に対する罪
 日本軍は、アジアの国々の兵士ばかりか、多くの民衆の生命をうばい、国土を荒し、文化財をこわした。そのために、東亜の各国はいまでも侵略の災害を回復するために、苦しんでいる。軍国日本は、世界の民衆に対して大きな罪を犯した。この罪をつぐなうためには、過去の侵略主義をすて、平和のためにできるだけの手伝いをしなくてはならない。将来ぜったいに再び侵略によって諸国の民衆にわざわいをおよぼさないためには、さっぱりと永久にわれわれの手から武器をすてるのがよい。これが日本の戦争放棄の一つの理由である(傍線部は引用者)。


 このように、公民教科書は、侵略戦争論と日本犯罪国家論によって9条という出鱈目極まりない条項を正当化したのです。その結果、昭和20年代には、自虐史観と9条信仰を身に付けた未来の指導層が生み出されていきました。このような教育を受けた代表例としては、細川護煕元首相(昭和13年1月生)や河野洋平(昭和12年1月生)元官房長官がいます。細川氏は、平成5(1993)年8月の記者会見で勝手に侵略戦争発言を行いますし、河野氏は、同年8月4日、官房長官談話を出したどころか、「従軍慰安婦強制連行」を事実上認める発言を行いました。
 
2)在日=被強制連行または被徴用者の子孫説→外国人参政権法案

 第二の例は、現在の在日韓国・朝鮮人は強制連行または徴用された人たちの子孫であるとの嘘話が展開され出したことです。2010(平成22)年3月10日の衆院外務委員会では、高市早苗議員の質問に答えて、外務省は〈徴用された者のうち昭和34年の時点で残留していた韓国・朝鮮人は245人である〉と発言しました。

 ですが、この事実が一般に広められるはるか以前に、上記嘘話が公民教科書に掲載され始めました。平成5(1993)年度使用開始の公民教科書には、被徴用者の子孫説が日本書籍など三社に掲載されました。次の平成9(1997)~13年度版では、被徴用者の子孫説が日本書籍など五社で展開されました。そして、四社が在日韓国・朝鮮人に地方参政権を与えないのは差別だと位置づけました。平成14~17年度版でも、18(2006)~23年度版でも五社が被徴用者の子孫説を維持し続けました。

 この嘘話を基礎にして、平成18~23年度版では、八社中七社が地方参政権を与えないのは差別だと位置づけ、六社が地方公務員就任制限は差別だと位置づけるようになりました。ちょうど、この公民教科書の動きとタイアップするように、2009(平成21)年には民主党政権が誕生し、外国人参政権が成立する危険性が一挙に高まったことを思い出していたただきたいと思います。特に平成に入って以降の公民教科書というものは、左翼リベラル運動のパンフレットのようなものであると言えるのです。

3)アイヌ先住民族説→国会決議→新アイヌ法

 第三の例がアイヌ先住民族説を公民教科書が先頭を切って広めてきたことです。平成18(2006)年3月、公民教科書では八社中六社が先住民族説を表明しました。同時期の歴史教科書では先住民族説は二社だけですから、このことは非常に注目されます。例えば大阪書籍は次のように記していました。

アイヌ民族は、主に北海道に先住していた民族です。明治政府が北海道を領土として組み入れてから、固有の言語と文化をうばわれました。民族としての尊厳がふみにじられたばかりでなく、国があたえた土地にしばられて居住や職業選択の自由も制限されてきました。
 (45頁)。


 公民教科書の立場を受け継いだかのように、2008(平成20)年6月6日、「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」が、何の議論もなく可決されました。そして、また、何の議論もなく、昨年、アイヌ新法が可決され、正式に国家がアイヌを先住民族と認めることになってしまいました。在日韓国・朝鮮人の由来に関しては、一応、国家は被徴用者の子孫説という嘘を否定しています。ですが、アイヌに関しては、国家自ら、先住民族という嘘話を認めてしまったのです。本当にひどい話です。

  これがどれくらい恐ろしい事態を招くことになっていくのか、私にはわかりません。しかし、北海道アイヌ協会等の要求は、次のようなことです。
  1、政府や国会、そして天皇の謝罪
  2、彼らが奪われたとする土地や資産の補償
  3、国連宣言(「先住民族の権利に関する国際連合宣言」)に見られるような先住民族が 受けた被害がアイヌにもあったであろうから、これを国が調査し賠償する。
  4、土地・資産の返還、資源利用に対する代価の支払い。
  5、社会的地位の保証・国会や地方議会の議席枠
  6、アイヌ語教育・アイヌ語公用語化・アイヌ文化・歴史の教育への反映
  7、自決権・自治権および国連宣言の掲げた権利の完全な履行・アイヌ民族法の制定
    *的場光昭『「アイヌ先住民族」その真実』展転社、2009年


 既に一部は実現していますが、3にあるように、これから、更に出鱈目極まりない〈和人によるアイヌ迫害の歴史〉が捏造されていくでしょう。そして、日本国民はますます分断されていくでしょう。

 ともかく、公民教科書でまず嘘話を国民に広め、それを国家自体に認めさせていくという手口が採られてきたのです。
 
⑥日本を全体主義化してきた「日本国憲法」三原則と平等権は公民教科書が作った

 しかし、公民教科書の一番の恐ろしさは、「日本国憲法」三原則と平等権を広めたということです。

 拙ブログでも展開していますが、「日本国憲法」三原則は昭和37年度以降、平等権は41年度以降、公民教科書で広がりました。その後、中学生の時に両者に慣れ親しんだ人たちが憲法学者になっていくにつれ、三原則説と平等権が憲法学においても広がったのです。

 本来、私なりに位置づければ、「日本国憲法」は七原則として捉えるべきものです。一般に広がった三原則説は、わざわざ立憲主義的・自由主義的な原則である権威と権力の分離(かなりずれるが象徴天皇)、権力分立、間接民主主義、法治主義といったものを、7つの原則から外して成立したものです。残ったもの、特に国民主権に注目すれば、三原則説とはきわめて全体主義的なものだということが分かります。

 また、平等権とは結果の平等をめざす思想であり、逆差別思想の法学理論的根拠です。この平等権という理論を根拠にして、人々の間にあるいろいろな区別を差別問題として取り上げる傾向が生まれました。そして、本来差別問題ではないものを差別問題としてデッチアゲルことが行われてきました。それどころか、差別問題として位置づけるために歴史からして偽造されてきました。そして、これらの歴史偽造と平等権を理論的根拠として、端的には、日本人差別法であるヘイト法が生まれたのです。

 以上、私が『新しい公民教科書』を作った背景には、戦前戦後の憲法解釈史と法制経済教科書及び公民教科書の歴史を研究してきたことがあると言えると思います。

 しかし、『新しい公民教科書』の内容を決定づけたものとしては、私の中で培われてきた共産主義批判(フランス革命批判)の観点と資本主義擁護の観点も指摘することができます。二つの観点も、私の研究史と関連はしていますが、1972年以来の私の研究のメインストリームとは少し違うところから出てきています。次に、この二つの観点に関してご説明していきたいと思います。

Ⅱ、共産主義批判(フランス革命批判)の観点、資本主義擁護の観点から

➀高畠素之研究から 

 1973(昭和48)年に修士課程に進学して以来、憲法史や教科書史の研究とは別に、戦前の右翼思想の研究を始めました。一説によれば、右翼思想の源流としては北一輝、上杉愼吉、高畠素之の三名が存在しますが、三名とも私は一応研究対象として設定し、それぞれ論文を著しております。そのうち、1975年から高畠素之の研究を始めました。この研究のために、私は、かなり詳しく、エンゲルス『家族・私有財産・国家の起源』の検討を行いました。高畠は、日本で最初に『資本論』を翻訳した人であると同時に、日本で最初に体系的にマルクス主義批判を試みた人です。高畠は、特にマルクス主義の国家否定の思想を批判した人です。

 そこで、私は、高畠が批判の対象としたマルクス主義の文献として上記書物を選び、マルクス主義における国家成立過程史の把握を試みました。エンゲルスは原始社会を平等社会として理想化し、家族、私有財産、国家の三者をワンセットで捉え、差別や搾取の根源として否定的に捉えました。高畠はこのエンゲルスの立場を批判的に捉えたわけですが、私も、三者を肯定することの重要さを30年以上かけて学んでいくことになりました。私の中では、国家の肯定は高畠研究の中ですぐになされましたが、特に私有財産の決定的な肯定のためには、相当の年月が必要だったように感じています。

 それはともかく、10数年前から、公民教科書の検討を行うたび、公民教科書の思想は『家族・私有財産・国家の起源』と同じだなぁという感想を抱くようになりました。何度も、その点を記した小論を発表しております。

⓶カンボジア大虐殺、文化大革命の大虐殺、〈共産主義の悪事〉の顕在化…21世紀初頭

 しかし、共産主義をファシズムと同様の、いやそれ以上の悪として捉えるようになったのは、21世紀初頭のことのように思います。21世紀に入って、1990年代から気になっていたカンボジア大虐殺の本を立て続けに読みました。また、出版に当たり左翼筋からの言論弾圧が伝えられた、ステファヌ・クルトワ他『共産主義黒書 コミンテルン・アジア編』[恵雅堂出版、2006年]も読みました。

 カンボジアでは、少なくとも人口の4分の1にあたる150万人が殺されたといいます。家族、宗教、長幼の序、伝統の否定が大虐殺を生むということを改めて学んだことを覚えています。特に、カンボジアでは、家族がバラバラにされたこと、子供が虐殺の先頭に立ったことが衝撃的でした。また、指導層に学校の先生が多かったこと、フランス留学組が多く、フランス革命の指導者ロベスピエールに対する崇拝が強かったことが印象的でした。そこで、2009(平成21)年には、バークの『フランス革命の省察』を精読し、フランス革命の思想的な問題性について確認しました。

 以上のような経緯の中で、共産主義批判(フランス革命批判)の観点、私有財産制擁護の観点が、私の中で形成されていきました。そして、資本主義を採用した国民国家である日本においては、是非とも、家族、私有財産制、国家の存在意義を公民教育で教えなければならないという感覚が醸成されていったのでしょう。ですから、資本主義と自由民主主義の国家体制を守ろうと考える人ならば、当然に『新しい公民教科書』と同じような教科書を作ることになっただろうと思います。今までそういう教科書が生まれなかったのは、真面目に熱意をもって資本主義と自由民主主義を守らんとする意思を持った人が教科書を作ることがなかったからだと考えられます。

 ここまで述べてきたことは、漠然とはいえ、「日本国憲法」無効論を除けば、何の変哲もないことです。日本の社会と国家を何とか守りたいと考えている人たち(所謂保守派)にとって、当たり前のことのように思います。いや、世間一般の人たちにとっても、かなり当たり前のことかもしれません。特に家族と私有財産に関してはそうだと思われます。

 このように『新しい公民教科書』は、日本における一般常識を基につくられた余りにも普通の教科書に過ぎないことを強調しておきたいと考えます。この教科書が極右だと言われるのは、他の公民教科書がグローバリズム及び極左の思想から書かれているからです。育鵬社とてグローバリズム万歳、ヘイト法万歳と唱えていることに戦慄を覚えてください。多数派教科書が極左に流れていますから、普通の教科書が極右に見えるのは当然なのです。そして、このような極左教育を、少なくとも平成の30年間、長くとれば戦後75年間、日本の公民教育は続けてきたのです。この毒はボディーブローのように効いてきています。だからこそ、私たちは、日本を滅ぼしていく第一原因は公民教育だと主張しているのです。
 
 以上Ⅰ、Ⅱで述べてきたことで、〈私が『新しい公民教科書』を作った理由、背景〉の説明は終わりだとも言えます。しかし、微妙に関係しているのが、私が日本被差別国家論――「日本国憲法」無効論の立場をとっていることです。無効論を取っている人は私以外にかなりおりますが、私が1997年に提起した被差別国家論は、恐らく私一人だけが表明している世界認識です。次の(3)では、日本被差別国家論――「日本国憲法」無効論の立場から見ると、公民教科書の問題はどう見えるのか、見ていきたいと思います。

Ⅲ、日本被差別国家論――「日本国憲法」無効論の立場から

 ➀戦後レジームの基本的な規範は「日本国憲法」(と国連憲章)

 私なりに位置付けるならば、安倍晋三氏が言い出した戦後レジームの思想を端的にまとめれば、日本人差別思想ということになります。差別され続けた挙句、滅ぼされていく体制が戦後レジームです。この体制の基本的な規範は何よりも「日本国憲法」であり、国連憲章がそれを補完しております。ですから、「日本国憲法」は「日本崩壊の時限爆弾」、「第三の原爆」、「捕虜収容所服務規程」、「残置諜者」(山内健生)というように性格づけることが行われています。ですから、「日本国憲法」を護持していけば、滅びていくは必然なのです。以上の点を私は、簡潔に『「日本国憲法」・「新皇室典範」無効論』(2016年、自由社)の中でまとめております。

 ちなみに、昨日、退陣を発表した安倍晋三氏が「戦後レジーム」からの脱却というスローガンを出した時、「それならば、憲法無効論に立つのですね。敵国条項削除を実現するのですね」と思ったことを覚えています。だが、2012年に再び首相に返り咲いた安倍氏は、2014年には多数の憲法無効論者を抱えていた〈次世代の党〉を総選挙で葬り去りました。その後、次から次に後退して、戦後レジームと妥協し、「戦後レジームの走狗」と化してヘイト法を作り、日本を永久属国と化す内容の偽改憲案を発表するに至ったことは記憶に新しいことであります。
 
⓶「日本国憲法」は日本人差別に満ちており、形式面でも内容面でも偽憲法である

 さて話を戻しまして、「日本国憲法」に体現された日本人差別思想はどのようにみられるでしょうか。とりあえず、以下の四点を挙げておきます。

1、日本人に憲法をつくらせなかった。日本人の憲法制定権を全面的に否定した
2、諸外国=「平和を愛する諸国民」として上に位置づけ、日本=「戦争の惨禍」を引き起こした国として下位に位置付ける。
3、 日本国の戦力と交戦権を否定し、軍事力を否定した。 
4、元首=政治的権威を規定しない、元首を否定した


 1から順に、少し説明しておきます。憲法とは独立国がもつものです。独立国の最高法規が憲法ですから、当然に、その国の構成員が自由意思でつくり、その国の議会が自由意思をもって審議して作るべきものです。簡単に言えば、その国こそが憲法制定権を持っているものです。ところが、アメリカを初めとした連合国は、日本国の憲法制定権を認めず、GHQが作った憲法案を政府案として押し付け、議会における審議も完全統制して「日本国憲法」を作らせたのです。ですから、諸外国の国際法意識、国家論から成立過程を評価すれば、「日本国憲法」は少なくとも憲法として無効なものです。これを有効なものとして扱ってきた日本人は、自ら日本国および日本人を差別してきたのです。

 次に2ですが、独立国同士は近代国際関係では対等な関係にあるのが原則です。ところが、「日本国憲法」は日本国を諸外国よりも下位に位置付けました。内容的に言っても、「日本国憲法」は無効の存在だと言えます。

 そして3と4ですが、軍事力は経済力と同じく、独立国家の力の源泉ですし、元首というものは国家を結束させる中心に位置するものです。この二つを認めない「日本国憲法」は到底内容的に憲法とは言えません。結局、成立過程からしても、内容面からしても、「日本国憲法」は憲法として無効な存在です。「憲法」を僭称していますが、偽憲法なのです。

➂憲法学と公民教育は偽憲法を憲法に偽造してきた……偽りの成立過程史を語る

 このような偽憲法を憲法に偽造するために、戦後の憲法学も歴史学も偽りの「日本国憲法」成立過程史を、大学教育や公民教育で教えてきました。かつてはGHQ案のことも隠してきました。それでも、少しずつ真実の成立過程史が暴かれてきましたが、今日に至っても、議会審議過程については研究自体がサボタージュされています。ですから、今も、国民主権を代表する議会が自由に審議したのだから「日本国憲法」は有効だとされているのです。

 議会審議中だって自由意思がなかったことは護憲派も改憲派も知っているはずですが、その点を指摘しません。正確には指摘する勇気がないのです。まさしく、「日本国憲法」に関しては、「王様の耳はロバの耳だ!」と誰も指摘できない状態、「王様は何も着ていらっしゃらない」と言えない状態が続いているのです。下手に法学を学んだ人間ほど、そういう状態に置かれているのです。

④国連憲章成立期の戦後国際体制、歴史教育の自虐史観、9条中心の公民教育

 こうして偽憲法である「日本国憲法」に表された日本人差別思想は、国連憲章に由来しております。成立期の国連憲章は、次のような三階層に、世界の諸国家を位置付けております。

上層国=世界の安保体制を担う国……アメリカ、ソ連、イギリス、フランス、中国
中層国=上層国と価値的に同等とされ、自衛権も戦力も認められた大多数の国……スペイン、ブラジルその他
下層国=「敵国」……価値的に下層の国とされ、自衛権も戦力も持つことを許されない国、敵国条項が適用される国……日本、ドイツその他の枢軸国


 「日本国憲法」9条とは、1945年段階の国連憲章の考えが、占領下日本で実現したものです。
 下層国と言っても、日本以外は、主体的な防衛体制を築くことによって、軍事的に中層国に上昇しました。ただし、ドイツは、自ら思想的に下層国であり続けます。

 対して日本は、冷戦開始とともに軍事的な中層国に上昇するチャンスがあったにもかかわらず、自ら、「日本国憲法」を護持して軍事的な下層国にとどまり続けました。
 そして、思想的にも、元は下層国ではなかったのに、自らだんだん下層国に落ちていくのです。1980年代に入ると、自らを侵略国家と考えるだけではなく、犯罪国家と考えるような日本人が増えていきました。こうした歴史教育を受けて、侵略国家であり犯罪国家なのだから差別されても当然であり、戦争も戦力も放棄しなければならないという論理で、9条中心の公民教育が行われてきたわけです。


二、『新しい公民教科書』の思想とは何か

 ここまで、『新しい公民教科書』の背景として、ⅠⅡⅢ三点のことを指摘してきました。では、三点の事柄は、どのように『新しい公民教科書』に表れているでしょうか。

Ⅰ、戦前戦後の憲法解釈史、公民教科書史研究をふまえて
 ➀国家論を初めて展開した


 まず、Ⅰの戦前戦後の憲法解釈史、公民教科書史研究の経験ですが、これは何よりも、公民教科書史上初めて国家論を展開したことに表れております。

 『新しい公民教科書』は、国内編で、初めて国家の役割を、1・防衛、2・社会資本の整備、3・法秩序、社会秩序の維持、4・国民一人ひとりの権利保障という四点に整理しました。また、愛国心、愛郷心、公共の精神の大切さを記しました。

 これまで公民教科書は国家の役割を記してきませんでした。防衛を国家の役割として挙げれば、当然に9条への疑問が出てくるからです。育鵬社は少し違いますが、他社はやはり国家論を展開しておりません。また、国家を忌避するためか、育鵬社以外の公民教科書は改正教育基本法を無視して、愛国心、愛郷心、公共の精神を説いておりません。

⓶立憲的民主主義(自由民主主義)の体系を築いた

  また、憲法解釈書や公民教科書を多数読んできた私には、どうしても「日本国憲法」三原則説に納得できませんでした。そこで、私なりに、「日本国憲法」前文やいろいろな憲法解釈書や公民教科書、過去の指導要領などを読み、考えました。また、平成22年度検定申請本を作る段階で執筆者会議で議論しましたが、その議論も踏まえて、以下の七原則で「日本国憲法」を捉えることにしました。
1・法治主義(法の支配)
2・三権分立
3・間接民主主義
4・権威と権力の分離に基づく立憲君主制(検定で「象徴天皇」に修正された)
5・国民主権
6・基本的人権の尊重
7・平和主義


 これに対して、他社は、公民教科書でデッチ上げられた三原則説を展開しています。 5・国民主権、6・基本的人権の尊重、7・平和主義だけを挙げ、1から4までの立憲主義的な原則をわざわざ排除します。結局、他社は非立憲主義的な民主主義の立場を採用しています。育鵬社以外は、端的には、フランス革命、ロシア革命、毛沢東独裁への憧れから、国民主権などの3原則を採用しているのです。

 また、育鵬社も含めて全社は、日本人差別のヘイト法を礼賛しています。ヘイト法は法の下の平等を無視する法であり、人種差別撤廃条約にも違反する無効な法律です。ここにも、他社の非立憲主義、反日思想が現れていると考えます。

Ⅱ、共産主義批判(フランス革命批判)の観点、資本主義擁護の観点から

 ➀家族論を展開した


  次にⅡの共産主義批判、資本主義擁護の観点ですが、この観点から、『新しい公民教科書』は、国家論に力を入れるとともに家族論をきちんと展開しました。家族に2単元4頁という分量を用いるとともに、家族の意義を次の4点に明確化しました。
 1・家族が共同体であること
 2・家族間の愛情を育む場であること
 3・子供を保護し教育する場であること
 4・祖先から子孫への「縦のつながり」


 他社はどうかというと、家族論の単元を設けているのは育鵬社1社のみです。ですが、その育鵬社さえも、親子関係さえ記しません。家族を単なる平等な個々人の集合体として捉えてしまうのです。他社は、エンゲルスの『家族・私有財産・国家の起源』に忠実に、国家と家族に関する教育を行わないのです。

⓶中国の全体主義的性格、民族弾圧を記す

 共産主義批判の観点から、『新しい公民教科書』は、中国の全体主義的性格、民族弾圧を記しました。米中新冷戦の時代に入ったことを記し、日本が自由民主主義体制の陣営に属すことを記したうえで、中国の体制を批判的に紹介しました。共産党による一党独裁国家であること、党は国家国民より上位の存在であること、国際的にも法の支配を守らない国家であること、中国の会社には共産党支部が置かれ、その指示に会社は従わなければならないことなどを記しました。さらには、ウイグル、チベット、モンゴルへの民族弾圧を詳しく記しました。今日の世界では、最も大きな人権問題は、ウイグルなどへの中国による民族弾圧です。特にウイグル民族に対するジェノサイド政策は最悪のものです。これらを取り上げた『新しい公民教科書』は、実際上、最も人権教育に力を入れた教科書であるとも言えます。

 これに対して、他社はすべて新冷戦のことを書きませんし、中国の体制批判的な記述も行いません。何よりも、チベット、ウイグルへの民族弾圧は育鵬社が半頁ほど触れるだけであり、日本文教出版が1行ほどふれるだけです。人権教育というものに多くの頁を割く他社ですが、今日最大の人権問題であるウイグル民族に対する弾圧を多くの他社が無視するのはなぜなのでしょうか。人権教育と言っても、口先だけなのでしょうね。

➂経済的自由の重要さ、私有財産制の重要さの説明

 さらに資本主義擁護の観点から、『新しい公民教科書』は、経済活動の自由に1単元2頁を当てました。恐らく、公民教科書史上初めてのことです。そして、経済活動の自由が自由な精神を支えること、自由な精神があるところで民主主義が成立することを説きました。そして、「改憲」しなければ私有財産制廃止、社会主義制度導入をできないことを明記しました。

 対して、他社は、そもそも経済活動の自由に半頁しか使いませんし、経済活動の自由の意義も説かず、社会主義実現のためには「改憲」が必要であるとも書きません。資本主義国家日本の公民教科書としてはとんでもない代物なのです。
 
 他社が経済活動の自由を軽視するのは、少なくとも育鵬社以外は、社会主義革命に道を開くためでしょう。要するに、公民教科書は、エンゲルス『家族・私有財産・国家の起源』の思想に倣い、家族と国家の解体と私有財産の否定を狙い続けているのです。

Ⅲ、日本被差別国家論――「日本国憲法」無効論の立場と関連して

 ➀初めて真実の「日本国憲法」成立過程史を描いた


 最後に、被差別国家論及び「日本国憲法」無効論の立場から、二つのことを行いました。何よりも、公民教科書史上初めて真実の「日本国憲法」成立過程史を書きました。議会審議中も完全にGHQに統制されていたことを、初めて展開しました。また関連して、フランス憲法が占領下の憲法改正を禁止していることを、やはり初めて紹介しました。

 これに対して、他社はすべて議会審議の完全統制の史実を書きません。国民の代表である議会が自由に審議して作ったから「日本国憲法」は有効であるとするためです。偽憲法を憲法に偽造するためです。東京書籍等四社は護憲派の立場から真実を積極的に隠すわけですが、育鵬社は改憲派の立場から、真実を書くことに挑戦しません。改憲派にとっても、「日本国憲法」は有効な方がいいわけですから、積極的に「日本国憲法」成立過程史の真実を明らかにしようとは思わないわけです。

 ですが、国民に嘘の「日本国憲法」成立過程史を教えておいて、憲法問題を考えましょうなど、笑止千万です。真実の成立過程史を国民一般に共有させることが先決です。

⓶お花畑ではない過酷な国際社会論を初めて展開した

 また、被差別国家論の立場から、『新しい公民教科書』は、お花畑ではない過酷な国際社会論を初めて展開しました。国際社会では軍事力や経済力を使って国益をめぐって競争しあいながら国際協調を図っていることを示すとともに、敵国条項について詳述し、日本が差別された存在である現実を明らかにしました。そして、国際社会を支える安全保障の構造を初めて記しました。具体的には、個別的自衛権、集団的自衛権、国連の集団安全保障という三段階の安全保障の構造を示し、集団安全保障を現実に担うPKO部隊と多国籍軍との区別を明確化しました。

 他社はどうかと言いますと、育鵬社以外の他社は、国益の言葉自体が存在しませんし、敵国条項を書きません。現行版で敵国条項について記していた帝国書院は、その記述を削除してしまいました。国連が日本を差別しているという現実を生徒から隠してしまいたいのでしょう。また、他社の全てが、国際社会における安全保障の構造をきちんと書いていません。

 育鵬社も含めて、他社には話せばわかるというお花畑世界観が強いことにびっくりさせられました。9条の平和主義への疑問が出てこないようにするためです。日本人差別を隠して国連や諸外国を善人に見せるためです。

最後に――再び『新しい公民教科書』の意義

 ここまで長々と、何ゆえに『新しい公民教科書』を作ったのか、その理由や背景には何があるのか記してきました。繰り返せば、戦前戦後の憲法解釈史、公民教科書史研究(Ⅰ)、共産主義批判、資本主義擁護の観点(Ⅱ)、日本被差別国家論――「日本国憲法」無効論の立場(Ⅲ)、以上三点を挙げることができます。

 私が『新しい公民教科書』の代表執筆者を務めることになった一番の理由は、明らかにⅠの点であり、私が憲法解釈史や公民教科書史を研究してきたことです。この研究経験から、私は『新しい公民教科書』の中に、国家論とともに立憲的民主主義の内容を持ち込みました。

 しかし、『新しい公民教科書』の構成や内容に一番大きな影響力をもったのは、Ⅱの点、私の中で長い時間をかけて醸成されてきた共産主義批判、資本主義擁護の観点だと思います。この二つの観点から、私は、家族・私有財産・国家の意義を明確化させました。

 要するに、『新しい公民教科書』の意義とは、公民教育一般で解体され続けてきた家族・私有財産・国家を守ろうとしていること、立憲的民主主義の体系を築かんとしたこと、以上二点でおさえられると思います。

*結局、結論は平凡なものになったが、今回のブログ記事を書く中で、頭が整理され面白い思考を重ねることができてよかったと思う。


〇参考文献 『市販本 検定合格 新しい公民教科書』自由社、2020年
 拙著『安倍談話と歴史・公民教科書』自由社、2016年
 拙著『公民教科書は何を教えてきたのか』展転社、2005年
 拙著『公民教育が抱える大問題――家族と国家が消えていく』自由社、2010年
 拙著『「日本国憲法」無効論』草思社、2002年
 拙著『「日本国憲法」・「新皇室典範」無効論』自由社、2016年
 ステファヌ・クルトワ他『共産主義黒書 コミンテルン・アジア編』恵雅堂出版、2006年。
 山田寛『ポル・ポト〈革命〉史』清流社、2004年。
 デーヴィッド・チャンドラー『ポル・ポト 死の監獄S21』白揚社、2002年。



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