育鵬社側の出鱈目証拠、乙3号から20号

3か月間ブログ更新する暇はなかったが、育鵬社盗作問題に就いて記事を認めることにする。3か月前に、育鵬社がどのような教科書の作り方をしたか紹介した。八木氏や伊藤氏など有名人は一人も執筆せず、中学校教員が他社教科書(その中心は藤岡氏が著作権をもつ扶桑社版教科書)を参考にしながら執筆していったことを紹介した。

 今回は、一審で育鵬社らが勝訴した理由を紹介していこう。彼らが勝訴した最大の理由は、裁判官がいずれかの時点から何としても育鵬社側を勝たせると決めていたことにある。一審判決は、一般歴史書に記載されている事項を取り上げても、それは扶桑社教科書の創作性を示すものではないと判示した。歴史教科書は、一般歴史書に記載されている事項を記述するものであるから、判決は歴史教科書一般の著作権を否定したに等しいのである。
 
 被告側は一般歴史書として『国史大辞典』他を証拠提示 

では、一般歴史書に記載されている事項だということを証明するために、被告側はいかなる証拠を提出したか。裁判が始まり最初に被告側が提出したのは、乙1~20号の証拠であった。以下、列挙しておこう。
 
乙1号 教科書制度の概要 文科省
乙2号 義務教育諸学校教科書用図書検定基準 高等学校教科用図書検定基準
乙3号の1~9 佐藤信他『詳説日本史研究 改訂版』平成20年8月30日 山川出版
 
 *高校教科書の『詳説日本史』の内容をふまえて書かれた一般歴史書
乙4号 武光誠『真説 日本古代史』平成25年3月8日
乙5号 川勝平太『鉄砲が動かした世界秩序』平成10年
乙6号 池上裕子『日本の歴史 15』平成14年
乙7号 大石学『近世民衆の租税意識』平成9年
乙8号 佐藤昌介『国史大辞典11(蛮社の獄)』平成2年
乙9号 日野竜夫『国史大辞典13(本居宣長)』平成4年
乙10号 藤田覚『天皇の歴史6 江戸時代の天皇』平成23年
乙11号 井上勲『王政復古』平成23年
乙12号 伊藤之雄『日本の歴史2 政党政治と天皇』平成14年
乙13号 塩崎弘明『日本の時代史24 大正社会と改造の潮流』平成16年5月
乙14号 塚瀬進『満州の日本人』平成16年9月
乙15号 最新日本史教授資料編集委員会『最新日本史教授資料』平成25年
乙16号 臼井勝美『国史大辞典14(リットン調査団)』平成4年
乙17号 鈴木隆史『国史大辞典13(満州国)』平成4年
乙18号 森松俊夫『日本陸海軍事典(盧溝橋事件)』平成9年
乙19号 北村稔『「南京事件」の探求』平成13年
乙20号 木下靖彦他『詳説世界史研究』平成7年 山川出版

 *高校教科書の『詳説世界史』の内容をふまえて書かれた一般歴史書

 乙1号と2号を被告側が提示するのは分かる。しかし、乙3号から20号を提示するのは全く分からなかった。被告側は、原告が著作権侵害だと指摘した47箇所が取り上げた事項はすべて一般歴史書や国史大辞典で既に取り上げられている事項だから、その【事項の選択】に創作性はないと主張した。その際、証拠として最初に掲げたのが、乙3号から20号であった。

 『国史大辞典』等は証拠になり得ない

  例えば、盗作箇所「(35) 支那事変(日中戦争)・「南京事件」」の例では、乙18号と19号の証拠を基に、森松俊夫氏も北村稔氏も既に取り上げている事項だから、それを扶桑社が取り上げても創作性があることにはならないと主張した(平成25年7月31日育鵬社等準備書面1)。当時、私は何をバカなことを言っているのだと思った。こんなものが証拠になるわけがないと思った。歴史教科書が一般歴史書で取り上げられていない事項を選択して書いたとしたら、一発で検定不合格になるからだ。

 ところが、一審判決は、この証拠にはなり様がない乙3~20号を証拠として取り上げ、被告側を勝たせたのである。例えば、「(47) 湾岸戦争」の例では、乙3号の9を根拠にして、扶桑社版の創作性を否定し、以て育鵬社版による著作権侵害を否定した。扶桑社版では、「この戦争では、日本は憲法を理由にして軍事行動には参加せず、……国際社会はそれを評価しなかった。国内では日本の国際貢献のあり方について深刻な議論がおきた。」と記述していた。すなわち、日本が憲法を理由に軍事行動に参加しなかった事、国際社会が評価せず国際貢献のあり方が問われたこと、という二点のことを教科書史上初めて取り上げた。ところが、一審判決は、次のように、乙3の9を根拠にして、扶桑社版の創作性を否定したのである。

 原告は,上記表現の視点から,日本が湾岸戦争に人員を派遣しなかったために国際評価が低かったという,従来の歴史教科書が避けてきたテーマを大胆に取り入れた点に,教科書としての創作性があると主張するが,その内容自体は,歴史文献(乙3の9)でも取り上げられている,一般的な歴史認識であるというべきであるから,歴史教科書において,湾岸戦争に関する記述をするに当たり,そのような一般的な歴史認識について付加して説明したとしても,それによって歴史教科書としての創作性があるということはできない

 とんでもない判断である。裁判所の判断とは思えなかった。もう一度言うが、歴史教科書に限らず、教科書というものは、一般的な書物に書かれている一般的な事項を取り上げて記すものである。こんなふうに言ったら、全ての歴史教科書の著作権は否定されてしまうことになろう。扶桑社版の【事項の選択】が創作性あるかどうか判断する場合に比較対象になり得るのは、中学校歴史教科書のみである。問題は中学校歴史教科書としての創作性があるかどうかだからである。とんでもないことに、被告側は、北村稔『「南京事件」の探求』等を扶桑社版の創作性を否定するための証拠として取り上げ、それを東京地裁が認めたのである。何とも、おかしなことがおこるものである。

 平成25年版の歴史書が扶桑社17年版の創作性否定の証拠にはならない

 更におかしなことがある。前述の「(47)湾岸戦争」の例で言えば、一審判決が扶桑社版の創作性を否定するために用いた乙3号の文献は、平成20年出版である。20年版を根拠に、扶桑社17年版の創作性を否定することは出来ないはずである。

 したがって、一般歴史書であることを不問に付しても、乙3~20号のうち乙3以外にも、乙4、10、11、13、14、15号の6つは証拠になり得ない。このうち、乙3号など5つは、扶桑社版が出版された平成17年よりも後の出版であり、扶桑社版を著すに当たって原告らが参照し様もなかったものである。また、13号は16年5月、14号は16年9月に出版されており、扶桑社版よりも先に出版されているが、扶桑社版は16年4月までに原稿が書かれており、やはり、参照し様もなかったものである。

 したがって、一般歴史書であることを問題にしないとしても、年度の問題から、乙3~ 20の18件のうち、7件は証拠になり得ないものだったのである。こういうものを証拠として出した被告側、これを採用した地裁は、共に、本当におかしな感覚の持ち主であるといえる。

 もっとも、ならば何故、原告側はこれを見逃したのか(見逃したというと語弊があるが、軽く捉えたことは確かである)、という問題が生ずる。それは、乙3~20号などは全て、教科書の記述ではないから余りにも馬鹿馬鹿しくて相手にするまでもないと考えたのである。更に言えば、こんなバカな証拠しか出せない被告に負けるわけがないという感覚もあった。だが、結局、この原告側の油断が、原告を敗訴に、被告を勝訴に導いたのである。
 
 以上、乙3~20号の証拠能力について見てきたが、実は被告側勝訴を導いた最大の証拠は、乙45号証というものだった。この証拠は、実は、もっと出鱈目なものだった。次回は、その出鱈目性について報告していきたい。


  転載自由


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 3

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック