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zoom RSS 通州事件(2)――事件そのものの概観、保安隊と29軍は何をしたのか

<<   作成日時 : 2018/05/04 00:38   >>

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「通州事件(2)」から「通州事件(5)」までも、《戦時国際法学事始め》という拙ブログから転載する。

  通州事件(2)――事件そのものの概観、保安隊と29軍は何をしたのか

  今回は、前回挙げた三つ目の問題についてみて行こう。すなわち、虐殺の下手人、責任者は誰かという問題である。この問題を追求するために、戦闘と虐殺事件と言う二面から通州事件を概観するとともに、保安隊と29軍は日本の民間人に対して何を行ったのか、見ていきたい。

一、時系列で通州事件そのものの概観

 まずは、通州事件について、時系列で概観しておきたい。これについては、参考文献として挙げた5冊の本を参照した。時系列での整理という点では、広中一成『通州事件 日中戦争泥沼化への道』(星海社、2016年12月)のまとめが非常に参考になった。ただし、時刻に関しては正確なものがもう一つ分からない。文献によって微妙に異なるからである。とはいえ、本記事の課題にとっては、余り不都合にはならないだろう。  
                                      
 不安に感じていた日本居留民

 広中氏によれば、28日昼の段階から、日本居留民が、保安隊員の不審な行動を目撃していた。保安隊員が荷物を城外に運び出しているのを目撃した。また、「同じ頃、別の日本居留民は、保安隊員が通州守備隊兵営近くの日本居留民の家屋を調べて、その家の壁にチョークで「△」や「×」の印をつけて回っている姿を見た。……日本居留民の一部は、いつもとは違う保安隊員の不審な行動に得もいえぬ不安を覚え、その日の夕方頃から守備隊兵営や通州城外に避難を始めていた」(59頁)。

 チョークで目印を付けていたという記述を読むと、日本人虐殺は計画的に行われたことが分かる。まずは、傍線部の記述に注目しておこう。

 通州領事館警察からの警告 

  一部の日本居留民だけではなく、通州領事館警察も、保安隊の動きに疑いの目を向けていた。広中本によれば、日本側関係機関と居留民代表が集まる治安会議の場で、警察は警告していたにもかかわらず、通州特務機関は聞き入れなかったという。そして、28日夜10時、「通州領事館警察は、城内を活発に動く保安隊員の姿を確認し、直ちに守備隊と特務機関に注意を促した」(62頁)という。日が改まり、29日午前2時頃にも、「守備隊兵舎の方へ移動している保安隊の集団を目撃し」(62頁)、再び連絡したが、結局調査されずに事件を迎えることになる。

 28日夜の戦力の確認 

  事件を起こした保安隊は、城内に3300名、城外に2500名いた。対して、日本側は計120名であり、内訳は以下のようだった。

  兵站司令部 2名(1)……7月27日に、急遽派遣運用されたもの。辻村憲吉中佐が長
  通州警備隊 49名(2)……藤尾心一(中尉)小隊長
  山田自動車部隊 53名(2)……山田正輜重兵大尉。輜重兵の部隊。
  憲兵分遣隊 7名(2)
  病馬収容班 5名(8)
  野戦倉庫  2名(4)
  軍兵器部員 2名(2)
  野戦郵便職員  (3)
  計120名(24)  カッコ内はその他の用務員、小使等
 ・辻村が事実上の最高司令官。戦闘部隊は、藤尾以下49名のみ。
 ・これ以外に通州特務機関という軍事顧問団。
  細木繁中佐以下13名、軍人は細木と甲斐の2名のみ。
 ・さらに領事館警察分署、武器は拳銃のみ。6名の警官。
―――以上、用務員や小使らを加えても、163名が居るのみ。

 戦闘開始

 7月29日午前0時を期して、保安隊は組織的に活動する。保安隊の衛兵が、今晩に限って東西南北の門をすべて閉めた。

 そして、午前3時、保安隊が新南門を突破して、警備にあたっていた通州警備隊6名に対して銃撃を開始した。

 少し遅れて、午前3時ないし3時半、保安隊(第一総隊と教導総隊)が日本軍兵営への攻撃にかかる。通州城内では、第一総隊と教導総隊の兵3300名と日本側163名(非戦闘員を含む)が対峙することとなった。午前零時に閉められた城門は深夜再び開けられ、第二総隊の大半1千名がなだれ込んだので、保安隊は4.300名となった。だが、警備の必要からか、第二総隊は再び城外に戻る。

 保安隊は、小銃、野砲4門と迫撃砲で攻撃する。日本側警備隊は、籠城し必死の防戦となる。

 同じく午前3時ないし3時半、別動隊が、冀東政府長官公署、特務機関、通州領事館警察、憲兵隊などを襲撃する。殷汝耕は、無抵抗のまま身柄が拘束され、張慶余に引き渡された。これらの機関にいた日本人はほぼ全員が殺された。夫人や子供たちも殺されている。

 午前4時、保安隊は兵営内に侵入する。日本居留民会事務所も襲う。午前4時、憲兵隊、領事館警察署、特務機関は全滅する。

 日本人居留民の虐殺開始 

  まだ戦闘の真っ最中であるにも関わらず、午前4時頃から、予め目印を付けていた日本居留民宅を襲い始める。そして、午前6時頃から、次々、日本の民間人を虐殺し、「日本人皆殺し」を狙う。その主だった虐殺例を列挙しておこう。実行者については、国民政府軍が関与した件のみ記した。
 
 1、午前4時から、各居宅で寝込みを襲う。
 2、午前4時、居留民会事務所
 3、安田公館での8名虐殺
 4、15、16歳くらいの娘とこれを助けようとした父を陵辱、惨殺
 5、十数名の男を数珠繋ぎにして虐殺(殺されたのは近水楼の近くの池)
 6、旭軒での女性の凌辱・虐殺
 7、近水楼と旭軒の間の松山楼の近く……路上で念仏を唱えて事切れた老婆
 8、松山楼の近く、木刀で抵抗した妊婦の夫の虐殺、妊婦の腹を割く…国民政府軍、保安隊、教導総隊
 9、東門近くの処刑場で50人以上の日本人を不法処刑……国民政府軍、保安隊、教導総隊
 10、日本人を40、50人、近水楼の近くの池で虐殺、池を真っ赤に染める……国民政府軍、保安隊、教導総隊
 11、近水楼で……24名、陵辱虐殺(旅館内で9名、北門近くの銃殺場で15名)
 12、北門近くの銃殺場で90、100名ほど不法処刑
 13、東門の近くの或る朝鮮人商店の付近の池、一家六名数珠つなぎで虐殺
 14、高粱畑で、29人殺される。新藤せつ子(節子)のみ生き残る。


 その後の戦闘

 午前9時頃、保安隊の砲撃が警備隊宿舎に命中し、保安隊は勢い込む。だが、正午ごろ、保安隊の砲弾が兵営内の野戦倉庫前にあった自動車燃料に命中して大爆発を起こし、火災が起こって黒炎は空を覆った。

 黒煙によって戦闘を察知し、日本の飛行機一機が飛来し、天津方面に去った。さらに、午後3時頃、日本の飛行機6機が来援して地上攻撃を行う。遂に、保安隊は城外に敗走し、更に北京方面に逃走した。このうち千名ほどが29軍に合流した。

 しかし、保安隊が掃討されたのは、連隊長萱嶋高大佐率いる支那駐屯歩兵第二連隊がとんぼ返りしてきた翌30日のことだった。萱嶋連隊は、7月27日早朝から数時間、通州城外に駐屯する29軍と一戦を交えた後、同日夕刻には南苑に駆けつけ、29軍と戦った。ところが、通州反転の命令を受け、30日午前3時半に出発し、午後4時半頃、通州に到着した。

 また、30日午後、日本の航空機が飛来、低空飛行を繰り返したので、保安隊は退散した。30日中に、通州および周辺地域一帯を奪還、保安隊を掃討した。

二、違法行為の確認、責任者の確認

 以上のような経緯で、多数の日本人が被害にあった。日本側死傷者数を荒牧純介憲兵中尉の調書に基づき掲げよう。

 ◆守備陣関係   
  通州警備隊   死者10名    負傷者8名
  通州憲兵分遣隊 死者1名     負傷者0名
  通州電信隊   死者0名     負傷者2名
  山田自動車部隊 死者7名     負傷者5名
  通州野戦倉庫  死者0名     負傷者1名
  軍兵器部出張所 死者1名     負傷者0名
  通州特務機関  死者13名     負傷者11名
   合計     死者32名    負傷者27名
     (加藤康男『慟哭の通州』[飛鳥新社、2016年10月]、183頁)
 ◆居留民被害……被害内訳
  内地人 生存者94  惨殺者114  計208名
  朝鮮人 生存者102  惨殺者111  計213名
   計  生存者196  惨殺者225  計421名
     (同書、186頁)
 ◆合計死者数   257名


 戦闘に関して

 257名もの死者を出した通州事件であるが、戦闘面からみて行こう。この責任者は明確に保安隊第一総隊、第二総隊と教導総隊である。どういう法的責任があるかといえば、殷汝耕に対するクーデターとしては、あくまで冀東自治政府の国内問題で、特に我々が問題にすることはない。しかし、日本軍に対する攻撃としては、不意打ちであり、戦時国際法違反である。端的には、陸戦条規第23条@項ロ号で「敵国又は敵軍に属する者を背信の行為を以て殺傷すること」が禁止されており、この条項に違反すると言ってよいだろう。

 さらに言えば、敵対行為開始条約(開戦条約というのは誤訳)以前から、敵対行為に及ぶには、国際紛争の存在→談判→相手の拒否が明確→敵対行為、という順序を履まなければ慣習国際法違反であるということが出来た。ところが、保安隊は、何の談判もなく、いきなり攻撃してきたのである。
 
 民間人虐殺に関して

 次に虐殺事件という面からみて行こう。この責任者は保安隊、教導総隊と29軍である。保安隊や教導総隊だけが責任者であるという理解は、間違いである。次回詳しく見ていくが、29軍は大量虐殺の局面では指導的役割を果たしているからである。

 保安隊、教導総隊と29軍は、明らかに戦争犯罪を犯した。

 1、民間人虐殺……戦闘上なんの必要性もないのに民間人を殺害した。民間人を何の理由もなく殺傷することを禁じた戦時慣習法違反の戦争犯罪。条文では、占領権力に関して個人の生命尊重を規定した陸戦条規46条「家の名誉及権利、個人の生命、私有財産並宗教の信仰及其の巡行は、之を尊重すへし。私有財産は之を没収することを得す」が参考になる。
 2、虐殺後、死体陵辱……これも戦争犯罪。1929年赤十字条約死者の保護規定第3条「各戦闘後戦場の占領者は傷者及死者を捜索し、且掠奪及虐待に対しこれを保護するの措置を採るべし」(日中とも批准)の趣旨に違反する。
 3、敵国人の私有財産の略奪……これは、略奪を禁止した陸戦条規28条「都市其の他の地域は、突撃を以て攻取したる場合と雖、之を掠奪に委することを得す」に違反する。さらに、前記陸戦条規第46条も参考になる。
 4、強姦等……多くの女性が、襲われたその場で、又は冀東政府財政庁や女子師範学校講堂などに連行されて強姦された。強姦だけで済んだ女性はほとんどいない。ほとんどは虐殺され、死体陵辱を受けている。強姦だけの場合には、国内法違反ではあっても、国際法の立場としては、どう捉えたらよいのであろうか。
 ちなみに、戦時における文民の保護に関する千九百四十九年八月十二日のジュネーヴ条約(第四条約)第27条第A項は、「女子は、その名誉に関する侵害、特に、強かん、強制売いんその他あらゆる種類のわいせつ行為から特別に保護しなければならない」と規定している。この条文は1937年の事例には適用されないが、既に成立していた戦時慣例を条文化しただけだと捉えられるならば、通州事件を考える場合に参考になる条文である。とすれば、強姦だけであっても、戦時法規違反と断ずることができよう。

 個別にみれば、以上のことが指摘できるが、トータルで言えば、保安隊や29軍の行ったことは明確にジェノサイド(民族殲滅)である。「日本人は皆殺し」という思想の下に通州における民間人の過半数が殺された事実からして、明確に言えよう。
 
三、禍根の残る外務省の事件処理……1937年12月24日  
 
 さて、虐殺事件の処理はどのように行われたか。冀東自治政府の責任者・池宗墨政務庁長との交渉責任者は、北京大使館の森島守人参事官であった。森島は、「事件の解決が遅れれば政治問題化して議会でももめるだろうと予測、一刻も早く現地で解決しようと動いた」(加藤康男『慟哭の通州』飛鳥新社、2016年10月、239頁)。「解決を急ぐあまり、事件に一刻も早くフタをしたいという思惑も垣間見える」(同、240頁)。
 こうして、1937年12月24日、両政府間で公文書が交換された。条件は以下の三点である。
  一、正式謝罪
  二、慰藉金の支払い
   ・慰謝料は120万円、即金が40万円、残りは可及的速やかに支払う。
  三、自治政府が邦人遭難の原地域を無償で提供して、同政府が慰霊塔を建設する事
 

 なぜ、損害賠償ではなく、慰謝料なのか。森島は、通州事件の原因は日本軍の怠慢にあると考えた。特に、28日に関東軍の軽爆撃機が29軍に爆撃を加えるつもりが、保安隊の幹部訓練所を誤爆してしまうという手違いがあった。この誤爆のことを、保安隊は本当に攻撃されたと早合点して事件を起こしたと森島は考えたのである(以上、加藤本238〜241頁)。

  この誤爆されたから事件を起こしたという説は、今日では成立しない。しかし、仮令成立するとしても、日本軍を攻撃する理由になっても、民間人を虐殺する理由にはならない。民間人虐殺は明確な戦時犯罪だから、慰謝料ではなく損害賠償という位置づけにすべきであった。人類史上でも最大級の犯罪を侵した29軍と保安隊の罪は重い。その重さは、戦時国際法という物差しを持つことによって、初めて知ることができる。多くの歴史学者や法学者が戦時国際法の研究にいそしまれることを望むものである。

 次回は、29軍と保安隊が行ったことはどういうものだったか、具体的に(とはいっても、気持ち悪くなることでもあるので多少控えめに)見ていきたい。
 
参考文献 
 藤岡信勝編著『通州事件 目撃者の証言』自由社、2016年7月
 加藤康男『慟哭の通州』飛鳥新社、2016年10月
 広中一成『通州事件 日中戦争泥沼化への道』星海社、2016年12月
 皿木喜久編著『通州の奇跡』自由社、2017年5月
 藤岡信勝・三浦小太郎編著『通州事件 日本人はなぜ虐殺されたのか』勉誠出版、2017年7月、藤岡信勝「第一章 通州事件とは

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