資料・平成18~23年度中学校公民教科書(26)――結び

  3月から4月半ばまでは、嫌な季節である。暖かくなったり、寒くなったりで体がついていけない。最も体が寒い季節である。今年も、昨年よりはましだが、普段よりも横になる時間が増えている。
  とはいえ、一番時間に余裕がある季節でもあるから、中断していた平成18~23年度中学校公民教科書の分析に関する作業を終えてしまっておこう。今回は、資料として各社教科書の結び部分を掲げ、次回からは各社教科書の総合評価をしていくこととする。

  教科書の結び部分でも、日本の公民教科書なのに、国家も日本も出てこない。これらの言葉を使うのは大阪書籍と帝国書院だけである。大阪書籍は国家と言う言葉だけを使い、帝国書院は「日本の国」と記している。
  この二社も含めて、教科書は、もっぱら、人類を強調し、個人を強調する。国際社会編で書かれている部分も含めて考えれば、教科書は、国家を前提にした国際社会という捉え方よりも、国家を前提にしない地球社会という捉え方に転換していっているようである。

  上記の感じ方は私のものだが、結び的なものには、相当程度、その教科書の思想が現れる。自分なりの読み方をされたい。


資料・平成18~23年度中学校公民教科書(26)――結び

○日本書籍新社

「おわりの章 未来をきりひらく」の章見出し下、
 「21世紀を平和の世紀に」の小見出し下、「世界に平和を築きたい。これは、『戦争の世紀』ともいわれる20世紀を生きた人々の願望でした。しかし、不幸なことに21世紀は、暴力・テロ・戦争の繰り返しではじまりました。
 2001年9月11日に起きたアメリカでの同時多発テロ事件、これをきっかけとしたアフガニスタン戦争、2003年3月20日にはじまったアメリカとイギリスによるイラク戦争、そして、今なお止まないイスラエルとパレスチナとの対立と暴力の応酬。戦争と暴力の背景には、宗教や民族の対立もありますが、南北問題・病気・貧困などが解決されないこともあるのです。こうした問題を先送りすればするほど、戦争や暴力はなくなりません。また、人々がおたがいに傷つけあうことは、人の心のなかに憎しみをつくりだします。
 21世紀は、憎しみをこえ、人間らしさを取り戻し、人間の優しさを共有する世界にしていくことです。「戦争よりも平和を」は、いくたびかの悲惨な戦争を体験してきた人間がたどりついた知恵です。これは、戦争と暴力を否定する力になります。人の心の中で築いた平和は世界平和の大きな力になるはずです。」(167頁)
 「平和を発信する日米の少女」の小見出し下、「イラクは、1991年の湾岸戦争後に実施された国連による大量破壊兵器の査察に非協力的でした。そこで、イラクへの武力行使を容認する新たな国連安保理の決議がないまま、イラク戦争がはじまりました。戦争は、イラクの大量破壊兵器疑惑とフセイン政権の打倒を掲げておこなわれました。そして、2003年5月1日、アメリカは主な戦闘の終結を宣言しました。しかし、その後もイラクでの戦闘は続き、2004年までにイラクの人たちだけ約1万5千人が亡くなったといわれています。亡くなったのはイラクの人たちだけでなく、アメリカやイギリスの兵士をはじめ、イラク復興を担った国の人たちも命を失いました。また、日本人の外交官やジャーナリストもテロの犠牲者となりました。
 アメリカのメーン州に住む13歳の少女、シャーロットさんは、戦争がはじまる前の2月、地元の小さな集まりで非戦メッセージを読み上げました。その内容は、イラクの子どもの身になって考えたものでした。このメッセージがインターネットを通して世界中に伝えられると、3000通をこえる共感の声が寄せられたのです。
 日本に住む16歳の少女、香奈江さんは、『自分が感じたこと、イラクの戦争について考えていること』などをまとめ、これをシャーロットさんにメールで送信しました。すると、返信のメールがシャーロットさんから届きました。こうして二人は、ともに『世界に平和を築く』交流をはじめたのです。
 2003年6月にシャーロットさんが来日すると、二人は東京で直接対面し、『これからのイラクをどうすればいいか』を話し合い、おたがいの考えを確かめ合いました。
 今日、世界がどうなっているか、私たちは新聞やテレビで情報を得ることができます。茶の間にいて、世界の出来事を瞬時につかむことができるのです。その上、インターネットや携帯電話の普及で、世界中の人たちとのつながりも持てるようになりました。情報を受け取るだけでなく情報を発信することも簡単になりました。シャーロットさんと香奈江さんのような交流は、これからの時代をになうみなさんにもできる取り組みです。若い世代が、世界中の人と平和を発信しあうことで、平和な地球をつくることができるかもしれません。」(168~169頁)
 「自分さがしの旅」の小見出し下、『世界が不安定で、景気も悪い』といわれると、自分の人生や未来に対しての不安が生まれます。
 しかし、みなさんはまだ15歳。自分の未来にいくつでも夢をもてるときです。悩んだり、友だちと遊んだり考えたりしながら、自分の行く道をさぐってみましょう。その道のりは決して単純ではありません。もしかしたら、勉強でつまずいたりすることがあるかもしれません。これからの人生のなかでまちがいや失敗もあるでしょう。しかし、それらを一つの経験として、いくらでも生かすことができるのです。
 現実に目をそらさず向き合いながら、自分の可能性に挑戦してみましょう。
 世界には、銃をもたされ戦争に加わる子どもがいます。戦争で親を失った子どももいます。一家を支えるために働く子どももいます。これも、同時代に生きる子どもたちの現実です。私たちの社会がどんなに豊かであっても、こうした現実を無視することはできないのです。しっかり『社会を見つめる目』をきたえ、自分なりの考えをもつことです。想像力を身につけ知恵をみがくことです。
 みなさんは中学を卒業し、これから大人に近づいていきます。これからの未来に平和と幸福を築くために、学校で学んだことを役立てていきたいものです。」(170頁)

○東京書籍 
「第5章 地球社会とわたしたち」の2節「国際社会と世界平和」下、「6 社会科の学習をふり返って」の単元見出し下、
 「大きな変化」の小見出し下、「わたしたちはこの3年間、地理、歴史、公民の学習をしてきました。地理で日本と世界の各地がどうなっているのかを、歴史では日本を中心に昔の人たちがどのように暮らし、社会をよくするためにどのような努力を重ねてきたのかを、公民では社会のしくみがどのようになっているのかを学んできました。この3年間を終え、わたしたちは何を考えたのでしょうか。
 わたしたちは今、いろいろなことが大きく変わっていく社会のなかに生きています。科学技術の進歩はめざましく、グローバル化といわれるように世界は限りなく近くなり、豊かさもモノばかりでなく心の豊かさも強く求められるようになりました。このような大きな変化の時代に対応するためには、世界の現状を学び、過去を知り、社会のしくみを理解することがいっそう重要になるのです。」(170頁)
  「社会の進歩のために」の小見出し下、「社会をよりよくしていくために、わたしたちが尊重し、守り、維持しなければならないことが三つあります。一つは基本的人権の尊重です。これによって個人が尊重され、自由な活動や幸福で平和な生活を送ることができるのです。二つめは平和です。戦争になると、多くの悲劇と犠牲者をうんでしまいます。わたしたちは、『戦争のない状態』にしていくよう努力しなければなりません。三つめが民主主義です。国民主権による民主主義がなければ、国民の意思にもとづいて政治のあり方を決めることができなくなってしまいます。基本的人権、平和、民主主義をさらに世界規模で発展させようと努力していくことが、21世紀の地球市民には求められています。」(170頁)

○大阪書籍 
最後の「公民を学んで」の下、「わたしたちは、わたしたちが生活する社会がどのようなものであるか、政治や経済のしくみやはたらきがどうなっているかについて学んできました。
 わたしたちは、一人一人がかけがえのない存在としてこの地球に生まれ、それぞれの個性に応じた生き方を見い出し、その生命を全うして次の世代へとバトンタッチしていきます。一人一人にとって二度とない人生です。わたしたちは、一人一人の人間がこのようにかけがえのない尊い存在であることを、おたがいに認め合うことから出発しなければなりません。
 この学習を通してわたしたちが学んだもう一つたいせつなことは、わたしたちは決して一人では生きていけず、おたがいに足らないところを補い合い、助け合って生きていかなければならないということです。わたしたちの日々の生活が、いかに多くの人たちのはたらきに依存しているのかを、いろいろな場面で学んだのではないでしょうか。
 わたしたちが生きていくうえで、さまざまな不幸に遭遇したり、争いごとにまきこまれたりすることがさけられないことは事実です。残念ながら、人がよかれと思ってやったことが不幸な結果に終わったり、また、人には他人の不幸を喜ぶようなところさえもあります。人類は多くの悲惨な戦争を経験してきましたし、現在でも多くの民族的・宗教的な対立抗争が存在しています。
 しかしながら、人間の人間たるゆえんは、一人一人が独自の尊い存在であることを認め合い、なんとか調和をとりながらともに生きていこうとして、真剣に考え努力してきたところにあります。こうしたともに生きる(共生の)場は、家族にはじまり、学校や職場、地域社会、さらには国家、そして最後には国際社会へと、その輪は広がっていきます。交通手段やインターネットなどでの情報通信手段の発達で、国際社会も個人にとってずいぶん身近なものとなってきたところがあります。
 わたしたちは、すでにある社会に生まれてきたわけですが、この社会はどうにも変わりようのないものではなく、わたしたち一人一人の努力いかんによって、よくもなり、逆に悪くもなるのです。最も遠い存在と思われる国際社会さえ、その例外ではありません。地球環境はもはやひとごとではなく、よき環境の保全のために、国家として、地域社会として、また個人としてなすべきことが少なくないのです。 
  わたしたちは、それぞれの人生を自らの力で切りひらく努力をするとともに、多くの人たちによって生かされていることにも生きることの意味を実感したいものです。」(185頁)

○教育出版 
明確な結びはないが、「第4章 地球社会とわたしたち」の2節「地球社会の危機を救うために」下、最後の単元「5 ともに生きる社会 共生社会の実現に向けて」から引用しておこう。
 「わたしたちの暮らす社会」の小見出し下、「わたしたちは『公民』の学習を通して、『ともに生きる(共生の)社会』をつくるにはどうすればよいかを学んできました。しかし、現在の地球には、ともに生きることをさまたげようとするいろいろな問題があります。例えば、核兵器の拡散、民族や宗教のちがいによる対立、人種や民族にもとづく差別、飢餓と飽食、地球の温暖化、HIVをはじめとするさまざまな病気、銃による殺人などです。特に2,001年9月11日にアメリカのニューヨークや首都ワシントンなどでおきた同時多発テロ事件では、日本人も含めて3000人以上の人々が亡くなりました。このような特定の人々だけでなく一般の人々も巻き込むテロは、その後も世界の各地でおこり、共生の社会をおびやかしています。」(148頁)
  「ともに生きる社会へ」の小見出し下、「解決の難しい問題をのりこえて、共生の社会を実現するために、わたしたちには何ができるでしょうか。『みんな仲よくしよう』や『差別や偏見はいけない』という、単なるかけ声や心がけだけでは共生の社会を実現することはできません。わたしたちは差別や偏見をなくし、みんなとともに生きるために必要な体験を毎日の生活のなかで積み重ねることが大切です。
 例えば、学校や職場・地域などで、自分と異なる考えの人々と向かい合い、おたがいに意見を述べ合い、学び合う議論の機会を積極的にもつことです。また、身近な地域にある障害のある人々の共同作業施設や、高齢者の福祉施設などを定期的に訪問し、そこにいる人々とふれあう活動をさかんにすることです。さらに、地域に暮らす外国の人々と交流する機会をふやすことです。
 わたしたちは、さまざまな生き方の人々と一緒に活動することによって、自分の生き方を豊かにすることができます。しかし、おたがいに違和感や反感を抱いたりする可能性もひそんでいます。共生の社会への道は決してやさしいものではありません。しかし、さまざまな考えの人々どうしが本音で語り合うことが、その第一歩ではないでしょうか。」(149頁)

○清水書院
 「第3編 国際社会を生きる」「第1章 こんにちの国際社会」下、「21世紀を生きる君たちへ」の単元見出し下、「困難のなかにある希望」の小見出し下、
 「1000人の子どもが生まれたとして、5歳になる前に死亡する子どもは何人ぐらいいるのか、という国別の統計がある。たくさん死亡する国では、1000人中300人近くが亡くなる、という恐るべき現実がある。
 けれども、そこには希望の光もある。5歳未満児死亡率の推移を見てみよう。1960年と2003年をくらべてみると、国によって程度の差はあるが、死亡する子どもの数が少なくなっていることがわかる。
 1980年に63歳であった世界の平均寿命は、21世紀にはいって65.4歳まで延びた。発展途上国の人びとの努力や、先進工業国の援助や協力により、死亡数が減少した結果である。いまあげた例ひとつを見ても、君たちの未来には困難と希望がからまり、まざりあっていることがわかる。
 そんな未来に希望を実現していくもの、それは人類の力をおいてほかにない。そのひとつは科学や技術の力だ。貧しさを克服し、不治とされた病気と闘うなど、科学と技術は社会を変え、歴史をうごかす大きな力だ。だが、それだけでは十分ではない。
 環境破壊や核兵器のように、こんにち、人類は、科学や技術によって生みだ出されたさまざまな問題に悩まされている。科学や技術は、その使いかたをあやまれば、逆に人類にあらたな困難をもたらすこともある。
 人類のもうひとつの力は、理念の力、つまり自由、平等、民主主義、平和といった社会的な理想の力だ。この二つの力が結びついたとき、はじめて未来に希望が見えてくる。
 「君は何に価値を見いだすのか」の小見出し下、
 「学ぶということは、たんに知識を頭に蓄積すればいい、ということではない。いろいろなことを調べる、原因をさぐる、体験する、感じる、想像する、話し合う、という能動的ないとなみがなされて初めて、本当の『学び』に結びつくのである。そして、『学び』を通して自分や人類にとってたいせつなこと(価値)を見いだし、自分の生き方の基軸をつくりだしていくことができる。
 『地球には国境線はなかった』と、宇宙船から地球を見た飛行士はつぶやいた。『困っている人を助けてあげる』ためではなく、『すべての人がほんとうに人間らしく生活できる世界をつくる』ためにはどうすればよいのだろうか。君も、世界じゅうの人びとといっしょに、知恵を出しあい、行動していこう。」(178~179頁)

○帝国書院
 国際社会の章とは独立に、最後の結びとして「社会への旅だちを前にして」の見出し下、
 「私たちはいままさに21世紀へと歩みだしたところです。私たちが生を受けた20世紀をふりかえってみると、人類は驚くべき科学技術の発展をなしとげ、物質的に豊かな生活や、人類の長年のゆめであった宇宙への旅も実現させました。その一方で、二度の世界大戦や自然環境の破壊、公害の発生などによってみずからの生存を危うくすることも引きおこしました。こうした20世紀の経験から私たちが学ぶことは、世界には異なる価値観や文化をもつ国が数多く存在しているが、ともに宇宙船地球号に乗り組む仲間であること。そしいて21世紀には自国の繁栄のみを願う考えでは、ともに生きていくことはできないということです。
 21世紀になってもなお続くテロや戦争、環境破壊など多くの問題は、世界各国と協調して地球的な視野からものごとを考え、活動は足もとから、また個人としても役割や責任を引き受けるという考えを、身につける必要があるでしょう。
 まもなく私たちは中学校での学習を終えます。卒業後、高等学校などに進学する仲間もいます。実社会に出て職業につく仲間もいます。進む道はちがっても、新しい世界には新しい出会いがあるでしょう。どの道を進んでも、最も大切なことは、公民で学習したように、自分の意志で選択して考えたり判断したりして、社会における自己の役割や責任をはたすことです。
 私たちは幸いに平和で豊かな生活を送ることができます。しかし、世界には、私たちと同じ世代でも、銃を手にする者や、逆に銃におびえている者、飢餓に苦しむ者がおおぜいいます。かれらにも平和な国や社会で、自由で豊かな生活を送る権利があるはずです。現在では、さまざまなネットワークを利用して、直接世界の仲間と語り合うことができます。世界のさまざまな問題にも目を開き、よりよい世界をつくるために、どうしたらよいかをかれらとも話し合い、また私たちがどのようにかかわっていったらよいかについても考えてみる必要があります
 平和で、自由で、豊かな日本の国や社会を、さらに発展させるのは、21世紀に生きる私たちの役目です。」(180~181頁)

○日本文教出版
国際社会の章とは独立に、最後の結びとして「『現代の社会』の学びを終えて」の見出し下、「公民的分野の学習を終えるにあたって、将来、社会の中でどのような役割をにないたいか、これからどのような人生を歩んでいきたいか、いまの気もちをここに記入しておこう。卒業後、ふと思いおこしたときに読みなおすと、きっと新しい発見があるはずだ。
(ここに作文のための欄 )
  
 『現代の社会』の学習を終えたいま、もういちど身のまわりを見なおしてみよう。
おそらく学習前に比べて、同じものがちがって見えたり、深められたりしていることに気づくのではないだろうか。
たとえば、世の中の急速な動きに対しては、わたしたちはどんな恩恵を受け、逆に何を失ったかを見つめる眼が、育ってきているのではないだろうか。また、しあわせに生きたいという願望に関しては、その願いの基に人間尊重、人権尊重の考え方があり、その実現には一人一人の息の長い不断の努力が必要であって、単に希望するだけでは願いがかなわないことを、はだで実感しつつあるのではないだろうか。
もちろん、これ以外の学習成果を得た人も多いことだろう。だいじなことは、このような学習成果こそ、今後、生涯を通して生きる力としてはたらくものだということである。それは単なる知識ではない。
せっかく身につけた力は、大いに活用していくことがたいせつである。その意味で、『現代の社会』の学習は、これからが本番といっていい。」(169頁)

○扶桑社
 特に結び的と言えるものはない。


 
 


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