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zoom RSS 2017年の所感――安倍偽改憲は成功しても失敗しても日本を滅ぼす 附追記12月31日

<<   作成日時 : 2017/12/26 17:53   >>

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 間違いなく安倍偽改憲は永久属国化を招来する 

平成29(2017)年も、後わずかで終わる。今年は、5月3日の安倍偽改憲案発表以来、憂鬱な日々を過ごし、時に体調を崩してきた。特に12月に入って、鬱がひどくなっている。

 10月に、『自衛戦力と交戦権を肯定せよ』を出版し、「交戦権を持たない国はどうなるか」という論文掲載を一旦決めてゲラまで作りながら没にした保守系雑誌も含めて、大手の保守系雑誌や新聞各社にも献本した。

 この本は、交戦権(臨検・拿捕の権利、敵領域で戦う権利、占領行政の権利、海上封鎖の権利其の他)の否認がいかに怖ろしい結果を招くのかについて記した本である。仮に自衛隊が軍隊として扱われたとしても、交戦権を否定されたままではミニ国家にさえも勝てないこと、そして中小国家にさえも敗北することを説いた本である。だからこそ、交戦権を否定された(とされる)日本は、米国の属国中の属国として生き続けるしかなかったのである。ここで今、安倍偽改憲が通れば、正式に交戦権が否認され、正式に属国として定式化されるのである。
 
 だが、すべての機関は、交戦権否認の危険性を説いた、この本を無視した。交戦権問題が何を意味するか分からないからか、私のような無名の著者が書いたものだからなのか、完全に無視した。

 無視されることは6割方覚悟していたが、それでもがっくりきた。次いで、予定通り、総選挙後の結果が出てから一定落ち着いたと思われる11月下旬には、この本を全国会議員に送った。 

 だが、議員たちは全く読んでいないようである。相変わらず、交戦権否認問題について全く問題関心がないようである。保守系議員も、自衛隊を「戦力」として動かせれば何とかなると思っているようである。

 しかし、前述のように、交戦権がなければ、米中ロいずれかの属国中の属国として日本は生き続けるしかなくなるのである。中国の属国となった場合には、日本は、ウイグルやチベット、内蒙古と同じ運命をたどり、国家として消滅していく可能性が出てくるのであろう。

 しかも、最近明らかになったのは、9条B項に自衛隊条項を入れる安倍案が国民投票で否決された場合には、9条A項が正式に追認されたこととされるばかりか、自衛隊自身が違法の存在とされ、解散するしかなくなることである。

 何とも自殺志向の案を推進しようとしているのが、「保守の星」とされてきた安倍首相なのである。

 どうすればよいのか

 私には、一歩ずつ、安倍首相というハーメルンの笛吹き男に導かれて、所謂保守派がネズミののように、或いは子供のように、ただ付いて行っているように見える。

 ところが、9条A項削除論からする有力な反対がほとんど現れない。一番、有力な批判は、井上達夫氏や篠田英朗氏といったリベラル系の人たちが行っている。ただ、彼らも、交戦権問題に焦点を当てていないように見えるし、政界に影響力を持つには至っていないようである。

 このような絶望的な状況の中で、日本を永久属国にしないために、そして滅亡させないためにはどうしたらよいのであろうか。

 時間が空くとすぐ、このことを考えてしまう。そして、鬱がひどくなる。純粋に日本国家のことで鬱となり、体調を崩したのは、今回が初めてである。

 日本人差別思想を解体せよ

 安倍偽改憲のことが気になって仕方がないが、当面、戦時国際法を物差しにして、日本の冤罪を晴らすこと、米中露の戦争犯罪を指摘すること、「日本国憲法」が憲法として無効なこと、第九条は自衛戦力も交戦権も肯定していることなどを、トータルで展開したいと考えている。

 日本に戦力がなくてもよいと考える左翼の志向、戦力は欲しいが交戦権は無くてもよいと考える所謂保守派の志向の背景には、日本人差別思想がある。日本人差別思想があるからこそ、左翼も所謂保守も、共同してヘイト法を作ったのである。ヘイト法を作った時点から安倍偽改憲の提起までは、一直線でつながっている。

 此の日本人差別思想は、日本の戦争期(1931年から1952年まで)をめぐる自虐史観に基づく。この自虐史観を根底から、トータルでひっくり返さない限り、今の情況はどうにもならないのであろう。

 ともかく、当面しばらく、「戦時国際法に基づき日本の冤罪を晴らす」とでもいったテーマを追求し、何とか上記の作業を完遂したいと考えているところである。




追記―――勇気を持て、交戦権否認問題について研究し議論せよ ……2017年大晦日に記す

勇気がない日本人

 上記のことを記してきて、改めて感じたことがいくつかある。何よりも、今の日本人には勇気がない。安倍首相にも、そして安倍政権全体にも勇気がない。この点は、西尾幹二氏が『保守の真贋』(徳間書店)の中で記しているとおりである。

  勇気がないからこそ、安倍政権も、その憲法問題に関するブレーンと言われる人たちも、戦力と交戦権を否定していては日本を守れないことを堂々と国民に向かって説こうとはしない。勇気がないからこそ、第9条解釈の転換を行い、自衛戦力と交戦権を肯定しようとしない。リベラル系の学者でさえも、解釈転換を説いているのに、転換ができないのである。そればかりか、勇気がないからこそ、第9条A項削除の「日本国憲法」改正案を作って公明党や希望の党、維新の会を説得することさえも諦めてしまうのである。

 勇気がないから安倍偽改憲にすり寄る

 
 勇気がない日本人は、孤立を恐れ、権力を恐れる。その結果、自分の正しい考えさえも捨て去り、多数派にすり寄り、権力者にすり寄ろうとする。要するに、長いものに巻かれたがるのである。所謂保守派の学者や評論家などの大多数の言論人がそうである。本来、言論人は、権力や世の「空気」から自立してものを考えなければならない人種である。孤立を恐れてはいけない人種である。むしろ敢えて孤立を求めた方が正しい考えを持てると思うときもある。だが、彼らは、孤立を恐れ、世の「空気」に寄り添い、安倍首相という権力者の考えにすり寄ろうとする。人間的に安倍首相と付き合うのは悪いことではなかろうが、自分を曲げて思想的にすり寄る行為は、言論人として自殺行為である。2年前の安倍談話以来、そしてとりわけ昨年のヘイト法成立以来、そういう保守系知識人ばかりが目に付くようになった。

 所謂保守系知識人は、ほとんどが9条A項削除の「日本国憲法」改正論者であった。それが、首相の一言で、あっさりとその立場を捨ててしまうなど、余りにも情けない話である。勇気の欠如、自立心の欠如、長いものに巻かれろ精神とは、日本の所謂保守系知識人の特徴である。

 いや、勇気の欠如、自立心の欠如、長いものに巻かれろ精神は、ほとんど全ての左翼系、リベラル系知識人の特徴でもあろう。特に左翼の場合は、武装こそが国家独立の基本であることは百も承知のはずである。そんなことは理論的には分かっているはずである。だが、9条削除などを言えば、仲間うちから孤立し、その属する職業ギルド(これらの相当部分は左翼が牛耳る)から追放されてしまうことになるから、9条削除を主張できないのであろう。

 公明党=改憲派、改憲派が3分の2以上、というフェイクニュース

 安倍偽改憲を後押しするものが、〈改憲派が衆参共に3分の2以上を占めている〉というフェイクニュースである。そもそも公明党を改憲派と捉えることが悪質なデマである。フェイクニュースである。改憲派ではない公明党を計算に入れて成り立つ〈改憲派が衆参共に3分の2以上を占めている〉というニュースは、始めからフェイク・ニュース以外の何物でもあり得ようがないのである。

 前に拙ブログで見たように、今、政界には改憲派は存在しない。改憲派であると言える必要条件は9条A項削除を主張することである。しかし、そういう政党は「日本のこころ」だけであり、その「日本のこころ」も安倍偽改憲に賛成している。つまり、もう一度言うが、今の日本では、改憲派は死滅したのである。

 「日本国憲法」の本質は第9条A項に集約されており、この条項を護持することは「護憲派」への屈伏なのである。これは、安倍偽改憲が発表される前には常識であった。それが、安倍偽改憲が発表された瞬間に、改憲派の定義が変更されてしまったのである。もう一度言うが、安倍偽改憲問題では、本当に「空気」に弱い、権力に弱い日本人の特性が出ていると言えよう。

  安倍政権・公明と左翼・リベラルの共同作業として行われる安倍偽改憲

 左翼もリベラルの多数派も安倍偽改憲に反対のポーズをとる。いや、本当に反対かもしれない。だが、彼らの反対は、安倍偽改憲の強力な応援となる。〈反日売国の左翼やリベラルが反対する案だから、特に共産党が反対しているから、安倍改憲案は良い案なのだろう〉という錯覚が生じているからである。

 だが、安倍偽改憲案は、左翼やリベラルが護持する現行「日本国憲法」と同じ立場の表明に過ぎない。客観的には、左翼などが反対して見せることによって、出鱈目極まる売国改正案を愛国的な案に見せかけることに成功しているのである。客観的には、安倍政権も公明党も左翼やリベラルも、安倍偽改憲を推し進める同志となっているのである。
 
 言論の自由が逼迫している保守言論界

  私個人に関してはもう10年乃至7年ほど前から、一般的には2年前から、所謂保守言論界には言論の自由がない。少なくとも言論の自由が逼迫している。ともかく、安倍晋三氏にマイナスになることは書かせない、載せないという「空気」(いや編集部の政策か)が蔓延している。

 特に感じたのはヘイト法の時だったが、今回の安倍偽改憲案の問題でも相当なものである。今回、ずっと横目で見ていて分かったのは、自衛戦力の問題は一定程度議論させるが、交戦権の問題は議論させないという意思又は「空気」があることである。

 交戦権否認の意味を研究し議論せよ 

  私は『自衛戦力と交戦権を肯定せよ』(2017年10月、自由社)を表す中で、自衛戦力の問題など小さな問題であり、交戦権否認の問題こそが本質的な問題であり、日本の生死に関わる問題だということを実感した。しかし、この問題を本格的に議論する論考は何一つ現れない。

 おそらくは、自衛戦力の問題はこれまで議論されてきたので議論できるけれども、交戦権とは何か、具体的に考えてこなかったので議論できないのであろう。あるいは、何となく交戦権問題は怖ろしい問題にぶち当たるので避けたいという意思が働くのかもしれない。あるいは、単に、安倍偽改憲は自衛戦力の問題を俎上に挙げてもつぶれないけれども、交戦権否認問題を取り上げればつぶれてしまうということが分かっているからかもしれない。

 結局、勇気がないから、交戦権問題の議論ができないということになる。しかし、知識の欠如も深刻である。政府も国会議員も交戦権問題の前提となる戦時国際法のことを知らない。日本全体でも、きちんと分かっている人間はゼロかもしれない。いや2、3i人はいる? 多くても10人いないであろう。早急に、戦時国際法の研究を国民的規模で行わなければならない。考えてみれば、戦時国際法に対する理解なしに第9条の処理などできるわけがないのである。もっとも、強い勇気があれば、戦時国際法に関する簡単な素養だけあれば充分とも言えるのだが。

 ともかく、日本政府、国会議員、防衛省・自衛隊の人たち、そして日本国民全体に望む。交戦権否認問題を研究されよ。そして、議論されよ。

 ということで、2017年の所感を終える。



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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
このエントリーを読んで、ヘイトスピーチ解消法案を自民党が出した頃の自分のツイートを思い出しました。私も本当に陰鬱な気分で当時を過ごしていました。

「これから生まれてくる子供たちが不憫でなりません。自分の国で自分の国が悪し様に罵られても何も言い返すなと自分の国から教えられるのです。まともに物事を考える子供なら自殺するか気が狂うしかないでしょう」

今日、日韓合意の韓国側の検証結果が発表されたことで韓国が混乱しているようですが、そのことに多くの日本人が快哉を叫んでいるのが信じられません。長期的にみれば、混乱するのは我が国の方ではないでしょうか。日本国は韓国の嘘捏造に屈して謝罪し、10億を支払い、日本のために命を懸けて戦った先人の名誉を貶めたのです。我が国の現状を本当に情けなく思います。
弁信
2017/12/27 22:14
おっしゃる通りです。今後、特に安倍首相が退陣した後くらいから、或いは2020年くらいから、安倍談話、日韓合意、ヘイト法の三点セットの害毒が一挙に広がるでしょう。そして、安倍偽改憲がとどめを刺します。安倍偽改憲で、正式な属国宣言を行うか(国民投票で賛成票が多い場合)、自衛隊を解散する(反対票が多い場合)しかなくなります。安倍政権とその御用学者たちは、「自衛隊をなくしてもよいのか」と叫び、自衛隊を人質にして偽改憲を断行するつもりのようです。どちらにせよ、一挙に滅亡の危機が高まります。主観はどうあれ、客観的には、安倍政権は、鳩山政権と同じく、日本史上最大の売国政権です。そうは見たくないけれども、そのように見るのが正しい観察だと思います。
小山
2017/12/28 14:32

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