不正検定問題検討9――坂口安吾の『真珠』をめぐって

 9回目は、『教科書抹殺』の98番、すなわち欠陥箇所336番の例である。『新しい歴史教科書』は、日米戦争の単元で〈⑥開戦を聞いた文化人の声〉という囲み記事で、永井荷風、高村光太郎、古川ロッパ、坂口安吾の四名の声を取り上げた。坂口については、『真珠』という私小説から文章を引いた。

 坂口安吾『真珠』を史料として用いることは許さない

 しかし、この坂口の文章全体に対しては2件もの指摘が行われ、2件とも欠陥箇所となった。336番と337番である。336番の指摘は、〈史料の扱いが公正でない。引用された史料は小説である〉というものである。337番の指摘は〈中略部分の存在が示されていないから、生徒が誤解するおそれのある表現である〉というものだった。
 
 337番の件はともかくとして、336番の件についていえば、指摘の趣旨は〈小説のような創作物は現実と別のことを描いているから史料として用いられない〉ということであろう。だが、小説と言っても、『教科書抹殺』によれば、坂口の文章はノンフィクションという性格があり、史料的価値は十分あるという(312頁)。

 島崎藤村『破戒』を史料として用いることは許される

 そこで、他社教科書の中で、小説を史料として使っている例がないか調べてみた。細かく調べたわけではないが、一つ見つかった。東京書籍は、《もっと歴史 「賤称廃止令」から水平社へ》という大コラムの中に〈島崎藤村と「破壊」〉という小コラムを設け、部落差別の実態を示す史料として、『破戒』という有名な小説の粗筋を紹介している(241頁)。しかし、これに対しては、〈小説を史料として使うな〉という検定意見は付いていない。

 同じ小説なのに、なにゆえに、『破戒』は使ってもよいが、『真珠』は使えないということになるのか、文科省のきちんとした説明を望みたいところである。 


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