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zoom RSS 大きくて深い穴に向かって突進する保守派なるもの---安倍偽改憲に思うこと

<<   作成日時 : 2018/02/12 21:35   >>

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  田中秀雄『日本はいかにして中国との戦争に引きずり込まれたか』

 1月半近くブログ更新をしていない。1月の前半は、田中秀雄『日本はいかにして中国との戦争に引きずり込まれたか』(草思社)を細かくノートを取りながら読み続けた。いずれこの書物について記したいと思うが、日中対立、日中戦争に至る過程について具体的に記しており、日中が戦争に至る過程と理由について初めて納得させてもらった気がした。私にとっては、「日本国憲法」無効論の元祖である井上孚麿『憲法研究』を読んだとき以来の衝撃を受けたというと大げさだが、少なくともこの数年間で最も大きな知的刺激を受けたことは確かである。非常に面白く読ませていただいた。

 しかし、1月18日くらいから体調を崩し、ようやく一定回復したので、久しぶりに記事を記すことにする。

 安倍偽改憲が強行されそうだ

 さて、昨年五月の9条第一項と第二項を護持し第三項を加える安倍憲案が発表されて以来、この偽改憲案が私の頭と心を占めてきた。この偽改憲案に刺激されて、交戦権を否認するとはどういうことか探求し、『自衛戦力と交戦権を肯定せよ』(自由社)を世に問うたが、完全に無視された。私の本が無視されても、交戦権問題について議論されればいいのだが、全くそのかけらもない状態が続いている。そして、新聞報道によれば、物事を決すると思われる自民党員の意向について言えば、安倍偽改憲案を支持する議員や党員が多数だと言われている。その状態を見て、私の気分は落ち込んだままである。

 改憲派が3分の2超、というフェイクニュース

 更に言えば、昨年の総選挙における自公圧勝を受けて、改憲派が3分の2超、というフェイクニュースに騙されて、いや騙されたというよりも積極的にこのフェイクニュースを信じ込んで、「憲法改正の大チャンス」と意気込み、安倍偽改憲案を積極的に信じて行こうとするバカモノがあふれている。第九条第二項を護持し自衛隊を明記する案とは、9条第二項と自衛隊を共に積極的に支持する内田樹氏の考えと全く同じである。内田氏は《9条にノーベル賞を》運動を進める9条真理教徒の一角を占める存在である。9条真理教と変わらぬ案を提案した安倍首相もそれに賛成する所謂保守派も、もはや改憲派ではない。改悪派である。いや、9条真理教徒である。安倍真理教と9条真理教の合体である。

 日本人差別主義者としての左翼リベラルと保守 

安倍偽改憲を支持する人たちのほとんどは、日本人差別法である「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」にも賛成した。少なくとも反対しなかった。この法律は人種差別撤廃条約にも「日本国憲法」にも違反するものだった。彼らは、左翼・リベラルと同じく、憲法や条約というものに対する基本的素養さえも持っていないこと、というよりも法の精神を持っていないことを露わにした。とともに、彼らは、左翼・リベラルと同じく、日本人差別主義者になってしまったのである。

 第九条第二項護持こそ最大の日本人差別である

 彼らは、左翼などと同じく、日本人差別主義者だからこそ、第九条第二項を護持し、日本に戦力も交戦権も認めないのである。仮に日本の戦争が侵略戦争であったとしても、日本に対してだけ戦力も交戦権も認めないのは、明らかな日本人差別であり、国際法的にも国内法的にも許されないことである。独立国家である限り、戦力と交戦権を持つ権利があるし、義務があるといえる。安倍偽改憲案とは、この権利を放棄し、義務を果たそうとしない、とんでもない案なのである。

 自虐史観を払拭しない限り、偽改憲案しか出てこない

 とはいえ、こんなことは一応、知識レベルでは、左翼やリベラルだってわかっているかもしれない。所謂保守派の場合は、もっと分かっているかもしれない。しかし、それでも、日本の軍事力を抑えなければならない、そのためには戦力も交戦権も認めない方がよいと考えてしまうのが、左翼やリベラル、所謂保守派である。それは、結局は、左翼やリベラル、所謂保守派の精神レベルにおいて、自虐史観に基づく日本人差別思想が強固にあるからである。

 端的に言えば、何故、安倍首相及び彼の御用文化人たちは、交戦権を認めなくてもよいと考えるのか。安倍氏の御用文化人の平均的な歴史観は、甘く見て、北岡伸一氏に代表される。氏は、日本の戦争を中国侵略と捉えるし、「南京事件」は史実だと捉えている。この誤った歴史認識に基づく自虐史観に囚われているからこそ、安倍氏もその周りの御用文化人も、日本を自ら差別して、交戦権と戦力を取り上げて平気なのであろう。

 その意味で、結局、憲法問題、九条問題も、その本質は歴史戦の問題である。自虐史観を払拭してから、憲法問題に取り組むべきであると言えよう。

 中国は自らの慰安婦強制連行・性奴隷化の罪を日本に擦り付けようとしている 

  関連するので、最初に紹介した田中秀雄『日本はいかにして中国との戦争に引きずり込まれたか』を通じて知ったことを紹介しておきたい。

  前述のように本書は、日中対立、日中戦争に至る過程について具体的に記している。北村稔・林思雲『日中戦争「不都合な真実」 戦争を望んだ中国 望まなかった日本』(PHP研究所、2014年)や茂木弘道『戦争を仕掛けられた中国になぜ謝らなければならないのだ』(自由社、2016年)を通じて、中国が戦争を仕掛けたことは理解していたが、戦争に至る動機とか雰囲気とか事情がもう一つ理解できなかった。
 
  しかし、「昭和の始まりからの新聞記事を一日刻みでずっと調べてみようではないか」(あとがき)と考えて研究に取り組んだ田中氏の本書を読んで初めて、日中が戦争に至る過程と理由について納得させられた気がした。この本を読んで最も印象深かったのは、軍閥軍であれ、国民革命軍であれ、共産軍であれ、中国軍の本質が匪賊軍であることが本書を通じてよく分かったことである。また、匪賊軍の本質に相応しく、女性を連行し、まさしく性奴隷として扱っていたことを知ったことである。この本には、29軍の例と中央正規軍の例が紹介されている。1937年の話だが、29軍について次のように記している。
 
 話は盧溝橋事件勃発後まで遡る。戦意を失った第二十九軍は、北京退去に際して、兵士の慰めとなるべき女性を、少女から人妻、母親であろうが構わず、避難の名目で強制的に連れ去った。総計千数百名であったらしい。抵抗する者は衆人環視の中で強姦され、虐殺された。妻を取り戻そうとする夫も殺された。

 女たちは保定に連れられ、そこが危うくなると石家荘まで連行された。しかし老いた者や病人は置き去りにされた。途方に暮れる彼女らを二人の米人宣教師が発見して、教会の地下室に収容し保護していた。

 九月二十四日、日本軍は保定を占領した。治安の回復を確認した宣教師は日本軍に女性たちのことを相談した。日本軍は気の毒なことと同情し、特に軍用貨車三両を提供して十月八日に保定を出発させた。女たちは途中で日本兵から弁当や菓子をもらい、「謝謝」と喜びながら北京に戻ることができたのである。 (318頁)


 また1937年10月頃の話だが、中央正規軍について次のように記している。

 十月三日、安達二十三大佐率いる歩兵第12連隊は羅店鎮の南の劉家宅を占領した。遺棄死体の中に婦女子の死体がやたらに多く250体もあった。不思議に思い、捕虜を尋問したところ、付近の妙齢の女性を大量に連行し、掠奪した着物を着せて弄んでいたことが発覚した。安達部隊の猛攻が息を継がせないほどだったので、連れ歩くのが面倒となり、また暴行が日本軍にばれるのを恐れて機関銃で射殺して退却したのである。ひと月前の情報にあった慰労隊がこれだったのだろうか。    (315〜316頁) 

 この本の「慰労隊」に関する記述を読んで初めて、私は、中国が慰安婦問題でしゃしゃり出てきた理由が分かった気がした。中国は、自分たちがやったことは全て日本人こそがやったことだと主張したがる傾向がある。先手必勝で、嘘でもいいから、自分たちの罪を日本人に着せてしまおうというのが中国の基本方針である。

 また、日本を誹謗する時に、「慰安婦を性奴隷にしただけではなく、最後には惨殺した」という物語が語られる理由がよく分からなかったが、右の記述を読んで良く分かった。中国兵こそが、女性たちを強制連行して性奴隷として弄んだ挙句に虐殺していたからこそ、その罪を日本人に押し付けようとしているのである。


  戦争史と普遍的法理から言って、日本が戦力と交戦権を取り上げられる謂われはない

 このあたりの記述を読んで、本当に、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」によって日本人が差別される理不尽、歴史戦で攻め立てられる理不尽、更には交戦権と戦力を日本人にだけ与えない差別、理不尽に怒りを覚えざるを得なかった。

 もう一度言うが、仮に日本側が日中戦争を仕掛けたとしても、日本が侵略国家であったとしても、日本から交戦権や戦力を取り上げることは、国際法・国内法からして、普遍的法理から言って、やってはいけないことである。

 にもかかわらず、なぜ、戦争を仕掛けた側が交戦権を持つことを許されて、仕掛けられた側が交戦権を否定されなければならないのか。なぜ、匪賊軍でしかなかった側が交戦権を認められて、最も戦時国際法に忠実に闘った日本が交戦権を否定されなければならないのか。本当におかしな話である。

  ともかく、政治家や言論人に望む。戦争史をきちんと勉強されよ。そして、日本人が差別されるいわれは皆無であることを認識されよ。さすれば、第九条第二項の理不尽にも想いが及ぶことになろう。そして、第九条第二項削除を唱えられるか、第九条第二項の解釈の転換をして、自衛戦力と交戦権を肯定されよ。もちろん、「日本国憲法」無効決議を行い、とりあえず国家運営臨時措置法で自衛戦力と交戦権を肯定する方法であればなおよいけれども。


 安倍偽改憲は滅亡路線の選択である

  しかし、何度も言ってきたが、安倍偽改憲は国民投票で可決されても否決されても、国民投票に掛けられたとたんに、日本の正式属国化・永久属国化を招き、中国による侵略を招き入れる策である。つまり、滅亡路線の選択である。潰さなければならない策である。

  でなければ、確実に安倍首相が日本の滅亡を確定させていく。他の首相が九条第二項護持案を通した場合には、まだ、保守派運動の芽が残るだろう。しかし、「極右」として叩かれつづけた安倍首相がこの護持案を通せば、少なくとも既成の保守派は根絶やしにされよう。要するに、安倍首相が指し示す道のゴールには大きくて深い穴が待っている。その穴を「憲法改正」という美しく見える大きな旗で隠したうえで、旗に向かって走ろうと叫んでいるのが安倍首相なのであるそのことをきちんと見極めようではないか。

 所謂保守派のお花畑世界観について考察せよ

 なお、9カ月以上安倍偽改憲について考え続けてきて、この偽改憲案が通用してしまう別の理由に気付かざるを得なかった。それは、自虐史観と関連するが、所謂保守派にも抜きがたく存在するお花畑世界観である。また、お花畑世界観と関連するが、日本の指導者や学者には、交戦権について考えられるだけの学問的素養が欠如していることである。すなわち「憲法学」を中心とする諸学問のレベルの低さである。

 あるいは、端的に、根源的な理由として、勇気の欠如を指摘することもできる。安倍氏においては、公明党に対して九条を維持していては日本が滅亡する危険性があることを説く勇気が欠如していることこそが問題である。安倍氏のまわりの政治家や文化人に於いては、安倍氏を批判する勇気の欠如、国民に対して九条の危険性を説くだけの勇気の欠如こそが本当の理由かもしれない。これらの諸理由については、いずれ、時間が空いた時にまとめて考察することとしたい。


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