『剽窃の文学史』や『〈盗作〉の文学史』等を読んで――育鵬社問題を超える盗作事例にはなかなか出会えない

 『支那開化小史』と『新体支那歴史』との類似性とは

 前回、田口卯吉『支那開化小史』偽版訴訟事件を紹介した。前回の記事で述べたように、田口は、明石孫太郎『新体支那歴史』を自己の『支那開化小史』の偽版として訴えた。その際、約20カ所にわたる対照表を示した。一審では、田口の作成した対照表が威力を発揮し、『新体支那歴史』は偽版とされてしまった。では、どの程度、『支那開化小史』と『新体支那歴史』とは類似していたのであろうか。甘露純規『剽窃の文学史』(森話社、2011年)266~267頁にその一例が挙げられている。孫引きしておこう。

田口『支那開化小史』――蓋し漢の高祖能く世の群雄を制したるも、其皇后呂氏を制する能はざりき。呂氏敏にして能く大事を専行せり。韓信を殺したるも呂后の専決する所なりき。彭越を殺したるも呂后の専決したる所なりき。去れば高祖常に之を憚かり其権を殺かんと欲すること久し。呂后の生む所の太子柔弱なるを以て之を廃し、趙王如意を以て太子と為さんと欲したるも呂后の権強きを以て俄に之を行ふ能はざりき。

明石『新体支那歴史』―― 夫れ高祖の力、能く秦室を斃し、能く項氏を滅し、又能く天下の群雄を統御したるも、独り其后呂氏に至りては、得て制する能はざりき。蓋し呂后の人となり英敏にして果敢、是を以て専はら能く大事を処せり。若夫の韓信及び彭越を殺すは、是れ長髯男子の難ずる所、而るに呂后は、婦女子の身にして、容く之をなしたり。呂后の技倆凡て如是の憚るべく畏るべきものあるを以て、高祖は即ち其権を殺かんと欲せしや、已に久し。高祖嘗て意らく「呂后生む所の太子盈は、其人となり仁弱なるを以て之を廃し、戚夫人生む所の趙王如意は、その己れに類せるを以て、立てゝ太子となさん」と。然れども呂后の権強きと、大臣の服せざりしとを以て、之を止めたりき。

 前にも述べたが、歴史事実の選択配列は同じであり、文章全体の趣旨は基本的に同一である。だが、同一の語句を借用しているが、同一の文は一文もない。明石が田口のこの部分の文章を参考にした、というよりも模倣したことは確かだが、江戸時代の模倣剽窃観からすれば、語句の借用があるから上手な模倣とは言えないが、剽窃と言えるほど稚拙な模倣でもないように思われる。少なくとも、この文章に着目しただけでは盗作と言えるほどのものではないと思われる。

 田口『支那開化小史』を参考にしたことを記すべきとも考えられるが、『新体支那歴史』は中学校と師範学校の教科書であるから、必ずしも記さなければならないという事にはならないだろう。それに、『新体支那歴史』は、政治史だけを記した『支那開化小史』とは構成を異にするものである。にもかかわらず、一審で偽版とされたことに注目しておきたい。

 遠藤誉『卡子(チャーズ)』と山崎豊子『大地の子』の類似性とは 

この間、栗原裕一郎『〈盗作〉の文学史』(新曜社、2008年)を初めとして盗作関係の書物を何冊も読み、盗作箇所として指摘されている部分の文章表現を見てきた。私の感じ方としては、明確に盗作だと言えるもの、盗作と言えるか五分五分だと思われるもの、いや盗作とは言えないのではないかと思われるものと、いろいろなものがあった。だが、育鵬社教科書と扶桑社教科書との比較から盗作問題に関心を持ち始めた私には、盗作と思われるものも、ごく少数の物を除いてほとんどの場合大したものとは思えなかった。前に著作権侵害だと私なりに判定した日垣隆『すぐに稼げる文章術』の場合も、数が少ないという事もあるが、その一つ一つを検討してみても、大した盗作ではないとしか思えなかった。

 そこで、盗作箇所として指摘されている部分の文章表現として特に気になった例を挙げていこう。まずは、山崎豊子『大地の子』裁判の例である。1997(平成9)年1月、筑波大学教授遠藤誉氏は、『大地の子』が自著のノンフィクション『卡子(チャーズ)』から盗作したものだとして、作者である山崎豊子氏を訴えた。全部で57箇所の類似部分を指摘しているが、栗原氏が『〈盗作〉の文学史』の中で紹介している「類似しているとされる箇所」(同書、222頁)を一箇所だけ比較しておこう。『〈盗作〉の文学史』から孫引きしておこう。
 
遠藤誉『卡子(チャーズ)』――だから国民党軍の食糧もそれほど豊かではなくなっていた。毎日のように落下傘が補給物質を落としていくが、それも着地したときにはほとんどが破裂している。市街ぎりぎりのところまで八路軍に包囲されているから、国民党の飛行機は長春の上空に近づけない。低空飛行すると必ず八路軍に撃ち落される。(……)
 シューッ! という落下傘の音を確かめると、銃を持った国民党軍が飛散した白米等を拾い集めに来る。市民はその光景を恨めしそうに見ているしかない。一歩でも近づいたら射殺されるのである。 (……)米を拾い終わって国民党軍引き揚げると、遠巻きに見ていた群集が地面にわずかに残っている拾い残しの米粒めがけて、わーっと殺到した。たとえ一粒でも二粒でも、何もないよりはいい。   (222~223頁)


山崎豊子『大地の子』――それから間もなく、兵糧攻めに遭っている国府軍に対して、瀋陽から飛行機で、食糧の投下がはじまった。ブーンという飛行機音を聞きつけると、誰もが外へ出、機影を探した・
 青い色に銀色の編隊が見え、尾翼に国府軍の旗を記した飛行機が、低空飛行で兵舎の上へ飛来し、麻袋に詰めた米を投下した。民衆は、指をくわえて見ているだけだった。だが、長春市を包囲している八路軍から攻撃されはじめると、パラシュートによる投下に変った。
 (……)
 青い空に幾つかの白いパラシュートが開き、風に流されながら、うまく国府軍の上に落ちる場合もあるが、時々、民家の方へふわふわと流れ、胡同の屋根や道に落ちると、兵隊が駆けつける前に、わっと人が群り、一掴みでも多くを取ろうと争った。(……)欲を出して、うろうろしていると、駆けつけた兵隊たちに発砲されるのだった。 (223頁)


 
 似たような情景を描いているけれども、文章表現としては類似していない。栗原氏が挙げている他の例を見ても、類似していると思われる箇所はない。それゆえか、2001年3月、東京地裁で判決が下され、山崎氏の全面勝訴に終わった。判決文には次のようにあるという。栗原本から孫引きしよう。
 
歴史的事実、日常的な事実等を描く場合に、他者の先行著作物で記述された事実と内容において共通する事実を取り上げたとしても、その事実を、いわば基礎的な素材として、換骨奪胎して利用することは、ある程度広く許容されるものと解するが妥当である(傍線部は引用者、以下同じ)。

 上記判決文を読むと、育鵬社教科書のことを思い浮かべるが、育鵬社は、扶桑社教科書を「換骨奪胎」して利用するのではなく、そのまま小変を加える形で利用している。
 ちなみに、山崎氏は、参考文献として遠藤氏の著作を挙げている。

  それはともかく、ほとんど具体的な文章表現が類似していない山崎氏のケースさえも、朝日新聞という大マスコミによって盗作として叩かれたことに注目しておきたい。

 『江差追分』事件における表現の類似性とは 

次いで、NHKドキュメンタリー『江差追分』事件の例である。1990年10月18日、NHKはドキュメンタリー『ほっかいどうスペシャル・遥かなるユーラシアの歌声――江差追分のルーツを求めて』(函館局制作)を放送した。このドキュメンタリーを、作家の木内宏氏は、自著の『北の波濤に唄う』(講談社、1979年。その後朝日文庫)等2冊の著作権を侵害したものだとして提訴した。一番の争点は、ドキュメンタリーで流されたナレーションの一部が『北の波濤に唄う』の翻案権を侵害しているかどうか、ということだった。
 
『北の波濤に唄う』――むかし鰊漁で栄えたころの江差は、その漁期にあたる四月から五月にかけてが一年の華であった。鰊の到来とともに冬が明け、鰊を軸に春は深まっていった。
 彼岸が近づくころから南西の風が吹いてくると、その風に乗った日本海経由の北前船、つまり一枚帆の和船がくる日もくる日も港に入った。追分の前歌に、
  松前江差の 津花の浜で
  すいた同士の 泣き別れ
 とうたわれる津花の浜あたりは、人、人、人であふれた。町には出稼ぎのヤン衆たちのお国なまりが飛びかい、海べりの下町にも、山手の新地にも、荒くれ男を相手にする女たちの脂粉の香りが漂った。人々の群れのなかには、ヤン衆たちを追って北上してきた様ざまな旅芸人の姿もあった。
 漁がはじまる前には、鰊場の親方とヤン衆たちの網子合わせと呼ぶ顔合わせの宴が夜な夜な張られた。漁が終れば網子わかれだった。絃歌のさざめきに江差の春はいっそうなまめいた。「出船三千、入船三千、江差の五月は江戸にもない」の有名な言葉が今に残っている。
 鰊がこの町にもたらした莫大な富については、数々の記録が物語っている。
 たとえば、明治初期の江差の小学校の運営資金は、鰊漁場に建ち並ぶ遊郭の収益でまかなわれたほどであった。
 だが、そのにぎわいも明治の中ごろを境に次第にしぼんだ。不漁になったのである。
 鰊の去った江差に、昔日の面影はない。とうにさかりをすぎた町がどこでもそうであるように、この町もふだんはすべてを焼き尽くした冬の太陽に似た、無気力な顔をしている。
 五月の栄華はあとかたもないのだ。桜がほころび、海上はるかな水平線にうす紫の霞がかかる美しい風景は相変わらずだが、人の叫ぶ声も船のラッシュもなく、ただ鴎と大柄なカラスが騒ぐばかり。通りがかりの旅人も、ここが追分の本場だと知らなければ、けだるく陰鬱な北国のただの漁港、とふり返ることがないかもしれない。
 強いて栄華の歴史を風景の奥深くたどるとするならば、人々はかつて鰊場だった浜の片隅に、なかば土に埋もれて腐蝕した巨大な鉄鍋を見つけることができるだろう。魚かすや油をとるために鰊を煮た鍋の残骸である。
 その江差が、九月の二日間だけ、とつぜん幻のようにはなやかな一年の絶頂を迎える。日本じゅうの追分自慢を一堂に集めて、江差追分全国大会が開かれるのだ。
 町は生気をとりもどし、かつての栄華が甦ったような一陣の熱風が吹き抜けていく。


「ほっかいどうスペシャル 遥かなるユーラシアの歌声―江差追分のルーツを求めて―」――日本海に面した北海道の小さな港町、江差町。古くはニシン漁で栄え、「江戸にもない」という賑いをみせた豊かな海の町でした。
 しかし、ニシンは既に去り、今はその面影を見ることはできません。    
 九月、その江差が、年に一度、かっての賑いを取り戻します。民謡、江差追分の全国大会が開かれるのです。大会の三日間、町は一気に活気づきます。
 

前にもざっと二つを読み比べたことがあるが、今回読み直してみて、アイデアのレベルでは一定の類似性はあるが、表現のレベルで両者が類似しているとは私にはやはりとても思えなかった。類似という感じがするのは「江戸にもない」の部分だけである。しかし、余りにも短い表現だし、「江戸にもない」といわれたことは歴史事実であり、一般的知見であるという。

 しかし、江差追分全国大会の時に絶頂を迎えるという認識は、両者に共通しているが、一般的なものではなく、木内氏のものだった。だからこそ、木内氏は、自己の著作物を盗んだものと判断し提訴したのである。一審と二審では、木内氏の主張が認められた。一審と二審は、ナレーションは、『北の波濤に唄う』と内容面だけではなく「外面的な表現形式」(文章表現の意か)においても類似していると認め、『北の波濤に唄う』の翻案権を侵害しているものだと結論付けたのである。

  内容だけでなく、「外面的な表現形式」においても類似しているという判断は私にはよく分からない。一審と二審の判断は当を失していると言わざるを得ない。最終的には、平成13年6月28日、最高裁は逆転で原告敗訴の決定を下した。その理論構成の判断は今の所しかねるが、結論自身は極めて妥当なものと言えよう。

 以上みてきたように、盗作問題で提訴されたり騒がれたりしても、大して類似していないにもかかわらず、大きな問題とされたケースが多いように思われる。いろいろ読んできた限りでは、佐野眞一氏が溝口敦氏から盗用したケースを除けば、育鵬社歴史教科書ほど、内容の点でも文章表現の点でも先行作品(この場合扶桑社歴史教科書)と類似しているケースは存在しなかった。何ともなぁーという感を新たにしている。興味のある方は、新らしい歴史教科書をつくる会編著『歴史教科書盗作事件の真実』(自由社、2012年)を読まれたい。

 盗作問題が発生する5類型

  最後に、内容と表現の二元論に立ったうえで、盗作問題が発生するケースを類型分けしてみたい。著作権法の本を更にきちんと勉強しないと確かな類型分けは出来ないであろうが、今の時点で分かったと思われることを整理しておきたい。さて、当該作品の先行作品との関係を整理すれば、以下の6類型となる。

(1)文章表現が(誰がみても)類似あるいは同一
 a 意匠あるいは内容が同じ……『江差追分』事件の一審・二審判断
                育鵬社歴史教科書
 b 意匠あるいは内容が異なる
            
(2)文章表現が多少類似
 a 意匠あるいは内容が同じ……『支那開化小史』偽版訴訟事件の一審判断
              東海散士『佳人の奇遇』偽版訴訟事件の二審判断
              『チーズはどこへ消えた?』盗作訴訟事件原告と裁判所 
 b 意匠あるいは内容が異なる……『支那開化小史』偽版訴訟事件の二審判断
              東海散士『佳人の奇遇』偽版訴訟事件の一審判断
              『チーズはどこへ消えた?』盗作訴訟事件の被告側 

(3)文章表現が違う
 a 意匠あるいは内容が同じ……山崎豊子『大地の子』事件
                『江差追分』事件の最高裁判断
 b 意匠あるいは内容が異なる
 

 もちろん、(1)か(2) か(2) か(3) か、(1) (2) (3)それぞれの中でaなのかbなのか、判断に迷うケースは存在するだろうが、一応、六類型に分けられると思われる。

 このうち(3)bの場合には、盗作問題は発生しない。(3)aまでの5類型で盗作問題が発生する。著作権侵害だと認定しても誰も反対しないケースは、(1)aの場合のみである。理論的に著作権侵害と認定できるのは、(1)a、(1)b、(2)aまでである。(2)b(3)aは、理論的には、著作権侵害とは認定できないという事になる。

  一応、このようにまとめられるが、法的問題ではなく、例えば文学界、漫画界、歴史学界などの当該世界の問題として考えれば、どうなるか。意匠内容を模倣なり剽窃した(3)aの方が或る意味(1)bより深刻な問題だし、(1)bは著作権侵害と判断されようと藝術的には素晴らしい作品であり、盗作とは言えないということにもなろう。翻ってこういう芸術界等の見方が法的世界にも影響を与えれば、(3)aだけど著作権侵害と判断されたり、(1)bだけど著作権侵害ではないという法的判断が出てくるのかもしない。

 なお、『チーズはどこへ消えた?』盗作訴訟事件については、原告側認識を(2) aに、被告側認識を(2) bに配置したが、『チーズはどこへ消えた?』のパロディとして『バターはどこへ溶けた?』が作られた事情からすれば、(1)aと(1)bに配置すべきかもしれない。実際に両者を読み比べてみないと、どこに配置すべきか確かなことは分からない。

  *ざっと両者を読み比べてみたが、基本的に両者の具体的な文章表現は異なるものである。(1)aと(1)bに配置することはありえない。短い文では類似した文が多少とも存在するので、一応、(2)aと(2)bに配置したままとする。--2014年7月16日

 また、(3)aの例としては、庄司薫『赤ずきんちゃん気をつけて』の例が考えられるかもしれない。1,969年の芥川賞受賞作『赤ずきんちゃん気をつけて』は、サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』と類似しているのではないかとして、東京新聞紙上で叩かれた。この時、朝日新聞も詳細に検討したが、一文とて同一の文章を発見できず、盗作ではないという判断になったという(栗原『〈盗作〉の文学史』109頁)。

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