「核の傘」の下に居るのは政策ではない―――『新しい公民教科書』検定過程(19)

   立憲主義の問題についてはまだ多くの報告すべきことが残っているが、後回しにすることにして、核兵器の問題をめぐる検定について2回に分けて報告していこう。

  非核三原則と「核の傘」を記す

  「日本国憲法」の唱える念仏平和主義の弊害が最も明確に現れるのが、核兵器に関する記述である。『新しい公民教科書』の申請本は、単元59「核兵器の脅威と向き合う」下、「核の国際的管理と拡散防止」の小見出し下、次のように記していた。

   国際社会は現在、核兵器を国際的に管理する体制を築いています(NPT体制)。その仕組みは、NPTで核兵器保有5か国以外の核保有を禁じ、その核保有国間での核軍縮を促進しています。他方、核を平和利用する国には、国際原子力機関(IAEA)の査察を義務づけ、核不拡散をはかります。これは5か国が核兵器を独占する不平等な体制ですが、核管理能力のある国に世界の平和と安全の責任をもたせるためのものです。しかし、インドやパキスタンが核を保有したり、2006年にはイランで核兵器開発の疑いが表面化し、2009 年には北朝鮮が2度目の地下核実験と長距離ミサイルの発射を強行したりと、核管理体制はゆらいでいます。わが国は、唯一の被爆国として非核三原則を宣言し、国際的核管理体制を受け入れ、日米安保体制によるアメリカの「核の傘」のもとで安全を確保しようとしています。 (169頁)

  上記傍線部に対して、次のような側註をつけていた。

   ⑨近隣諸国の核配備により、非核三原則の見直しを提唱する声も出ている。(169頁)

  上記単元本文に続けて、「核管理の強化」の小見出し下、次のように記していた。

  核兵器は恐怖の兵器です。しかし、核兵器を抑止できるのは核兵器しかないという厳しい現実があります。私たちはこのような二面性を直視し、核兵器の脅威に向き合う必要があります。  (169頁)

  トータルでは、非核三原則という建前上の政策と、米国の「核の傘」の選択という裏の政策、この矛盾するかのように見える二つの政策を共に記したのである。だが、「核の国際的管理と拡散防止」の部分の傍線部に対して意見が付いた(128番)。「我が国の安全保障政策について、誤解するおそれのある表現である」という意見である。

  また、「核管理の強化」の部分全体に対しても、「学習指導要領に示す『内容』(4)ア『日本国憲法の平和主義について理解を深め、我が国の安全と防衛及び国際貢献について考えさせるとともに、核兵器などの脅威に着目させ、戦争を防止し、世界平和を確立するための熱意と協力の態度を育てる。』に照らして扱いが不適切である」という意見が付いた(129番)。更に同じ意見が、側注⑨に対しても付けられた(130番)。

  検定意見に対する説明――12月6日

  では、128番から130番までの検定意見の趣旨はどういうことだろうか。「日米安保体制によるアメリカの「核の傘」のもとで安全を確保しようとしています」に対して付けられた128番について、調査官は次のように説明した。

   「核の傘」に事実上入っているということはございますが、この書き方だと、我が国が政策的に「核の傘」に入るようなことを行っているように誤解の恐れがある。最近も歴史的な証言がございますが、一応表向きのことを書いていただければ。

  表向きの非核三原則を強調するだけにしろと言うことである。非核三原則見直し意見にふれた側注⑨に対して付された130番については、次のようなやり取りがあった。

調査官――非核三原則見直しということが出てきていることは事実なんですが、やはり教科書においては非核三原則を含めた平和主義の重要性について学習できるようにしていただきたいということです。

執筆者――あまりきれいごとにしてしまうと、中学生の教育にならないところがある。


  建前上の非核三原則を重視しろという調査官と、現実を教えないとまずいという執筆者との対立に注目されたい。更に、「核管理の強化」の部分に対して付された129番についても、次のようなやり取りがあった。

調査官――やはり核兵器を肯定するような立場というのが、指導要領の趣旨と反する。

執筆者――ただ、「私たちはこのような二面性を直視し、核兵器の脅威に向き合う必要があります」という書き方をしている。肯定のような否定のような書き方をしている。
 

  1月7日の修正稿 

   以上のような意見は、すべて受け入れることにした。そして、1月7日、以下のような修正稿を作り、1月12日の意見交換に臨んだ。128番関係から挙げると、「わが国は、唯一の被爆国として非核三原則を宣言し、国際的核管理体制を受け入れ、日米安保体制によるアメリカの「核の傘」のもとで安全を確保しようとしています」の部分は、次のように修正された。

  わが国は、唯一の被爆国として非核三原則を宣言し、核廃絶を訴えています。しかし同時に、アメリカの「核の傘」のもとで安全が確保されているといわれています。

  129番関係については、小見出しを「核管理の強化」から「核廃絶と核の脅威」に変更し、文章を次のように修正した。

 近隣諸国の核武装の強化はわが国にとって大変な脅威です。このような脅威に立ち向かいながら、わが国の政府は世界平和のために、核廃絶を訴えています。 

  最後に130番関係であるが、非核三原則見直し論の記述は諦めることにして、側注⑨を以下のように修正した。

  ⑨近隣諸国は核配備を進めているが、わが国は非核三原則を掲げ、核廃絶を訴えている。しかし、この政策についてさまざまな議論が出ている 

  1月12日には、調査官は、128番129番の修正については「これで結構です」といった。それゆえ、上記文章が最終稿となった。だが、130番の側注⑨については、更に「さまざまな議論が出ている」を削れという要求があった。これに対して執筆者側は一定抵抗している。

調査官 非核三原則についてさまざまな議論が出ていることは確かなんですが、学習指導要領的には、この非核三原則というのは我が国の国是みたいなものですから、「さまざまな議論(が出ている)」の部分は削っていただきたい。
執筆者 これもあまりいきすぎると、子供に表向きの政策を訴えて物事を考えさせないということになる。非核三原則が空理空論だというのは大人の世界では十分に言われている。事実上は(核が)持ち込まれていると言われていますね。中学校の3年生の時に、表向きの政策だけを教えるというのは・・・。
 

  調査官の念仏平和主義には驚かされるが、国家全体が念仏平和主義に浸っているのだから、殊更に調査官を批判するわけにもいかないだろう。我々も、最終的には、調査官の要求を受け入れ、次のように側注を修正した。

⑨北朝鮮、中国、ロシアなど近隣諸国は核配備を進め、わが国にとって脅威は増しているが、わが国は非核三原則を掲げ、核廃絶を訴えている。(169頁)

  このように、『新しい公民教科書』からさえも、非核三原則見直し論はその影さえもなくしてしまったのである。「日本国憲法」九条の威力たるや、恐るべしである。



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