東京裁判までの学習で分かったこと――東京裁判とヘイト法問題の相似形

はじめに 

 平成28(2016)年6月から、《戦時国際法という物差しを使って1928年から1952年までの戦争史を斬る》私の試みは始まった。公民教科書作成で忙殺された昨年4月からの一年間を除く3年数カ月の多くの時間は、このための研究、というよりも学習に費やされた。そして、今月半ばには、東京裁判の一応の把握を行うところまで来た。あと行うべき主な学習は、「日本国憲法」成立史と「新皇室典範」成立史である。この二つの作業については、学習というよりも再研究といった方が正確であるが、二つの作業が終われば、私のプログラムの第一段階が終了する。そのあと数カ月はまた教科書関連で忙殺されるだろうから、ここまでの作業で把握できた概略を記しておこうと考える。

 極悪非道の連合国

 ここまでの作業を通じて分かったのは、米ソ中の三か国が少なくとも日本にたいして極悪非道の限りを尽くしたことである。私が極悪非道と言うのは、戦闘をめぐる汚さや残酷さのことを少しは指しているが、主に東京裁判や「日本国憲法」のことを指している。

 連合国は、ポツダム宣言にさえ違反し、数々の国際法に違反して東京裁判を強行した。裁判を強行するための準備は、マッカーサーが日本に来た1945(昭和20)年8月30日から始まった。それ以来、日本の指導部がほとんど根こそぎ逮捕されるか、逮捕されずとも「戦犯にするぞ、我々連合国に協力しろ」と脅され続けた。この脅しに屈しなかった人は公職追放の憂き目にあった。20万人に上ると言われる。日本列島は、いわば「捕虜収容所列島」になった。

 「捕虜収容所列島」

「捕虜収容所列島」と化した日本には、言論の自由はなくなった。日本を貶める方向の言論は奨励されたが、日本を擁護する方向の言論は完全に抑圧された。今も同じ状態が続いている。そして、1946年5月3日に東京裁判は開始され、1948年11月12日の判決言い渡し、そして同年12月23日の7名処刑(これは虐殺である)を以て終了した。その間、処刑されずとも、多くのリーダーたちが自殺に追い込まれたり(この中には、広田弘毅の静子夫人や杉山元元帥の啓子夫人もいる)、逮捕監禁されたりした。日本のリーダーたちは、囚われ人になったのである。

「日本国憲法無効論」でも甘すぎる、ましてや改正論は論外

一方で囚われ人になった日本のリーダーたちは、連合国にその生死を握られ脅しつけられながら、他方で、1946年6月から10月まで、「日本国憲法」という偽憲法の議会審議を行った。その偽憲法の公布は1946年11月3日、施行は1947年5月3日であった。東京裁判の強行と「日本国憲法」の成立・施行は、同時期に行われたことに留意すべきである。

私はこれまで東京裁判は手に負えないと考え研究対象から外してきた。だが、東京裁判のことに取り組むと気持ちを決めて眺めてみると、東京裁判強行のために殺されたり監禁されたりした人が多数存在したこと、殺される恐怖や、そこまでいかなくても公職追放されて飯の種がなくなる恐怖と多くのリーダーたちが戦っていたこと、この二つのことに想いを致さなければな らないと思うようになった。要するに、東京裁判の進行を通じて脅迫を受けながら、日本は「日本国憲法」を押し付けられたわけである。

そのように考えると、これまでの「日本国憲法」無効論など甘すぎると思うようになった。無効論という結論に間違いはないが、何かが足りない、アマちゃん過ぎるのではないかと思うようになった。これまでの私の理論が間違っていたと思うわけではないが、何かが足りない、新しい何かを入れなければならないと思うようになった。ましてや、「日本国憲法」の押し付けとも、東京裁判とも戦おうとせず、両者とも受け入れてしまう「日本国憲法」改正論など、論外である。

 要するに、東京裁判の把握を通じて第一に私が感じたことは、これまでの無効論など甘すぎるということであった。

東京裁判までの簡単な経過

  第二に感じたことは、東京裁判とヘイト法及び川崎市条例案とが相似形であることだ。東京裁判の整理を行っていると、私は既視感に襲われた。これは、私の知っていることだぞと思った。それは、ヘイト法関連の事実関係であった。いや、東京裁判までの経過とヘイト法問題の経過はそっくりなのだ。

  東京裁判までの経過を見ると、まずは連合国側が戦争を仕掛けた第一段階がある。中国の場合はドイツとソ連とアメリカの支援を受けて1937年7月から8月に日本に戦争を仕掛けた。アメリカの場合は、1939年7月、日米通商航海条約破棄以来の数々の挑発により日本に戦争を仕掛けた。実際の戦争の最終局面では、ソ連が違法参戦し、日本の多くの領土まで奪った。

  戦争を仕掛ける中で、あるいは戦争中に連合国は数々の戦争犯罪を犯した。中国の場合は民間人虐殺、捕虜虐殺、毒ガスやダムダム弾の使用などの戦時犯罪を犯し続けた。アメリカの場合は、捕虜虐殺・遺体凌辱、無差別都市爆撃などの戦時犯罪を犯し続けた。挙句には、日本を降伏させるには不必要であった原爆投下まで行った。ソ連の場合は、日本の民間人を多数虐殺し、強姦し、略奪した。要するに、第二段階として、連合国は数々の戦時犯罪を犯したのである。

 そして日本が降伏した後が第三段階である。第三段階では、国際法に存在しない罪で、戦勝国からだけ選ばれた判事によって、日本のリーダーたちを有罪にし、監禁したり、絞首刑という形で虐殺した。このとき、連合国は、自分たちが犯してきた「平和に対する罪」を日本に着せることにした。そしてさらに、自分たちの方がより頻繁に且つ残虐に犯してきた捕虜虐待・虐殺などの「通常の戦争犯罪」の罪を、現場の兵士だけではなく、日本のリーダーたちにも着せることにした。あまつさえ、「南京事件」をでっち上げるとともに、自分たちの数々の戦争犯罪を不問にしたのである。

  つまり、簡単に言えば、連合国は、先ずは喧嘩を仕掛けたばかりか、残酷な戦時犯罪を日本に対して犯しておきながら、日本が反撃して、しかも勝ちそうにさえなったものだから、東京裁判で徹底的に復讐し、日本が戦争を仕掛けて数々の戦争犯罪を犯したことにしたのである。すさまじき歴史偽造である。

東京裁判とヘイト法及び川崎市条例案の相似形

  ヘイト法及び川崎市ヘイト罰金条例の出来方も同じである。もともと喧嘩を仕掛けたのは韓国側であり、在日側である。そもそも在日特権が存在し、在日による土地の不法占拠問題があったし、韓国によるヘイトクライム・ヘイトスピーチ、韓国や在日に拝跪した日本人による対日ヘイトスピーチが存在した。ヘイトスピーチの最たるものが、慰安婦性奴隷説であり、慰安婦強制連行説であった。そして在日特権を維持するために、徴用を「強制連行」に歪曲し、在日は「強制連行」された韓国・朝鮮人の子孫であるという教育を日本人に行わせ続けてきた。かなり弱まったとはいえ、いまだに在日被強制連行者の子孫説が教育され続けている。徴用を強制連行に歪曲する言説も、見方によってはヘイトスピーチの一種であろう。ともあれ、在日及び韓国側が日本人に対してヘイトスピーチを浴びせ続けたのが、第一段階である。

  これらのヘイトスピーチに対して、戦後長らく日本人は無抵抗でいた。これらに対する反撃が日本人側から行われるや、在日及び彼らに拝跪したマスコミは、在日側のヘイトスピーチは棚に上げて、在日や韓国側のヘイトスピーチからすれば軽微と言える日本人側からのヘイトスピーチだけを許さないという空気を作り上げた。そして、平成28(2016)年、日本人側の意見を全く聞かず、韓国・朝鮮人側からの意見だけを聴取して、ヘイト法を作り上げたのである。少しずれるが、あえて言えば、これが東京裁判関係の第二段階にあたる。

  このヘイト法によって、日本人側の言論は著しく制限されることになった。いろんな局面で劣勢となっている。しかし、まだ、日本人の言論にも一定の自由がある。この自由を完全に奪わなければならない、と在日及び彼らに拝跪した勢力は考えている。彼らのプログラムは数年前からすでにできている。その通り進めるだけだ。その第一歩が川崎のヘイト罰金条例案である。これが全国に広がれば、何となく中韓に対する恐怖や面倒くさい感から、対中韓の言論は更に圧殺されていくだろう。何年も経過すれば、また、在日被強制連行者の子孫説ばかりか、国際的な圧力も絡まり、慰安婦性奴隷・強制連行説も堂々と復活してくるかもしれない。ちょうど、全く嘘である日本侵略国家説や日本犯罪国家説を東京裁判以降信じ込まされれてきたように。
これが第三段階で予想される事態である。

  ともあれ、東京裁判の整理の中で、私はヘイト法問題と東京裁判までの経過との類似性、相似性を感じざるを得なかった。では、ここまでの学習で分かったことを以下にまとめておくこととする。

 
一 連合国は侵攻戦争を戦い、極悪の戦争犯罪を犯した

  東京裁判までの経過をたどると、連合国が日本に戦争を仕掛けたこと、そして多くの戦争犯罪を犯したことがよく分かる。

(1) 日中戦争(支那事変) は、中国が仕掛け、多くの戦争犯罪を犯した

  日中戦争(支那事変)については、1937(昭和12)年の盧溝橋事件からとする説と、8月の上海事変からとする説がある。しかし、盧溝橋事件も上海事変も共に中国側が仕掛けたものであるから、いずれの説に立ったとしても、日中戦争は中国が仕掛けたものであることは確かである。
中国軍は、掠奪をこととする「軍隊」であり、その本質は国民政府軍や共産党軍も含めて匪賊軍である。その残酷さから、交戦者資格に疑問が残る「軍隊」である。実際、1937年7月29日、冀東自治政府の保安隊と国民政府の29軍が、通州事件を起こした。

  通州では、事件の一カ月前から「日本人皆殺し」と叫んで行進する学生たち(教導総隊)がいた。事件当日も、予め日本人の居宅に×とか△の目印を付けて襲っている。中国軍は民族殲滅の思想から日本の民間人の過半数を殺害していった。死者は民間人225名(内地人114名、朝鮮人111名)、軍関係32名である。その殺害方法があまりにも残酷であり、その残酷さは世界の戦争史の中でも例のないものである。

  これまでは、親日派である保安隊が起こした事件だと思われていた。だが、1935年の時点で既に、保安隊は反日派にとって代わられていたし、事件において残酷さの際立つ虐殺は、29軍が主導していた。29軍と保安隊が共にいるところでは、29軍に主導権があった。
  
  残酷さの点では通州事件が際立つが、8月の上海事変では、中国は不意打ちを仕掛けただけではなく、国際法上禁止されていた毒ガス兵器、ダムダム弾を使用した。

  また、上海方面でも北京方面でも、慰安婦を性奴隷として扱っていた。1937年10月における上海方面の話を紹介するならば、次のような事例が報告されている。

十月三日、安達二十三大佐率いる歩兵第十二連隊は、上海北の羅店鎮の南の劉家宅を占領した。遺棄死体の中にやたらに婦女子の死体が多く二百五十体にも上った。不思議に思い、捕虜を尋問したところ、付近の妙齢の女性を大量に連行し、掠奪した着物を着せて弄んでいたことが発覚した。安達部隊の猛攻が息を継がせないほどたったので、連れ歩くのが面倒となり、また暴行が日本軍にばれるのを恐れて機関銃で射殺して退却したのである。ひと月前の情報にあった慰労隊がこれだったのだろうか。 
(田中秀雄『日本はいかにして中国との戦争に引きずり込まれたのか』315~316頁)



(2)大東亜戦争はアメリカが仕掛け、多くの戦争犯罪を犯した
 
  大東亜戦争も、連合国の中心であるアメリカが仕掛けたものである。日本は、1928年の不戦条約で禁止されたとされるaggressive war(侵攻戦争、侵略戦争と誤訳)を行っていない。aggressive warとは挑発されていないのに仕掛ける戦争であるからである。

 アメリカは、日本を挑発し続けた。1939年7月26日、アメリカは、突然、理由らしい理由も正式には明らかにできぬまま、日米通商航海条約を破棄した。日本と何か国益が対立したわけでもないのに破棄したのである。これは、宣戦布告に等しい行為であり、ここから日米戦争は始まった。

  半年たった1940年1月から日米通商航海条約は失効し、アメリカは自由に日本を経済的に追い詰めることが可能になった。そして、1941年7月下旬から8月1日、対日経済封鎖を完成させていく。日本は経済的に追い詰められ、11月26日にハル・ノートを突き付けられ、自衛のために戦争に突入していくのである。

  アメリカは戦争を仕掛けただけではない。数々の戦争犯罪を日本にたいして犯した。何よりも、十分な物量を誇りながら、捕虜を取らぬ方針をとり、投降した日本兵を虐殺していった。そればかりか、日本兵の遺骨を土産品として持ち帰る者も数多くいた。1944年9月14日のリンドバーグ日記には次のような記述がある。

 税関吏は荷物の中に人骨を入れていないかと質問した。日本兵の遺骨をスーベニアとして持ち帰る者が数多く発見されたので、相手構わずにこのような質問をせねばならないのだと言う。税関吏はまた、手荷物の中にまだ「緑色をしている」日本兵の頭蓋骨を二個も忍ばせていた男を発見したことがあるとも言った。 (『リンドバーグ第二次大戦日記』下巻、角川ソフィア文庫、2016年、281頁)   

  そして、日本が和平を探っていた時期、都市無差別爆撃や原爆投下を行なっていたのである。

(3)ソ連も、アメリカとの共同謀議の上、日本を侵略し戦争犯罪を犯した

  大東亜戦争の最終盤、ソ連が日本に対し、侵攻戦争を仕掛けた。満州、樺太、千島、北方領土に侵攻した。そして、日本の領土を侵略した。これは、ヤルタ会談に基づくものであり、アメリカとの共同謀議でなされた。

  特に、ソ連軍は、満州に侵攻した際、日本の民間人に対して、掠奪、虐殺、強姦を行った。逃げられず非命の死に斃れた一般日本人は160万人のうち17万4千人に上るという。例えば、小日本社編『抹殺された日本人の現代史』(全貌社、1995年再版、元の本は新人物往来社から1973年)に次のような報告がある。

 ソ連の戦闘機は、農民の長い…行列を見ると、機銃掃射を浴びせかけた。一人の戦闘員もいない村が、戦車で破壊された。 (84頁)

 これは、非戦闘員たる民間人を狙った不法殺害であり、戦時犯罪である。

(4)特に 戦場の性に関して

 戦時犯罪をめぐって米ソ中三大国のそれを見てきたが、日本がこの30年以上責め立てられている慰安婦問題に代表される《戦場の性》をめぐる問題についてみておこう。

 敵国の一地方を占領したならば、占領軍には守るべきことが、ハーグ陸戦条規第42条から第56条までに定められている。戦時犯罪と関連する主な義務を挙げれば、以下の3つがある。

 ①占領地域の秩序と安全を保持し、最低限の生活などを保障する努力義務
  第43条「国の権力か事実上占領者の手に移りたる上は、占領者は、絶対的の支障なき限、占領地の現行法律を尊重して、成るべく公共の秩序及生活を回復確保する為施し得へき一切の手段を尽すへし
 ②生命、宗教、私有財産の尊重……第46条「家の名誉及権利、個人の生命、私有財産並宗教の信仰及其の巡行は、之を尊重すへし。私有財産は之を没収することを得す」と規定
 ③殊更に略奪の禁止……第47条「掠奪は、之を禁止す」


  ②③のような規定があるから、当然、占領軍は掠奪を行ってはいけなかったし、掠奪を行なう兵士を処罰する必要があった。また、①の秩序・安全保障義務から、占領軍は当然に強姦を行ってはいけないし、兵士たちによる強姦を防止する義務や性病の蔓延を防止する義務を負った。

  しかし、連合国は占領軍として、多くの掠奪を行った。最もひどかったのがソ連軍である。日本人も、特に満洲でひどい目にあったことは有名である。
 
  また連合国は、占領地で強姦しまくっていた。中国軍は自国の女性を性奴隷として扱った。アメリカ軍の強姦はフランスにおいてひどかったと伝えられるが、日本でもひどかった。ドイツにおけるフランス軍とソ連軍は、組織的に強姦していた。特におぞましいのが、シュツットガルトのフランス軍である。10日弱で6千件の強姦があり、入院者は3千人以上に達したという。リンドバーグの1945年6月2日の日記には、次のような記述がある。

数日前、フランス軍の占領地域ではあらゆる建物の住民が年齢と氏名を一覧表にしてドアに貼り出すように命ぜられていると聞かされた。つまり、フランス軍やセネガル人の部隊が夜ともなれば酔っ払った挙句、強姦したい年齢の婦女子にぶつかるまで戸別訪問できるようにしたいというのである。人が住んでいそうな建物の表戸にはことごとく……一覧表が貼り出されているのが認められた。  (下巻332頁)

 女性たちは、戸塚悦郎元弁護士言うところの「性奴隷」状態に置かれていたのである。こういう強姦事件を防ぐのは占領権力の重要な役割である。強姦事件を防ぐためにも、そして性病の蔓延を防ぐためにも、占領権力による強姦の取り締まりと売春施設に対する監督が必要となるわけである。日本軍による慰安婦制度とは、このように占領軍が負う義務を果たすためにつくられたものである。

 それゆえ、70年以上前のことを問題にするならば、占領軍の義務を果たさず兵士たちの強姦を取り締まらなかった連合国軍こそが弾劾されるべきである。特に、組織的強姦を行ったソ連軍とフランス軍のそれを何故に追及しないのか、私には不思議でならない。

 かつて、こんなことは日本人も連合国の人間も分かっていた。だから、戦争終了後30年間以上、慰安婦問題を問題にする人間はいなかった。ところが、どんどん戦争に関する常識、占領というものに関する常識が失われるにつれ、《朝鮮人が20万人日本軍の性奴隷にされた》という荒唐無稽の都市伝説が捏造され、広がっていったのである。

二 連合国は、日本を、侵攻戦争を行った戦争犯罪国家に仕立てた

 連合国は、日本を侵略国家・犯罪国家に仕立てる必要があった

 さて、実際の戦争が終わったとき、連合国は、自分たちの悪事を追及されることを恐れた。アメリカは原爆投下や都市無差別爆撃の罪を恐れた。それゆえ、日本を自分達よりも断然悪者であるとする必要があった。そのためには、日本が戦争を仕掛けたことにする必要があり、「南京事件」が存在する必要があった。

  中国は、通州事件というおぞましい民間人虐殺事件を起こした罪を恐れたかはわからないが、自分たちの正義を主張するには通州事件は隠す必要があった。そして、通州事件以上の悪事を日本が犯したという事実が必要となり、中国にとっても「南京事件」が存在する必要があった。もちろん、上海事変などで武力を使って現実に戦争を仕掛けた中国には、「南京事件」の存在だけでは足りず、日本の方が戦争を仕掛けたことにする必要があった。

  ソ連は、罪を恐れたか知らないが、中立条約に反して参戦した罪を何とか合理化する必要があった。そのためには、米中と同じく、日本には侵略国家、犯罪国家になってもらう必要があった。

  要するに、連合国は、その悪逆非道を目立たなくさせるために、日本を何としても侵略国家、犯罪国家に仕立てなければならなかったのである。

(1)東京裁判

 その役割を担ったのが東京裁判と「日本国憲法」である。特に東京裁判であった。東京裁判では、日本を悪者に仕立てるために、「平和に対する罪」(侵攻戦争を犯罪とする)、共同謀議理論、個人責任論、不作為犯論などの国際法が認めていない理論をでっち上げ、その理論に合うように、出鱈目な検察側の証拠を採用し、被告側の証拠をどんどん却下して、日本人被告25名を全員有罪とした。

(2)歴史学と歴史教育で侵略国家論、犯罪国家論を拡大再生産する 
 東京裁判で日本侵略国家物語、日本犯罪国家物語を拵え上げるや、連合国は、検閲を通じて連合国と朝鮮人に対する批判を封じた。そして、東京裁判によって作られた物語を歴史学が更に詳しいものにし、歴史教育は歴史学が築いたその物語をそのまま教えるか、あるいはもっとえげつない反日物語にして教えてきた。

 その結果、歴史学と歴史教育では、侵略国家物語が継続し、日本の満州事変、支那事変、大東亜戦争は侵略(侵攻)である、反省すべきであるとされ続けてきた。また、日本犯罪国家物語は、日本人によって拡大再生産され、「南京事件」だけではなく、朝鮮人・中国人を強制連行したという物語がつくられ、更には慰安婦を強制連行し、性奴隷とし(最後は虐殺し)たという物語までつくられていった。そして、侵略国家であり、犯罪国家である日本は反省すべきであると教え続けられてきたのである。
 
 (3)「日本国憲法」で日本を下層国に位置付ける
 
 侵略国家論、犯罪国家論を日本に植え付けるために、そして日本を二度と連合国に逆らえなくさせるために、連合国は、無理やり、「日本国憲法」なる偽憲法をつくらせた。国際法からいえば、敗戦国に憲法、それも永久憲法をつくらせる行為は違法である。だが、そんなことは百も承知で、連合国は、国際法に違反して、永久憲法をつくらせた。

 このように「日本国憲法」は、作られ方の点でも日本人差別的であるが、内容の点でも差別的である。それは、とりわけ、前文と第九条に現れている。前文には、有名な次の言葉がある。

 日本国民は、……、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、……平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。 

  ここに見られるように、「日本国憲法」は、諸外国を「平和を愛する諸国民」として上位に位置づけ、日本を戦争を起こした「侵略国」として下位に位置づけている。それどころか、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と述べて、安全どころか、生存までも諸外国の判断に任せてしまっているのである。理論的には、諸外国が死ねよと言えば、死んでいかなければならない存在として、日本は位置づけられていることになるのである。

  この前文を受けて、第9条では、戦力と交戦権の放棄がうたわれている。戦力と交戦権を放棄するならば、それは少なくとも独立国家ではない。要するに、「日本国憲法」は日本を弱体化し、連合国の属国、下層国と位置付け、独立国家ではなくなるようにするものである。

 (4)憲法学と公民教育 

 戦後憲法学の第一の役割は、「日本国憲法」という偽憲法を憲法として偽造することである。そのために憲法学は、ポツダム宣言は無条件降伏を要求した文書だと嘘をつき、審議過程における議会の自由意思を虚構すること等を通じて、「日本国憲法」の成立過程史自体を偽造した。

 それでも、成立過程の出鱈目さは見えてしまうので、大日本帝国憲法の時代を非人権的・非立憲的時代に歪曲することによって、「日本国憲法」の押し付けを合理化した。

 そして、第9条から自衛戦力肯定論・交戦権肯定論はいかようにも導き出せるにもかかわらず、自衛戦力肯定論さえもつぶし続けてきた。自衛戦力・交戦権をつぶし続けることが憲法学の第二の役割であり続けた。

 しかし、国家論と国際法の立場からすれば、自衛戦力と交戦権を放棄した国家は、少なくとも独立国家ではない。また、国家論と国際法からすれば、占領下の自由意思のない所で憲法をつくることは違法行為である。

 そこで、憲法学は、国家論と国際法をわからなくさせることに全力を尽くしてきた。端的には、憲法学の教科書には国家については中学校公民教科書並みの記述しかない。国家論と国際法を分からなくさせることで、「日本国憲法」が偽憲法であること、9条が出鱈目極まりない無効条文でしかないことを分からなくさせてきたのである。つまり、憲法学は国家論と国際法をわからなくさせることを第三の役割にしてきたのである。

 国家論と国際法をわからなくさせることが憲法学の役割だというのはブラックジョーク以外の何物でもない。だが、これが日本の憲法学の真実である。

  特に重要なのは、戦時国際法に関する知識を追放することによって、日本が侵略国家、犯罪国家ではないことを分からなくさせていること、逆に連合国が侵略国家、犯罪国家であることをわからなくさせていることである。例えば、戦時国際法を知っていれば、日本が慰安婦問題で責め立てられるいわれは全く存在しないことがすぐわかったはずである。だが、戦時国際法を全く知らない1980年代以降の日本人は良心を苛まれてきたというわけである。慰安婦問題で日本を責め立てている左翼日本人が再生産されていくのも、戦時国際法に対する無知からくるものである。

  これら3つの役割は、公民教育も同様に果たしてきた。いや、公民教育は憲法学以上に「日本国憲法」成立過程史の偽造を行ってきた。少しずれるが、いわゆる「日本国憲法」三大原則という全体主義的な考え方も、平等権という逆差別思想も、憲法学ではなく、公民教育が広めたものなのである。


  以上見てきたところから知られるように、戦後の歴史学・歴史教育も、憲法学・公民教育も出鱈目極まりないものである。かような出鱈目ぶりを変えていくためにこそ、教科書改善運動があるといえよう。

最後はもう一つ締りのないものになってしまったが、以上で、ここまでの作業の中間報告とする。


主要参考文献

 小山常実他著、皿木喜久編『「ヘイトスピーチ法」は日本人差別の悪法だ』2016年、自由社
 立作太郎『支那事変国際法論』昭和13年、松華堂書店
 立作太郎『戦時国際法論』昭和19年、日本評論社
 杉原誠四郎『日米開戦以降の日本外交の研究』亜紀書房、1997年
 小日本社編『抹殺された日本人の現代史』全貌社、平成7年(昭和48年版の再刊)
 田中秀雄『日本はいかにして中国との戦いに引きずり込まれたか』草思社、2014年   
 茂木弘道『戦争を仕掛けた中国になぜ謝らなければならないのか』自由社、2015年
 チャールズ・リンドバーグ『リンドバーグ第二次大戦日記』上下、2016年
 阿羅健一『日中戦争は中国の侵略で始まった』悟空出版、2016年
 倉山満『歴史戦は戦時国際法で闘え』自由社、2016年
 藤岡信勝編著『通州事件 目撃者の証言』自由社、2016年
 皿木喜久編著『通州の奇跡』自由社、2017年
 目良浩一『「平和に対する罪」はアメリカにこそある』ハート出版、2019年

 菅原裕『東京裁判の正体』国書刊行会、2002年覆刻版
 佐藤和男監修『世界が裁く東京裁判』明成社、2005年改訂版
 関野通夫『いまなお続く占領軍の心理作戦』自由社、2015年
 関野通夫『いまなお蔓延るWGIPの嘘』自由社、2016年

 拙著『「日本国憲法」無効論』草思社、2002年
 菅原裕『日本国憲法失効論』国書刊行会、2002年復刻版
 拙著『公民教育が抱える大問題』自由社、2010年 
 拙著『公民教科書検定の攻防――教科書調査官と執筆者との対決』自由社、2013年
 拙著『安倍談話と歴史・公民教科書』(自由社、2016年)
 拙著『「日本国憲法」・「新皇室典範」無効論』(自由社、2016年)
 拙著『自衛戦力と交戦権を肯定せよ』(自由社、2017年)


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