{再掲}私有財産制と著作権の存在意義の確認--加藤雅信『「所有権」の誕生』を読んで

  前2回の記事を書いて、私有財産制の重要性、著作権保護の重要性について改めて想いをめぐらした。そこで、前回記事で紹介した加藤雅信『「所有権」の誕生』を紹介した〔私有財産制と著作権の存在意義の確認--加藤雅信『「所有権」の誕生』を読んで〕(2014年6月20日記す)を再掲することとする。
  

 {再掲}私有財産制と著作権の存在意義の確認--加藤雅信『「所有権」の誕生』を読んで
  
昨日、加藤雅信『「所有権」の誕生』 (三省堂、2001年)を読んだ。この書物は、民法学者の加藤雅信氏が、法学者の立場から、文化人類学の知見に多くを学びながら、経済学的に所有権とは何なのか解明しようとした書物である。著者の問題意識は、プロローグの中で明快に語られている。
 
 所有という言葉は社会の基本であるにもかかわらず、所有とは何かなどということは、哲学者等の一部を別とすれば、もはや誰も論じようとはしない。法律学の分野でも、所有権はもっとも基礎的な概念とされながらも、それが何かについては論じないのが、これまでの研究の一般的な態度であった。本書は、この、所有権とは何か、所有権という概念はどうして発生したのかという問題に、蛮勇をもって挑もうとするものである。         18頁

 本書の梗概を知っていただくために、目次の一部を掲げておこう。

第一章 所有権概念の源を求めて――「所有権」誕生前の世界へ
 草原の国モンゴル
 モンゴル憲法とモンゴル土地法
 「文明化されたインディアン」の世界
 コタンにて――アイヌ社会探訪
 所有権なき世界――沖縄・久高島にて
 焼畑農業の社会
 アジアの焼畑社会
 南米の焼畑社会                    
 オセアニア、アフリカの焼畑社会           
 非循環型の焼畑?
 遊牧社会と土地所有                         
 狩猟社会と土地所有
 狩猟採集民・アボリジニ

第二章 土地所有権発生の社会構造                
 所有権発生の基礎
 定着農業社会と焼畑農業社会
 遊牧社会と狩猟採集社会
 所有権発生の基礎
 非生産財としての土地の場合―――ネパール・ラウテ族の社会から
  
第三章 入会権発生の社会構造――所有、非所有の中間形態としての入会権  
 わからない権利――「入会権」
 ネパール探訪
 ネパール・ヒマラヤにて――土地の個人利用と共同利用       
 共同利用地に対する共同体的な規制の必要性 
 村落共同体と入会権                       
 入会権の解体

第四章 無体財産権発生の社会構造                
 無体財産権とは
 無体財産権制度の社会的背景
 ソフトウェア保護論争の法構造                    
 「無体財産権」概念の社会的機能                  

第五章 「権利」の誕生                       
 所有権概念の発生
 入会権概念の発生
 社会形態の差異が生む所有対象の差異
 無体財産権概念の発生
 「所有権」をめぐる若干の議論
  
エピローグ――社会科学・人文科学の統合の中から


 目次からも知られるように、本書は、モンゴル、インディアン、ネパール、インド他のアジア、南米等における土地利用の在り方を探る中で、土地所有権の成立の問題について考察している。世界の多種多様な事例をふまえて、土地所有権はなぜ成立したのか考察していることが、本書の最大の特色である。土地所有権の問題については第一章から第三章までが当てられているが、全体の4分の3を占めている。ここに集められた所有と非所有に関する世界各地の例は、私には目新しく極めて興味深かった。また、第三章の入会権に関する考察は、学問的に重要なものと思われる。

  土地所有権はなぜ生まれたのか
 
  だが、私が一番刺激を受けたのは、なぜ土地所有権が定着農業社会で生まれたのかに関する考察である。第二章の「定着農業社会と焼畑農業社会」という節では、加藤氏は、ポズナーという学者の言葉を次のように引用している。この引用文が面白いので、孫引きながら引いておこう。

 財産権がすべて廃止されてしまった社会を考えてみよう。そこで、農民はとうもろこしを植え、肥料を施し、かかしを立てるが、とうもろこしが実ったときには隣人がやってきてとうもろこしを刈り取り売ってしまう(下線部は引用者、以下同じ)。農民は種を植え付けた土地を所有しているわけでもなければ、作物を所有しているわけでもないので、隣人の行為に対しなんらの法的救済も受けけられない。こんなことが何回か起これば土地の耕作は放棄されることとなり、その社会は、狩猟等の先行投資がより少ない生計方法に移行していくこととなるであろう。/この例が示すように、財産権を法的に保護することは資源を有効利用するためのインセンティブをつくりだすことにつき重要な経済的役割を有するものである。     84~85頁


  上記引用等をふまえて、加藤氏は、土地所有権の意味は、第一に個別の農業生産者を保護し、「資本投下の成果を確保すること」を通じて、農業投資へのインセンティブを与えること、第二にマクロ的には「社会全体の農業生産量の極大化をはかること」であるとまとめている。そして、加藤氏によれば、工業社会になって重要となった知的財産権の意味も同様のものとなる。

  無体財産権はなぜ生まれたのか 

  第四章の「無体財産権制度の社会的背景」という節を読むと、日本において知的財産権制度の草創期に上記引用と同じことが起きたことが分かる。明治4(1871)年、明治政府は、「専売略規則」を特許保護の目的で作ったが、翌年実施を中止することにした。すると、専売特許制度の実施を要求する世論が日増しに高まったという。例えば、臥雲辰致と言う人は、自分が発明した紡績機械を模倣されたため、全く報いられなかったという。発明者のやる気を喚起するためには、インセンティブを高めるためには、「専売略規則」の実施が求められたのである。
  
  また、明治21年に意匠条例が制定されたが、その「理由書」では、意匠保護の必要性について次のようなことが記されていたという。これも孫引きしておこう。

 意匠の考案には多くの資材、時日、能力が費やされるのであるから他人の侵害を許すようではそれを償う途がなく、新たに意匠を創作する者等いなくなるので『政府法令を発して模擬者を制止し考案者を保護』する必要がある。    154頁 

  それゆえ、知的財産権保護の目的は、第一に、発明その他のための投資活動の果実を創作者等に保障することを通じて投資のインセンティブを与えること、第二に、マクロ的には社会全体の創作活動の活性化と工業の振興をはかることにあるとしている。

  私有財産制の存在意義  

  大げさに言えば、本書を読んで初めて、(生産財に関する)私有財産制がなぜ必要なのか、なぜ私有財産制を否定する社会主義体制が駄目なのか、端的に分かった気がした。前に引用した文章から知られるように、土地所有権などの財産権が認められていなければ、せっかく農民がつくった収穫物が隣人に奪われてしまうことになる。それゆえ、農業生産に対するインセンティブが失われてしまうことになり、農業社会から狩猟採集社会へ後退し、生産力が著しく低くなるのである。

  ここで重要なのは、インセンティブ(刺激、動機)ということである。社会主義では競争がないからダメだということが真っ先に指摘されてきたが、競争以前のところで、社会主義はつまづいてしまう。まさしく、土地が共有であったり国有であったりして自分の私有物でなければ、インセンティブが高まらないのだ。本書でも、土地の共有制の例として18世紀の沖縄の久高島の例を紹介し、琉球政府が「一定の耕作主なく共同所持に属せるため、愛護の念薄く、土質痩薄を来たすの弊」という問題点を挙げているとしている。

  著作権の社会的・経済的意義

  私有財産制の存在理由とともに、無体財産権の一種としての著作権がなぜ保護されるのか、その社会的・経済的理由が分かった気がした。著作権法第1条は、「この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする。」と規定している。

  私には、著作権法の究極の目的である「文化の発展に寄与する」ということがもう一つ漠然としか分からなかった。だが、土地所有権と知的財産権の存在理由に関する加藤氏の所説を読むと、なぜ、著作権の保護が必要なのか、改めて分かった気がした。

  著作権の保護が必要な理由も、一番重要なのは、インセンティブということである。工業社会にあっても、著作権などの知的財産権が保護されていなければ、発明と言わずともいろいろな創作物をつくっても、その創作物を模倣するものが現れ、その模倣者の方が利益を被ることになる。そうなれば、真面目に創作物をつくる人間はいなくなるであろう。インセンティブが無くなってしまうのである。

  もう一度、ポズナーの言葉を引用しよう。

  財産権がすべて廃止されてしまった社会を考えてみよう。そこで、農民とうもろこしを植え、肥料を施し、かかしを立てるが、とうもろこしが実ったときには隣人がやってきてとうもろこしを刈り取り売ってしまう。農民は種を植え付けた土地を所有しているわけでもなければ、作物を所有しているわけでもないので、隣人の行為に対しなんらの法的救済も受けけられない。こんなことが何回か起これば土地の耕作は放棄されることとなり、その社会は、狩猟等の先行投資がより少ない生計方法に移行していくこととなるであろう。/この例が示すように、財産権を法的に保護することは資源を有効利用するためのインセンティブをつくりだすことにつき重要な経済的役割を有するものである。     84~85頁

   私の心には、この文章はいたく響いた。「農民」は「つくる会」、「隣人」は育鵬社等、「とうもろこし」は扶桑社版歴史教科書に見えてしまうのだ。丸ごと盗まれた「農民」は、全く報いられないままでいる。「隣人」は経済的にも社会的にも相当に潤っている。まるで、この問題に関しては財産権は存在しないかのような状態である。大げさに言えば、私有財産制の危機である。

  それゆえ、「隣人」が社会的経済的法的に罰せられなければ、教科書を真面目につくる人はいなくなり、著作権等の知的財産権に関わる創作のためのインセンティブは著しく低下することになろう。

  私のような読み方をせずとも、本書は興味深い一冊である。引用が多すぎて著者の文章が少ない点が気にかかるが、幅広い知識と興味関心をもち、壮大な課題に挑戦した著者の心意気を諒としたい。
  

  転載歓迎  









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