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zoom RSS 竹田恒泰氏の検定申請を聞いて―――学び舎検定合格の不当性を論ずる

<<   作成日時 : 2018/05/07 00:22   >>

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 竹田恒泰氏が検定申請したとのニュース 

中学校歴史教科書検定に、竹田恒泰氏が申請したという。平成30(2018)年度に検定が行われ、合格して採択されても2020年度一年間だけの採択期間となるから、嘘だろうと思った。検定合格しても、1年間だけの使用だから、コストパフォーマンスも相当に悪いからだ。

 どういう中身か、教科書用図書検定基準に合致しているかどうか、学習指導要領に合致しているかどうか、当然ながら私には全く分からない。一般には、実質一人の執筆者が教科書全体を一から書いて検定合格を勝ち取ることは困難であると見られている。この点からも嘘だろうと思ったのだ。

 日本書籍新社と学び舎とは全く異なる

 しかし、平成27(2015)年には学び舎という極端な教科書が検定合格した。「極端な」と評したのは、その左翼性や反日性のことを指してのことではない。

 左翼性や反日性という点では、平成17(2005)年度までの日本書籍や平成18〜23(2011)年度版の日本書籍新社のことを思い出す。確かに、日本書籍乃至日本書籍新社は、学び舎に劣らないほど、思想的・イデオロギー的には左翼的で、反日的だった。平成9〜13年度版の日本書籍を取り上げるならば、今の学び舎よりも相当程度左翼的・反日的だった。だが、学び舎に比べれば、いや他社と比べても、学問的な裏付けを持っていた教科書であった。したがって、個人的には少なくとも昔の日本書籍は結構好きな教科書であった。そして、採択が多いのは問題であったが、検定合格していたことには少なくとも決定的なおかしさはなかった。

 ところが、学び舎の場合は、検定合格したこと自体が決定的におかしいのである。なぜなら、学び舎の「教科書」は、教科書とはいえないからである。反日資料集でしかないからである。教師、それも反日教師が授業で配る資料集をそのまま「教科書」にしたのが学び舎なのである。その点は、読み手のイデオロギーや思想の如何にかかわらず、学び舎「教科書」を一読すればわかることである。

 検定不合格にするしかない学び舎を合格させていることを思い出せ

 教科書とはいえない学び舎は、教科用図書検定基準に8項目にわたって違反した代物である。検定基準違反の中には、学習指導要領から著しく逸脱した点も含まれる。それゆえ、当然に検定不合格にすべき「教科書」であった。ともかく、少なくとも検定基準との関係で考えれば、これ以上基準に違反する極端な教科書はあり得ないと思われる。こういう「教科書」を合格させた文科省は、法を犯したのである。
 
 竹田氏の検定申請のことを知り、私は学び舎のことを真っ先に考えた。実は、8項目もの検定基準違反を犯している学び舎「教科書」を合格させてしまった以上、基本的に歴史教科書を不合格にする論理は、文科省にはもはやないのである。細かいケアレスミスが積み重なって一定の件数を越えれば不合格に出来るが、そういうミスがなく普通に作られれば、指導要領から逸脱しようとも合格させるしかなくなったのが歴史教科書検定をめぐる状況だといえよう。教科書問題に関心を持つ方は、そのことに思いを致すべきである。

 拙著『安倍談話と歴史・公民教科書』(自由社)から引用する

  ともかく、平成26年度中学校歴史教科書の検定はとんでもないものだった。その点は、私が2年前に『安倍談話と歴史・公民教科書』(自由社)の中で指摘したことである。この書は、保守言論界、いや「つくる会」からさえも無視・敬遠された。保守言論界にとっては安倍談話批判が強すぎたのであろうが、あるいは「つくる会」理事の書いたものだからか、ともかく、ほとんど睡眠薬を盛られたような状態に置かれている。だが、間違いなく、私が著してきた著作の中では、最も価値のあるものである。私の教科書史研究、憲法史研究、日本政治史研究などの知見が総合的に展開されているからである。

 拙著の位置づけはともかく、拙著から、学び舎の検定合格の不当性について論じた部分を引用していこう。引用に当たっては、文章自体は同一だが、小見出し等は新たなものに変えている。

一、学び舎では歴史の系統的学習が不可能である

 学び舎は教科書ではない、資料集である 

  筆者は、学び舎を読んだ時、これは教科書だろうか、資料集ではないかと何度も考えさせられた。最初にエピソードが置かれるからでもあろうが、ほとんどの単元が唐突な出だしになっているし、その単元全体で書いていることが結局何なのか、分からないことが多い。例えば、ローマ文明の単元を読んでもローマ帝国の梗概が理解できないし、縄文時代や弥生時代の単元を読んでも、時代の要点を理解することができない。しかも、一つの単元自体を理解することができても、次の単元と話しがつながっていかないことが多い。結局、歴史全体の流れが理解できないまま、教科書を読み終えてしまうことになる。

 歴史教科書が書くべき重要事項が多数抜けている 

  では、なぜ、そうなるのか。指導要領との関係を無視しても、学び舎には、日本の歴史教科書ならば当然に書くべき事柄が随分抜けているからである。例えば、縄文時代や弥生時代は出てくるが、縄文文化や弥生文化は出てこない。それ以前に、縄文土器や弥生土器は、写真があっても、単元本文には出てこない。縄文土器の場合は「縄目のもようのついた土器」とは表現されているが、単元本文には縄文土器という単語は登場しない。それゆえ、なぜ縄文時代や弥生時代と言うのか、生徒には理解できない構造になっている。

 しかし、縄文時代や弥生時代に関する説明はまだ良い方である。例えば弥生時代の場合は、「紀元前4世紀ごろから紀元3世紀ごろまでを、弥生時代とよびます」と記してあり、時代の始期と終期が単元本文に明記されているからである。ところが、その他の時代については、鎌倉時代や江戸時代でさえも、単元本文を読んでも、時代の始期と終期さえも分からないし、時代名の由来も分からない構造になっているのである。他にも抜けては困る事項が省かれている。たとえば、メソポタミア文明や英国革命、憲政の常道、臨済宗・曹洞宗などが単元本文に出てこない。結局、学び舎の教科書では、時代区分さえも把握できず、重要事項が抜けているわけだから、歴史の系統的な学習など不可能と言ってよいだろう。


二、教科書用図書検定基準違反の数々

 検定基準が要求する系統性がない

 しかし、義務教育諸学校教科用図書検定基準(以下、検定基準と略記)の「第2章 各教科共通の条件」のうち「2 選択・扱い及び構成・排列」の(11)には、「図書の内容は、全体として系統的、発展的に構成されており、網羅的、羅列的になっているところはなく、その組織及び相互の関連は適切であること」と規定されている。系統性を全く欠落させた学び舎は、個々の内容が相互に関連づけられておらず、バラバラにされており、この(11)項違反であることは明白である。

 検定基準は指導要領準拠と信頼性の高い資料を求めている

 また、「2 選択・扱い及び構成・排列」の中で学習指導要領との関係にふれた(1)には、「図書の内容の選択及び扱いには、学習指導要領の総則に示す教育の方針、学習指導要領に示す目標、学習指導要領に示す内容及び学習指導要領に示す内容の取扱いに照らして不適切なところその他児童又は生徒が学習する上に支障を生ずるおそれのあるところはないこと」、(5)には、「話題や題材の選択及び扱いは、児童又は生徒が学習内容を理解する上に支障を生ずるおそれがないよう、特定の事項、事象、分野などに偏ることなく、全体として調和がとれていること」、(6)には「図書の内容に、児童又は生徒が学習内容を理解する上に支障を生ずるおそれがないよう、特定の事柄を特別に強調し過ぎていたり、一面的な見解を十分な配慮なく取り上げていたりするところはないこと」、(9)には「引用、掲載された教材、写真、挿絵、統計資料などは、信頼性のある適切なものが選ばれており、その扱いは公正であること」と規定されている。

 更に、検定基準の「第3章 各教科固有の条件」のうち[社会科(「地図」を除く。)]の(2)には、「未確定な時事的事象について断定的に記述していたり、特定の事柄を強調し過ぎていたり、一面的な見解を十分な配慮なく取り上げていたりするところはないこと」、(6)には「 著作物、史料などを引用する場合には、評価の定まったものや信頼度の高いものを用いており、その扱いは公正であること。また、法文を引用する場合には、原典の表記を尊重していること」と規定されている。

 要するに、検定基準は、第一に、指導要領の示す内容から逸脱しないように特定の事柄に偏らずバランスの取れたものであることを、検定教科書に対して求めている。第二に、資料を用いる場合には信頼性の高いものであることを要求しているのである。


 指導要領に準拠せず、信頼性の低い資料を用いた学び舎

 にもかかわらず、済州島の倭寇の青年の話、文禄・慶長の役における沙也加の話、山本宣治、三光作戦、などの中学校歴史教科書にとって不要な事柄が多数書かれている。中には、三光作戦を初めとして明確な嘘や真偽不明のものも多い。また、「南京事件」に関する夏淑琴の証言、慰安婦問題における金学順の証言といった信頼性の低い資料が取り上げられている。

 日本の歴史と直接関わらない世界史関係の記述では、更に不要な事柄が取り上げられている。例えば、フランス革命を扱った【バスチーユを攻撃せよ−】という単元では【ハイチ革命――小さな国の大きな革命】という小コラムが設けられているし、【インド大反乱と太平天国】という単元も設けられている。何ともバランスの悪いことである。学び舎は、検定基準第2章「2 選択・扱い及び構成・排列」の(1)(5)(6)(9)に違反し、第3章[社会科(「地図」を除く。)]の(2)(6)に違反しているのである。

 このような教科書は、当然に検定不合格にすべきだったと言えよう。 (194〜198頁)


 上記のように、検定基準第2章「2 選択・扱い及び構成・排列」の(1)は、「図書の内容の選択及び扱いには、学習指導要領の総則に示す教育の方針、学習指導要領に示す目標、学習指導要領に示す内容及び学習指導要領に示す内容の取扱いに照らして不適切なところその他児童又は生徒が学習する上に支障を生ずるおそれのあるところはないこと」と規定し、学習指導要領に準拠することを求めている。

  ところが、学び舎の検定に関わった教科用図書検定調査審議会第2部会歴史小委員会委員長・上山和雄氏は、守秘義務に違反して、学び舎について「学習指導要領の枠に沿っていない」(朝日新聞2015年4月24日)と発言している。上山氏は学び舎を不当に合格させた当事者であるが、その当事者が指導要領に準拠していないことを認めているのである。すなわち、検定基準の中でも最も重要な上記項目に、学び舎はあからさまに反していたのである。このことは、どんなに強調しても強調しすぎることはない。

 更に、ここまで指摘してきた項目違反の数を数えれば、上記引用にあるように、検定基準第2章「2 選択・扱い及び構成・排列」の(1)(5)(6)(9)(11)と第3章[社会科(「地図」を除く。)]の(2)(6)に違反しているから、計7項目に違反している。そして、もう一項目、検定基準第3章の[社会科(「地図」を除く。)]の(7)にも違反している。引用を続けよう。

 元号西暦併記を要求する検定基準に違反する学び舎

 ところが、学び舎の検定基準違反は、以上に止まらない。検定基準第3章の[社会科(「地図」を除く。)]の(7)には、「 日本の歴史の紀年について、重要なものには元号及び西暦を併記していること」と規定されている。

 しかし、学び舎は、天皇権威を無視し、全時代について元号併記を行わないという基本方針をとっている。それゆえ、学び舎が元号併記を行ったのは、前近代では大宝律令、承久の変、家康の征夷大将軍就任の3件だけである。応仁の乱の年代でさえも「1467年」と西暦一本で表わしているのである。

 近代の単元でも、廃藩置県、大日本帝国憲法発布、東日本大震災の3件で元号併記を行っている。それ以外には、「1920(大正9)年、東京の国技館で、普通選挙権を求める集会が開かれ」(218頁)の箇所、「1945(昭和20)年4月ごろから、東海地方などの中学生は、20キロ爆雷を背負って敵の戦車の下にとび込み、それをすばやく爆発させる訓練を受けました」(252頁)の箇所の2件があるのみである。普選集会と爆雷訓練を近代史の最重要事項の一つと考えていることが分かるが、その点はともかくとして、前近代の3件と近代の5件併せて全部で8件のみである。

 この8件以上に重要な事項は多数存在する。明らかに、学び舎は検定基準第3章の[社会科(「地図」を除く。)]の(7)に違反しているのである。この(7)項違反は、学び舎だけに当てはまるものではない。厳密には、東書、日文、教出、清水、帝国の5社にもあてはまる。5社は、関ヶ原の戦い、家康の征夷大将軍就任、ペリー来航、王政復古といった最重要事項についてさえも元号を併記していないからである。


 極端な元号忌避が、歴史の流れの把握を困難にする

  しかし、それにしても、前述の「応仁の乱」以外にも、「大化の改新」や「元禄文化」「寛政の改革」といった元号にちなんだ名称をもつ歴史的事項は多数存在する。日本の歴史を時代順に系統的に把握するためには、明治、大正、昭和、平成だけではなく、大化、元禄、寛政などの元号に親しむ必要があろう。学び舎だけの問題ではないが、元号排除が、歴史の系統的把握を困難にしている一要因であると言えよう。 (198〜200頁)

 以上、拙著から引用してきたように、学び舎は、検定基準の8項目に違反した「教科書」である。もう一度言うが、これ以上検定基準に違反する極端な教科書はあり得ないと思われる代物である。 

  学び舎の検定合格は、本当に不可解な事件であった。なぜ、こんな不当なことが行われたのかという点についても、私は拙著の中で探求している。興味のある方は、『安倍談話と歴史・公民教科書』を一読されたい。

   転載自由



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