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zoom RSS 戦時国際法を学習して――中国軍に交戦者資格はあるのか(1)――交戦者の四条件と中国兵

<<   作成日時 : 2018/04/21 00:14   >>

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 戦時国際法の学習は有益であった

 3年前、「日本国憲法」や教科書と歴史戦の問題をトータルで把握するために、1931年から1952年までの戦争史(満州事変、日中戦争、大東亜戦争という戦争自体、「南京事件」など、日本の降伏、東京裁判や「日本国憲法」成立、サンフランシスコ平和条約締結など)を戦時国際法という一つの物差しで斬ってみようと思い立った、そのためにまず戦時国際法の学習を決意し、2年前から実際に勉強しだした。今まで齧った事もなく、全く知らない分野の話だったので、極めて大変な作業であった。だが、細かい規則、細かい実例などについては分からない点が多々あるが、戦時国際法の大きな原理は掴むことができたと考えている。

 これは、大きな成果であった。戦時国際法の研究に乗り出していたから、安倍首相の9条A項護持論に真っ先に反対の声を挙げることも出来たし、安倍改憲案批判の著『自衛戦力と交戦権を肯定せよ』(自由社、2017年10月)を上梓することもできた。安倍何でも賛成真理教と安倍何でも反対真理教がいがみ合う醜い世界に化している言論界には全く無視されたが、振り返れば、戦時国際法の学習に乗り出していてよかったと本当に思うのである。ちなみに、この学習の成果は、《戦時国際法学事始め》というブログに発表している。
   http://skhkotohajime.blog.fc2.com/

 一応、戦時国際法の学習が一段落した後、昨年11月ぐらいから、とりあえず、中国の内乱(1911年以降)や日中間の戦争について事実関係を把握し整理していった。その整理の成果も、上記ブログに発表している。整理の際、戦時国際法の観点から言って、日本や中国の行為はどう判断できるのかという意識を働かせていった。その中で驚くことをいくつも発見した。もちろん、私が驚いただけで、知っている人には当たり前のこともあろうけれども、特に私にとって興味深かった事柄を扱った記事を何点か転載しよう。

 まずは「中国軍に交戦者資格はあるのか」という記事を掲げよう。事実関係を追う中で、真っ先に思ったのは、中国軍には交戦者資格が原則として存在しないのではないかということであった。中国軍が規律のない軍隊であり、虐殺や掠奪をかなり行う存在であることは知っていたが、子細に田中秀雄『日本はいかにして中国との戦争に引きずり込まれたか』(草思社、2014年)などを読んでいくと、その略奪や虐殺の程度や頻度は、私の想像の域を超えていた。まさしく、中国軍は常に掠奪を行う等、戦時法規を恒常的に守らない軍隊であった。特に、中国兵の残酷さは、世界の戦争史の中でも特筆されるものであったことも確認した。戦時法規を恒常的に守らない軍隊には交戦者資格は認められないから、中国軍は交戦者資格を持たないことになるのである。
 
 この中国軍の交戦者資格を論じた記事を3本、まずは転載することとする。


中国軍に交戦者資格はあるのか(1)――交戦者の四条件と中国兵
 

 交戦者の四条件

 かつては、交戦者資格が意識されることはなかった。だが、普仏戦争の際、フランス側が不正規兵を多く用いたことがきっかけになって、交戦者資格について議論されるようになった。1870年、普仏戦争の時、プロシャは、フランスの不正規兵につき、フランス政府の許可を得て戦闘していることを証明できなければ戦時犯罪であると捉え、銃殺した。そこで、いかなる条件の時に不正規兵として交戦者資格が認められるかが、議論されることになった。そして、ハーグ陸戦条規は、第1款第1章「交戦者の資格」の中で第1条を掲げ、「戦争の法規及権利義務は、単に之を軍に適用するのみならず、左の条件を具備する民兵及義勇兵団にも亦之を適用す」と規定したうえで、交戦者であるための以下の四つの条件を示した。
 
 一 部下のために責任を負ふ者がその頭にあること
 二 遠方より認識し得へき固著の特殊徽章を有すること
 三 公然兵器を携帯すること
 四 その動作につき戦争の法規慣例を遵守すること


 一号の指揮官条件から順に説明するならば、その民兵又は義勇兵団をまとめる指揮者が国家から将校として任命されたものであることにこしたことはないが、指揮官が国家によって承認されていることは必ずしも必要ない。民兵又は義勇兵団が自発的に民間で編成され、自ら自己の将校を選んだ場合でもよいとされる。

 二号の制服条件は、交戦者であることを明確に分からせるために存在する。「固著の徽章とは、固く身体に附着し、又は身体に固着せる衣服に附着して、容易に取り去りがたき標識たるを要する」(立作太郎『戦時国際法論』昭和19年、63頁)。 「遠方」の意義について議論があるが、立によれば、遠距離から加害する基本は小銃なので、「狙撃して、小銃の弾丸が略ゝ人体に命中し得べき距離より、肉眼にて認識し得る徽章たるを以て足る」(64頁)ということになる。

 三号の兵器公然携帯の条件は、兵器を持っていなければ交戦者になれないということを意味するわけではない。しかし、兵器を持っている場合には、「兵器であることを外部より明知し得べき種類の兵器を、隠蔽すること無くして携ふることを求むるのである」(64頁)。二、三の条件は、明らかに、卑怯な振る舞いを排除する騎士道の精神に由来すると思われる。

 四号の条件、即ち戦争の法規慣例の遵守という条件は、あくまで民兵又は義勇兵団の集団的動作について言う。たまたま、「個々の兵士が、敵国の戦時犯罪人として取扱ひ得べき行為を行ふことあるも」(同)、民兵又は義勇兵団全体の交戦者としての資格を失わせるわけではない。

 民兵又は義勇兵団(陸戦条規第1条)

 ここまで民兵と義勇兵団を区別せず記してきたが、民兵(militia)とは「事変に際して、人民を招集して敵に当らしむるもの」(立、63頁)であるから、国家が承認した兵団である。これに対して、義勇兵団(Volunteer corps)は「事変に臨みて、有志人民より組織するもの」(同)であるから、国家の承認を待たずに成立する兵団である。陸戦条規第1条は、このような民兵又は義勇兵団が、上記4条件を満たすとき、交戦者である資格を得るとするのである。
 
 正規兵も四条件を備えている必要がある

 上記四条件は、当然に正規の兵は備えていると考えられる。しかし、これらの条件を欠くときは、交戦者たるの資格を失う。例えば、正規兵が、兵士の制服の上に民間人の服をつけ、又は全く交戦者を示す特殊徽章を付けていないときは、交戦者としての特権を認められない。すなわち、捕虜として取り扱われる資格を欠くのである。日中戦争(支那事変)における所謂便衣兵がこれに該当する。

 同じ考え方から、戦時法規を全く守らない正規軍は交戦者資格がないといえる。満州事変や日中戦争における各種中国軍(国民政府軍、軍閥軍、匪賊軍、共産軍、雑軍)は、本当に、戦時法規を守らなかった。守る気も全くなかった。実際、次回記事で示すように、蒋介石直属の国民政府中央軍も共産軍も、掠奪と虐殺、死体損傷、放火、強姦を事とする軍隊であった。このように戦時法規を原則として守らない軍隊は、原則として、交戦者資格を欠いていると言わねばならないのではないか。

 「未開人」を戦闘に従事させるのは何故に違法なのか

 戦時法規を全く守らない正規軍は交戦者資格がないという考え方から、「未開人」を戦闘に従事させるのは不法ではないかという問題が出てくる。立は、「戦争の際、未開人を、その酋長の指揮の下に、独立的に動作せしめて、軍の補助として使用する如きは」(立、66頁)不法であるとする。対して、未開人に対して十分の訓練を施して「文明的なる軍隊の一部を組織する場合に於ては」(同)不法とはいえないとする。すなわち、交戦法規を守ることのできるようになった場合には交戦者資格を認めてよいとする。
 
 ビスマルクの問題提起

 では、なぜ、未開人に交戦者資格を認めない議論が現れたのか。信夫淳平『戦時国際法講義』第二巻(昭和16年)が、「野蛮兵」という表現でこの問題を詳しく論じている。信夫に沿って、この問題を見ていこう。

 例えば1859年仏墺戦争と1870年普仏戦争で、フランス軍は、Turcosというアルジェリアの「土民兵」を使った。1877年露土戦争では、ロシア側はコサック兵やブルガリアの「土民兵」を使い、トルコ側も「土民兵」を使った。これらの「土民兵」は、許すべからざる蛮行を働いたと非難を受けた。普仏戦争に際して、1871年、ビスマルクがベルリン駐在の各国代表者に発した通牒を掲げよう。

  ツルコス兵及びアラビア兵の中には死傷者の頸を刎ね鼻耳を切取るが如き惨行を敢てし、将た獣姦をだに行へる者あり。その責任は彼等自身よりも、彼等の文明程度や慣習を充分承知しながら之を欧州の戦場に齎し来れる仏国政府の上に重しとす。 (58頁)

 三種の「馬賊」

  他に1898年米西戦争の例などが掲げられるが、参考になるのが日露戦争の例である。日露戦争の際、日本は使用しなかったが、ロシアは馬賊を使用したという。日露戦争当時の国際法に関する第一人者であった有賀長雄は馬賊使用の問題を論じた。信夫の本から、有賀のいうところを孫引しよう。
 
 馬賊なる名称は、其の実は甚だ曖昧にして、一般に清国中央政府の権力に服従せざる各種の民族を包含せり。而して満洲に於ては此の種の民族に少なくとも三種あり。其の第一種は即ち清朝の起こりて以来未だ曾て十分に其の権力を樹立するに至らざりし山間僻地に割拠する民族なり。然れども彼等は決して野蛮なるに非ず。皆地方的酋長を戴きて秩序ある生活を為し、その酋長は彼等の上に大なる権力を行へり。彼等は付近の住民に租税を賦課するも、決して掠奪を行はず、却つて中央政府の権力微弱なる地方に在りて住民の保護者たる地位に在り。      (60頁)

 有賀いうところの第一種の馬賊は、中央権力の届かない地域で暮らしており、略奪も全くせず、満州における治安担当者であるから、彼らが兵士となった場合には交戦者資格があるのは当然である。もっとも、第一種は馬賊とは言えないのではないか。続ければ、馬賊の第二種は、有賀によれば、次のような存在である。
 
 馬賊の第二種に属するものは中央政府の権力の届く所の地方たりと雖、其の権力が甚だ微弱なるに因り、地方官吏の力を以てして強盗及無頼漢の迫害に対し富裕なる人民を保護すること能はざる所に在るもの是れなり。是を以て是等の富裕なる人民は、止むことを得ず自ら警護に備ふるため常に多くの壮丁を養ひ、一定の地域内に在りて大なる自由を有せしめ、時に少しく掠奪を行はしむ。主として彼等の襲撃の目的物となれる者は旅客なり。然れども若し其の旅客に於て携帯せる荷物の価格に比例したる一定の金額を支払ふときは、如何なる迫害をも被ることなし。  (60〜61頁)

 このように、第二種の馬賊は、若干の略奪を行うけれども、秩序だって行動する馬賊である。また、「彼等を統轄する指揮者あるが故に、其の指揮者に向かつて命令を発するときは能く部下全体の上に行はれたる」(61頁)存在である。つまり、指揮者要件には全く問題はなく、指揮者にきちんと戦時法規を伝えておけば、戦争法規遵守要件も明らかに充たされる存在であった。それゆえ、第二種の馬賊を使うことも不法ではないという。そして、ロシア軍が使った馬賊は全て第一種か第二種の馬賊であり、ロシアは国際法に違反していないという。

 ただし、第三種の馬賊を用いれば、不法である。有賀は「もし露国軍が右第三種の馬賊を使用したりとせば、其の不法たるは固より論なし」(61頁)という。では、第三種の馬賊とはどういう存在であろうか。

 馬賊の第三種は眞の無頼漢、強盗、及清国脱走兵の武器を有し群を為して徘徊するもの是れなり。然れども其の数は前二種の馬賊よりも少なく、其の力も亦弱し。而して或時は支那苦力の中に混入して形跡を晦まし、野外の高粱成長して其の行動を隠すに便なるときを待ちて集団して良民を襲へり。是れ即ち馬賊中の最も危険にして且つ野蛮なる者なり。  (61頁)

 日露戦争期においては第一種、第二種のものが多数派であったようだが、辛亥革命以降の時期には、まさしく傍線部が当てはまる軍隊が、あちこちに族生することになった。しかも、次回に触れるように、その極悪ぶりや残虐さは、すさまじくひどくなっていくのである。

 1911年伊土戦争と第一次世界大戦における「野蛮兵」 
 

 日露戦争に続いて、信夫は、伊土戦争について記している。伊土戦争においては、イタリア側は、大部分イタリア人の正規兵で戦ったが、一部はリビア東部のシレナイカ(キレナイカ)の「土民」やエリトリアの「土民」を使用した。対するトルコ側は、ほとんどがトルコ領北アフリカから徴募した「蛮民」からなる不正規兵であった。

 これらの不正規兵も、陸戦条規第1条に規定する四条件を充たせば当然に交戦者の資格を得るけれども、「その果して交戦法規慣例の遵守を之に期待し得たるやは疑はしく、現に種々の蛮行酷為に関する苦情は伊土双方よりかなり強く放送された」(62頁)。

 伊土戦争に続いて1914年から始まった第一次世界大戦においても、「野蛮兵」の使用が問題になった。英仏両国は、インドおよびアフリカから駆り出した兵士を欧州の戦場に繰り出した。これらの兵士たちは、「倒れたる敵兵の四肢を断ち鼻耳を切り、眼球を抉取り、戦利品として頸を刎ねて持ち去るが如き蛮行」(同)を働いたと伝えられる。それゆえ、ドイツ政府は、これらの行為は「現代の交戦法則に悖り、文明及び人道を無視するの甚だしきもので、まさしく国際法違反なりと為し、一九一五年七月、特に之に抗議する陳述書を公にし、英仏諸国は人道及び文明のために向後断じて有色兵を欧州の戦場に使用する勿れと最も強硬に要求する所あった」(同)。

 もっとも、ドイツ軍が使用した東アフリカの「土民兵」も、兇暴の動作がかなりあったようではある。
 
  中国軍には原則として交戦者資格がないのではないか

 ともあれ、「未開人」使用が問題とされたのは、交戦者たる第四条件〈その動作につき戦争の法規慣例を遵守すること〉に合致しないからである。特に、その残酷な殺し方や死体損壊から、交戦者の資格がないのではないか、という問題提起が出てきたのである。

 以上をふまえれば、中国軍全体の交戦者資格の有無が問題とされねばならない。何故ならば、中国軍は、世界の戦争に於ける、どの例よりも残酷な殺し方や死体損壊を行ったからである。中国の歴史の中でも、満州事変や日中戦争の時期はその残酷さが最も際立った時期のように思われる。

 また中国軍は、残酷な殺し方や死体損壊を行うだけではなく、戦闘を行えば必ず略奪と暴行、放火も行う。ともかく、戦時法規を全く守らない。すなわち、常に中国軍は第四の要件を欠いているのである。また、すぐに制服を脱ぎ捨て便衣兵になる点は、第二の制服要件をしばしば欠くことを示している。便衣兵として戦う場合は、当然に武器を隠すことになる。したがって、第三の公然武器携帯要件も、しばしば欠くことになろう。

 さらに言えば、正規兵はもちろんのこと、民兵も義勇兵も、指揮官の命令を聞き、その統制下に服するのが軍隊というものである。ところが、中国軍に於いては、上下関係が成立していない。兵は将校・指揮官にきちんと従うことはない。一人一人がバラバラに動く傾向がある。その意味では、第一の指揮官要件を充たしているかという点についても、疑わしい面があるのである。

 要するに、中国軍は、原則として、或いは基本的に交戦者資格を持っていない存在だと言わねばならない。次回の記事では、その点を具体的にみていきたい。

参考文献
立作太郎『戦時国際法論』(昭和19年)第一篇第一部第二章
信夫淳平『戦時国際法講義』第二巻(昭和16年)


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