平成22年7月14日知財高裁判決について――『破天荒力』事件

 仕事をしようにも出来ない状況ゆえ、7月から気になっていた、『破天荒力』事件の平成22年7月14日知財高裁判決について検討しておこう。

 この事件は、当時神奈川県知事であった松沢成文氏が著した『破天荒力──箱根に命を吹き込んだ「奇妙人」たち 』(2007年5月、講談社) が、山口由美氏の『箱根富士屋ホテル物語【新装版】』(2002年4月、トラベルジャーナル) の著作権を侵害したものではないかとして、争われたものである。

  一審判決 

原告は、第一に15箇所の具体的表現(狭義の表現、具体的文章表現)に即して著作権侵害を主張した。第二に、21箇所の小さなまとまり部分、21箇所を内部に包含するより広い5箇所のまとまり部分、この5箇所を包含する「Ⅰ 箱根山に王国を築く-仙之助」の章全体と「Ⅱ 繁栄と大脱線-正造」の章全体の部分における【事実の選択配列等】に即して著作権侵害を主張した。第二の点は、「ノンフィクション作品においては,エピソード,事実,提示する資料・文献等の取捨選択,あるいは,これら資料などの引用,要約の仕方においても創作性が発揮され得る」という立場から主張されたものである。

 一審の東京地裁は、平成22年1月29日、判決を言い渡した。判決は、【事実の選択配列等】に関する著作権侵害は全て認めなかったが、15箇所の具体的表現のうち1箇所についてだけ著作権侵害を認め、「別紙対比表1の№71の『破天荒力』欄の前段の下線部分に対応する文章(218頁11行~12行)を削除しない限り,同書籍を印刷,発行又は頒布してはならない」と判示した。わずか2行の著作権侵害で、『破天荒力』は出版差し止めとなったのである。

    一審が著作権(複製権)侵害と判断した記述

  では、著作権侵害とされた記述はどのようなものだったろうか。『箱根富士屋ホテル物語【新装版】』と『破天荒力』を比較してみよう。
 
○『箱根富士屋ホテル物語【新装版】』 
のちに孝子は、スコットランド人実業家メートランドと再婚し、メートランド・孝子となる。(150頁)
 孝子と別れた正造は生涯、独身を通した。(略)二度と結婚をしなかったのは、正造が富士屋ホテルを結婚相手だと考えていたからではないかと私は思う。そう、正造が結婚したのは、最初から孝子というより富士屋ホテルだったのかもしれない。 (152頁)


○『破天荒力』 
のちに孝子は、スコットランド人実業家と再婚したが、正造が再婚することはなかった。彼は、富士屋ホテルと結婚したようなものだったのかもしれない。 (218頁)
 富士屋ホテルと結婚した男    (217頁 表題)


  削除を命令されたのは、「彼は、富士屋ホテルと結婚したようなものだったのかもしれない。」という2行である。この2行が『箱根富士屋ホテル物語【新装版】』にある「正造が結婚したのは、最初から孝子というより富士屋ホテルだったのかもしれない。」という具体的文章表現の著作権を侵害しているとみなされたのである。

  しかし、この別紙対比表1の№71の文章表現は、余りにも短く、それほど特殊なものではない。ありふれた表現でしかなく、著作権法が保護すべき「創作性」を有していないのではないか、という疑問を抱かざるを得ない。
 
  著作権侵害を認めた理由――【事実の選択配列等】に関する著作権侵害の成立可能性

 にもかかわらず、なぜ、この2行の削除を裁判所は判示したのであろうか。それは、先ず何よりも、『破天荒力』には参考文献として『箱根富士屋ホテル物語【新装版】』が記されているし、『破天荒力』が『箱根富士屋ホテル物語【新装版】』に依拠して書かれたことは疑いようがないからである。その点を、一審判決は「原告書籍に依拠(アクセス)して,被告書籍を執筆した」と述べ、事実認定している。

  また、【事実の選択配列等】に関する著作権侵害を認定こそしなかったが、前述した21箇所に於いては、多くの共通の事実が記されていた。それゆえ、裁判所としては、『破天荒力』に対して著作権侵害の恐れをどうしても感じざるを得なかったのではないだろうか。しかし、原告書籍と被告書籍のどちらにも、「富士屋ホテル八十年史」と「山口正造懐想録」その他が参考文献として記されており、それらの文献にも共通の事実が載せられているケースが多い、といった事情もある。それゆえ、選択配列の同一性だけでは、裁判所はなかなか著作権侵害を認定できない。著作権侵害認定のためには、どうしても具体的文章表現の類似性ないし同一性が欲しい所である。

 ところが、『破天荒力』の具体的文章表現は、同じ事実を選択しても、ほとんど『箱根富士屋ホテル物語【新装版】』のそれと類似していない。15件の具体的表現のうちで最も類似性が強いと思われるのが、別紙対比表1の№71の例であった。そこで、№71の文章表現だけを取り出して、著作権侵害を認めたのではないだろうか。

  事実又は思想は保護されない、創作性のない表現は保護されない

 しかし、№71の例は、是だけを取り出してみれば、著作権侵害と言うには、短すぎてありふれた表現であるから「表現上の創作性のない部分において同一性を有するにすぎない」として、著作権侵害を否定すべきものではないだろうか。

 それゆえ、二審判決は、№71も含めて15件の具体的表現の例全てについて著作権侵害を否定した。15件の例は、二つのタイプに分かれる。圧倒的多数である13件は、事実又は思想という「表現それ自体ではない部分において同一性を有するにすぎないから、複製又は翻案に当たらない」として、著作権侵害を否定された。13件を読んでみると、確かに、内容には同一性があるが、文章表現としては類似していないものである。

 これに対して、№71と№89の例は、事実又は思想という「表現それ自体ではない部分」とともに、「表現上の創作性のない部分において同一性を有するにすぎないから、複製又は翻案に当たらない」とされた。№71の例にある「結婚したようなもの」とか、「だったのかもしれない」との用語はありふれたものであり、これらを使ったからと言って、著作権侵害にはならないというのである。当たり前のことである。

  両者の選択配列は異なっている--二審判断 

   二審判決は、15件の具体的表現についてだけではなく、21箇所の小さなまとまり部分における【事実の選択配列等】の問題も個別に検討したうえで、全ての著作権侵害を否定している。21件のうちほとんどについては、3点のことが指摘されている。一つは、「事実又は思想の選択及び配列自体に表現上の格別な工夫があるとまでいうことはできない」ということである。二つは、被告書籍には原告書籍にない色々な事実が記載されているということ、三つは、二つの書籍は「事実又は思想の選択及び配列が異なっている」ということである。

  これら三点を裏返せば、原告書籍の選択配列に格別な工夫があり、被告書籍に記された事実がそのまま原告書籍と同じで、選択配列が同じならば、具体的文章表現が類似していなくても著作権侵害が成立するということを意味する。もっとも、このような場合に具体的文章表現が類似した箇所が全く出てこないということは、現実には考えにくいであろう。

  この選択配列の問題に関しては、一審も二審も著作権侵害を否定しているが、二つの書籍の選択配列を比較検証する作業を行っていないから、裁判所の判断が正しいかどうかは私には分からない。ただ、具体的文章表現の問題に即して言えば、二審の判断が妥当だとは言えよう。

 
   なお、育鵬社歴史教科書裁判では、育鵬社側は、この『破天荒力』事件についての平成22年7月14日知財高裁判決を援用している。具体的文章表現の全く似ていない『破天荒力』事件の判決は、具体的文章表現が酷似した育鵬社歴史教科書事件のケースには余りにも当てはまらないと思われる。むしろ、№71の例のように、こんなに似ていないのに一審では著作権侵害にされたことを思えば、育鵬社側とすれば援用しない方がよいようにも思われる。


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