教科書改善の会を反面教師として、平成20年3月27日

    次いで、『自由』平成20年7月号に「日本は犯罪国家ではない」というタイトルで掲載した論文を載せよう。この論文は、もともと「教科書改善の会を反面教師として――――保護国・「推定有罪」思想と戦おう―――」というタイトルでつくられたものであるが、一部カットされて掲載された。カット部分も含めてここに載せておこう。
                  


         教科書改善の会を反面教師として
     ――――保護国・「推定有罪」思想と戦おう―――
                                  


  前稿では、沖縄戦記述問題における教科書改善の会(以下、改善の会と記す)の態度について論評し、改善の会は「教科書改悪の会」になりつつあるのでないか、と疑問を呈しておいた。今回は、「教科書改悪の会」に変化してしまいつつある背景について考えていきたい。

  「左右のイデオロギーから自由な立場」とは

  変化してしまう兆候は、改善の会設立時点から現れていた。昨年七月二十四日の会設立と共につくられた「教科書改善の基本方針(概要)」を見ると、教科書に関する基本方針として、大きく七点が挙げられている。そのうち問題のある点を引いておこう。

  ③「左右のイデオロギーから自由な立場に立ち(傍線部は引用者、以下同じ)、最新の研究成果を積極的に取り入れる」

 ⑤「中学校の歴史・公民の教科書については株式会社育鵬社の発行を側面援助する」

 ⑦「中学校の歴史・公民教科書の執筆に当たり、個別論点については、以下を執筆の方針とする」
  1、「南京事件については、事件の存否・規模について学説上の対立があり、実態が把握できていないことを明記する
  2、「いわゆる従軍慰安婦については、発達段階を考慮し、記述しない

  右の中では、③の「左右のイデオロギーから自由な立場に立ち」という点が一番大きな問題である。この立場は何を意味するのか。二つの意義が考えられる。一つは、教科書を改悪してきた左翼と戦わないということである。二つは、左翼と右翼の間の中間的な位置に自己の立場を設定するということである。二つとも、改善の会の立場であろう。

  後者から見れば、日本における左翼と右翼の間の中間的な位置とは、国際基準からすれば完全に左翼である。日本における右翼・保守派の多数派は、むしろ国際基準で言えば中道派に過ぎない。実際、中韓と左翼からは極右の代表とされる「つくる会」が主導して作成した「新しい歴史教科書」に関するアマゾンのカスタマーレヴューを見ると、代表的なものに、「構えて読んでみただけに、拍子抜けである。自分はアメリカ人とのハーフで、アメリカで学んでた期間も長い。これが右的なら、アメリカの歴史教科書はどれも極右の産物としか言えないものである。……中韓の教科書もおそらく、極右とするしかないものではないだろうか?」というものがある。

   したがって、左翼と右翼の間の中間的な位置とは、実際は左翼の立ち位置であり、教科書改善運動が、それも保守派の改善運動が立ってはならない立ち位置である。

  これに対して、前者の意義だけならば、それほど害はないとも言える。だが、戦後の言語空間は、「日本国憲法」の思想に規定されて、基本的に左翼が牛耳ってきた。自己を保守派と認識している人でも、後述のように左翼が作り上げた「日本国憲法」三原則なるものを信じているし、随分と「平等権」などの左翼思想に侵されている。

  つまり、日本国民、少なくとも保守派が持つべき思想は、未だ明確には発見されていない状態である。それゆえ、あるべき思想は、どうしても、左翼イデオロギー、そしてこれを生み出す基となっている「日本国憲法」の思想との戦いの中で発見されていくのではないか。この戦いを回避すれば、必然的に、左翼と右翼の間の中間的な位置に立つことさえもできなくなり、保守派という名前の左翼になっていってしまうだろう。その意味では、前者の義であっても、「左右のイデオロギーから自由な立場」などに立ってはいけないことになろう。

   まさしく、沖縄戦記述問題では、「つくる会」は左翼イデオロギーと戦う意思を固めて、日本軍が沖縄県民保護に力を尽くした等、沖縄戦に関する新しい史実と出会っていった。これに対して、左翼との戦いを回避した改善の会は、「つくる会」と左翼との中間に位置を占めようとして、一方で事実上の再検定をした文科省を批判しながらも、他方で反軍の度を著しく強めた沖縄戦記述に関する最終確定稿を評価してしまった。それどころか、「つくる会」との違いを出そうとして、左翼さえも要求した事のない「3.中学校の歴史、高等学校の日本史の学習指導要領改訂にあたっては、沖縄戦の犠牲に対する感謝と共感の念をはぐくむよう記述すること」という要望を行う、大失策を犯してしまったのである。

  次に、⑤の「中学校の歴史・公民の教科書については株式会社育鵬社の発行を側面援助する」も問題である。「側面援助」とは何とも主体性のないことである。「側面援助」だから、歴史・公民教科書をつくる主体は、改善の会ではなく育鵬社の編集者ということになる。そんなことで、保守派の学者や思想家を集めたはずの改善の会の思想が教科書に反映できるのであろうか。実際、藤岡信勝「つくる会」会長は、平成十八年度版「新しい歴史教科書」の作成過程について、「実は、今の教科書をつくる過程でも、私は扶桑社の教科書担当者の真部栄一氏とものすごい厳しいやりとりをしてきたのです。文科省にすり寄るということをとにかくやるからです。真部氏は文科省の要求以上の、驚くべきほど日本を悪者に描く訂正案をつくってきた」と述べている(『自由』二月号)。

  「つくる会」の教科書の場合は、「つくる会」の側に主体性があり、編集者が「補助」する形であった。それでも、編集者の影響力はこのように大きかったのである。歴史教科書の場合は、藤岡氏らの奮闘によって、辛うじて「つくる会」の教科書として相応しい内容を保つ事ができた。これに対して、公民教科書の場合は、改善の会の事務局を務める日本教育再生機構理事長の八木秀次氏が代表執筆者を務めていた。氏は、真部氏に押し負けたのか、後述のように、自己の思想と随分違う左翼的な内容の公民教科書を作ってしまう。

  右に出てくる真部氏は、育鵬社の教科書編集者も務める。編集者が主体で改善の会が「側面援助」すると言う形になれば、教科書には編集者の思想の方が、八木氏ら保守派言論人の思想よりも大きく反映されることになるであろう。その結果、教科書が「文科省にすり寄る」内容になり、保守派の教科書とは到底いえないものに変質してしまうのではないだろうか。

  「南京事件」と「従軍慰安婦」に関する態度

  右に述べてきたように、改善の会は、「側面援助」という没主体的な態度をとり、「左右のイデオロギーから自由な立場」を目指して、左翼イデオロギーとの戦いを回避するとともに、左翼と右翼の中間に位置を占めようとしてきた。「南京事件」についても、「事件の存否・規模について学説上の対立があり、実態が把握できていないことを明記する」という中間的な態度を示す。

   しかし、「南京事件」の研究状況は、十年前どころか、「新しい歴史教科書」の現行版が執筆されていた平成十五年度と比べても大きく進展した。十五年度の段階ならば、「事件の存否・規模について学説上の対立があり、実態が把握できていないことを明記する」という中間的な態度でも良かったかもしれない。だが今日では、少なくとも保守言論界では、「南京事件」が捏造である事がほぼ確定した。方針③で「最新の研究成果を積極的に取り入れる」としているのだから、「事件が国民党の捏造である事を明記する」とするか、「いわゆる『南京事件』については全くふれない」とするべきである。

  「南京事件」に関する方針以上に問題なのが、「いわゆる従軍慰安婦については、発達段階を考慮し、記述しない」という方針である。「新しい歴史教科書」の初版が執筆されていた平成十一(一九九九)年度の段階ならば、中学校の全教科書が「従軍慰安婦」を記していたから、こういう方針でも良かっただろう。事実、「発達段階を考慮し」ということを、当時の「つくる会」関係者はかなり発言していた。中学校教科書から「従軍慰安婦」を除くことが当時の課題だったからである。

   だが、状況は一変した。中学校の歴史教科書では、現行版の多数の教科書から「従軍慰安婦」が消えていった。しかし、多数の高校日本史教科書では、「従軍慰安婦」どころか、その「強制連行」の記述が存在している。つまり、「従軍慰安婦」をめぐる現在の課題は、高校教科書から「従軍慰安婦」記述を消し去る事なのである。それゆえ、「いわゆる従軍慰安婦については、左翼の捏造した問題であるので記述しない」というふうに方針案を記すべきである。「発達段階を考慮し、記述しない」という方針では、中学校教科書では書けないが高校教科書ならば書いても構わないという事になるからである。実際、現在の教科書は、中学校では「従軍慰安婦」を書かないが高校では書く、という状態になっているのである。

  それゆえ、「発達段階を考慮し、記述しない」という方針は、教科書の現状肯定の方針である。文科省にとっては、これほど歓迎すべき方針はないであろう。まさしく、文科省にすり寄っているのである。

  更に言えば、そもそも「従軍慰安婦」問題が左翼の捏造である事は、既に十年前から明らかになっており、その後、自民党議員も含めて広く世の中に広がった。だから、改善の会としては、③の「最新の研究成果を積極的に取り入れる」方針からしても、「左翼の捏造した問題であるので記述しない」というふうに方針案を書くべきではないか。

  改正教育基本法前文

  では、何故に、「教科書改善の基本方針(概要)」は、左翼イデオロギーと戦わない中間的な立場をとるのか。その理由は、「改正教育基本法に基づく教科書改善を進める有識者の会」という、改善の会の正式名称自体に現れている。正式名称から知られるように、改善の会は、改正教育基本法を賛美し、この法律の趣旨を基にして教科書改善を行おうという立場をとっている。平成十九年七月二十四日付けの改善の会設立趣意書は、「旧教育基本法」について次のように述べている。

  「『旧教育基本法』は、自国への『愛』や『道徳心』を育み、『公共の精神』を重んじ、先人が培ってきた尊い『伝統』を受け継ぐという、どの時代、どの国であっても、およそ公教育には不可欠な理念が欠落しているものでした。その結果、『旧教育基本法』のもとでの教科書改善は、執筆にせよ、採択にせよ、どうしても限界をともなうものでした。
 しかし、今、その壁が取り払われたのです」。

  右の「旧教育基本法」に対する認識は誤っていない。だが、「その壁が取り払われた」とまで述べられると、「えっ」と思ってしまう。ここまで述べるのは、改善の会が改正教育基本法を異常に評価するからである。設立趣意書は、また次のように述べている。

  「昨年十二月、制定から約六十年を経てはじめて「教育基本法」が改正され、さらに本年六月には、学校教育法などの教育三法も改正され、教育をめぐる「戦後の枠組み」は根本的に改められることになりました」。

  このように改善の会は、改正教育基本法によって、教育をめぐる「戦後の枠組み」は根本的に変化したと位置づける。そればかりか、更に改正教育基本法の理念に沿えば、「不毛な戦後イデオロギー」を克服できるとまで述べている。

  「私たちの目的は、改正教育基本法の理念に沿った教科書の作成ならびにその普及を側面から支援し、不毛な戦後イデオロギーから子供たちを解き放ち、我が国に古くから伝わってきた清らかで明るく躍動感に満ちた希望の光を、子供たちの心にともすことです」。

  だが、改正教育基本法は、教育をめぐる「戦後の枠組み」を根本的に変化させ、「不毛な戦後イデオロギー」を克服するものであろうか。検討しておこう。改正教育基本法の前文は、次のように述べている。

 第一文 「我々日本国民は、aたゆまぬ努力によって築いてきた民主的で文化的な国家を更に発展させるとともに、b世界の平和と人類の福祉の向上に貢献することを願うものである(abの記号は引用者、同じ)」。

 第二文 「我々は、この理想を実現するため、個人の尊厳を重んじ、真理と正義を希求し、公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期するとともに、伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育を推進する」。

第三文 「ここに、我々は、日本国憲法の精神にのっとり、我が国の未来を切り拓く教育の基本を確立し、その振興を図るため、この法律を制定する」。

   第一文は国民の理想を述べている。この部分は、旧教育基本法では「われらは、さきに、日本国憲法を確定し、a民主的で文化的な国家を建設して、b世界の平和と人類の福祉の向上に貢献しようとする決意を示した」と記されていた。旧法では、aはbの手段として位置づけられていたと読むことが出来る。日本の国家建設は、世界平和と人類の福祉よりも価値的に下位に位置付けられていたのである。これに対して、新法ではaとbが対等な価値として位置付けられているとみなす事ができる。つまり、民主的で文化的な国家の発展ということと、世界の平和と人類の福祉の向上ということを、対等の理想として設定したのである。明らかに、第一文は改善といえる。

   第二文も改善である。旧法では傍線部のような文言は存在せず、個人主義的、普遍主義的な教育の在り方が語られていた。これに対して、新法では、個人主義的、普遍主義的な教育だけでなく、「公共の精神を尊び」「伝統を継承」する教育も、対等に目指される事になった。

  第一文と第二文に焦点を当てれば、改正教育基本法においては、日本国家と世界及び人類とが対等な存在となり、個人主義的・普遍主義的な教育と公共的・日本的な教育を共に目指す事になったと言える。それゆえ、改正教育基本法によって、教育をめぐる「戦後の枠組み」は根本的に変化したとみなす事も出来るかもしれない。

  極端な普遍主義、保護国思想、歴史偽造の精神

  だが、第三文に注目いただきたい。第三文には、「日本国憲法の精神にのっとり」と記されている。しかも、「日本国憲法」は教育基本法の上位法である。では、「日本国憲法の精神」とは何であろうか。ここでは、極端な普遍主義、保護国の思想、歴史偽造の精神、自由主義的民主主義という四点にまとめておこう。

   「日本国憲法の精神」とは、「日本国憲法」の前文に端的に表現されている。前文を見ると、日本国は個々人の契約で作ったという社会契約説の物語が展開されている。ここには、日本の神仏も日本の千五百年以上の歴史も全く出てこない。日本というものが一切出てこないのである。そして、「日本国憲法」は、日本の神仏や歴史と切り離された「人類普遍の原理」という奇妙なものによって、「日本国憲法」の諸原理を基礎づけている。

  しかし、世界各国の憲法前文を読んでみると、多くの西欧諸国やイスラム圏の諸国は、「神」の権威によって憲法の諸原理を基礎付けている。また、アジア諸国の多数は、自国または自民族の歴史に基づき、憲法の諸原理を基礎づけている。各国の前文と照らし合わせてみると、「日本国憲法」の第一の特徴は、日本というものを否定する極端な普遍主義、という点にある。

  第二の特徴は、日本国家を保護国に作り変えようとしていることである。「日本国憲法」前文は、諸外国を信頼して「われらの安全と生存を保持しようと決意した」と述べ、第九条で戦争と戦力を全面放棄した。自国の安全を他国に依頼すれば、外交をも他国に掣肘されることになる。外国に防衛と外交を任せてしまう国家のことを保護国という。「日本国憲法」は保護国の「憲法」である。そして、「日本国憲法」の極端な普遍主義も、日本国を諸外国の価値観に従属させて保護国化するために必要とされているのである。

  日本国を保護国化するため、「日本国憲法」は、「侵略戦争」を反省して戦力を放棄したとする物語を記している。「日本国憲法」の前文は、日本の戦争を否定的に位置づけ、第一段で「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」と述べた。戦争の責任を、全て日本側に押し付けた。

   これに対して、連合国側については「平和を愛する諸国民」として肯定的に位置づけた。すなわち、第二段で「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と述べ、戦争戦力放棄の思想を展開している。こうして、「侵略戦争」の物語によって、諸外国は上位に、日本国は下位に位置付けられるのである。

  それだけではない。「侵略戦争」の物語は、「大日本帝国」の行為、特に日本軍及び軍人の行為に関する「推定有罪」の態度を生み出す。「推定無罪」こそ法治国家がとるべき態度である。しかし、戦後日本の言語空間では、特に日本軍及び軍人の行為に関しては、無実を証明しなければ有罪とみなされる事になる。

  その結果、日本の再軍備を阻止したい中韓と日本の左翼が、いろいろな「大日本帝国」の行動を「犯罪行為」として告発すれば、その多くは成功する事になる。その代表格が、「南京大虐殺」、朝鮮人「強制連行」七十万人説、「従軍慰安婦強制連行」説あるいは「性奴隷」説、沖縄集団自決軍責任説、等々である。こうして、保護国の思想を、戦力放棄の思想を正当化し続けるために、「犯罪国家」日本、という物語が再生産されてきたのである。

  第三の特徴は、歴史偽造の精神である。周知のように、「日本国憲法」は、GHQの統制の下につくられた。到底、日本側が主体的につくったものとはいえない。ところが、「日本国憲法」前文は、「日本国民は、……政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」と記している。「日本国憲法」は、国民が「日本国憲法」を作ったという物語を作り上げているのである。そして、日本人は、未だにこの物語を維持し続けている。

  このように「日本国憲法」成立過程に関して歴史偽造をし続けてきた日本人は、いろいろな歴史偽造に平気となる。だからこそ、保護国日本を維持し続けるために、一九八〇年代以降、「南京大虐殺」や朝鮮人「強制連行」七十万人説等々の虚構を拡大してきたのである。

自由主義的民主主義から全体主義的民主主義への転換

  第四の特徴は、自由主義と民主主義のバランスをとった自由主義的な民主主義を目指していることである。この点では明治憲法よりすぐれている。「日本国憲法」の基本原則は、第一に間接民主主義、第二に国民主権主義、第三に立憲君主制、第四に三権分立、第五に人権尊重主義、第六に平和主義、第七に法治主義という七原則で捉えることが出来る。
 
  統治機構の問題に注目すると、国民主権は民主主義的原則、間接民主主義と三権分立及び立憲君主制の三原則は自由主義的な原則といえる。国民主権は、直接民主主義の根拠とされて国民の暴走を生み出しやすく、共産主義等の全体主義を生みだす恐れのあるものである。間接民主主義等の三原則は、国民主権の暴走をチェックする役割を果たすのである。法治主義も、当然に同じ役割を果たすことになる。「日本国憲法」が自由主義と民主主義のバランスをとっていることに注目されたい。

  ところが、昭和三十年代以降、公民教科書では、間接民主主義等の自由主義的な原則が排除され、国民主権、人権尊重主義、平和主義の三原則説が一挙に多数派になっていく。そして社会全体で、この三原則説が多数派になっていく。当然に、憲法学者も中学時代に習った三原則説に影響を受ける。その結果、この公民教科書で育った憲法学者が多数になっていくにつれ、憲法学界でも半数ほどの支持者を集めるようになっていく。

  また、権利の問題に注目すれば、元来、「日本国憲法」は、自由権という概念を認めているが、「平等権」という概念は認めていない。その意味でも、自由主義的な民主主義の「憲法」であった。だが、公民教科書は、昭和四十年代以降、当たり前のように「平等権」という言葉を使うようになるし、一九八〇年代以降にはひたすら「平等権」の記述を増加させていく。公民教科書の影響を受けた憲法学界でも、「平等権」という概念を認める憲法学者が増えていき、今日では半数程度となる。

  結局、統治機構の問題では自由主義から民主主義への、権利の問題では自由主義から平等主義への転換が起きてきたのである。つまり、時代と共に、「日本国憲法」は、自由主義的民主主義の「憲法」から、民主主義と平等主義に偏した全体主義的な民主主義の「憲法」に読み替えられてきたのである。

  以上挙げてきた四つの特徴のうち、第一から第三の特徴は左翼イデオロギーそのものであり、克服すべき特徴である。これに対して、自由主義的な民主主義という第四の特徴は、左翼と敵対する思想であり、明確に守らなければならないものである。ところが、戦後の言語空間では、否定すべき特徴は拡大再生産されてきたのに対し、守るべき特徴は台無しにされてきた。その結果、「日本国憲法の精神」は、全面的に否定すべきものとなり、左翼思想を展開する為の道具になってしまったと言えよう。

極端な普遍主義、保護国の思想、歴史偽造の精神と戦おう

  ところが、この否定すべき「日本国憲法の精神」が、改正教育基本法の上に覆いかぶさってくる。一つ目に、「日本国憲法」の日本否定の極端な普遍主義と保護国思想が覆いかぶさってくる。いかに、改正教育基本法前文の第一文で日本国家と世界及び人類とが対等な存在と位置付けられようとも、究極の所、世界及び人類という名の諸外国の方が、日本国よりも明確に上位の存在となる。したがって、中学校公民教科書では、世界平和と人類の福祉のために尽くすべきことは熱心に説かれるが、日本国家のために尽くすべきことは説かれないことになる。「愛国」という言葉は今も多少ともタブー扱いされ続けている。

  また、いかに、前文第二文で個人主義的・普遍主義的な教育と公共的・日本的な教育を共に目指す事になったとしても、詰まる所、個人主義的・普遍主義的な教育の方が、公共的・日本的な教育よりもはるかに重視される事になる。したがって、公民教科書では、基本的人権については熱心に教えられるが、国家とは何か、日本国家の特色とは何かといったことについては教えられないことになる。

  二つ目に、「推定有罪」の態度と歴史偽造の精神が覆いかぶさってくる。それゆえ、歴史教科書は、「南京事件」や「朝鮮人強制連行」等々、日本の「悪行」をいろいろ作り上げていく。しかも、近隣諸国条項があるものだから、「南京事件」や「朝鮮人徴用」等々に関していかがわしい記述を教科書執筆者がしてきても、それに対して検定意見を付けられない。

  いや、それどころか、今回の沖縄戦記述問題においては、文部科学省側は、集団自決の「複合的な背景・要因」を挙げろと積極的に教科書会社に言い、その例として「軍による手榴弾の配布」「壕からの追い出し」等の日本軍の行為だけを挙げていた。ところが、集団自決の根本的な原因である米軍の猛爆については、例示しなかったのである。日本軍に対しては「推定有罪」の態度で臨み、米軍に対しては宗主国に対する保護国の態度で臨んでいるのである。

   三つ目に、全体主義的な民主主義思想が教育基本法の上に覆いかぶさってくる。「日本国憲法」三原則も「平等権」も中学校公民教科書では例外なく出てくるし、多くの公民教科書では「平等権」の思想がはびこってきた。最近の公民教科書は、最も重要で基本的な自由権については二頁程度で済ませるのに対し、在日韓国・朝鮮人差別問題などを扱う「平等権」については六頁もの分量を用いている。沖縄戦記述問題において見られた左翼や改善の会の「沖縄特別論」の背景には、この「平等権」思想があるのである。

  要するに、「日本国憲法の精神」という左翼思想を受け入れた改正教育基本法が、「戦後の枠組み」を根本的に変化させることなど有り得ないといえよう。このような改正教育基本法を異常に評価する改善の会は、「沖縄特別論」などの左翼思想に染まっていくことになる。つまり、「改正教育基本法に基づく教科書改善を進める有識者の会」と名乗った時点で、「教科書改悪の会」に変化してしまう根本原因を抱え込んでしまったと言えよう。

  「つくる会」を中心とする教科書改善運動は、改善の会を反面教師として、改正教育基本法の限界を弁えなければならない。そして、「日本国憲法」の自由主義的な民主主義を護持するとともに、「日本国憲法」の三つの否定的特徴、極端な普遍主義、保護国の思想、歴史偽造の精神と戦わなければならない。とりわけ、保護国思想が生み出す「推定有罪」の思想と戦うことが重要である。

 自己の思想を裏切らず、権力にすり寄らず

  また、〈自己の思想を裏切らず〉ということを心がけなければならない。改善の会の中心人物である八木氏は、『新しい公民教科書』改訂版の代表執筆者を務めた折、西部邁氏が代表執筆者を務めた初版の記述を本質的なところで変更し、自己の思想を裏切ってしまった。

  例えば初版は、モンテスキューの権力分立思想を軸にして、英国中心に西欧政治史を描くとともに、フランス革命を批判し、共産主義国家を全体主義と規定していた。ところが、改訂版では、モンテスキューと権力分立思想の比重が小さくなるとともに、英国政治史もフランス革命批判や共産主義批判も消えてしまう。つまり、全体主義的民主主義に対して戦闘的に戦う自由主義的民主主義の姿勢がなくなってしまったのである。

   それどころか、「日本国憲法」の基本原則に関しても大きく変化する。『新しい公民教科書』の初版は、いわゆる三原則に象徴天皇制(正確には「象徴天皇制度」……2011年8月24日記す)と議会制民主主義の二点を加えた五原則を挙げていた。ところが、改訂版は、全体主義的な三原則説を採用するに至っている。

  筆者は、三年前に改訂版を読んだ時に信じられない思いをしたことをハッキリと覚えている。これまで筆者は八木氏の著作から多くのことを学ばせてもらった。その意味では、氏は筆者の「年若き先生」でもある。氏は、バークの思想を称揚し、フランス革命と共産主義を批判してきたはずである。そして、この点は、広く保守派全体に共有されているのではないか。また、氏は『日本国憲法とは何か』(PHP研究所)の中で、三原則説は昭和三十年以降に公民教科書の中で左翼が作り上げたものにすぎないと指摘したはずである。

  にもかかわらず、自己の思想と合致していた自由主義的な初版を全体主義的な方向に改悪するとは、何と、自己の思想に不誠実な事であろうか。この不誠実な態度は、改正教育基本法の評価にも現れている。改善の会には、氏を初めとして「日本国憲法」を痛烈に批判する人々が「つくる会」よりも多く集っている。だが、「日本国憲法の精神」を掲げた改正教育基本法を異常に評価する。どうにも変な話である。

  この思想への不誠実さは、権力にすり寄る精神、「世論」と思われるものにすり寄る精神から来ている。まさしく、改善の会は、権力と「世論」にすり寄る精神から、沖縄戦記述問題では最終確定稿を評価してしまったし、「従軍慰安婦」問題については「発達段階を考慮し、記述しない」という現状維持策を採用してしまった。それゆえ、改善の会の経験から学ぶならば、〈権力にすり寄らない〉〈「世論」にすり寄らない〉という事も心がけなければならない。筆者としては、権力と「世論」にすり寄らず、自己の思想に忠実に発言行動し、権力と「世論」を変えていくことを目指していこうと考える次第である。




ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

ガッツ(がんばれ!)

この記事へのコメント

okusama
2011年08月25日 20:03
私は教科書採択で完敗して、すっかり批判精神を忘れて、がっくりきていましたが、きちんと冷静に小山先生のように整理し、分析しなくてはならないのですね。

小山
2011年08月25日 23:55
必ずしも、「完敗」ではないと思います。育鵬社が伸びたのは「つくる会」を後ろから刺したからですが、それだけでもありません。一応採択候補となった場合に右と左の中間と判断された教科書が採択を伸ばすという法則は生きているように思います。改善の会は、この法則に従って左の方にすり寄り、採択を伸ばしたという面があると思います。 また、これまで左翼と新聞の攻撃はもっぱら「つくる会」に向けられてきました。彼らは「つくる会」を風よけにすることが出来たわけです。所詮、「つくる会」あっての、改善の会にすぎなかったわけです。ただ、これからは、彼らの方に左翼と新聞の攻撃は向かうでしょう。そうしたときに、彼らは、攻撃に耐えかねて、小沢一郎にならって左翼に染まってしまうか、それとも目が覚めて「つくる会」に見習って保守回帰を目指すのか、本当にどうするのでしょうか。 ともあれ、前におっしゃっていたように、教科書における一番保守派的、独立派的ラインを守り続けることが「つくる会」の役割です。このことを「つくる会」が守り続ければ、少しずつでも教科書は間違いなく改善されていくでしょう。ただ、日本には残念ながら時間がない!

この記事へのトラックバック

  • 育鵬社公民教科書はなぜ低レベルのものになったのか

    Excerpt:        今回、育鵬社教科書は、歴史も公民も大きく採択率を伸ばした。このことは、育鵬社教科書を保守派の、あるいは保守独立派の教科書と評価するならば、めでたいことである。 Weblog: 「日本国憲法」、公民教科書、歴史教科書 racked: 2011-10-29 11:33