「日本国憲法」、公民教科書、歴史教科書

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zoom RSS 歴史戦の中の歴史・公民教科書(3)――教科書、歴史戦、憲法改正は一体の問題だ

<<   作成日時 : 2017/06/23 02:16   >>

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  2日前、筆者の「日本国憲法」無効論に関するインタビュー記事が、ダイヤモンドオンラインに掲載された。興味のある方は、一読されたい。

光浦晋三 「現行憲法は究極の自虐史観!?日本国憲法「無効論」の論拠」
http://diamond.jp/articles/-/132350

  さて、以下に、歴史戦の中の歴史・公民教科書(3)を掲げよう。

 五、歴史教科書の変遷と内閣の考え方……内閣の考え方は、歴史教育の大枠と一致 

  歴史戦と言えば、やはり、日本政府が日本の戦争を侵略とみるか否かということが、一番の焦点となる。日本政府が、「侵略」云々ということに関してどのような見解を抱いてきたか、歴史教科書の時期区分に合わせてみていこう。この部分は、和田政宗・藤岡信勝他『村山談話20年目の真実』(イースト新書、2015年)を基本的な参考文献として見ていく。

1)教科書の第一期、第二期……内閣は「侵略」を認めない

 教科書の第一期、第二期に於いては、内閣は決して「侵略」を認めてこなかった。この時期までの政府担当者には、「侵略」とは認めないという共通了解があったようである。いかなる国家でも、基本的にはそのような了解があると思われる。

 しかし、昭和57(1982)年6月26日、教科書誤報事件が発生する。この事件の時のことはよく覚えている。2か月間ほど、毎日のように、教科書問題の記事が新聞の一面を占めていたように記憶している。秋になっても、教科書問題に関する記事が新聞紙面を賑わしていた。異常な雰囲気の中、同年8月、記者会見の臨んだ鈴木善幸首相は、次のように初めて「侵略」用語を用いる。

 我が国の行為は、中国も含め国際的に侵略だと評価されているのも事実だ。この辺は政府としても十分認識する必要がある。

 まだ、侵略を自ら認めたわけではないが、今日から見れば、日本政府が外交的に転落していく第一歩だった。同年11月、近隣諸国条項が制定され、「侵略」用語と「南京事件」など11項目について検定意見を付けない運用を行う確認を、歴史小委員会が合意する。歴史小委員会が属する教科書用図書検定調査審議会は、このことを正式に決定していないと伝えられる。だが、小委員会の合意通りの運用が行われていくのである。

2)教科書の第三期……侵略表記全盛の時代に首相などが「侵略」発言

 教科書誤報事件の影響がさっそく現れ始めた昭和59年度から教科書の第三期が始まるが、昭和60(1985)年10月、参議院本会議で中曽根首相が初めて、首相として「侵略」を認める発言を行う。

 我が国は、過去においてアジアの国々等を中心とする多数の人々及び国家に対して、あるいは侵略行為あるいは戦争により多大の苦痛と損害を与えたことを深く反省し、このようなことを二度と繰り返してはならない、そのように考えております。

 この中曽根発言が、決定的な失策であった。中曽根政権の時代から、歴史認識をめぐるちょっとした発言で閣僚が辞任せざるを得なくなる事態が生じた。当時、こんなことをしていたら、日本国家は極めて外交的に弱くなっていくと思ったが、その通りになっていく。この時代から、日本の「悪行」発掘に生きがいを求める学者が著しく増加した。この時代に、1970年代の東アジア反日武装戦線(爆弾闘争以上に、日本人全体を敵として設定する反日革命思想が特徴)が提起した反日主義思想が、社会党や共産党、自民党の一部にも大きく広がった。自民党が政権を相変わらず握りながらも、自民党自身も、国民思想自体も反日化し、日本全体が思想的に著しく劣化した時代であった。保守の代表格とみられた中曽根首相自身が、反日思想とは言わずとも、少なくとも自虐史観の持ち主であったから、当然のことであった。その中曽根氏は、憲法改正運動で未だに大きな発言力を持っている。そんな状態で出てきた安倍改憲構想が、9条@A項を護持する永久属国化論になってしまうのも、ある意味、当然のことであろう。

 その後、竹下登、宇野宗佑、海部俊樹、宮澤喜一と歴代内閣の総理大臣が同様の発言を重ね続ける。そして、宮沢内閣の最後の段階である平成5(1993)年8月4日、「従軍慰安婦」問題に関する河野洋平内閣官房長官の談話が出される。この河野談話が、今日まで、日本を苦しめ続けていることは周知の事実である。

 この平成5年8月9日、非自民・非共産連立内閣である細川護煕内閣が成立する。細川は、首相になるや、戦争に関する謝罪発言を繰り返し、8月23日の国会で、「侵略」と「植民地支配」と「お詫び」の三点セットを込めた所信表明演説を行う。次の羽田孜総理も、平成6(1994)年5月の所信表明演説で同様の演説を行った。

 そして、平成7(1995)年8月15日、村山富市首相談話が出される。細川、羽田と同様の内容だが、閣議決定されているので日本国家を一定拘束する。もっとも、『村山談話20年目の真実』によれば、閣議決定は、騙し討ちのような形でなされたという。 

 そして、この村山談話は、平成10(1998)年の「平和と発展のための友好協力パートナーシップの構築に関する日中共同宣言」(小渕恵三と江沢民)の中にも出てくる。

 双方は、過去を直視し歴史を正しく認識することが、日中関係を発展させる重要な基礎であると考える。日本側は、一九七二年の日中共同声明及び一九九五年八月一五日の内閣総理大臣談話(村山談話)を遵守し、過去の一時期の中国への侵略によって中国国民に多大な災難と損害を与えた責任を痛感し、これに対し深い反省を表明した。

 この日中共同宣言が、安倍談話が村山談話を踏襲する根拠とされるのである。従って、騙し討ちのような形で閣議決定された村山談話は、極めて怪しからんものであると保守派は考える。

 しかし、1990年代の歴史教科書はどういうものだったか。この時代には、ほとんどすべの教科書は、満州事変から「太平洋戦争」まで全てを侵略としていたし、多くの教科書は日清日露戦争までも侵略としていた。多くの教科書で節見出しの中に「中国侵略」という言葉が躍っていた。しかも、前述のように、「朝鮮人強制連行」説も「南京大虐殺」説も、全社が採るところであった。

 当時の自民党閣僚からすれば、騙し討ちに見えても、村山談話は、自虐史観全盛の歴史教科書よりはまだましだともいえるものであり、少なくとも歴史教科書の内容に沿った談話だったのである。従って、村山首相は、当時、マスコミや国民世論からさして批判されることもなかったのである。教科書内容と政治家の発言は極めて密接な関係に在ることを確認しておきたい。

3)教科書の第四期……歴史戦における五連敗……極めて危険な状況

  前述のように、第三期の後半から、歴史教科書は大きく改善されてきた。「侵略」と記す教科書が減少し、朝鮮人強制連行説に明確に立つ教科書も少数派になったし、「南京大虐殺」から「南京事件」への転換も成し遂げてきた。

 そして、平成26年度検定で検定合格した教科書が、平成27年の採択戦に臨んでいたその時、次々と、日本は歴史戦における敗北を重ねていくのである。平成28年度から使用され出す歴史教科書においては、「侵略」と記す教科書は完全に少数派となっていたし、「南京事件」への転換が明確になるとともに、30年ぶりに「南京事件」を書かない教科書も登場した。まさしく、教科書が大きく改善され、新しい時代が訪れようとしていたその時、歴史戦における五連敗が発生するのである。五連敗とは、以下のものである。
 
 @平成27年7月5日、朝鮮人徴用が強制労働であったかのように読める声明
  ……「明治日本の産業革命遺産」世界遺産登録に際して、日本のユネスコ大使が声明。
  
 A8月14日、安倍談話
  談話の中で「侵略」を曖昧な形で認める。その後の記者会見では、明確に「侵略」を認める。
 
 B11月9日(日本時間10日未明)、「南京大虐殺」関係資料「世界の記憶」登録 

 C12月28日、慰安婦問題に関する日韓合意
  慰安婦問題に関する日本の責任を認め、国家の資金供出を約束した。この合意は、安倍談話の履行という意味があった。安倍談話には次のような言葉がある。

 私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。二十一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。

 D平成28年5月24日、参院に続いて、衆院本会議をヘイト法通過
  ヘイト法の正式名称は、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」というものである。日本人による外国人に対する「不当な差別的言動」(ヘイトスピーチ)だけを禁止し、外国人による日本人に対する「不当な差別的言動」を許容する法律である。このような日本人差別法を、安倍内閣は率先して作ったのである。
 
 歴史戦の5連敗は、中国による日本侵略の布石となる

 以上の5連敗について付言すれば、@は、徴用された朝鮮人が賠償を求め続ける根拠にされるものである。当然、中国人による賠償請求の一根拠ともなるものである。Aの「侵略」を認める発言は、中国にとっては、国連憲章第53条@後段「侵略政策の再現」を使う布石となるものである。

 Bの「南京大虐殺」関係資料「世界の記憶」登録は、中国の主張する「南京大虐殺」の存在を権威づける効果をもつことになる。中国が日本を侵略するに当たって、国際法を守らない場合の理由付けとなる。端的には、日本侵略に当たって発生しそうな「那覇大虐殺」「東京大虐殺」が生じた場合の言い訳に使える効果を持つことになる。石平氏によれば、中国は、その国際法意識の低さから「東京大虐殺」をしてしまうのではなく、「東京大虐殺」をしたがっているのだという。とすれば、この「世界の記憶」登録を許してしまったことは、日本外交の手痛い失敗だということになろう。

 Cの日韓合意の結果、世界では、慰安婦強制連行説と性奴隷説を安倍首相も認めたこととされ、すっかり、世界的にこの二つの説が流布拡大した。

 そして、Dのヘイト法によって、街頭運動や言語の世界では、日本人に対するどんなに「不当な差別的言動」であっても許されるという風潮が拡大した。ヘイト法は、韓国や北朝鮮や中国を批判する言説を「ヘイトスピーチ」として追放していく根拠に使われかねない危険をもつ日本人差別奨励法である。従って、慰安婦強制連行説及び性奴隷説の批判や「南京事件」否定説を追放していく道具に使われかねないものである。少なくとも、既に育鵬社の公民教科書の1コラムが「ヘイトスピーチだ」として攻撃されているように、自由社や育鵬社の歴史教科書、公民教科書追放の根拠とされていく危険があると言えよう。

 結局、安倍内閣下における5連敗は、中国の勝利である。中国にとっては、5連勝である。この5連敗は、中国にとっては、近い将来に行おうとしている日本侵略の布石となるものなのである。
 
 結局、歴史教科書の内容が歴史戦の帰趨を決してきた

  しかし、何故に、「日本を取り戻す」と言って政権に就いた安倍内閣の下で、5連敗を喫するのであろうか。もちろん、安倍首相自身が、結局のところ「戦後レジーム」に囚われていたという点、米国等の外国首脳と渡り合うだけの胆力が不足している点は、二つとも大きな理由であろう。

 だが、ここまで見てきたように、村山談話は、当時の歴史教科書に示された歴史認識と全く同様のものであった。村山談話の背景には歴史教科書に示された歴史認識があったのである。

 逆に、安倍談話も、「侵略」表記が減少してきてはいたが、まだ完全な少数派になっていない歴史教科書の現状に合わせるように、「侵略」を認めたかのような、認めていないかのような内容になっていたのである。故渡部昇一氏を初めとした保守派の多数派に絶賛された「日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。」との記述も、平成24〜27年度版と28〜31年度版の8社中5社の多数派教科書にみられる記述に過ぎなかったのである。

 要するに、余程歴史認識や国家観がしっかりしているか、胆力のある首相でない限り、歴史教科書の内容から自由にはなれないということなのである。

 その意味で、敢えて言えば、歴史教科書の内容こそが歴史戦の帰趨を決してきたと言えよう。このことを確認した時、筆者は、余りにも意外だったので、多少ともショックを受けた。ともかく、その意味でも、「つくる会」は、採択数に関わらず、教科書をつくり続けなければならないであろう。
 
 六、『捕虜収容所服務規程』としての「日本国憲法」……歴史戦、歴史教科書との関係 

 以上、歴史・公民教科書、特に歴史教科書の内容が歴史戦と密接な関係に在ること、歴史教科書の内容こそが歴史戦の帰趨を決してきたことを述べてきた。

 しかし、何故に、日本では自虐史観が蔓延り、熾烈な歴史戦が戦われることになったのであろうか。それは、中韓や米国に根強く存在する日本人差別思想に由来するし、それ以上に日本人が世界一の日本人差別主義者であるからである。

 この日本人差別思想を育んできた最大の文書が「日本国憲法」である。「日本国憲法」は、連合国の「捕虜」として日本人を位置付け、日本人を差別し管理する法である。いわば、『捕虜収容所服務規程』なのである。以下、「日本国憲法」の日本人差別性を見ていこう。

 日本及び日本人を差別する「憲法」の作り方 
 
  そもそも、「日本国憲法」は、占領下に、しかもGHQの完全統制下という異常な状態で作られた。西ドイツのボン基本法と比べると、米国人が、如何に日本人を差別的に見てていたかが分かる。原案から見れば、「日本国憲法」の場合は、周知のように、GHQが原案を作った。これに対して、ボン基本法を起草したのはドイツ人自身である。

 議会審議を比べても、「日本国憲法」の審議は完全に統制されていたし、日本の議員たちの自由意思はほとんど存在しなかった。これに対して、西ドイツの場合は、基本的に自由に審議することが許された。

 しかも、日本では、占領下に作らされたにもかかわらず、「日本国憲法」と位置づけさせられた。西ドイツの場合は、占領下で自由意思が存在しないという理由と、東西ドイツに分断されているという理由から、「憲法」ではなく、「基本法」と位置付けることが許された。実は、分断国家という点は、日本にもあてはまる。「日本国憲法」成立時には、沖縄、奄美、小笠原は米国に直接占領されており、日本政府の施政権が及んでいなかったからである。
 
 前文で反日主義の原理、下層国の原理 
  「日本国憲法」は、作られ方の点でも日本人差別的であるが、内容の点でも差別的である。それは、とりわけ、前文と第九条に現れている。前文には、有名な次の言葉がある。

 日本国民は、……、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、……平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した 

  ここに見られるように、「日本国憲法」は、諸外国を「平和を愛する諸国民」として上位に位置づけ、日本を戦争を起こした「侵略国」として下位に位置づけている。それどころか、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と述べて、安全どころか、生存までも諸外国の判断に任せてしまっているのである。理論的には、諸外国が死ねよと言えば、死んでいかなければならない存在として、日本は位置づけられていることになるのである。

 九条……自衛戦力も交戦権も否定、と解釈されている

 上記前文の思想に合わせるように、「日本国憲法」第九条は、多数派及び通説の解釈からすれば、自衛戦争もできず、自衛戦力も持てず、自衛のための交戦権も否認したと捉えられている。自衛のための交戦権も持てなければ、大国の属国とならなければ生きてはいけないだろう。あるいは、滅亡していかざるを得ないであろう。それゆえ、帝国憲法改正議会では、昭和21年8月24日、日本共産党の野坂参三は、「要スルニ当憲法第二章ハ、我ガ国ノ自衛権ヲ抛棄シテ民族ノ独立ヲ危クスル危険ガアル、ソレ故ニ我ガ党ハ民族独立ノ為ニ此ノ憲法ニ反対シナケレバナラナイ」と述べていたのであった。
 
 日本悪者物語と帝国憲法(体制)は良くないという物語 

 ここに見た「日本国憲法」の作られ方と内容が、要求するものがある。一つは、日本悪者物語である。端的に言えば、日本は悪いことをしたから自衛戦力さえも放棄した、という物語である。そこで、日本の戦争を「侵略」と位置付けるだけでなく、数々の「悪行」を創造していかなければならなくなる。そこで歴史捏造又は歴史歪曲が必要となるが、これらを歴史教育と歴史学が行い続けてきたのである。

 二つは、帝国憲法(体制)は良くないという物語である。帝国憲法は非民主的、非人権的な憲法だから、「日本国憲法」が作られたという物語である。この物語も歴史教育と歴史研究が担ってきたが、更に憲法学や公民教育も担ってきた。最近の歴史研究は、帝国憲法(体制)をそれなりに評価するようになっているが、歴史教育、憲法学、公民教育にはほとんど変化がない。

 「日本国憲法」成立過程史の研究をサボタージュする

 三つは、「日本国憲法」成立過程史の研究をしないことである。占領期にはGHQが原案を作ったことが隠されていた。そして、「日本国憲法」無効論は、そもそも生まれないように、徹底的な言論統制が行われてきた。それゆえ、占領解除後も、「日本国憲法」成立過程史が明らかにされることはなかった。日本は、1995年まで、最も「日本国憲法」審議を中心的に行った衆議院憲法改正委員会内小委員会の議事録が秘密議事録指定を受けていたように、きちんと「日本国憲法」成立過程史の研究をオープンに行うことを回避してきた。今日でも、議会審議の研究はきちんと行われているとはいいがたい状況である。

 真面目に行われないのは何故か。それは、正面から成立過程史の研究が行われれば、「日本国憲法」無効論を招き寄せることになるからである。

 無効論を招き寄せないためには、何でも行われてきた。ポツダム宣言が無条件降伏を求めたものだという嘘、国民が「日本国憲法」の原案を支持したという嘘、議会が自由に審議したという嘘、等々である。これらの嘘が、特に公民教科書で流され続けたのである。憲法解釈書にもかなり出てくることがあるから、驚きである。

 国家論と国際法などを教えない、研究しない 

  四つは、国家論や軍事学、国際法(特に戦時国際法)などを追放したことである。これらが身に付けば、九条はおかしいということはすぐわかる。国際法が身に付けば、特に戦時国際法が身に付けば、「日本国憲法」が無効だということはすぐわかる。だからこそ、これ等の学問を追放する必要があったのである。

 追放したということが大袈裟だとしても、これらの学問が多くの国民、高等教育を受けるような国民に対しても教えられなかったことは事実である。いや、教育以前に、研究自体がきちんと行われてこなかったと言って良いだろう。特に戦時国際法がそうである。

 国家論や戦時国際法などの追放は、日本の文系学問全体をおかしなものにした。特におかしくなったのは、歴史学と憲法学である。この二つの学問がおかしくなれば、歴史教育も公民教育もおかしくなるのは当然であろう。教育の場合は、学問以上に「日本国憲法」護持という目的に縛られるから、歴史教育も公民教育も、歴史学と憲法よりも更におかしなものになっていったのである。

 最後に――教科書改善、歴史戦、憲法改正は一体だ

  以上見てきたように、歴史戦と歴史教科書・公民教科書とは極めて密接な関係にあること、また、「日本国憲法」の問題と歴史教育・公民教育の問題とはきわめて密接な関係にあることを指摘しておきたい。

 今の日本人の歴史観や国家観がおかしいのは、本質的には「日本国憲法」という文書のせいである。従って、憲法改正問題こそ重要であり、それに比べれば、歴史戦は軽い問題であり、教科書改善問題は更に軽い問題である、という認識が広範に出てくる。所謂保守派は、ほとんど、この考え方になびいている。

 安倍内閣は、そのような考え方から、教科書改善運動を最前線で戦っている「つくる会」をつぶし、育鵬社を伸ばすために、学び舎という検定不合格にするしかない極左の教科書を無理やり検定合格させてきた。これは、もう一度言うが、検定基準を完全に無視した違法行為である。2015(平成27)年4月のことである。

 また、そのような考え方から、憲法改正を自己目的化し、形だけの「日本国憲法」改正を求めて、3分の2の支持を得るために、特に公明党の支持を得るために、日韓合意などを行い、歴史戦を最前線で戦っている人たちに後ろから砲撃をし続けてきた。これも2015年のことである。そして、憲法改正の自己目的化はとどまるところを知らず、今年5月、ついに、憲法改正の一丁目一番地である9条A項削除をあきらめた改憲構想を示すに至ったのである。これは、正気の沙汰ではない。安倍改憲路線は、日本の自主防衛をあきらめ、正式に日本国民の意思に基づくという形式を履み、日本を属国化するものだからである。

  端的には、青山繁晴氏は《拉致被害者を取り戻すために、早く「日本国憲法」改正という形で9条改正をしなければならない》と述べておられたが、日本国家による拉致被害者の取り戻しをあきらめるということでもあろう。

 しかし、そもそも、憲法改正、歴史戦、教科書改善の三者をバラバラに捉える考え方は間違っている。三者は極めて密接な関係にあり、一体のものであるし、三者に軽重はない。特に、『安倍談話と歴史・公民教科書』や『「日本国憲法」・「新皇室典範」無効論』を認める中で、そう思うようになった。いや、むしろ、民間にある者が出来ることは何か、という実践的観点からすれば、教科書改善問題こそ、最も重くて重要な問題ではないかと思われるのである。

 小論で展開してきたように、歴史戦の敗北の根底には、教科書に示される歴史観・国家観の改善がもう一歩足りなかったということがある。前述のように、教科書に示された歴史観や国家観こそが、歴史戦の根底にあり、歴史戦の帰趨を決してきた。同様に、教科書に示されるような国民の歴史観や国家観こそが、憲法問題の帰趨を決するように思われる。歴史観・国家観の改善が足りないからこそ、国家とは何か、憲法とは何か、国際法とは何か、交戦権の否認とはどういうことを意味するのか、日本の戦争とは何だったのか、といったことが分からない国会議員を多数生み出し、これらのことを背景として、安倍偽改憲構想が生まれているのである。
 
〇参考文献
歴史教科書、公民教科書関係
 
 藤岡信勝編・自由主義史観研究会著『200年度版歴史教科書を格付けする』徳間書店、2000年
 三浦朱門編著『「歴史・公民」全教科書を検証する』小学館、2001年
 小山常実『歴史教科書の歴史』草思社、2001年
 小山常実『公民教科書は何を教えてきたのか』展転社、2005年
 三浦朱門編著『全「歴史教科書」を徹底検証する』小学館、2005年
 小山常実『歴史教科書が隠してきたもの』展転社、2009年
 小山常実『公民教育が抱える大問題』自由社、2010年
 西村幸祐『教科書は「天皇」と「自衛隊」をどう教えているか』総和社、2011年
 小山常実『公民教科書検定の攻防』自由社、2013年
 小山常実『安倍談話と歴史・公民教科書』自由社、2016年
歴史戦其の他
 江藤淳『閉された言語空間――占領軍の検閲と戦後日本』文藝春秋社、1989年
 関野通夫『日本人を狂わせた洗脳工作』自由社、2015年
 和田政宗・藤岡信勝他『村山談話20年目の真実』イースト新書、2015年
 藤岡信勝編著『国連が世界に広めた「慰安婦=性奴隷」の嘘』自由社、2016年
 小山常実『「日本国憲法」・「新皇室典範」無効論』自由社、2016年
 皿木喜久編・小山常実他著『「ヘイトスピーチ法」は日本人差別の悪法だ』自由社、2016年

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