資料・平成18~23年度中学校公民教科書分析(16)―――アイヌ差別

 アイヌに関する記述を掲げることにする。既に6社がアイヌを「先住民族」と規定していることに注意されたい。

  「アイヌが先住民族である」との国会決議は平成20年のことであるが、教科書は、平成18年3月に出版されている。国会決議より先に教科書が「先住民族」だという虚構の教育をしていたのである。
  教科書でまず嘘話を国民に広め、それを国家自体に認めさせていくという手口は、在日=被強制連行者の子孫説に基づき参政権を与えようという運動の場合にもあてはまるものである。アイヌ問題は、在日問題のコピーのような展開を見せている。


Ⅱ、国内政治編


(16)アイヌ差別

○分析項目
①分量、小見出し
②アイヌの位置づけ……「先住民族」、「先住民」としているか


○日本書籍新社
①分量、小見出し……サブ小見出し、4行
②アイヌの位置づけ……「先住民」、「民族」としている
③備考

「第3章 人間尊重と現代の民主政治」「2.基本的人権の尊重」の節見出し下、「差別をなくしていく努力」の単元見出し下、「まだある差別」の小見出し下、「アイヌ民族差別」のサブ小見出し下、全文引用
 「『蝦夷地』の先住民であるアイヌ民族に対して、1899年に『北海道旧土人保護法』が制定されたが、差別は続けられた。そこでアイヌ民族の存在を認めさせる運動が続けられ、1997年にアイヌ民族の誇を尊重する『アイヌ文化振興法』(アイヌ新法)が制定された」(105頁)。

○東京書籍
①分量、小見出し……「アイヌ民族への差別撤廃をめざして」の小見出しの下、11行
②アイヌの位置づけ……「アイヌ民族」。先住民族とはしていない。
③備考……韓国・朝鮮人に関する物語のコピーという感じ。他社もそうか

「第2章 人間の尊重と日本国憲法」「3 人権と共生社会」の節見出し下、「①ともに生きる①」の単元見出し下、「アイヌ民族への差別撤廃をめざして」の小見出しの下、全文引用
 「アイヌ民族は古くから北海道、サハリン、千島列島を居住地とし、独自の言葉と文化をもち、歴史を築いてきました。明治政府は、北海道開拓にあたって、アイヌの人たちの土地を奪い、『日本人』化(同化)を強制して、アイヌ文化を否定してきました。この過程でアイヌ民族への差別や偏見が強められたのです
 現在、アイヌの人たちは、自分たちの文化の継承、民族としての教育、経済の自立などをめざして努力しています。1997年にはアイヌ文化振興法が成立し、アイヌの人たちの民族としての誇りが尊重される社会の実現がめざされています」(45頁)。
・44頁上部に「アイヌ語ラジオ講座」の写真

○大阪書籍
①分量、小見出し……小見出し、10行
②アイヌの位置づけ……「先住民族」としている
③備考

「第1章 個人の尊重と日本国憲法」「2 日本国憲法と基本的人権」の節見出し下、「等しく生きる権利②」の単元見出し下、「アイヌ民族への差別」の小見出し下、全文引用
 「アイヌ民族は、主に北海道に先住していた民族です。明治政府が北海道を領土として組み入れてから、固有の言語と文化をうばわれました。民族としての尊厳がふみにじられたばかりでなく、国があたえた土地にしばられて居住や職業選択の自由も制限されてきました。1997年にアイヌ文化振興法がようやく成立しました。これは、アイヌ民族を少数民族として認め、アイヌ語など、アイヌ文化の振興や伝統の普及などをはかるものです」(45頁)。
・「アイヌ文化フェスティバル」の写真(44頁)

○教育出版
①分量、小見出し……小見出し、8行
②アイヌの位置づけ……「民族」、「先住民」としている

「第2章 わたしたちの暮らしと民主政治」「1 暮らしのなかに生きる憲法」の節見出し下、「⑥平等な社会を創る 差別からの解放」の単元見出し下、「アイヌ民族への差別」の小見出し下、全文引用
 「アイヌ民族は、北海道や樺太(サハリン)、千島列島を居住地として、長い間にわたって独自の文化と歴史を築き上げてきました。かつて明治政府は『北海道旧土人保護法』を制定して、アイヌ民族の土地を奪い、アイヌ文化を否定し、同化策を強制しました。1997年にようやく、アイヌ民族を先住民として尊重するとともに、アイヌの伝統を普及することを目的とした『アイヌ文化振興法』が制定されました」(41頁)。
・「アイヌ語弁論大会」の写真(41頁)

○清水書院
①分量、小見出し……11行、実質9行程度
②アイヌの位置づけ……「先住民族」、「少数民族」としている
③備考……他社も同じだか、ものすごい偏った歴史観。

「第1編 私たちの生活と政治」「第1章 人権の尊重と日本国憲法」「2 基本的人権の保障」の節見出し下、「平等権(2)」の単元見出し下、「差別の撤廃を求めて」の小見出し下、
 「日本の少数民族であるアイヌへの差別も、まだ続いている。明治以降、アイヌ民族は『和人』への同化を強制され、かぎられた地域に閉じ込められた。そこで農耕を強制され、固有のことばや文化もうばわれてきた。
 アイヌの人びとの長いあいだの訴えにもとづき、1997年にアイヌを日本の少数民族として認め、その文化や伝統の普及を目的とするアイヌ文化振興法が制定された。しかし、生活上の差別をなくし、先住民族の権利や誇りを回復することは、まだ残された課題である」(46~47頁)。
・側注③でアイヌの説明として、「蝦夷地(北海道)を中心に狩猟や漁業で生活を営む日本の先住民族であるが、明治政府は開拓使をおいて移民政策をとり、北海道旧土人法の制定によってアイヌの土地をうばった」(47頁)
・「『アイヌ新法』の制定を要求するデモ」の写真説明で「1997年、初めてアイヌを国内の少数民族として認める『アイヌ文化振興法』が制定され、差別を温存してきた『北海道旧土人保護法』が廃止された。しかし、社会のなかでの差別はなお残っている」(46頁)。

○帝国書院
①分量、小見出し……小見出し、17行
②アイヌの位置づけ……「民族」「先住民」
③備考……側注を見ると、社民党や共産党のパンフレットのようだ

「第3部 私たちの民主政治」「2章 人権について考えよう」「④現代社会に残る差別(2)」の単元見出し下、「アイヌの人々への差別」の小見出し下、全文引用
 「アイヌの人々は、かつて北海道やサハリン、千島列島を中心に、固有の文化やことばをもってくらしていました。しかし、江戸時代には、蝦夷地(北海道)の一部を支配した松前藩がアイヌの人々への弾圧をくり返したため、その人口が減りました。明治になると、政府は蝦夷地を北海道と改称し、開拓使をおき、本州からの移民をすすめる政策をとりました。1899(明治32)年には北海道旧土人保護法が制定され、アイヌの人々はせまいあれ地に追いやられるとともに、日本人としてのくらしや文化を強制されました。アイヌの人々は本州などから移住してきた人々との間に格差を設けられただけでなく、固有の文化やことばを保つことがむずかしくなっていきました。
 アイヌの人々の伝統文化をとりもどし、振興させるため、1997(平成9)年にアイヌ文化振興法が施行されました。私たち一人ひとりも、アイヌの人々に対する差別をなくすとともに、アイヌの人々の伝統や文化、民族としてのほこりを尊重していくことが必要です」(101頁)。
・「アイヌの人々の伝統的な住居を復元したもの(弟子屈町)」の写真(101頁)。
・側注②で、アイヌ文化振興法の説明「正式名称は、『アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律』。アイヌの人々の文化を振興し、伝統を広めていくことを目的としています。しかし先住民であることが書かれていないなど、課題もあります」(101頁)。

○日本文教出版
①分量、小見出し……2行
②アイヌの位置づけ……「先住民族」

「第3章 人間の尊重と日本国憲法」「② 基本的人権の尊重」の節見出し下、「憲法で保障された基本的人権」の大見出し下、「平等権」「平等権」の小見出し下、
 「歴史で学習した、北海道の先住民族であるアイヌの人々への、差別や偏見をなくすことも重要な課題である」(47頁)。
・「参議院の憲法調査会で報告する北海道ウタリ協会副理事長(2003年)」の写真説明で「ウタリはアイヌ語で同朋の意味。アイヌの人々が自分たちの仲間をとして使う」(47頁)。

○扶桑社
①分量、小見出し……1行
②アイヌの位置づけ……「民族」としている

「第3章 現代の民主政治とこれからの社会」「第1節 日本国憲法の基本原則」の節見出し下、「32 私たちの社会に潜む差別」の単元見出し(90~91頁)下、「障害者」のサブ小見出し下、
 「このほか、高齢者に対する差別やアイヌ民族やハンセン病の元患者、エイズ感染者への偏見も克服しなければならない」(91頁)。


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