公民教科書は自由社を-----公民教科書比較資料を掲げるにあたって

   歴史教科書の比較資料を掲げたうえで、「歴史教科書は自由社か育鵬社を」と記した。しかし、公民教科書については、育鵬社は到底評価できない教科書である。結論的には、自由社以外の教科書は、これからの日本を滅ぼしていく教科書である。 
 
  これから公民教科書の比較資料を掲げていこうと思うが、その前に簡単に公民教科書に関する全体的評価を箇条書きで行っておきたい。


①歴史教科書は、自虐反日教科書として批判されてきた。しかし、反日の程度は、公民教科書の方がはるかに勝っている。何しろ、公民教科書で愛国心や愛郷心を展開している教科書は自由社だけである。

 また、公民教科書は、公民的素養の基礎をないがしろにしている。家族論や地域社会論をきちんと展開しないし、国家論や政治権力論もきちんと展開しない。

②とりあえず、各社公民教科書を比較すれば、東書等5社VS育鵬社VS自由社という対立構造がある。東書など5社は、第一に家族などの共同社会の破壊をめざし、第二に日本の国家主権を破壊しようとしているし、第三に全体主義的民主主義を目指している。

  育鵬社は、東書などと異なり、第二、第三の否定的特徴は持っていないが、第一の特徴は同じように持っている。いや、5社の中では比較的共同社会維持の思想を表明している帝国書院よりは、共同社会破壊の思想が強いといえよう。

  これら日本社会の破壊を目指す教科書と異なり、自由社は、家族、地域社会、国家という共同社会の再建を目指す唯一の教科書である。そして、日本の国家主権を守り、立憲主義的な民主主義を目指す教科書である。

③最も採択してはいけない教科書は、現在60%の採択率を誇る東書である。この教科書は、家族論、地域社会論、国家論を展開しないどころか、政治権力の必要性さえも記さない。個人と世界との間の中間物をすべて破壊し、国民ではなく地球市民の形成を目指す教科書である。

④次に評価できない教科書は、日本文教出版、教出、清水の三社である。東書ほどではないが、三つの否定的特徴をすべて強固に有している。特に、三社とも地域社会の単元を持たず、家族教育も放棄したことが問題である。すなわち、清水と日文は家族の単元を設けていないし、教出も単元を設けてはいるが、家族とはそもそも何かといったことが書かれておらず、とても家族論にはなっていない。

⑤帝国と育鵬社はどちらがよいのか。もちろん、項目別に点数を付けていけば、育鵬社の方が数段上であろう。しかし、私は帝国の方がよいという考え方もできると考えている。
  
 それは、今回の公民教科書に関する採択戦の思想的焦点をどこに置くか、ということにかかっている。私は、今回の採択戦の第一の焦点は、共同社会を維持再建していくのか、解体していくのかということにあると考えている。

  この観点からすれば、一つ目に、家族論と地域社会論があるか、あるとすればちゃんとしたものであるかどうかが重要となる。帝国も育鵬社も、ともに自由社と同じく家族論と地域社会論を展開している。だが、育鵬社は、効率と公正のバランスを見極めて家族間の合意を作り出すという原則を展開し、その模範例として父親の単身赴任に関する家族会議を紹介し、効率の観点の方をより重視して父親に単身赴任させるという結論を導いている。この書き方は、家族を機能集団化して解体していこうとする思想を表明していると言えよう。育鵬社の家族論は、最も害毒のあるものだとは確実に言えよう。
  これに対して、帝国書院は、効率と公正のバランスといった考え方を持ち込んでいないだけ、育鵬社より優れていると言えよう。

  この観点からすれば、二つ目に重要となるのが、愛国心、愛郷心、公共の精神の教育をしているかどうかということである。帝国も育鵬社も、愛国心の言葉も愛郷心の言葉も用いていない。公共の精神という言葉は育鵬社に存在するが、その定義は存在せず、公共の精神の教育を育鵬社がする姿勢にあるとは言えない。

  教科書の字句だけに注意すれば、この二つ目の問題に関しては、公共の精神という言葉があるだけ、育鵬社がすぐれているといえる。しかし、2011年6月7日の記事でも述べたように、育鵬社は、教育基本法改正に尽力した人たちが参加した教科書改善の会に支援されて作られた教科書である。その教科書が愛国心も愛郷心も展開しなかったという事実は、非常に重いと言わねばならない。育鵬社は、教科書改善運動を思想的に裏切って見せたのである。
  
   この裏切りを保守言論界は指摘しようとしない。みんなで見ないふりをしたのである。本当に保守言論界はどうかしている。育鵬社の裏切りを指摘した私の論文は(5月初旬に書いていたが、結局6月にブログとつくる会メルマガに掲載した。ブログでは2011年6月7日に「家族と地域社会が消えた、改訂増補版―――共同社会の破壊をもくろむ公民教科書―――」として掲載)、結局行き場をなくして黙殺された。本来、家族論、地域社会論、国家論が展開されているかどうか、愛国心、愛郷心、公共の精神が展開されているかどうか、といった公民的素養の基本的なことを焦点にして、採択戦が展開されるべきであった。そのための教育基本法改正ではなかったのか。

  ところが、保守言論界では、外国人参政権、領土問題、拉致問題といった個別問題だけが論じられた。この個別問題だけは、裏切り者の育鵬社も自由社と同じようなことを記したからである。しかし、(育鵬社が記さなかった)国家論や愛国心・愛郷心、(出鱈目な書き方をした)家族論といった基本的でより重要な事柄をめぐる議論が全く存在しなかった。そのため、4社で家族論が消えたこと、東書や清水では家族の単語だけになってしまったことさえも、保守言論界は指摘し、問題にすることはなかった。戦線は後退してしまったのである。保守言論界全体の罪、それ以上に育鵬社と教科書改善の会の罪は大きい。日本を滅ぼすのは左翼である以上に、改善の会に代表される保守言論界の人々ではないか、と思われてならない此の頃である

  ともかく、こういう裏切り教科書よりは、家族論と地域社会論が比較的まともな帝国書院の方が評価できるということも出来よう。

⑥しかし、帝国書院には難点がある。東書などがもつ三つの否定的特徴のうち、第一の点こそ弱いけれども、第二の全体主義的傾向と第三の国家主権破壊傾向は、東書に劣らず強いからである。ここに注目すれば、裏切り者とはいえ、育鵬社の方がましともいえる。

     ⑤の考え方でいくべきか、⑥の考え方でいくべきか、私の中では結論が出ないまである。

⑦ただし、結局、自由社以外の教科書は害毒の方が強い。自由社だけが推薦できる教科書である。  



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この記事へのコメント

okusama
2011年08月04日 21:23
全ての結果が出ているわけではありませんが、正当なる競争に最初から出場?させてもらえない自由社・・・・・ため息がでます。実力が評価されない自由社の教科書。やはり文部科学省の検定に最大の問題があるのでしょうか。

日本の教科書問題の根が深すぎて、ため息が出ます。
あらたま
2011年08月05日 03:03
何を言っても負け惜しみにしか聞こえません。
小山
2011年08月05日 12:17
「正当なる競争に最初から出場?させてもらえない自由社」という状態を作ったのは、かつては左翼とマスコミでしたが、今はこれらと結びついた教科書改善の会です。もちろん、「つくる会」はその甘さにつけこまれているわけですが。彼らが汚い手を使ったのは、教科書の内容で勝負できないと判断したからです。歴史教科書については自分たち独自の教科書構想を打ち出せず、「つくる会」がつくった扶桑社版と同じ構想でつくることしかできませんでしたし、公民教科書については国家論を展開しないどころか、愛国心さえも展開できなかったからです。なぜ、愛国心さえも展開しなかったのか、私には不思議で仕方がありません。左翼にすり寄ったのだろうと考えるしかありません。
okusama
2011年08月06日 09:14
「まけおしみ」

そういう意味でいえば、日本の教科書問題は「つくる会」が参入する前は完敗でした。そこから、一歩一歩築いてきました。確かに今はまだ負けています。でも、これからも理念を曲げず、左翼にすり寄ることなくやるしかないと思います。

近視眼的に見てはだめです。これは、まけおしみではありません。

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