「日本国憲法」、公民教科書、歴史教科書

アクセスカウンタ

zoom RSS 荒木和博・荒谷卓・伊藤祐靖『自衛隊幻想――拉致問題から考える安全保障と憲法改正』を読んで

<<   作成日時 : 2017/06/25 07:29   >>

驚いた ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 2

 荒木和博・荒谷卓・伊藤祐靖『自衛隊幻想』(2016年、日本工業新聞社)を読んだ。副題から知られるように、日本人拉致問題を通じて、安全保障と憲法改正の問題を考察した書物である。この本の主張は、全体として明確だ。

 第一に、外務省も日本政府も自衛隊も、拉致被害者を取り戻す覚悟も問題意識も持っていないことをいろいろな例を挙げて説明し、この覚悟の無さ、問題意識の無さこそが一番の問題だと主張している。第二に、拉致被害者を取り戻すためには、「日本国憲法」を改正して普通の国と同じ安全保障体制を築くことが要であることを主張している。

 まず、目次構成を紹介したうえで、本書を読み進む中で気になった内容を紹介し、感じことを書いていこう。

まえがき 荒木和博
第一章 おかざりになった自衛隊 荒木和博×荒谷卓×伊藤祐靖
第二章 「死んで来い」に理由がない 荒木和博×荒谷卓×伊藤祐靖
第三章 自衛隊は朝鮮半島有事に働けるか 荒谷卓
第四章 自衛隊による拉致被害者救出シミュレーション 荒谷卓×伊藤祐靖
第五章 他国は自国民を救出している  荒谷卓×荒木和博×木本あきら×青木久
第六章 北朝鮮を喜ばせている「防衛白書」 吉本正弘
第七章 自衛隊は「戦争」を知らない 荒木和博
第八章 憲法改正と自衛隊  荒谷卓
あとがき 荒木和博


 拉致被害者を取り戻す問題意識、覚悟の無さ 

全体を通じて、ともかく、感じさせられるのは、野党や外務省は勿論の事、日本政府も自衛隊も、自分たちで拉致被害者を取り戻すという問題意識も覚悟もないということだ。ただ、米国又は米軍に取り戻してもらうことしか考えていないということだ。しかし、本書第八章によれば、北朝鮮崩壊時に米軍が拉致被害者などを取り戻してくれることを期待するのは余りにも非常識であり、日本の軍隊が自ら取り戻すしかないという。

 しかし、本書のどこを読んでも、日本人の問題意識の無さ、当事者意識の無さ、覚悟の無さばかりが浮かび上がってきた。「第一章 おかざりになった自衛隊」の冒頭でも、平成27(2015)年9月に安保法制が成立したが、安保法制をめぐって拉致問題に関してほとんど議論が行われなかったことが指摘されている。ただ現在「日本のこころ」に党名を変えた「次世代の党」だけが拉致問題と安保法制との関連について質問したが、それに対する安倍首相の回答も、北朝鮮有事の際には米国に拉致被害者を取り戻してもらうつもりであることを述べるものだったという。

 ところが、前述のように、他国に拉致被害者の救出を期待するのは余りにも国際的に非常識なものだという。現行法制の中では安倍首相の答弁は致し方ないとも言えるが、拉致問題で人気を集め総理大臣にまで上り詰めた安倍氏も、全く自分たちで拉致被害者を取り戻すという問題意識も覚悟もないのであろうことがうかがわれる。そいう覚悟がないからこそ、9条A項をのこす「日本国憲法」改正案なるデタラメな案を考えられるのであろう。

 拉致被害者の情報収集予算はゼロ

 ともかく、日本人が拉致問題を真面目に考えていないエピソードが数々語られている。自衛隊員さえも、拉致問題を余り知らないし、知っていてもどこか他人事であり、自衛隊の課題であるとは考えていないという。荒木氏執筆の第七章「自衛隊は『戦争』を知らない」には次のような記述がある。荒木氏は予備自衛官の経験から自衛官と話すことがあるが、その会話について次のように記している。

 北朝鮮の工作員に自国の領土を侵害され、国民を奪われたというのは本来、軍人であれば自分の顔に泥を塗られたことになります。許せないという思いがあってしかるべきですが、驚くほどにあっけらかんとしています。
 自衛隊が拉致問題にもっと役割を果たすべきだというと「憲法や自衛隊法の制約がある」「装備がない」「訓練もできていない」など、自慢でもするかのようにできない理由を並べ立てる人も少なくない。退役した将軍クラスの人でも聞いていて頭にきて怒鳴りあいになったこともあります。   (192頁)


 何とも驚く話しだが、それも当然の面がある。共産党が戦争法とレッテル張りして大騒ぎした2年前の安保法制論議をふまえても、自衛隊法に拉致被害者の救出を行える根拠規定は置かれなかった。そもそも、安倍内閣には、安保法制と拉致問題を結びつけて考える発想はなかったようである。ともあれ、自衛隊法に根拠規定がないから、当然、拉致被害者の取り戻しなど自衛隊は考える必要がない、ということになるのである。

 また、本書第五章「他国は自国民を救出している」の中では、日本は自ら救出せず、他国の軍隊に救出して貰い続けている例が示されている。その例を具体的に見ていくと、何とひどい国かと思い、嫌になったが、この事実は筆者も知っている事実であるから驚かなかった。だが、この第五章には「拉致被害者情報収集予算はゼロ」という小見出しがある。この小見出しの下、次のような記述がある。
 
  先般、対テロの特別チームが外務省に設置されました。そのチームは一所懸命にアラビア語の情報ソースを収集していると聞いています。外務省お抱えの民間軍事警備会社では、その情報収集のために、七〇〇万円から八〇〇万円程度が支出されています。一般の中小の会社であっても、アラビア語でテロに関する情報があれば外務省は買い取ると言っています。

一方、先日、私もはじめて聞いて驚いたことがあります。拉致被害者家族の増元照明さんが、外務大臣(当時は町村信孝さんだったそうですが)と面会したときに、「どれだけ予算を使ってでも情報収集してください」と要請したら、大臣は「我が国は戦後六〇年間情報収集に関してお金を使ったことはない」と答えたというのです。そのとき増元さんは、こんな国には住みたくないと考えたそうです。本当にその通りだと思います。

 漠然とした対テロ情報の収集に一〇〇〇万円くらいの予算が使えるのであれば、なぜすでに具体的である拉致被害者の情報収集に予算を使わないのか。これは非常に不思議な現象です。少なくとも国民の立場から、在外自国民を保護するための情報収集に対する予算配分は、このままでいいのかという質問はしていくべきです。 (147〜148頁)


 増元氏の話は少なくとも10年は前の話しだろうから、本当に現在も予算ゼロなのか、と疑問があるが、拉致問題について情報収集ということさえも日本国家が不熱心であったことは、明らかにうかがわれるのである。

「防衛白書」に拉致問題が出て来ない

 もっと驚かされるのは、本書第六章「北朝鮮を喜ばせている『防衛白書』」によれば、防衛白書(平成28年版)の第T部「わが国を取り巻く安全保障環境」の「北朝鮮」の欄には、日本人拉致が全く出て来ないということである。筆者は本当かいなと思ったので、防衛白書(平成28年版)を北朝鮮の欄はじっくりと、他のところは流し読みしてみたが、確かに拉致問題は出て来ない。なぜ、出て来ないかというと、拉致問題は防衛問題、安全保障問題ではなく、国内治安問題だからだという。その証拠に、「警察白書」には詳細に拉致問題が記されているのである。
 
  「日本国憲法」はなくしてしまうのが一番いい――荒木氏

 以上、本書は、拉致問題に関する外務省、日本政府、自衛隊のやる気のなさ、覚悟や問題意識の無さを説いたうえで、「日本国憲法」の改正の必要性を説いている。この場合の改正とは、もちろん、安倍偽改憲構想が出てくる前の2016年に書かれた本だから、最低限、9条A項削除を含むものである。そんなことは当然のこととして、本書は書かれている。

 「日本国憲法」に最も触れている箇所は、第二章「『死んで来い』に理由がない」である。本章は、荒木、荒谷、伊藤三氏の鼎談であるが、興味深い言葉が多々存在する。
 先ずは、荒木氏の言葉である。荒木氏は、日本国家の上層部に拉致被害者を何としても取り戻そうとする気概がないという状況認識をふまえて、次のように言う。

 私はなかば本気で、「憲法改正はしなくていいんじゃないか」とよく言っています。なくしてしまうのが一番いいと言っている。現行憲法のままであれば「アメリカが勝手につくった憲法だ」と言えますが、いまの状況で中途半端に改正すると現行憲法を日本国民が認めたことになりますよ。

 だから日本国憲法は「戦争に負けたらこういうものを押しつけられるんだ」という紀念品として置いておいて、あとは気にしないでやっていけばいいのではないか。 (76頁)
 

 「中途半端に改正する」とは、例えば9条A項を残す安倍改憲のようなことを指すのであろう。そのような改憲を行えば、日本国民が承認したという強制力が働くから、拉致被害者の取り戻しは正式に出来なくなる。

 これに対して、「日本国憲法」を改正せずそのままにしておけば、いざ北朝鮮有事という時には「アメリカが勝手につくった憲法だ」と言って第9条A項を無視した運用がしやすいということなのだろう。私も、そのように考えるものである。
 
  「日本国憲法」は主権国家としての責任放棄だ――荒谷氏 

次いで、荒谷氏の言葉である。荒谷氏は、前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」の部分を特にイメージして、次のように述べている。

 日本国憲法は、近代的な発想からすれば、国家が主権として持っている生存と安全の権利を「持ってはいけない」と言っています。国家には自然権として防衛権があるにもかかわらず、それを持って行使してはいけないと書いてある。それを他国に依存しているから自由権まで制限される。これは主権国家としての責任放棄です。 (77頁) 

 自警団が戦車を持っている国

 そして、伊藤氏の言葉である。

 自衛隊を辞めてからつき合った某国の中将は……会ったときに「日本ってすごいね」と言う。だから「なんでですか?」と聞いたら、「自警団が戦車を持っているんだな」と言うんです(笑)。自衛隊は英語で「Self-Defences Forces」だから、彼は「自警団」だと思っていた。これはよくあることなんです。 (78頁)

  「なんで、アメリカの掟がそんなに大事なの?」

 伊藤氏と言えば、氏が自衛隊を辞めた後にミンダナオ島に行って各国の警察や軍隊を指導した時の話を荒木氏が紹介している。伊藤氏は、弟子である或る女性から、突然、日本はおかしいと詰問されたという。そのやり取りを一部引用しておこう。

 「あなたの国の掟は、誰が作ったの?」
 「……」
 あなたの国に本気で生きる気のある人が作ったものでなければ、その土地に合うわけがないのよ。あなたの国に元々あった掟はどうしたの」
 「……」    (80頁) 


 伊藤氏は、どんどん責め立てられたが、返す言葉がなかったという。伊藤氏は、無言でいるしかなかった。更に一部を引こう。

 「なんで、アメリカの掟がそんなに大事なの? 何があるの、どんないいことがあるの?」
 「……」
 「その掟を大事にしてればアメリカが何をしてくれるの? あなたの国に原爆を2発も落とした奴にしてもらいたい事って何?」
 「……」    (81頁)


 ここまで責め立てられて、伊藤氏は堪えられなくなって「もういい、判った。止めろ」と言うが、彼女は更に続けた。

 「止めないわよ、あなたは、守って貰ってうれしいの? あなたは、平気なの?」
 「……」 (82頁)

 
 更に、この後、延々と伊藤氏は、女性から責め立てられたという。もっと詳しく女性の言葉が紹介されているが、日本人が正気を失わされていることがよく分かるエピソードである。ある意味、最も本書で興味深かった部分である。

 以上、本書を紹介してきたが、改めて、日本国家の出鱈目さ、拉致被害者取り戻しのやる気のなさを確認した。そのやる気のなさ、防衛白書に拉致問題を書かない出鱈目さこそが、9条A項護持の安倍偽改憲構想を生み出したのだということを、本書を読む中で確信した次第である。

 ともあれ、拉致問題と憲法改正問題に関心のある方にお勧めするものである。

 転載自由



テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
驚いた

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
自衛隊を追い出された連中がグダグダ言ってるだけの本ということがよく理解できました。
この方々は楯の会を信奉してるようなので、自衛隊を辞めてくれて良かった。
中核自衛隊
2017/07/11 11:22
多少なりとも頭の良い保守層は安倍改憲を第一段階として支持してるのに(笑)
そもそも公明党が賛成しなければ日本の安全保障政策など一歩も進まないのが理解できないのでしょうか?
次世代の党(日本の心)ごときに何ができるの?

西村氏「拉致!核!めぐみさん!」→落選
まともな票田もなしに公明党の重鎮に挑んで勝てるわけがないですよ。
この人が無様に負けるもんだから、有権者は西村氏の主張に興味がないと世界にアピールする結果になるんだけど・・・・(北朝鮮大喜び)

2015年の4月に日米防衛協力の指針が改定されましたが、コレがなんなのかご存知ですか?自衛隊と米軍の役割分担なわけです。
自衛隊はここで決まったことを粛々とやれば良いだけ。

まあ辞めた人が何言おうと自由ですがね(笑)
中核自衛隊
2017/07/11 11:39

コメントする help

ニックネーム
本 文
荒木和博・荒谷卓・伊藤祐靖『自衛隊幻想――拉致問題から考える安全保障と憲法改正』を読んで 「日本国憲法」、公民教科書、歴史教科書/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる