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zoom RSS 聖徳太子の名前を「厩戸王」に変えるな!---「つくる会」ホームページより転載、国家解体の総仕上げ

<<   作成日時 : 2017/02/23 11:06   >>

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  2月14日、学習指導要領案が出された。3月15日までパブリック・コメントを受け付けるという。「つくる会」は、2月21日、以下の緊急声明を発した。重要な事項なので、転載する。

 前回改定で家族が消えた

 今回の中学校指導要領案の社会科歴史的分野と公民的分野の部分を見ると、日本国家解体の思想的総仕上げが行われたという観がする。既に、前回の指導要領改訂で、公民的分野が著しく改悪された。家族と地域社会の言葉が指導要領から消えた。そのため、多数派教科書から家族論が消えた。もともと、戦後になって、小中学校から大学まで、日本では国家論の教育が消えてしまっていた。そして家族制度解体の教育も行われてきた。だが、家族論そのものは、前回指導要領改訂までの教科書は展開してきたのである。ところが、前回改訂で家族が解体され、多くの教科書から家族論が消えてしまったのである。今回の改定案で家族や地域社会が復活することを望んだが、結局消えたままである。パブリックコメントでは、《家族と地域社会の言葉を復活させてほしい》との声を寄せていただきたい。

  今回改定で日本国家のアイデンティーが破壊される


 次に歴史的分野であるが、目立つ変化としては、「聖徳太子」→「厩戸王」、「元寇」→「モンゴルの襲来」、鎖国の言葉が消えたこと、以上3点があげられる。歴史学の世界からすれば、二点目、三点目は問題はないということになるのかもしれないが、三点揃うと、日本国家解体の意図が透けて見える。元寇という名称は、中華帝国による日本「侵略」という意味合いをもち、中国の対外膨張に対する警戒意識につながるものである。「モンゴルの襲来」への変化は、明らかに、この警戒意識の解体を狙うものである。

 三点目の鎖国という言葉の消去は、明治維新のアイデンティーを奪い、大日本帝国の解体を狙うものでもある。確かに、鎖国というイメージが拡大しすぎて、江戸幕府が外国の事を知らなかったかのような錯覚が広がったマイナスはある。だが、現実に、日本人は海外に行けなかったのであり、外国からも基本的に日本に来れなかったのである。「鎖国」という現実が、実際にあったのである。そして、鎖国を解消し、開国政策を進めた政権として明治政府があったわけである。三点目の変化は、その明治国家、大日本帝国の解体を進める機能を確実に果たしていくだろう。

 最後になったが、一点目の変化は、二点目、三点目をはるかに超えて、日本国家の解体を進める機能を持つものである。その点は、「つくる会」緊急声明に在る通りである。しかも、これも緊急声明に在る通り、歴史学界の少数説(それも完全に学界から消えた騎馬民族説に勝るとも劣らない虚構の説)に基づく変化である。

 絶対に、「聖徳太子」から「厩戸王」への改悪を許してはならない。多くの方に、以下の緊急声明を読んでいただき、改悪反対の声を文科省に届けていただきたい、と心から思うものである。

   意見提出フォーム画面
http://www.e-gov.go.jp/help/public_comment/form.html



聖徳太子の名前を「厩戸王」に変えるな!
次期学習指導要領改訂案に対する緊急声明
文部科学省へパブリック・コメントを届けてください!





新しい歴史教科書をつくる会は、2月14日に文部科学省から発表された次期学習指導要領改訂案に対し、21日、下記の緊急声明を発表しました。そして同日、本声明は文部科学省が現在募集中のパブリック・コメントとして、同省に送付されました。

この案件は是が非でも阻止しなければなりません。会員ならびに支援者の皆様には、声明についてご理解の上、文部科学省へパブリック・コメントをお送りいただきますよう、何卒、ご協力をお願いいたします(パブリックコメントへの宛先は声明の最後をご覧ください)。

なお、今回の緊急声明は、改訂案の歴史的分野で「聖徳太子」の一点について指摘しておりますが、他にも歴史・公民それぞれに、懸念される部分があります。これらにつきましては、今後内容を精査し、会として改めて問題点を指摘いたします。




    日本人の精神の支えをなす聖徳太子の名前を「厩戸王」に変えないで下さい!
        −次期学習指導要領改訂案への「つくる会」のパブリック・コメント−


                                      平成29年2月21日
                                 新しい歴史教科書をつくる会

  文部科学省は2月14日、次期学習指導要領の改訂案を公表しました。その中で、小中学校の歴史教育に関し、日本国民として決して見逃すことのできない重大な記述が含まれていることがわかりました。日本史上もっとも大切な人物として長年位置づけられてきた聖徳太子のその呼称を否定し、「厩戸王(うまやどのおう)」と呼ばせるという方針が書かれています。当会は文科省のこの改訂案に絶対反対であり、改訂案に対するパブリック・コメントとして、ここに当会の見解を発表します。

(1)改めて説明するまでもありませんが、日本史上の聖徳太子(574〜622)の事績は傑出しています。太子は冠位十二階と十七条憲法によって国家の仕組みを整備し、天皇を中心とする国づくりへ前進させました。中国大陸との外交では、「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す」という文言で知られるように、中国の皇帝を中心とした華夷秩序から離脱する自立外交を展開しました。こうして聖徳太子はその後1世紀にわたる日本の古代国家建設の大きな方向付けをしたといえます。

しかも、その影響は古代史のみにとどまりません。明治以降発行された紙幣の人物像として最も多く登場したのは聖徳太子です。このことが象徴するように、聖徳太子は日本人の精神の支えとなる人物であり、聖徳太子を日本史上最も重要な人物の一人と見ることは、近代日本の国民的合意でもあったのです。

(2)学習指導要領の改訂案についての文科省の説明は、<「聖徳太子」は没後使われた呼称だが、伝記などで触れる機会が多く、人物に親しむ小学校で「聖徳太子(厩戸王)」、史実を学ぶ中学では「厩戸王(聖徳太子)」とする>(産経新聞2月15日付け)というものです。

中学校の場合について聖徳太子の扱いの変化を確認すると、次のようになっています。いずれも、「3 内容の取扱い」という項目で記載されているものです。(以下、引用文中の下線は引用者による)

◇現行学習指導要領(平成20年)の記述
<「律令国家の確立に至るまでの過程」については、聖徳太子の政治、大化の改新から律令国家の確立に至るまでの過程を、小学校での学習内容を活用して大きくとらえさせるようにすること>

◇改定学習指導要領(平成29年)の記述
<「律令国家の確立に至るまでの過程」については、厩戸王(聖徳太子)の政治、大化の改新から律令国家の確立に至るまでの過程を、小学校での学習内容を活用して大きく捉えさせるようにすること>

このように、現行版と改訂案ではほぼ同文であるのに、唐突にも、「聖徳太子」だけが「厩戸王(聖徳太子)」と変えられています。

(3)なぜこのような改変がおこったのでしょうか。その根拠は、世紀のはざまに日本史学界の一部で唱えられた「聖徳太子虚構説」と呼ばれる学説にあります。しかし、これが学界の通説になったかといえば全くそのようなことはありません。「聖徳太子」という呼称の初出は確かに1世紀以上後のことですが、核に当たる「聖徳」という呼称は、日本書紀以前にも存在したことが、すでに明らかにされています。(詳細は高森明勅・つくる会理事による別稿を参照して下さい)

そもそも、死後に使われた呼称だから使えないとすれば、教科書の人名の多くを書き換えなければならなくなります。そのことを無視して、聖徳太子の呼称だけを「厩戸王」にしようとするのは、聖徳太子がまさに日本国家のアイデンティティの基礎となってきたからこそ、それを否定しようとする動機が隠されていると推測せざるを得ません。聖徳太子虚構説が全く省みられなくなっている今日、突如として、学習指導要領によって全国の小中学生の歴史教育の現場に押しつけるとは、誠に驚くべきことと言わざるを得ません。

聖徳太子の偉業はその名前と深く結びついてきたのであり、名前の否定は人物の否定に行き着きます。もし、この度の学習指導要領の改訂で「厩戸王」を強制することに成功すれば、文科省は10年後の改訂では人物そのものを抹殺するであろうとも予想されます。

学習指導要領では、歴史教育の目標として、「我が国の歴史に対する愛情を深め、国民としての自覚を育てる」(中学社会の場合)と書かれています。聖徳太子を抹殺しようとする今回の改訂案は、この「目標」にも違反していると言わなければなりません。

私達の主張は以上のとおりですが、この声明をお読みいただいたあなたに訴えます。どうか、3月15日まで行われる文科省募集のパブリック・コメントに応募して下さい。そして、<学習指導要領から日本史上の最も重要な人物である聖徳太子の名前を消さないでほしい。「厩戸王」の呼称の強制をやめ、現行の学習指導要領の記述に戻してほしい>という趣旨の明確なメッセージを届けて下さるようお願いいたします。

【パブリック・コメントの宛先】 
文科省のパブリック・コメントにネットで応募される方は、以下の<画面の意見提出フォームへ>をクリックし、ご意見を記入の上、送信して下さい。
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=185000878&Mode=0LinkIcon
*上記アドレスのページに「意見公募要領」がありますので、必ずその要領に従って意見をお送りください。要領に沿っていない場合、無効になる恐れがあります。ご注意ください。




<参考>




               聖徳太子虚構説は通説ではない

                                       平成29年2月19日
                                        理事 高森 明勅

大山誠一氏の聖徳太子虚構説(平成11年)(注@)は、学界の受け入れるところとはならなかった。私も批判の筆を執ったことがある(注A)が、文献の現状は以下の通りである。

大山説発表後刊行された関係書の書名は、吉村武彦『聖徳太子』(岩波新書、平成14年)など、「聖徳太子」の語が採用され、「厩戸王(皇子)」の例はアマゾンで調べても皆無である。同様に、『聖徳太子事典』(柏書房、平成9年)はあるが、いまだに「厩戸王事典」は存在しない。

梅村喬・神野清一編『改訂日本古代史新稿』(梓出版、平成16年)に、「聖徳太子の時代」の見出しで、「推古朝は、通説的には聖徳太子(厩戸皇子 574〜622)の時代でもある」(福岡猛志執筆)とある(下線は引用者)。森田悌『推古朝と聖徳太子』(岩田書院、平成17年)にも、「聖徳太子非実在説が説かれることがあるが・・・・聖徳太子が実在したことも歴史的事実」と厳しい大山説批判が展開されている。

吉川真司『飛鳥の都 シリーズ日本古代史B』(岩波新書、平成23年)は、「継体天皇」「天智天皇」などの漢風諡号で統一表記することを断った中で、(混乱を避ける為)「『厩戸王』『葛城王』でなく『聖徳太子』『中大兄皇子』と記すのも、同様の理由による」とした。もし、「厩戸王(聖徳太子)」と表記するなら、「葛城王(中大兄皇子)」と書かないと統一を欠くだろう。

現代の日本史学の標準的見解を示すとみられている『岩波講座日本歴史』シリーズ第2巻(平成26年)にも、「聖徳太子と呼ばれるようになったのは後世のこととしても、厩戸王は、後に伝説化されてしかるべき位置を生前から有していたと考えられる」と記す(川尻秋生)。明らかに、虚構説に否定的だ。

なお、「聖徳」という諡号の初見は法起寺塔露盤銘(706年)に、「聖徳皇」とあるものだ(東野治之)。また、播磨国風土記(713〜715年)にも「聖徳王」とある(高森・上田正昭)。「聖徳太子」の初見は懐風藻(751年)である。

以上の通りであるから、聖徳太子虚構説は、決して学界の通説とは言えないことは明らかである。
 注@ 大山誠一『<聖徳太子>の誕生』吉川弘文館、平成11年、ほか。
 注A 高森明勅「聖徳太子をめぐる論争を手がかりに歴史への眼差しについて考える」『正論』平成16年12月号ほか。



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