禁じられた「国体」―――『新しい公民教科書』検定過程(12)

   「公民の言葉 国体」

  近世までの日本に続いて大日本帝国憲法に関する記述に対する検定について見ていこう。単元16「大日本帝国憲法」の記述には、4つの検定意見が付いた。だが、意見が対立するものは「国体」という用語に関するものだけであった。検定申請本は、欄外「公民の言葉 国体」で次のように記していた。

 世界の国は、それぞれ歴史に裏づけられた政治的な文化の特色をもっている。この特色を国体という。国柄ともいわれている。歴史のある国には、すべてそれぞれ国体があるといえる。日本の場合は、天皇を敬い、天皇のもとで国を治めてきた歴史がある。また、古来より合議の精神が豊かであったのも、政治的な文化の特色である。(47頁) 

  きわめて穏健な書き方である。だが、これに対して、「歴史的な用語であり、学習上の支障を生ずるおそれがある」という検定意見が付いた(意見番号47番)。この言葉について、12月6日、調査官は次のように述べた。

 我が国では、「万世一系の天皇を君主とする政治体制」という意味で、使われることが多いので、この言葉で我が国の政治文化の特色とするのは、学習上の障害を生ずる。

  言葉狩り  

  別に「万世一系の天皇を君主とする政治体制」の意味で国体を使ったわけではない。我々は、守るべき日本の政治文化の特色の意味で国体という言葉を使ったわけである。にもかかわらず、ダメだというわけである。12月6日は意見を聞くだけであったが、12月20日は論争している。調査官は、もう一度、6日と同じようなことを次のように述べた。

  国体という言葉ですが、もちろん、ここに書かれている意味で理解できるということはわかりますが、検定意見としていうと、国体というと「万世一系の天皇を君主とする政治体制」という使い方がもっぱらされてきているということから、学習上支障がある。

  上記のように、我々の記述に理解を示しながらも、やはり、国体という言葉は使ってはいけないと言うことであった。しかし、国体はConstitution の翻訳語でもあり、学術用語として確立した言葉である。更に言えば、戦前までの日本の政治体制が「万世一系の天皇を君主とする政治体制」であったことは、ほとんどの人が認めるところである。いや、「日本国憲法」下でも、立憲君主制という捉え方が公権解釈の立場であるから、日本は「万世一系の天皇を君主とする政治体制」であると言えるのではないか。

  にもかかわらず、国体の使用はタブーになっているのである。こういう言葉狩りは、健全なことではない。そこで、執筆者側は、このとき次のように述べている。

  昔は大東亜戦争という言葉が禁止用語だったけれども、最近は教科書でも使えるようになってきてますからね。国体についてもそういう時期が来なければならない。今がちょうどいい時期なのか、まだ早いのか分かりませんが。

  結局、我々は、調査官の意見を受け入れ、「公民の言葉 国体」を削除することにした。だが、「もっと知りたい 日本史に見る立憲主義」の中では、我が国の政治文化の特色の意味で国体という言葉を使い続けることにした。だが、2月15日における調査官からの要求により、この大コラムでも国体の言葉を削除することにしたのは、前述の通りである。

  しかし、大東亜戦争の言葉が使用できるようになったように、国体という言葉も使用可能な状況に持って行くことが必要であると述べて、この記事を終えたい。


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