『新しい公民教科書』の検定をめぐる攻防

 本日は、偽憲法記念日だ。されど、「日本国憲法」に関してものを考えるような余裕は私にはない。相関わらず、『新しい公民教科書』に関していろいろ考えなければならない状況だ。

 4月27日、1月初旬に立てた仕事計画に沿った仕事が一応終了した。仕事は検定合格を勝ち取ること、見本本をつくること、市販本をつくること、『史』5月特別号の原稿をつくること、以上4点だ。この4点を終えたからには、これからは、市販本を売却し『新しい公民教科書』の思想を広げること、採択戦の準備を行うことが課題となろう。

 それはともかく、今回から、『新しい公民教科書』をめぐって、できるだけ系統的に記事を認めていきたいと考える。まずは、いかなる検定を受けたのか、簡略にまとめたレポートを掲載することにする。                 

 修正案を5~7回つくる

  令和元(2019)年4月、自由社は、『新しい歴史教科書』と『新しい公民教科書』の検定申請を行った。12月25日、『新しい歴史教科書』は検定不合格となった。しかし、欠陥箇所とされたものの中には、どういう歴史観に立っても不当なものが数多く存在しており、検定不合格は明らかに不当な行政処分である。

  対して令和2(2020)年3月24日、『新しい公民教科書』は検定合格となった。だが、検定過程は苦難の連続であった。11月27日(水)、我々は文科省で『新しい公民教科書』に関する検定意見書を受け取った。それから、おおよそ五段階にわたって修正案を作っていった。しかし、なかなかOKはもらえず、7回修正案を作ったケースもあった。何度も修正して2月10日、正式の修正表提出期限の2日前にようやく教科書調査官の了承を得た。
  
  今回の検定では、文科省の『新しい公民教科書』に対する態度が前回よりも厳しくなっていた。検定意見伝達の段階で要求された通りに修正しても、また別の修正要求が出され、同じ個所について何度も修正させられた。しかも、最終盤になって、今まで全く言っていなかったことを要求されることもしばしばであった。その結果、第四段階修正、第五段階修正と進むにつれ、どんどん意見が付いた箇所を全面削除していった(28件)。そのことによって、ようやく検定合格したのである。

中国の国際法無視を擁護する検定

 1つだけ例を挙げておこう。単元61「冷戦終結後の国際社会」の「法の支配をめぐる対立」の小見出し部分に関する検定である。ここで検定申請本は、次のように記していた。

「対外的にも、中国は強権的な姿勢を強めており、2013年、フィリピンが、 スカボロー礁の領有権や漁業権について、常設仲裁裁判所に仲裁を依頼した時には、仲裁に応じること自体を拒否しました。そして、2016年に仲裁裁判所が中国の領有権主張に国際法上の根拠 がないと決定した時には、この決定を「紙くず」だと言って無視しました。国内的にも法を重視しない中国ですが、国際法さえも無視する態度を示しているのです」。

  この傍線部に「生徒が誤解する」との検定意見110番が付いた。11月27日には、後半の「国際法さえも無視する」だけが問題にされ〈断定的すぎる。「無視する」というのがまずい〉と言われた。そこで第一段階では「国際法さえも軽んじる態度」と修正した。すると、12月27日には前半の「国内的にも法を重視しない」が問題とされ、〈断定的過ぎる〉といわれる。第二段階では「国内的にも法を軽んじる」と修正した。これで終わりだと思ったが、1月15日、〈この段落にとって、国内法の話はいらないのではないか〉と言われたので、第三段階では前半を削除した。

 これでいくら何でも終わりだと思ったけれども、そうはいかなかった。1月24日には〈中国にも論理がある。「軽んじる」とは言えない〉と言われる。中国擁護の姿勢にはあきれるしかなく、第四段階では傍線部全体を削除して、合格した。それにしても、1月15日、そして1月下旬になると、格段と検定側の姿勢が厳しくなったのであった。

 110番については、検定意見自体も不当だが、それ以上に検定過程が不当だと言うべきである。わずか40字弱の一文に対して、それぞれ違う意見を4回も付けて4回も修正案を作らせるやり方は尋常ではない。我々を疲れさせて検定合格を諦めさせようとしているのではないかと感じた。他の検定意見でも同じ思いを抱くことがしばしばであった。

 「誤解するおそれ」「理解し難い」という検定意見が92件、7割
 

  さて、検定意見書の内容であるが、9年前の平成22(2010)年度検定における139件よりは10件少ないだけであった。今回の検定申請本では、現行版の4分の3程度は全く手を付けず、文章の修正を行わなかった。大目に見ても、新設した内容は全体の3割程度であったが、案の定というか、これらの新設部分には9割方検定意見が付いた。

 しかし、新設部分は3割しかないわけだから、前回の3割とまでいかなくても半分ぐらいには減少するのではないかと予想していた。予想の2倍も検定意見が付いたのである。

 では、なにゆえに増加したのであろうか。検定意見書には、各検定意見の根拠となった検定基準の番号が記されている。これを見ると、検定基準3-(3)が全129件中92件、71.3%にあたる数であり、圧倒的に多い。3-(3)は、「図書の内容に、児童又は生徒がその意味を理解し難い表現や、誤解するおそれのある表現はないこと」というものであり、簡単に言えば、生徒が理解し難いか誤解する表現だからダメだとするものである。「理解し難い」というのも「誤解する」というのも極めて主観的な表現だが、この基準は教科書調査官の主観によって濫用される危険性の高いものである。3-(3)は不当に不合格とされた『新しい歴史教科書』でも405件中292件、72.1%存在したが、『新しい公民教科書』でもほとんど同じ割合であることに注目されたい。

「政治に従う立場」を削除せよ 

  次に注目されるのは、現行版と同じ内容・文章なのに意見がついたケースの多さである。『新しい歴史教科書』でも多かったとされるが、『新しい公民教科書』でも38件も存在した。この中には、検定意見数を増やすために無理やり意見を付けたのではないかと思われるケースが存在した。例えば、単元10「国家と私たち国民」は、国家と国民個々人の関係を整理し、国家との関係における国民の立場を、政治に参加する立場、政治に従う立場、政治から利益を受ける立場、政治から自由な自主独立の立場という4つに整理して説明するものだった。この単元の文章は、自由社側というよりも、むしろ9年前の検定時に教科書調査官が主導して作った文章だったから、意見が付くことなど思いもよらなかった。

  ところが、11月27日、調査官から、内容的には問題はないが日本語的におかしいので整理してほしいと言われた。そこで3回も修正案を作成したが、1月24日にはだめだと言われたばかりか、突然「政治に従う立場」を削除せよと指示された。これにはびっくりした。そもそも国民は国家の法律などに従う義務があり、国家との関係で「政治に従う立場」に立つ。この立場を否定するならば、国家の治安や秩序は壊れていき、国家は内部から崩壊していくであろう。日本の公民教育は国家解体を目指しているのであろうか。

  以上のように、今回の検定は非常識極まりないものであった。文科省は、『新しい歴史教科書』だけではなく、『新しい公民教科書』の不合格も狙っていたと推測されよう。

グローバリズム対ナショナリズム

  それにしても、我々は、なぜ何度も修正案を作らざるを得なかったのか。それは、9年前の検定の時と同じように、基本的には、文科省と我々の見解が思想的に真っ向から対立するからであった。検定過程では、検定側と『新しい公民教科書』の執筆者たちとは、主に三つの点で思想的に対立した。

  一つ目に、グローバリズムの立場から国家やナショナリズムに関する記述を消そうとする検定側と、残そうとする執筆者側とは対立した。明らかに教科書調査官を初めとした検定側は、グローバリズムに偏った立場から検定を行っていた。例えば単元1「グローバル化が進む世界」の現行版と同じ記述に対して5つもの意見が付いた。1件だけは誤植の指摘だから当然の意見であったが、他の4件は行き過ぎたグローバリズム思想からする意見だった。

  1件だけ紹介するならば、検定申請本は、「国家とナショナリズムの復権」という小見出しの下、イギリスのEU離脱とトランプ大統領誕生を記していた。11月27日には、調査官は、書いている内容に問題はないし、この小見出しを使ってもよいと述べた。しかしながら、その後、これを入れよ、あれを入れよと調査官に言われ、その通り国際連帯税の話などグローバリズム的な記述を増やしていくうちに、小見出しが内容にふさわしくなくなった。すると、予想どおり、調査官は小見出しを「グローバル化への対応」に変えよと要求してきた。我々は受け入れるしかなかった。調査官には、「国家とナショナリズムの復権」というナショナリズム肯定的な小見出しが許せなかったのである。

 全体主義的民主主義と立憲的民主主義との対立

 二つ目に、全体主義的民主主義を擁護する検定側と立憲主義的民主主義の立場に立つ執筆者側が対立した。検定申請本では、西欧政治思想史を展開した単元17「立憲的民主主義」の箇所で法治主義、権力分立、権威と権力の分離、基本的人権の尊重、間接民主主義の5点を立憲主義の要素として挙げていた。5点のうち権威と権力の分離をめぐって、両者は対立した。検定側は、権威と権力の分離は立憲主義とは関係ないと述べ、これを立憲主義の要素から外させた。

 また、検定側は、単元20「日本国憲法の原則」の箇所に4つの意見を付け、〈天皇は単なる象徴に過ぎないから、権威でも元首でもない〉と言い続けた。我々は公権解釈にしたがって、〈権威を国王が、権力を首相が分担する〉立憲君主制を「日本国憲法」の一原則として挙げていた。ところが、権威と権力の分離を嫌う検定側は、〈立憲君主制の原則〉を〈象徴天皇の原則〉に修正させたのである。

 次に、直接民主主義を評価する検定側と間接民主主義を評価する我々は対立した。単元17「立憲的民主主義」では「ですから、間接民主主義の方が、専制政治を防ぐために生まれた立憲主義にふさわしい方法なのです」と間接民主主義を評価していたが、検定を通じて削除された。

 直接民主主義の好きな検定側は、国民が無制限で絶対の権力をもつという国民主権説に立つ。この国民主権説は、権威と権力の分離を認めず、議会や大衆運動の支持を受けた指導者が、主権者たる国民の代表であると称して無制限の権力を握り、専制政治や恐怖政治を行う事態をしばしば生み出した。フランス革命期のロベスピエールの個人独裁、20世紀の共産主義とファシズムという全体主義体制下の一党独裁がその例である。立憲主義とは、専制政治や恐怖政治を防止するためにこそ生まれたものである。これらのことを我々は〈もっと知りたい 国民主権と立憲主義の対立〉で記していた。だが、この大コラムは検定によって全面的に削除されてしまった。

 中国の全体主義的性格を隠蔽する検定側と紹介する執筆者側

  三つ目に、中国の政治経済体制を弁護しようとする検定側と、その全体主義的な性格、反人権的な性格を明らかにしようとする執筆者側とは対立した。グローバリズムに立つ検定側は、中国擁護、社会主義擁護、韓国・北朝鮮擁護の姿勢を示した。その中でも、中国擁護の姿勢は最も際立っていた。中国関係で不当な検定意見は12件にも上った。

  例えば、単元24「身体の自由と精神の自由」では、身体の自由や精神の自由が自由民主主義の政治にとって重要であることを、中国や北朝鮮などの専制政治の国との比較において記した。単元24に対しては4件の意見が付いたが、すべて中国関係の記述に対してである。単元24の本文では次のように記していた。

 「しかし、中国や北朝鮮といった専制政治の国では、犯罪を犯したわけでもない人たちが、さしたる理由もなく、身体が不当に拘束されています。甚だしくは、「再教育センター」に入れられ、奴隷労働をさせられる人たちもいます」。

  明白な事実であるが、1月末になって突然全面削除を言い渡された。中国関係では、立憲主義関係と並んで、全面削除されたケースが続出した。あえて言えば、検定側が最も力を入れたのは、中国の全体主義的、反人権的性格を隠蔽することであった。

真実を隠蔽しようとする検定側と書こうとする執筆者側

 以上三点、特に中国関連の記述で検定側と我々は激しく対立したが、他にも二点ほど重要な点で対立した。まず、「日本国憲法」成立過程の真実を未だに隠蔽しようとする検定側と、少しでも真実を書こうとする執筆者側は対立した。

 周知のように、そもそも「日本国憲法」は戦時国際法に違反してつくられた。それゆえ、「日本国憲法」無効論が根強く存在し続けている。検定申請本は、単元19「日本国憲法の成立」の側注②で、戦時国際法を示し、外国に占領されているときの憲法改正を禁じたフランス憲法の条文を示したうえで、「それゆえ、成立過程からして日本国憲法は憲法としては無効であり、新しい憲法は大日本帝国憲法の改正という形で行うべきだとする議論が根強く存在する」と記していた。これに対しては〈日本国憲法の成立について生徒が誤解する〉との検定意見が付けられ、無効論の箇所だけ削除された。

 また、同じ単元19に〈ミニ知識 手紙の検閲を行ったGHQ検閲官の証言〉を置き、一般国民が「日本国憲法」成立について関心がなかったこと、美濃部達吉と日本共産党が「日本国憲法」に反対したことを記した。だが、これも削除された。

 「日本国憲法」が成立して74年経過しても、成立過程の真実を隠蔽する検定が行われていることに注目されたい。とはいえ、フランス憲法の規定が掲載されるなど、真実を明らかにしていく立場からすれば、一歩前進となった。

 次に、防衛問題でも真実の隠蔽をせんとする検定側と明らかにせんとする我々は対立した。例えば、申請本の単元28「平和主義と安全保障」の側注②では、専守防衛の説明を行い、「防衛出動命令」をめぐる問題点などを指摘しながら、「専守防衛では国を守れないという指摘がある」と記した。このことも明確な事実であるが、〈わが国の防衛体制について一面的な見解を十分な配慮なく取り上げている〉との検定意見が付いたので、何度も修正案を用意したにもかかわらず、紆余曲折の上、全面削除されたのであった。

 なお、検定過程に興味のある方は、近く発売される『市販本 検定合格 新しい公民教科書』(自由社)の特別報告〈『新しい公民教科書』と教科書検定〉をお読みいただきたい。


 転載自由





ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 2

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた

この記事へのコメント