資料・平成18~23年度中学校公民教科書分析(5)(6)(7)(8)――西欧米国政治史・政治思想史2

○教育出版……
①米国とフランス、強調
 ②モンテスキュー、ロック、ルソー……三者を「日本国憲法につながる人権思想の発達の歴史」の年表コーナーで紹介
 ③国民主権出てこないが、権力的意味で理解していることがうかがわれる。
    年表コーナーでルソーの説明で「人民主権」(30頁)
 ④権利、人権の捉え方……「人間の権利」の思想
 ⑤附録に何を載せているか……人権宣言のみ。「日本国憲法につながる人権思想の発達の歴史」の年表コーナーでは三者出てくるが、説明はない(30頁)
 ⑥「法にもとづく政治」(30頁)のみ

「第2章 わたしたちの暮らしと民主政治」「1 暮らしのなかに生きる憲法」の節見出し下、「①法にもとづく政治」の単元見出し下、「法のはたす役割」→「民主政治の発達」の小見出しの下、全文引用
・「法のはたす役割」の小見出し下、
 「わたしたちは、家族や地域社会、学校といった集団のなかで生活しています。それらの集団にはルールがあり、ルールによって集団生活は維持されています。
 国家であっても同じで、一つのルールが必要となります。このような国家のルールを法とよんでいます」(30頁)。
・①②続けて、「民主政治の発達」の小見出しの下、
「かつては、国王が強大な権力をもち、国王自身がすべての法をつくり、人々の意思を無視した政治をおこなっていました。このような政治を専制政治といいます。専制政治の時代に、国民の意思にもとづいた政治や、個人の人権を尊重する政治を求める声が高まりました。その結果、アメリカ独立革命やフランス革命がおこり、近代国家が生まれました。そして、権力の集中を防ぐため、三権分立と国民による民主政治の原則を取り入れた近代憲法が生まれました。その例が1787年のアメリカ合衆国憲法や、1789年のフランス人権宣言にもとづいてつくられた1791年のフランス憲法です」(31頁)。
・①②人権宣言の絵、自由の女神の写真(31頁)

○清水書院
①米国とフランス
 ②モンテスキュー、ロック、ルソー……三者とも出てくる。
   トータルで、国民主権ではなく、立憲主義と人権を強調
 ③国民主権の捉え方……権力的意味
    ヒトラーの登場を国民主権と関連付ける。
 ④権利、人権の捉え方……「人間の権利」の思想か
 ⑤附録に何を載せているか……人権宣言のみ
      「できごと」という年表では、三者とも単語だけでてくる(36頁)。
 ⑥「法にもとづく政治」(65頁)のみ。

「第1編 私たちの生活と政治」「第1章 人権の尊重と日本国憲法」「1 民主政治の成立」の節見出し下、「民主政治の発達」の単元見出し下、「専制政治から民主政治へ」→「憲法にもとづく政治」の小見出し→「民主政治の展開」のサブ小見出し下、全文引用
・①②③④「専制政治から民主政治へ」の小見出し下、
 「国の政治ではだれが権力をもち、どのように運用するかによって、人びとの生活は大きく影響される。
 近代以前のヨーロッパでは、国王や貴族たちが、生まれや身分にもとづいて権力を独占していた。彼らの政治は、人びとに重い税や特定の宗教をおしつけたり、かってに戦争を始めるなど、民衆の利益に反した一方的なものであることも多かった。支配者が意のままに行うこのような政治を専制政治という。近代になると、国王らの専制に対する不満が高まり、人びとのあいだで大きなうねりとなっていった。
 そうした運動を支え、はげましたのは、ヨーロッパで芽ばえた新しい政治についての考えかただった。イギリスのロックは『個人の生命・自由・財産などはだれも侵すことができない』と基本的人権の考えを基礎づけ、フランスのモンテスキューは『権力の乱用をふせぐには、権力をひとりの人間やひとつの機関に集中させないことだ』として三権分立の考えを示した。さらにルソーは『国の権力はもともと国民自身のものだ』と国民主権を主張した。
 彼らの思想は、アメリカの独立と建国やフランス革命などにも大きな影響をあたえ、民主政治の発達をうながした」(36頁)。
・②④「憲法にもとづく政治」の小見出しの下、
 「こうした革命で国の権力を獲得した人びとは、自由や平等などの権利を、人間としてゆずれない基本的な権利としてあらためて宣言した。そこには、人類が長い歴史のなかでのぞみつづけた多くの権利が記されることになった。
 こうした『人権宣言』は、権力をもち政治を行う人びとが厳重に守るべき原理として、ふつうの法律とは区別される憲法という国の最高の法として定められるようになった。
 憲法は、ふつう、人権の保障を定めた部分と、国の政治のすすめかたを定めた部分から成り立っている。政治を行う者がその権力をかってに用いて国民を不幸にすることがないように、憲法にもとづいて政治を行わなければならないという原則を立憲主義とよんでいる」(37頁)。
・続けて、「民主政治の展開」のサブ小見出し下、
 「専制政治がたおされ、立憲主義が実現したことは歴史の大きな前進であったが、労働者や女性も政治に参加できるようになるまでには、さらに長い道のりが必要であった。
 また、国民主権にもとづく権力であっても、人権を侵す専制政治になる危険があることにも、注意が必要である。ユダヤ人の大虐殺や第二次世界大戦をひきおこしたドイツのヒトラーが、選挙を通じて権力の座についたという歴史の苦い教訓もわすれてはならない」(37頁)。「連行されるユダヤ人」の写真(37頁)
・①②人権宣言の絵、独立宣言の絵(37頁)

○帝国書院…… 
①米国と仏国
 ②「人権獲得の歴史」という年表図でロックとルソーだけ、少し説明される(90頁)。
 ③国民主権の捉え方……権威的意味か権力的意味か、書かれず
 ④権利、人権の捉え方……「人間の権利」の思想
 ⑤附録に何を載せているか……人権宣言のみ
    「①人権獲得の歴史」という年表図で三者とも引用(90~91頁)。
 ⑥「法の支配」

「第3部 私たちの民主政治」「第1章 日本国憲法について考えよう」
・⑥「①憲法と私たち」の単元見出し下、「法と私たちの生活」の小見出し下、
 「法にもとづいて政治が行われていることを法の支配とよびます。これは法の最も重要な役割の一つです」(87頁)。
・④「基本的人権の歩み」の単元見出し下、全文引用
「基本的人権とは」の小見出し下
 「私たちが、ひとりの人間として尊重され、自由に生き、幸福を追求することは、人間として当然のことです。また、一人ひとりが平等にあつかわれ、差別されないよう求めることも自然な要求です。さらに、健康で文化的な最低限度の生活を営むことができ、能力に応じてひとしく教育を受けられることも必要です。このような、人が生まれながらにもつ人間としての権利を基本的人権といいます
 これらの基本的人権は、おかすことのできない永久の権利として、日本国憲法で保障されています。日本国憲法の三大原則の一つが基本的人権の尊重であるのも、基本的人権が日本国の基礎をつくっているからです」(90~91頁)。
・④同単元下、「基本的人権獲得の歴史」の小見出し下、
 「基本的人権は、大むかしから認められていたものではありません。基本的人権が獲得された歴史をふりかえってみると、人類の長年にわたる努力の成果であることがわかります。基本的人権は、人々が命をかけ、苦しみをのりこえて獲得したものであり、数多くの試練に耐えて守られたものなのです。
 日本国憲法で定められている基本的人権も、実は長い歴史の産物なのです。その内容を、図①で示された過去の人権獲得の歴史と比べてみると、驚くほど似ています。すべての人の平等や自由権はアメリカ独立宣言やフランス人権宣言にありますし、社会権はドイツのワイマール憲法にある内容とほぼ同じです」(91頁)。
・人権宣言の絵、独立宣言の絵(90頁)、フランス革命前後の絵(91頁)

○日本文教出版…… 
①英国、米国、仏国
 ②「人権思想のあゆみ」という年表図で、モンテスキュー、ロック、ルソー同等に紹介
   しかし、本文では権力分立がでてこず、国民主権が強調される。
 ③国民主権の捉え方……権威的意味か権力的意味、不明
 ④権利、人権の捉え方……「国民の権利」の思想か「人間の権利」の思想か
 ⑤附録に何を載せているか……三者ともなし。
   「人権思想のあゆみ」という年表図で、権利章典、独立宣言、人権宣言引用(42頁)
 ⑥「法の支配」の単語(42頁)

「第3章 人間の尊重と日本国憲法」「①日本国憲法の基本原則」節見出し下、「人権思想の発達」の単元見出し下、
・①②④「法の支配」の小見出し下、全文引用
 「日本国憲法は人権尊重を中心にすえている。かつて、国王が自分の思うままに政治をおこなっていたとき(人の支配)、人々には自由がなく、人間として尊重されることもなかった。そこで人々は、国王の強大な権力を制限するために戦い、人権を獲得していった。やがて、人権思想は、その実現を確実なものにするために、人権の内容を文書に明記する形をとるようになった。イギリスの権利章典(権利の宣言)、アメリカの独立宣言、フランスの人権宣言はその成果である。
 こうして、国民の意思を反映し、国民の権利を保障する法によって国を治めるべきだとする、「法の支配」の考え方が生まれた。人権尊重の考えかたと、国民主権の考えかたとは、一体となって発展し、今日の民主主義のもととなっている。国民が、自分の権利を守るために政治に参加し、主権者としてみずからの手によって政治をおこなうというしくみをつくりだしたときに、国民の権利が守られる社会が実現する。この民主主義(デモクラシー)の意味を明快に力強くあらわしているのは、リンカーンの『人民の、人民による、人民のための政治』という有名な言葉である」(42~43頁)。
人権宣言の絵(42頁)

○扶桑社……
 ①米国と仏国
 ②モンテスキュー、ロック、ルソー……三者に加え、バークを掲げる(70、71頁側注欄)。
 ③国民主権の捉え方……ここでは、国民主権、出てこず
 ④権利、人権の捉え方……「人間の権利」の思想と「国民の権利」の思想
 ⑤附録に何を載せているか……三者ともなし。71頁に人権宣言の絵
 ⑥「法治主義」……出てくる

「第3章 現代の民主政治とこれからの社会」「第1節 日本国憲法の基本原則」の節見出し下、
・⑥「21 法と私たちの生活」の単元見出し下、「なぜ法は必要なのだろう」→「法を守る意志と力」→「法に基づく政治」の小見出し。「法に基づく政治」の小見出しの下、「国の政治や地方公共団体による行政は、すべて法に基づいて行われなければならない。これを法治主義とよぶ」(69頁)。
・④「22 人権の歴史」の単元見出し下、「人権とは何だろう」の小見出し下、
 「人権は基本的人権ともよばれ、その保障と充実は現代社会で最も重要な目的の一つとなっている。
 人が人らしく生きていくためには、例えば奴隷のように鎖につながれ、暴力をふるわれることがあってはならないし、自分の考えや思いをじゅうぶんに語れる自由がなくてはならない。また生まれた場所や財産などによってひどくちがうあつかいを受けたり、職業や性別、年齢によって不合理な差別があることも、絶対に許されることではない。
 人々は暮らしやすく、自分の生きがいを追求できる社会を求めて、多くの犠牲と失敗を重ねながらも人権が尊重される社会をめざしてきた。
 その結果、今日では人権の保障は、国境をこえた人類的な課題としてとらえられるまでにいたっている。しかし、世界にはまだまだじゅうぶんな人権を保障されていない人々が多く存在している。
 私たちは今ある人権を大切にするとともに、さらに人が人らしく生きるという視点から、人権を見直していかなくてはならない」(70頁)。
・①④同単元下、「それぞれの歴史から生まれた人権」の小見出し下、
 「人権という考え方がとりわけ強く意識されるようになったのは、国王や一部の貴族により専制的な政治(絶対王政)が行われていた17~18世紀前後のヨーロッパにおいてである。
 人々はこの強圧的な政治に対し、市民革命を起こし、近代的な国民国家をつくり上げていった。アメリカ独立宣言やフランス人権宣言は「人は生まれつき自由・平等の権利をもつ」とうたい、人種、年齢、性別などにかかわりなく、人間として生まれたかぎり、だれもが一定の権利をもっていると宣言した。このような考え方は、その後広く世界に行き渡り、それぞれの国の歴史や文化、国民性に彩られながら発展を続けてきた。今日、世界で人権に関するさまざな考え方や態度の現れ方がみられるのは、そのためである。
 人らしく生きるという価値観そのものが、その国の歴史や伝統や文化、宗教や法などと深くかかわっている以上、まわりの国々が自分たちの価値化のみで、自分たちのやり方をおしつけることを慎む配慮は必要であろう。
 しかし人権が軽視され、人々の生命や財産が簡単に奪われてしまうような国や地域に対しては、国際社会が外交交渉など、多くの手段や方法で積極的にかかわっていくことは当然といえよう」(71頁)。
    *「人は生まれつき自由・平等の権利をもつ」とは?――小山


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