男女平等―――『新しい公民教科書』検定過程について(9)

 検定申請本の内容 

激しく意見が対立したわけではないが、大きく意見が対立したのが男女平等をめぐる記述である。『新しい公民教科書』は、「もっと知りたい 正しい(傍線部は引用者、以下同じ)男女平等」という大コラムで2頁の分量を使って、この問題を取り扱った。

  内容を簡単に紹介するならば、このコラムの本文では、まず「脳神経科学によってわかった男女の脳のちがい」という小見出しの下、ジェンダー理論の誤りを指摘した。その上で、「男女のちがいを尊重してこそうるおいのある社会が築ける」という小見出しの下、以下のように記していた。
 
 生まれつき脳がもつ「男らしさ」、「女らしさ」を自由に表現することが妨げられると、人はストレスで心が健全に成長できなくなるとも研究者は述べている。
 もちろん、男女の境界は絶対的なものではなく、母胎の状態により放出される男性ホルモンの量は異なるので、だれもが男脳と女脳の両方の特性をある程度あわせもっている。個人差への配慮は当然必要なのだ。
 だが、脳の研究で明らかになった科学的真実に照らし合わせると、ジェンダー理論によって押し切るのは、やはり無理があるといえる。
 男女の性差をすべて否定することは、男女の性差に基づいてできた、これまでのあらゆる文化の否定にもつながりかねない。人類の文化は、男女それぞれがもつ特性が織りなして成立してきた面がある。
 男女の生物的ちがいが男女の文化的なちがいを生みだすのは自然なことである。私たち男女はたがいに魅かれ合い、助け合って生きている。男女がおたがいにその特性やちがいを理解し、生かすことによって、より豊かな人生が送れるようになっている。そのことによって「豊かで活力ある社会を実現」(男女共同参画社会基本法第1条)していけるのである。(27頁)
 
 
本文を以上のように記すとともに、「トラブル続出のトイレ」という写真を掲げ、次のようなキャプションを付けた。

 上の写真の学校では「『男は青、女は赤』と決めつけるのは、性別による差別だから」として、トイレの表示板を同じ色にした。そのためトラブルが起きてしまった。(26頁)

 また、「男女の脳にみられる傾向」という表を掲げ、「男脳の特徴」と「女脳の特徴」との比較を箇条書きで行った。

 教科書調査官の検定意見 

  この大コラム全体が検定意見の対象とされ、「学習指導要領に示す『内容(1)イ』の『両性の本質的平等』に照らして、扱いが不適切である」という意見が付いた(検定意見番号21番)。12月6日の検定意見申し渡しの場で指摘されたのは、以下のような事だった。
 
  ①「正しい男女平等」というタイトルのうち、「正しい」というのがよくない
  ②「男女の脳にみられる傾向」の対照表の中に、必ずしも広く認められていないもの、否定されたものもある。
  ③27頁右側9~10行目「男女の生物的ちがいが男女の文化的ちがいを生み出すのは自然なことである。」とあるが、諸説あるのでこのように書くべきではない。
  ④「両性の本質的平等」を書き、男女共同参画社会を書かなければならない。全面的に書きなおせ。
 
 「脳神経科学によってわかった男女の脳のちがい」「男女のちがいを尊重してこそうるおいのある社会が築ける」「トラブル続出のトイレ」「男女の脳にみられる傾向」の四部分のうち、意見の付かなかったのは、「トラブル続出のトイレ」の写真の部分だけであった。他の三部分全てを書きなおせという事だった。

  「両性の本質的平等」と男女共同参画社会は、教科書のどこかで書かなければならない。『新しい公民教科書』では、前者は単元7「家族の役割と形態の変化」で、後者は単元8「民法と家族」で記していた。我々としては、単元本文で触れているのだから、執筆者の自由度が高まる大コラムでは触れなくても良いという判断だった。だが、「両性の本質的平等」、男女共同参画社会を大コラムでも書けと言うのが調査官の意見だった。

  要するに、できるだけ「両性の本質的平等」の思想で一貫させようとする調査官と、男女の違いを尊重しようとする我々との対立であった。とはいえ、私も立ち会った12月6日の時点では、決定的に考え方が違うという感じでもなかった。

 1月17日修正表に対する調査官の意見

  検定意見の申し渡しを受け、調査官の意見は全面的に受け入れるが、男女の自然的違いを軽視しない考え方で全面的に書きなおすことにした。1月17日の修正表では、タイトルも「もっと知りたい 男女共同参画社会を考えよう」と全面的に変更した。そして前半部分では、新しく、「男女共同参画社会の推進と男女平等のあり方」という小見出しの下、「男女の本質的平等」と男女共同参画社会の考え方について解説している。その上で、後半部分では「脳神経科学によってわかった男女の脳のちがい」という小見出しの下、検定申請本の内容を簡略化した内容を記した。
 
  更に、「男女の脳にみられる傾向」の表を簡略化し、男女の脳に関する比較項目を11から5項目に減らすとともに、平成14年の参議院内閣委員会で述べられた男女共同参画に関する政府見解から、「男女共同参画社会基本法は男らしさ、女らしさを否定するものではない」「ジェンダーフリーをめざしていない」というものを引用している。
 しかし、1月25日の打ち合わせで、政府見解について次のような意見を言われる。
 
  政府見解を紹介するのに国会審議でのやりとりが紹介されているが、中学校の教材として生の形で出されても分かりやすいとは言えぬ。
 論議されている内容を地の文で書いたらどうか。
 
 
  また、「男女の脳にみられる傾向」の表については、次のように言われる。

  本自体(アラン・ビーズ、バーバラ・ビーズ『話を聞かない男、地図が読めない女--男脳・女脳が「謎」を解く』のこと)が中学校の教材とはならぬと私共は判断している。

 確かに脳神経科学によって男女の生物学的差異は明らかになってきている。しかし、そこで明らかになってきた科学的知見と、社会生活の中で理解している男女というものとがどこまで重なり合うかということについては未知数と言うのが大方の共通理解だと思います。

 端的に言うと、脳科学の知見と、社会的な男女の分化、役割分担も含めてですね、そういうような差異というものを重なり合わせて中学校の公民で紹介するのは不適切だと思います。
 

  要するに、教科書調査官の考え方としては、脳科学によって明らかになった生物的な男女の違いと社会的文化的な男女の差異とを結び付てはいけないのである。

  検定合格本の記述 

  我々は、調査官の意見を受け入れて、検定合格本では、男女共同参画に関する政府見解も「男女の脳にみられる傾向」の表も削除した。そして、ほぼ、教科書調査官の指摘を全面的に受け入れた原稿を作成した。「男女共同参画社会の推進と男女平等のあり方」の部分は「男女共同参画社会基本法の推進」とタイトルを変え、「脳神経科学によってわかった男女の脳のちがい」の部分は「豊かな社会をめざして」とタイトルを変えた。最も大きく変わったのが「豊かな社会をめざして」の部分である。引用しておこう。
 
  ところが、「男の子には青系、女の子には赤系の服」「桃の節句は女の子の祭り、端午の節句は男の子の祭り」「男らしさ・女らしさ」などの例は、人間が社会的、文化的、歴史的につくり出した性差(ジェンダー)であって廃止ししていかなければならないという主張がある。
 その考え方によって入口の男女の識別色を同じ色にしたトイレが出現したこともある。
 男女共同参画社会とは、このような男女のちがいをいっさい無視して、男女を画一的に取り扱うことを目指すものではない。子供が生まれるのには、男女は生物的に異なる役割をはたす。
 また、近年では脳科学の研究が進み、脳の構造やはたらきの一部に男女のちがいがあることが分かってきた。
  男女にはこのように生物的なちがいはあるけれども、しかしそのことが、社会生活において男女のちがった生き方を押しつける根拠にはならない。男女共同参画社会とは、このような男女のちがいとはかかわりなく、男女が互いに個人として尊重され、平等に参画する社会のことである。男女はたがいにちがいを認めて、尊重し合い、協調して、両性ともに平等な社会生活をしていかなければならない。
 男女はたがいに理解し合い、支え合い、助け合うことにより、たがいにより豊かな充実した人生を送ることができるのではないだろうか。(27頁)
 

  傍線部から知られるように、検定合格本では、脳科学云々はほんの3行(教科書で数えると)に縮小されることになった。もともと検定申請本では脳科学の知見に焦点を当てて書いており、ほとんどが脳科学の話であった。ところが、検定合格教科書で見るとわずか3行に減らされたのである。そして、調査官の言うように、男女の生物的違いと文化的違いとの関連性は断ち切られた記述となるのである。

  上記記述は、調査官の指摘、調査官の意向に従って書かれた感のある所である。明確に間違ったことを言っているわけではないが、どうもよく意味の取りにくい文章となっている。論理的にすっきりしない記述となっている。

  それはともかく、内容の問題よりは、私が問題にしたいのは、1月17日修正表に存在した男女共同参画に関する政府見解が削除されたことである。後述のように、検定では、日本の政体は立憲君主制であるという、議会で示された政府見解も記すことは許されなかった。私には、政府見解を書かせないというのは、どうもおかしいのではないかという気がしてならないと述べて筆を擱きたい。




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