「日本国憲法」、公民教科書、歴史教科書

アクセスカウンタ

zoom RSS 原則を放棄するから日本は負けつづる−−「日本国憲法」・「新皇室典範」無効論を掲げよ

<<   作成日時 : 2017/06/12 02:39   >>

ナイス ブログ気持玉 5 / トラックバック 0 / コメント 0

   「日本国憲法」は基本的に無効だ――青山繁晴氏の発言

 5月4日、「偽憲法記念日を迎えて――青山繁晴氏よ、拙著『「日本国憲法」・「新皇室典範」無効論』を批判されたし」を掲載した。この記事に対してコメントをいただいた方から、5月5日に配信された青山氏の動画があることを教えていただいた。6月に入って視聴した。《憲法無効論者の「評論」に感じた落胆[桜H29/5/5] 》というタイトルの動画である。
  https://youtu.be/f_OBoTu_OLw

 この動画を視聴して、4月の発言とは余りにもニュアンスが異なるので驚いた。4月の「憲法無効論者の不遜と無責任」(H29/4/14)という動画に対しては多くの批判が殺到した。そこで弁明が必要になったと判断した青山氏は、上記タイトルの動画の中で弁明している。氏は、この中で次のよう述べている。
 ・私がいつ憲法無効論について批判したか。批判していない。
 ・日本国憲法は、ハーグ陸戦条約に違反しており、国際法に違反している。
  このことを、あなた方が生まれる前から、私は主張している。
 ・日本国憲法は、国際法に違反しているから、基本的に無効である。


 最後の言葉に注目されたい。青山氏によれば、基本的に「日本国憲法」は無効であるということのようだ。「基本的に」という言葉が入っているのがみそなのだが、ともかく氏も本来「日本国憲法」は無効であると理解しているようだ。別の言い方をするならば、原則的に「日本国憲法」は無効であると氏も理解していることになる。

  なぜ、原則的な立場を堅持されないのか

 だが、この後すぐに、石原慎太郎氏の批判に入っていく。石原氏が憲法問題で何か努力したか、何もしていないではないか、逆に票にならないのに地道に「日本国憲法」改正を訴えてきた議員は非常に苦労してきた、そして、ようやくここまで憲法改正の機運を高めてきたのだ、と述べる。

 この石原氏への反感、地道に憲法改正問題に取り組んできた議員ヘの共感は、本当だろう。

 しかし、なぜ、無効なものを改正するのか。無効と考えるならば、憲法としての無効確認が必要ではないか。「日本国憲法」改正という形をとるならば、どのようにして本来無効である「日本国憲法」が有効となったのか、説明しなければならないのではないか。

 というふうに、筆者は考える。なぜ、「日本国憲法」無効論という原則論を、青山氏は放棄してしまうのか。同じ態度を採る改憲派は数多いが、放棄する説得的な説明を筆者は聴いたことがない。単に、「もう無効論は無理に決まっている」という説明にならぬ説明を聴くだけだ。

 憲法無効論が原則だし、その方が正しいが、それを押し通すのは困難だからやめようというのが青山氏の態度である。

 この青山氏の態度は、慰安婦問題に於ける《慰安婦強制連行説も慰安婦性奴隷説も嘘だから本来謝罪する必要はないのだが、その態度を押し通すのは困難だからともかく謝罪しよう》という日本政府又は安倍首相の態度と瓜二つである。原則的には謝罪の必要はないが、よく分からないけれども謝罪しておこうというわけである。この非原則的な安倍政権の態度が端的に示された日韓合意に対して、青山氏は怒っていたのではなかったか。

 日韓合意で韓国が追い詰められたから、安倍の勝利だ、日本の勝利だというものがいる。日本VS韓国という側面でも日本側が勝ったと言えるか疑問だが、問題は中韓以外の世界で慰安婦問題がどう捉えられているか、という側面である。この側面では、日本は大敗北しているのだ。日韓合意の結果、日本は性奴隷説も強制連行説も認めて謝罪したということにされている。性奴隷説も強制連行説も、日韓合意をきっかけに、世界中に広まってしまったのだ。オバマ大統領からの圧迫を交わすという小さな目先の利益のために、日本の誇りを売渡し、慰安婦問題に関する大嘘を世界中に広めてしまったのが日韓合意という非原則的な対応であった。この段落で述べた認識は、青山氏にも共有されたものであったはずである。

 であれば、青山氏は、当然に、原則的に正しいと思っている「日本国憲法」無効論を正面からぶち上げるべきではないだろうか。

 原則をすぐに捨てる日本は負け続ける、原則を大事にしよう

 日本は、常に非原則的な態度をとる。正面から戦わない。そして負けていく。その態度が形成された一番の原因は、国際法違反の東京裁判と「日本国憲法」に対して、特に後者に対して原則的立場である無効論をぶつけてこなかったことである。日本人は、無効か有効かの議論をしないまま、よく分からないけれども有効だとしてきたのである。

 常に原則を正面から主張しない態度は、「日本国憲法」の有効無効問題で形成されたと筆者は考えている。「日本国憲法」無効論を知りながら敢えてこの立場を採らなかった自民党は、どんどん堕落し、遂には、日本を滅亡させる9条A項護持論を唱えるに至ったのである。本当に、日本は、原則を大事にせず、すぐに原則を放棄するから、負け続けるのである。しかし、負け続けるだけでは終わらないだろう。負け続けの先には、滅亡が待って居よう。
  
 「新皇室典範」は無効である

  いや、「日本国憲法」無効論よりも日本が大事にしなければならない原則がある。それは、「新皇室典範」無効論である。

 「新皇室典範」は、その成立過程や法律という位置付けからして、有効に成立したものではない。その成立過程は、「日本国憲法」がまともに作られたと思われるほどに、出鱈目極まりないものである。

 元来、皇室典範は、皇室の家法である。従って、帝国憲法の時代には、皇室典範の改正は、皇室の意思を重視して、皇族会議という皇室の機関によって行われることになっていたし(皇室典範第62条)、「帝国議会の議を経るを要せす」(帝国憲法第74条@項)とされていた。皇室の家法である以上、皇室の意思を重視するのは、自然の摂理としても当然のことであった。

 ところが、「新皇室典範」は、どういう作られ方をしたのか。一切、皇室の意思は反映されない形で作られた。昭和21(1946)年6月に設置された臨時法制調査会の第一部会というところで、7月から9月にかけて「新典範」の立案が行われた。そして、12月には「新典範」案が第91帝国議会で簡単に審議され、原案通り可決された。臨時法制調査会にしても、帝国議会にしても、皇室典範を議論する権限を全く持っていない機関が「新皇室典範」成立に関わっていたのである。

 この「新皇室典範」成立過程に比べれば、「日本国憲法」の場合は、少なくとも権限のある機関が「日本国憲法」成立に関わっている。もちろん、占領下で、しかも日本側に自由意思のない形で作られたから、「日本国憲法」の成立過程も不法である。だが、「新皇室典範」成立過程の不法の程度は、「日本国憲法」の場合の不法の程度を圧倒的に超えるものだったことに注目されたい。条文的に言えば、皇室典範第62条と帝国憲法第74条@項にあからさまに違反する形でつくられたのである。

 しかも、日本側対連合国側という観点で考えても、「新皇室典範」成立過程は、「日本国憲法」成立過程の場合と同じく、完全に連合国に統制されていた。成立過程において、臨時法制調査会の第一部会の幹事たちは、12回以上、GHQと連絡を取りながら、「新典範」の内容を決めていったのである。当然、GHQの意向が、「新皇室典範」の中に大きく反映され、日本側の自由意思は抑圧されていたのである。
 
 「新皇室典範」無効論に基づき11宮家復活を唱えよ

 以上のように、「新皇室典範」は、ほとんど議論の余地なく、無効な存在である。だが、この無効な「新皇室典範」は、昭和22(1947)年1月16日、法律として公布された。その後、5月2日、「旧」皇室典範が、天皇の勅定という形で廃止され、翌3日、「日本国憲法」と「新皇室典範」が施行された。そして、10月13日、「新皇室典範」で作られた皇室会議は、十一宮家の臣籍降下を決定していったのである。

 従って、無効な「新皇室典範」成立と一連の過程として行われた十一宮家の臣籍降下も無効なものである。以上のことを強調しておきたい。また、十一宮家の臣籍降下は、GHQが徹底的に「天皇財閥」というレッテル貼りして皇室財政を圧迫した結果だったことも述べておこう。

 従って、「新皇室典範」問題については、「新皇室典範」無効論・十一宮家の臣籍降下無効論こそが原則なのである。

 しかし、ほとんど、「新皇室典範」の有効無効問題は提起されることさえほとんどなかったと言ってよい。昨年9月、筆者は、『「日本国憲法」・「新皇室典範」無効論』(自由社)を著し、その中で、「日本国憲法」と「新皇室典範」が偽物であること、従って憲法や典範として無効な存在であることを、まとめて展開した。両者の無効をまとめて展開した著書は、恐らく初めてのものと思われるが、見事に、言論界もマスコミも、この本に対して評価も批判も行わなかった。筆者が2002年に『「日本国憲法」無効論』を著したときや、2006年に『憲法無効論とは何か』(展転社)を著したときには、保守言論界からは一定の反応があったが、『「日本国憲法」・「新皇室典範」無効論』に対しては、ほぼ反応はゼロであった。

 筆者のネームバリューのなさや保守言論界内における立ち位置からして、無視されることは一定程度分かっていた。しかし、「新典範」無効論は珍しいものであるし、拙著がその成立過程の問題を体系的に展開した点で、一定の評価なり批判があることを期待していたのも事実である。

 ところが、日本人は、米国が怖くて、米国に押し付けられた「新皇室典範」が無効であるとの声を全く挙げてこなかった。私が『正論』2006年9月号でこの問題を提案してから10年以上が経過したが、何の議論も行われた形跡がないのである(私自身も、「つくる会」理事になっていき、教科書問題で忙殺され、この問題を深めることが出来なかった)。

 そうこうしているうちに、本年6月9日、「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」が成立し、其の付帯決議で女性宮家等のことを検討するということになった。付帯決議だから拘束力はないが、民進党などは、「皇位継承の安定」ということを強調して、女系天皇の実現による万世一系の破壊を狙って、女性宮家の実現を迫っていくだろう。
 これに対抗するには、どうしたらいいか。もう一度言うが、「新皇室典範」無効論・十一宮家の臣籍降下無効論こそが原則である。この原則に従い、十一宮家復活を説くべきである。これが第一の方法である。

 或いは、日本の2千年の歴史を振り返り、その中に自ずから現れる規範に従って、皇位継承や宮家の問題を考えるべきである。皇室は、帝国憲法よりはるかに古い存在だからである。そのように考えるならば、一番守るべき原則は男系継承であるし、男系継承を守る為ならば、現在皇族として遇されていない男系男子を皇族として迎え入れることも当然のことであると理解されよう。無効・有効にこだわらず、2千年の歴史をふまえて考えるのが、第二の方法である。

 一番いいのは、二つの方法の併用であろう。

   「新皇室典範」成立過程の研究を

 ともあれ、私として特に願うのは、占領期の「新皇室典範」成立過程について、多数の人に研究していただきたいということである。研究されて、私が述べる「新皇室典範」無効論が正しいのか間違いか、考察されんことを願うものである。

 「日本国憲法」成立過程については、まだしも少しは研究されてきた。しかし、「新皇室典範」成立過程については、ほとんど研究されていない。歴史学者であれ、憲法学者であれ、何であれ、占領期や「新皇室典範」に興味を持たれる方が研究されんことを希う。

   転載自由

 

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 5
ナイス ナイス ナイス
なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ガッツ(がんばれ!)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
原則を放棄するから日本は負けつづる−−「日本国憲法」・「新皇室典範」無効論を掲げよ 「日本国憲法」、公民教科書、歴史教科書/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる