「日本国憲法」、公民教科書、歴史教科書

アクセスカウンタ

zoom RSS バーンズ回答は憲法改正を要求したものだったのか――小山説再考

<<   作成日時 : 2017/04/23 17:24   >>

ナイス ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

 前回の記事、即ち「渡部昇一氏の逝去、憲法無効論と国際法・憲法」を書いている間、過去に自分自身が書いてきたことに一つの疑問が生まれた。バーンズ回答は、確かに国体と区別された意味の政体について規定することを求めていたが、だからと言ってそれが憲法改正に必ずしもつながらないのではないか、という疑問である。こういう疑問が生まれたのは、戦時国際法に関する勉強を始め、前よりも占領というものに対する理解が進んだからである。

 そこで、バーンズ回答は憲法改正を要求したものだったのか否か、ハーグ陸戦条規第43条などとの絡みで見ていくことにする。

 ハーグ陸戦条規第43条

 ハーグ陸戦条規第43条があろうがなかろうが、《他国が独立国の憲法に手を出すべきではない》という一般国際法上の規範が存在する。第43条の背景には、この規範が存在すると言って間違いないであろう。第43条を以下に引用しよう。

 国の権力が事実上占領者の手に移りたる上は、占領者は、絶対的の支障なき限、占領地の現行法律を尊重して、成るへく公共の秩序及生活を回復確保する為施し得へき一切の手段を尽すへし。

 ここからまず、原則として、占領地の現行法律を変更できない事、法律さえも変更できないのだから、まして憲法は変更できない事、以上2点の事を確認できる。

 とはいえ、この条文の文言からすれば、「絶対的の支障」があれば、現行法律を変えることが出来るように読むことが出来る。ひいては、憲法を変える事ができるように読むことができる。

 しかし、この読み方は、明らかに間違いである。最近10か月、立作太郎の『戦時国際法論』を読み続けているが、立によれば、「絶対的の支障」がある場合とは、占領軍の安全確保など軍事的関係の必要性がある場合であり、或いは占領地の安寧秩序維持に必要な場合である。つまり、「絶対的の支障」とは、憲法問題とは何の関係もない理由である。

 しかも、日本人はおとなしく占領権力に従っていたわけだから、更に強く、「絶対的の支障」などなかったといってよい。従って、占領期に憲法改正を行わせた連合国は、完全にハーグ陸戦条規第43条違反の行為をしたことになるのである。

ポツダム宣言自身は憲法改正を要求していない

 しかし、1945(昭和20)年7月26日、米国、英国、中華民国の三国は、ポツダム宣言を発した。この宣言は、日本軍の無条件降伏を定めていても日本国の無条件降伏を定めたものではなく、降伏条件を7項目示した有条件降伏を要求したものだった(にもかかわらず、戦後日本の憲法学界を牛耳ってきた美濃部・宮沢系憲法学者は、この有条件降伏要求を無条件降伏要求に歪曲してきた)。この7番目が、憲法改正問題と関わるものである。次に掲げよう。

 前記諸目的が達成せられ、且日本国国民の自由に表明せる意思に従ひ、平和的傾向を有し、且責任ある政府が樹立せらるるに於ては、聯合国の占領軍は直に日本国より撤収せらるべし。 

宮沢系学者は、傍線部から憲法改正が必要になったと説くわけであるが、「平和的傾向を有し」「責任ある政府」の「樹立」のためには、別に憲法改正は必要ではなかった。大正デモクラシー期に行われた帝国憲法の運用で充分達成可能であった。しかも、占領下の憲法改正を禁止する一般国際法と併せて考えれば、ポツダム宣言自身は、憲法改正を要求したものではないと解釈するのが正しいと言えよう。

 バーンズ回答は憲法改正を要求したものだったのか

 ところが、8月10日付で、日本政府は、米英中ソ四ヵ国政府に対して、「天皇の国家統治の大権を変更するの要求を包含し居らざることの了解の下に」ポツダム宣言を受諾する用意がある旨を伝えた。

 これに対する四ヵ国の返答が、8月11日付で、米国のバーンズ国務長官によって行われた。その第五項には、次のような文言が並んでいた。

 日本国の最終的の政治形態は(The ultimate form of government of Japan)、『ポツダム』宣言に遵い、日本国国民の自由に表明する意思に依り決定せらるべきものとす

 補足すれば、「form of government」は国体と区別された意味の政体という訳が正解である。わざと誤訳されたと思われる。前回述べたことを繰りかえせば、バーンズ回答は、占領末期に政体を日本国国民の自由意思によって決定することを要求したものだと言える。私は、政体をいじるわけだから憲法改正問題が浮上すると考え、『戦後教育と「日本国憲法」』(1992年)以来、このバーンズ回答受け入れによって、憲法改正が必要になったと理解してきた。

 しかし、前回記事を書く中で、本当にそうなのか、と思い出した。『戦時国際法論』第一篇第三部第八章「敵国領土の占領」を読むと、占領と征服は異なること、占領終了後には原状回復の原則があること、という二点のことが目についた。既知のことでもあるが、明確にこのように書いたものを見ると、占領は征服と異なるのだから、被征服国に対して憲法を与えることは許されるとしても、被占領国に対して憲法改正を行わせるのは、バーンズ回答の解釈からも出てこないのではないかと思い出した。まして、占領解除後には原状回復の原則があることを考えれば、政体についていじるとしても、憲法改正以外の方法で行うべきではないかと思い出した。

 やはり、仮に政体に関する法規定が求められたとしても、それを憲法改正という形で行う必要はないのではないか、と思い出した。具体的には、国家運営臨時措置法、国家基本法、暫定憲法といった形式で政体について定めることを求めたのがバーンズ回答であると理解した方が正しいのではないか、と思い出した。その方が、《他国は独立国の憲法に手を出すべきではない》という一般国際法を毀損することが少ないからである。実際、西ドイツは、基本法として作ったし、最近のアフガンやイラクは、暫定憲法として作った。占領下日本の場合にも、同じことがあてはまるように思われるのである。

 今後、この問題については、戦時国際法の学習と無効論の元祖である井上孚麿の理論を研究しなおす等の作業を行う中で、考え直すつもりである。

 その他思うこと

 なお、10か月ほど戦時国際法学の学習を行い、今回、無効論と国際法・憲法との関係について考察するうちに、思ったことがある。

 本当に、今の日本には、憲法学と国際法学が果たしてあるのか、ということである。国際法学のことはもう一つ知らないが、憲法学のひどさは目を覆いたくなるほどである。

 憲法学や国際法学の体たらくの背景には、国家学、国法学、戦時国際法学、地政学、軍事学などが追放されたことがある。

 考えてみれば、一方では、国法学上(国家学上も)《憲法はその国の自由意思で作るべし》ということになる。この国法学に忠実に、フランス憲法は占領下の憲法改正禁止規定を置いた。また、ドイツは、基本法とはいっても、憲法とは称さなかった。

 他方、国際法学上《他国は独立国の憲法に口出しできない》ということになる。この思想が反映して、陸戦条規43条があると言える。

要するに、国家学、国法学、戦時国際法学、地政学などの復権が求められているのだと言えよう。

転載自由




テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 3
ナイス ナイス
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
バーンズ回答は憲法改正を要求したものだったのか――小山説再考 「日本国憲法」、公民教科書、歴史教科書/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる