「日本国憲法」無効論の目的――衆院選挙無効判決に思う……『史』平成25年5月号掲載、転載歓迎

  参院選が迫ってきた。「日本国憲法」96条改正が一つの焦点となると言われている。しかし、96条改正などを問題にする以前に、二つのことをやり遂げなければならない。一は、すぐに第9条解釈を長尾一紘説や大石義雄の自衛戦力肯定説に転換することである。二は、真実の「日本国憲法」成立過程史を作成し、成立過程における米国などの連合国の〈横暴〉性を断罪することである。

  二の作業は当然に「日本国憲法」無効論の問題につながる。私は、3月末、衆院選違憲判決が連続して出された時期に、「日本国憲法」無効論の目的について改めてまとめ、5月号の『史』に掲載した。以下にその論考を掲げることにする。


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   「日本国憲法」無効論の目的――衆院選挙無効判決に思う                             
                                     
                                    小山常実
   

  昨年十二月、総選挙が行われた。この選挙では「一票の格差」が最大で二・四三倍に達していたため、選挙の無効(再選挙)を求める訴訟が一六件起こされた。そして、三月六日から二十七日にかけて、高裁判決がすべて出そろった。内訳は、一二件が「違憲だが、選挙は有効」、二件が「違憲状態に過ぎず、選挙は有効」、二件が「違憲であるから、選挙は無効」というものであった。

  私は、「一票の格差」が二倍を超えているからと言って選挙が「違憲」であるとは必ずしも考えない。国家とは国民・国土・主権から成り立つものだからである。国土無くして国家はない。国会議員は、国民を代表するとともに、国土をも代表するものである。従って、人口比率の問題だけでもって選挙の違法合法、当不当を論ずるわけにはいかないのである。

 とはいえ、「違憲」と考えるならば、三つの立場のうち最も正しいのは、言うまでもなく、「違憲であるから、選挙は無効」という二件の判決であろう。二件の無効判決のうち、二十五日に出た広島高裁判決は、無効の効力は直ちに発生するのではなく、衆院選挙制度改革関連法(これに基づき区割り改定作業が始まっている)が施行されてから一年経過する今年十一月二十六日が経過した後に発生するとした(将来効判決)。二十六日に出た広島高裁岡山支部判決は、判決確定後にただちに無効の効力が発生するとした。

 今後、最高裁判所で争われることになるが、最高裁も無効判決を行ったらどうなるのか。当然再選挙が行われることになるが、広島高裁岡山支部判決のように即時無効の判決が出たとしても、三一選挙区の議員が失職するだけであり、これらの議員が関与した安倍総理大臣の指名や法律・予算が無効になるわけではないという。つまり、いずれの無効判決も、無効の効力を過去に遡及させるものではないのである。

    国防のために必要な三点を欠く「日本国憲法」

 これら二件の無効判決を知って、「日本国憲法」無効論の事を考えた。私は、歴史及び公民教科書の改善と共に、「日本国憲法」無効論の理論形成および普及をライフワークとしている。無効論に対しては、六十数年間の行為がすべてなかったことになり、法的秩序を不安定にするという難癖が付けられてきた。だが、無効の効力を過去に遡及させようとする者は、体系的に無効論を展開する論者では、誰ひとり存在しない。そして、「日本国憲法」の無効確認をしようとも、無効の効力を過去六十数年間に遡及させない理論展開はいくらでもできるということが、今回改めて示されたのである。そのことに注目しておきたいと考える。

  では、「日本国憲法」無効論の目的とは何であろうか。一言で言えば、独立国の思想の再建である。独立国とは何であろうか。このことを考えるためには、国家の役割・目的とは何か、ということをわきまえなければならない。『新しい公民教科書』では、国家の役割を①防衛、②社会資本の整備、ひいては公共の福祉の実現、③法秩序・社会秩序の維持、④国民個々人の権利保障、という四点で捉えた。

  独立国家とは、四点の役割をすべて自己の責任として引き受ける国家のことである。それゆえ、戦後日本国家は、国際法的には独立国家と認められているが、実質的には明らかに独立国家ではない。何よりも、自衛隊法でこそ自衛隊の主たる任務として防衛を挙げているが、上位の法とされる「日本国憲法」では(公権解釈上)、防衛のために枢要な自衛戦力を否定し、防衛ということを国家の役割・目的から外してしまった。というよりも、防衛という役割を「日陰者」扱いの位置づけにしてしまった。その結果、竹島を侵略され、尖閣までも侵略されそうになっているし、百人以上の日本人を北朝鮮に拉致される結果を招いてしまった。つまり、①を捨てた結果、④の国民個々人の権利保障という国家の役割・目的も十分に果たせなくなったのである。

  特に防衛という国家目的を果たすためには、第一に、憲法上において、自衛戦争と自衛戦力、集団的自衛権を肯定しておかなければならないし、第二に、憲法・法律などを自国の自由意思で決定しなければならない。また第三に、間接侵略(思想侵略)を防ぐために、自国の歴史を史実に基づき誇れるものとして描かなければならないし、その歴史を自国の力で築かなければならない。

  ところが、「日本国憲法」は、第一に、公権解釈上、自衛戦争と自衛戦力、集団的自衛権を否定したものとされる。第二に、実質的に占領軍が作成したものであり、その成立過程において日本側の自由意思はほとんどみられなかった。第三に、「平和を愛する諸国民」とされる諸外国よりも劣った下層の国家として日本国家を位置づけている。

  それゆえ、「日本国憲法」は、到底、独立国家の憲法とは言えないものである。特に、その成立過程を直視すれば、憲法として無効な存在である。

  外国からの憲法の押しつけを防ぐ

  以上のことをふまえて、「日本国憲法」無効論の目的を四点ほど確認しておきたい。第一の目的は、憲法の正統性を取り戻すことである。成立過程を振り返れば、「日本国憲法」の正統性に対する疑問は誰もが否定できないであろう。実際、護憲派さえも「日本国憲法」に憲法としての権威を認めていない。権威を認めていないからこそ、「日本国憲法」第十五条の改正さえもせず、「日本国憲法」違反の外国人参政権法案を出し続けてきたのである。

 憲法としての権威のない「日本国憲法」の九十六条が定める改正手続きで新しい憲法を作っても、その正統性に対する疑念は完全に消えないであろう。新しい憲法を胡散臭いと感ずる意識は日本国民の中に残存していくだろう。純理論的には、九十六条に基づき「日本国憲法」を改正したとしても、その新しい「憲法」はやはり憲法として無効な存在である。したがって、正統憲法である帝国憲法を復元し、その改正憲法という形で新しい憲法を作らなければならない。そうすれば初めて、日本は再び正統憲法を得ることになろう。

 第二の目的は、将来における外国からの憲法押し付けを防ぐことである。これは、私が一番こだわる目的である。軍事力を背景にした外国によって押し付けられた「憲法」なるものについて、これは憲法ではない、憲法として無効なものであるという確認は是非しておかなければならない。と同時に、GHQが行ったGHQ案の提示や議会審議統制を違法行為として位置づけて置かなければならない。そうしておかなければ、再び敗戦したときに憲法を押しつけられても拒否できないことになろう。

  第三の目的は、国際法の回復ということである。今現在、一応、日本国は、国際法に違反して日本国に押しつけられた「日本国憲法」を有効なものとして扱っている。したがって、日本国は、占領下で憲法を押しつけてはいけないという国際法の破壊に手を貸し続けているといえよう。日本が無効確認を行えば、昭和二十一年に傷ついた国際法を回復することになるのである。

  歴史の回復

  第四の目的は、歴史の回復ということである。戦後六〇数年間にわたって、「日本国憲法」成立過程については嘘の歴史が捏造され続け、その嘘の歴史に基づき、憲法として有効なものという扱いがされ続けてきた。しかし、それでも、平成に入ってから、嘘の歴史はメッキが少しずつはがされてきており、連合国の「押しつけ」ぶり、そのひどさがますます明らかになってきた。となると、そのひどさを合理化するためにも、戦前日本の国内体制史、ひいては日本史全体をひどいモノとして描く必要が出てくる。ひどい成立過程であるにもかかわらず、「日本国憲法」を有効なモノと位置づける無理を貫くために、自虐史観の教育が行われ続けてきたわけである。

  「日本国憲法」改正という形で新しい憲法が作られていけば、「日本国憲法」を有効なものとするために、成立過程に関する歴史偽造をさらに続けなければならない。そして、いかがわしい成立過程をもつ「日本国憲法」を合理化するために、明治憲法体制を貶める歴史偽造を、日本近代史に関する歴史偽造を、ひいては日本史全体に関する歴史偽造を続けなければならない。歴史教科書の改善、歴史の回復など、全く望めなくなるであろう。歴史偽造の根源が「日本国憲法」成立過程史の歴史偽造であることは、どんなに強調しても強調しすぎることはないであろう。

  ここはやはり、成立過程史を直視して、一から十まで日本側に自由意思が存在しなかったことを確認しなければならない。そして、成立過程史に忠実に、無効論の立場から「日本国憲法」の処理に立ち向かわなければならないだろう。

 せめて占領下の憲法改正禁止条項を
 
  ところが、安倍首相は、無効論の正しさを十分に承知しながら、「日本国憲法」改正を前提に、まず九十六条を改正して、「日本国憲法」改正の発議要件を緩和することを目指している。今年二月二十四日には、日本維新の会共同代表の橋下徹氏も、九十六条改正に賛成する意向を示した。

  しかし、発議要件の改正であっても、「日本国憲法」を改正するということは、国内法的にも国際法的にも違法な作られ方をした「日本国憲法」に正当性を与えることになるので、やってはいけないことである。

  最近、私は、日本人は憲法改正を出来るだけのレベルに達していないのではないかとよく思う。憲法改正を行うレベルに達するには、『新しい公民教科書』や『新しい歴史教科書』などを通じて国家論の学習と歴史の回復が何としても必要であると思う。国家論の学習と歴史の回復が出来て憲法改正を行うレベルに達したならば、無効論の方式で新憲法をつくるべきである。

  仮に、「日本国憲法」改正方式をとらざるを得なくなったとしても、一番大事なことは、「日本国憲法」の作られ方が違法であったこと、今後同じような作り方をしてはいけないことを新しい憲法の中で明示することである。具体的には、前文で「日本国憲法」成立過程の違法性をうたうこと、被占領下での憲法改正を禁止する条項を入れること、この二点が必要である。特に後者が必要である。でなければ、例えば中国との戦争に敗れたときに再び憲法を押し付けられることを防げないであろう。

  また、上記二点の一つでもなければ、これまで行われてきた「日本国憲法」成立過程の正当化が今後も行われ続けることになる。そして、繰り返すが、いかがわしい「日本国憲法」成立過程を正当化するために自虐史観の教育が行われ続けることになろう。歴史教育の再建ということを橋下氏や安倍氏は言い続けてきた。しかし、「日本国憲法」改正方式を唱え、更には被占領下での憲法改正を禁止する条項さえも入れないということになれば、歴史教育の再建など不可能になっていくであろう。安倍氏や橋下氏に望む。せめて、被占領下での憲法改正を禁止する条項こそ第一に主張されよ。

   *【参考例】フランス共和国憲法(1958年)第89条④
     領土が侵されている場合、改正手続に着手しまたはこれを追求することはできない。


参考文献
 小山常実『「日本国憲法」無効論』草思社、二〇〇二年
 小山常実『憲法無効論とは何か』展転社、二〇〇六年
 小山常実『公民教育が抱える大問題』自由社、二〇一〇年
 小山常実「占領管理基本法学から真の憲法学へ」(『別冊正論 日本国憲法の正体』二〇〇七年、産経新聞社)


                  『史』平成25年5月号掲載

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