『史』百号記念座談会より

   『史」の九月号は百号にあたる。これを記念して座談会がもたれた。この百号記念座談会が九月号に掲載されている。座談会には私も参加したが、座談の中で改めて認識を新たにした点がある。それは、「つくる会」が設立以来、中韓という外国と結びついたマスコミ、外務省などの権力、過激派等の既成勢力によってすさまじく目の敵にされ、弾圧されてきたことである。

 座談会記録の小見出しは以下のようになっている。

   「従軍慰安婦」が運動の原点
   日本の戦後教育がはらむ危険性
   「つくる会」の危機を救え!
   設立記者会見でのエピソード
   外務省による検定「不合格」工作騒動
   「外圧検定」と採択妨害
   白表紙本の流出問題
   普通公立中学で初の採択
   理念と商業主義のあつれき
   中国社会科学院との歴史論争問題
   健全な採択制度を目指して
   検定の機能不全と「つくる会」の出現
   顕著に現われた「つくる会」効果
   「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」からの脱却
   慰安婦問題と米国
   歴史認識と憲法改正
   この運動の「必然」
   先人たちの遺志を受け継いで


  既成勢力による弾圧が記されているのが、「設立記者会見でのエピソード」「外務省による検定『不合格』工作騒動」「『外圧検定』と採択妨害」の三部分である。傑作なのが「設立記者会見でのエピソード」の箇所である。

   設立記者会見でのエピソード

高森 成立からの経過を振り返ると、印象的なのが設立発表の記者会見ですね。この時はマスコミからかなり激しい糾弾がありました。

藤岡  平成八年十二月二日、赤坂のホテルでの賛同者呼びかけのための記者会見ですね。新聞記者その他、二百人くらい集まりました。その時のエピソードで覚えているのは、私たちの支援者の年配の方がトイレに入っていたところ、記者会見が終わって記者達がその人が居ることに気が付かずにトイレに入ってきたんです。朝日と読売の記者だったらしいのですが、二人が「我々が長年積み重ねてきたのがもう今日でひっくりかえされたね、困ったことだ」「まあお互い連絡取り合って頑張ろうや」と会話をしていたということです。これは「慰安婦問題」のことですね。まさかそこに人がいるとは思っていなかったのでしょう。彼らはそうやって社をこえて自虐史観を広げていたんですね。ネットワークを駆使し、会社から給料を貰って反体制運動をやっている。

高橋 発表記者会見後は妨害なんかも相当多かったですね。自宅に無言電話が半年続いたりしました。

藤岡 私も最初は恐怖感を持ちました。毎日私とヒットラーの顔を描いて「フジラー」と書かれたハガキを送ってくるんです。最初は家族も嫌がっていましたが、だんだん慣れて、途中からは「最近はアイデアが枯渇しているね」なんて言っていましたね。もちろん無言電話や韓国語で怒鳴る電話も来ました。

  傍線部に見られるように、マスコミ各社の社員たちは、横断的に反日運動を行い続けてきたのである。今も同じ動きが見られることは言うまでもない。

  次いで、激しい弾圧の様が記されているのが「『外圧検定』と採択妨害」の箇所である。以下に引用しよう。

  「『外圧検定』と採択妨害」

高森 検定はとりあえずは合格したのはしたのですが、混乱は続きます。

藤岡 検定合格した直後から、中韓からは猛烈な抗議がきていました。それで政府は、ちょうど小泉政権の時でしたが、この対応として文部省内に臨時の調査委員会を作ったのです。検定が済んでいるのに事実上の「再検定」を行ったんです。『新編日本史』の時と同じ「外圧検定」が起こりました。

高森 中韓政府から訂正要求が来ていましたよね。

藤岡 韓国から訂正要求三十八項目。中国からは十八項目でした。文部省としては専門家に検討させたという体裁をとって、大部分は歴史観に関わることだからこれ以上踏み込めないとし、単純な事実関係で数箇所直しました。ほぼゼロ回答に近い回答を出したので中韓はおさまらなかった。

高森 採択の妨害も凄まじかったですね。採択戦の最中に会の事務所が放火されたこともありました。あれは東京都の教育委員会が採択を決定したその夜のことでした。

藤岡 あの頃は高森さんが事務局長でしたよね。

高森 そうです。あれはもう間一髪でしたよ、大惨事になる直前。金網入りのガラスに向けて時限発火装置で火を放っており、もしそのガラスが割れていたら事務所のあった一階ワンフロア全部燃えていました。二階は普通のアパートでしたから、下手したら死人が出たかもしれない状況です。裏に住む方が、夏だったので窓を開けて蚊帳で寝ていたのです。ボン! という音がしたので覗いたら火が出ていたそうです。すぐに大家に知らせて消火をしてくれました。

藤岡 教育委員にカミソリが送られたこともありました。また栃木県の下都賀採択地区では十の市町の教育委員会が集まった採択協議会で一度は「つくる会」教科書の採択を決めたのに、それを朝日新聞が焚きつけて、全国から合計二万件の抗議の電話やファックスなんかが届いたそうです。それで採択するはずだった全部の市町が撤回したんです。「下都賀事件」ですね。こういう多くの妨害工作にあい、第一回目の採択は〇.〇九%しかとれませんでした。

高森 実はこの時、文部省が扶桑社に「今なら撤退することはできますよ」と言ってきたんですよ。発行部数がこれだけ少ないと一冊がかなりのコストになるので、今だったら他の会社に差し替えがききますよと。もちろん扶桑社は蹴りましたが。

藤岡 そんな事があったんですね。「つくる会」潰しを文部省がご用意してくださったと。検定は合格したから採択で締め上げてしまおうというわけですか。

 以上のように、「つくる会」は朝日新聞を中心にしたマスコミ、過激派などの左翼勢力、権力、そして中韓から包囲されてきた。しかも、脅迫はもちろん、事務所への放火テロまで受けている。こういう包囲された状況から逃げ出したい人たちが当然出てくる。それが、平成17(2005)年末以降の八木グループだったと言えよう。八木氏は、『AERA』(2006年7月3日付)の中で、「南京事件や慰安婦などの論争的な問題にこだわるのではなく、もっと歴史を大局的に見たものにしたい。朝日新聞に批判されるようなものにはならないはずですよ。」と発言している。まさしく、八木氏は、マスコミや中韓等の反日勢力と戦わない姿勢を明らかにしたのである。その後の八木・育鵬社系の教科書運動が八木発言通りになっていったことは周知の事実である。
  

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