平成21年8月25日東京地裁判決から分かること、その3―――「つくる会」分裂の思想的意味―――

  前々回の記事では、平成21年8月25日東京地裁判決を基にして、扶桑社版歴史教科書は結合著作物であり、主要部分の著作権が「つくる会」側著者に存在すること、従ってこの教科書の後継は自由社版教科書であることを明らかにした。また、前回の記事では、育鵬社教科書は、「つくる会」側執筆者が著作権をもつ扶桑社版の二次的著作物と位置づけられるものだということを明らかにした。

   「つくる会」分裂の思想的意味について論じよう

   しかし、この判決から分かるのは以上の事だけではない。この判決を検討していくと、5年前に「つくる会」が分裂した思想的意味合いがよく分かる。今回は、この点について論じていくこととしよう。結論をまず述べて置くならば、「戦後レジーム」の中に教科書改善運動を閉じ込めようとする人たちが「つくる会」を出ていって作ったのが「教科書改善の会」であり、教科書問題において「戦後レジーム」に半ば挑戦しようという志を持つ人たちが残ったのが「つくる会」である、ということになるだろう。

   思想・学問を重視する「つくる会」と営業を重視する扶桑社 

   なぜ、そういえるのか。判決は、何度も述べたように、「つくる会」側の主張通り、『新しい歴史教科書』を各パーツに分離できる結合著作物と認めた。これに対して、扶桑社側は、通常の教科書と同じく分離不可能な共同著作物であると主張した。

  結合著作物か共同著作物かという対立は極めて大きな意味をもつ。結合著作物ならば執筆者の主導性を発揮できることになり、執筆者は、自己の学問や思想に忠実に、主体性をもって教科書を執筆できることになる。これに対して、共同著作物ならば教科書出版社の主導性が発揮され、採択を増やして利益を上げようとする営業の観点が強く現れることになる。そして、大学の教師等に執筆者になることを頼みながらも、編集者が執筆者の代わりに執筆したり、出版社の思想に合うように執筆者の原稿を書き換えたりしてしまうことさえも行われることになる。

   つまり、思想・学問を重視する「つくる会」と営業を重視する扶桑社という対立構造が存在していたのである。

  出版社主導の体制をつくるための「つくる会」分裂騒動

   さて、周知のように、平成17(2005)年の採択戦で「つくる会」は惨敗した。その理由を考える中で、扶桑社及び八木秀次氏等「つくる会」首脳の一部は、教科書内容が「右寄り」すぎるから採択されないのだと考えた。そこで、『新しい歴史教科書』を左寄りに持っていき、その内容を戦後レジームの枠内におさめることを考えた。しかし、藤岡氏や西尾氏が主導権を握っていては、到底出来ない相談である。ここは、両氏を排除するか、仮に排除できなくても、両氏ではなく出版社側が主導権を握れる形の体制をつくれないものかと考えた。その結果生じたのが、「つくる会」分裂騒動である。

   まずは両氏を「つくる会」から排除しようとして失敗した。西尾氏は「つくる会」から距離を置くことになったものの、藤岡氏が残留した。そこで、「つくる会」の会長から一旦降ろされたものの、遠からずその復帰が予定されていた八木氏は、会から飛び出していって、新しく「日本教育再生機構」と「教科書改善の会」をつくった。八木氏は「日本教育再生機構」の理事長を務め、「日本教育再生機構」が「教科書改善の会」の事務局を努めることになった。そして扶桑社は教科書事業から撤退し、育鵬社という子会社を新設してそこから教科書を出すことになった。

  この新体制下では、教科書作成の主導権は、育鵬社編集部に存在する。平成19(2007)年に「教科書改善の会」が設立された時の文書を読んで驚いたことをはっきり覚えている。そこには育鵬社の教科書出版事業を応援する組織として「教科書改善の会」が位置づけられていた。つまり、育鵬社という単なる出版社が、教科書をつくる主体になってしまったのである。これは、普通の教科書と同じような体制で教科書づくりを行うということを意味する。

   要するに、「つくる会」の分裂とは、出版社主導の体制をつくろうとした八木氏らと、「つくる会」創業の理念を守るために執筆者主導・「つくる会」主導の体制を維持ないし再建しようとした西尾氏・藤岡氏らとの思想闘争だったのである。

  出版社主導体制を実現するために八木氏らと扶桑社は、共同著作物としての教科書という理論装置を用いた。これに対して、西尾氏・藤岡氏らは、結合著作物という理論装置を用いた。そして、裁判では、西尾氏・藤岡氏らの主張どおり、『新しい歴史教科書』は結合著作物として位置づけられることになったのである。

  戦後レジームの中に閉じ込められた「改善の会」系教科書改善運動

   ただし、扶桑社や育鵬社が営業の観点から左寄りに持っていこうと考え、出版社主導体制をつくったことは、商売である以上、致し方ない面がある。問題は、こういう出版社の態度に、八木氏を初めとした保守系知識人の多くが追随したことである。そして育鵬社と八木氏たちは、戦後レジームの中に閉じ込められた、あるいは戦後レジームの要求するものよりひどい内容の教科書をつくってしまった。だからこそ、売らんがために、中国語読みや韓国語読みのルビを振ることまでやったのである。思想や学問など、二の次だということが知られよう。

   この点に関しては、「育鵬社公民教科書は、なぜ低レベルのものになったのか」という記事で詳述したので参照されたい。


2011/08/28 01:55
育鵬社公民教科書はなぜ低レベルのものになったのか
http://tamatsunemi.at.webry.info/201108/article_58.html


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック