受苦的存在

 2月18日、11月末から続いた悲惨な状況に一段落がついた。16日まで異常に忙しい状態が続き、17日から5日間、ぼんやりと休養をとった。にもかかわらず、かえって体が辛く、大あくびばかりしている。

 しかし、この80数日間ほどのしんどさはこれからしばらくは訪れないであろうが、まだこれまでの継続でこなすべき仕事が残っているし、更にこなすべき仕事が何件か迫っている。4月末から5月中旬までは忙しい日が、少なくとも精神的に気ぜわしい日が続くであろう。しかも、ほとんど基本的には一人でこなさなければならないであろう。2018年4月以来、仕事量の点でも、精神的な点でも私にしわ寄せがきている。もっとも、意外と助け人となってくれる人が現れるものだが、そうであっても、しわ寄せは私以外の人間に行きようがないのも事実だ。

 さて、この間、地獄のような悲惨な状況を経験して、「縁の下の力持ち」という言葉とともに、何度か思い出した言葉がある。それは、「受苦的存在」という言葉だ。24、25歳のころ、同じ研究室の同年の人から「小山は受苦的存在だ」と言われたことがある。言った人間が今も覚えているかわからぬし、文脈を忘れてしまったが、即座にその言葉をすんなり自分の中に受け入れたことを思い出す。受苦的存在とは、運動を担う意味だったか、新しい学問を切り開く上での意味だったか分からないが、いずれかといえば前者だったように思うが、今となればいずれでも構わない。

 いずれにしても、この言葉は、私にとって最高の褒め言葉であった。組織や運動、思想をストレートに担おうと考えている人間にとっては最高の褒め言葉であるように思う。当時、といっても、20代後半にまで広がる時期を指すことになるが、「受苦的存在」とはイメージ的には当時の私にとって大久保利通や磯部浅一につながる言葉だった。この二人になんとなく勝手に自己同一化?していたから、同年の人間から「受苦的存在だ」と言われたとき、私はすんなりこの言葉を受け入れたのだと思う。


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